20 ティナの回復薬
森へ王様が行く前です
ゴリゴリゴリゴリ
すり鉢に葉を入れ、細かくくだく。
たくさんの薬品に囲まれた場所で夜明けまであと数時間という時刻に私は回復薬を作っていた。
「夜明けまでになんとか回復薬を作ってはもらえないだろうか」
お兄様達の案内のもと、ルノワールの見舞いに行こうと、進んでも進んでも終わりそうにない長い廊下を進んでいる時だった。
景色もさほど変わらない長すぎる廊下にこれはもう迷子にでもなったのかとチラチラお兄様たちを盗み見て居たところ、急ぎ足のファルマン様にそう伝えられた。
ソナ王に言われていたため作ろうとは思ってたけど、まさか夜明けまでとは。とにかく作らなくては、と医務室の隣に配置される調合室という部屋に来たのである。
実のところ、私はこの回復薬というものが得意だった。だからそう苦でもない。
少しばかり乾燥させた薬草を2束。
その量は手のひらサイズの葉っぱが40枚ほど。それをすり鉢に入れ、どんどん粉砕していく。
すん、と匂いを嗅げば、ミントのような香りがふわりと漂い、ミント好きの私にはちょっと嬉しい作業の一つだ。
前世では小学生の頃、友達と魔法使いごっこと称して落ちている花びらや草を集めて色水を作ったりしたっけな。
細かくした薬草を、さらに薄手のガーゼに包み、紐でくるりと封をして、巾着型に整える。
てるてる坊主のような姿になった薬草を、大瓶に入った清潔な水に入れて、数分待てば回復薬の完成だ。
それを小型の瓶に入れていき、蓋をすれば、1日は持ち堪えるものになる。
すぐ出来上がるし、安価で手間もかからない誰でも作れる。それが回復薬なのである。
一人分の回復薬であれば薬草も2枚、もしくは3枚あれば十分で、薬草だって道に生えている木から取れる、ごくごく身近な物。
この国では怪我や病気で苦しむ人が少なくなるように、国の予算で至る所にその木が植わっているのだ。家の庭にも絶対にある。
もちろん、誰でも作れるだけあって効果はそこまで高くない。熱があったり、体が痛かったり、擦り傷を少しずつ治したり。日本にあった解熱剤のようなものだ。
骨が折れた、深刻な病気、大きな傷、そんな大怪我を治そうと思うと、上級回復薬が必要になる。
これは大変。何せ高い。めちゃんこ高い。
回復薬が100円で買えるとしたら、上級回復薬は5万円くらいだろうか。
誰でも作れる回復薬は清潔な水と薬草があればできるけど、こればかりは妖精の森であるルーモフォレにしかない薬草を使わなければならない。
そしてその森は騎士達によって平時から守られている。ので、こっそり採ったりなんてできない。
今回で1番重傷を負ったのはルーモフォレ特別隊の新人隊員とベテランの隊員だったらしい。
恐ろしい目に合った彼らが、どうか、どうか良くなりますようにと願いを込めて小瓶へ注いでいく。
そこへ、様子を見にきた看護師が、ちょこんと顔を覗かせた。大きなメガネが印象的で、紺のスカートに白衣を旗めかせ、とても知的な感じだ。
薬草を主に扱っているという彼女は年若いというのにテキパキとよく働き、身体中を薬草の匂いでいっぱいにしていた。
「すみません。どうも怪我人が多くて、ついでとはいえたくさん作らせてしまいましたね。ああ、そういえば自己紹介がまだでした。シェリーと申します。平民の出なので気軽にシェリーとお呼びくださいね」
申し訳無さそうに言う彼女、シェリーさんは、なんとも疲れているように微笑んだ。当たり前かもしれない。
見た感じ、シェリーさん含めても数人だけがバタバタと忙殺されていた。このとんでもない広さのお城でたった数人である。
「いいえそんな、とんでもない。それにうちの従者やお兄様の分もありますし、そんなに負担ではないですよ。材料を分けていただいてありがとうございますシェリーさん。申し遅れました。私はティナ・ベルモンドです。ティナとお呼びください」
「よろしくティナさん!全然!材料はたくさんあるから大丈夫よ!ここはどうやら不人気な部署らしくて...雑用ばっかりなのになんと言っても試験が厳しくって」
「試験が。それは、えっと、そうなのかも......」
ふと前世の看護師だった友人の言葉を思い出す。重要な仕事のわりに給料は少ないし、忙しすぎる。
どの世界も大変なわりに報われにくい業界なのだなぁ、としみじみ思う。参考にできるケースが少ないので偏見かもしれないが。
小さな瓶にどんどん入れていけば、20個は完成していた。
ファルマン様に渡すものを2つ自分の鞄にいれ、残りを持ち運び用のトレーに乗せていく。
「わぁ!ティナさん、とっても上質な回復薬をお作りになられるんですね。これなら通常よりもきっとよく治るでしょう」
「そうなら良いんだけど......そう願うわ」
「きっと隊員の方も喜ばれます!」
奥にある扉をガチャリと開くと、清潔な空間に出た。どうやらここが医務室らしかった。
扉で部屋と部屋が繋がっているコネクティング・ルームというやつだ。
幾つものベッドが並んでいて、その一つにルノワールがいた。
お兄様達と一緒だったが、何やら一生懸命にジャンドールお兄様が頭を下げている。
「ルノワール!」
「はっ! お嬢様! ご無事で何よりでした!お怪我はございませんか?」
「大丈夫よ。貴方の方が重傷じゃないの」
「ええええ。本当に。油断しておりました。まさかジャンドール様にやられただなんて、旦那様にどやされてしまいます。あ!聞いてくださいよ!僕聞きましたよ。仕留めた魔物をこの後調理して慰労の会をすると!料理が!僕を待ってるというのに!」
「元気そうで安心したわ」
「骨が! 折れておりますが!」
うえーん、と泣き出し始めた。お兄様たちにはコソコソと「こんなやつだったか?」「随分食い意地が張っているな」と言われる始末だ。
「貴方が無事で本当に良かったと思っているのよ。貴方は大切な私の執事だもの。ほら、回復薬を作ったの。きっとすぐ良くなるわ」
「感謝いたします。お嬢様。これで僕、ご飯食べられますね!」
さっきまでうわんうわんと大の大人が大泣きしていたというのに、今ではニコニコである。
食べ物の怨みは怖し。食べ物強しである。
「面白い人ですね」そう言ってシェリーさんは急かすルノワールに私の作った回復薬を渡した。「痛み入ります」と受け取り早速グイッと飲み干した。
「たしかによく効きそうですが、上級回復薬でないと流石に折れた骨まで戻せませんよ!大人しく寝て...え?」
「よいしょ、っと。さすがお嬢様です!さぁ、行きましょう! 魔物料理へ! 僕はたくさん鳥型の魔物を斬りましたから、きっと今頃良くローストされている頃でしょう」
「え」
「え?」「ん?」「お?」
よしよしいつも通りしっかり効いてる!いつも使っている薬草じゃないからダメかと思ったけれど、大丈夫ね。
そう思ってうんうんと頷いていると、シェリーさんがポカンとしていた。
んん?
「ティナさぁ〜ん、ええぇ〜これって、いつもこうなんですぅ...?」
「そう、かな?なんだかよくわからないけどよく効くみたいで」
「こんなに?」
「......たぶん」
「いつも?」
「......たぶん」
「そんな!」
ええ、もしかして、そんなにへんな事なの...?
絶望するシェリーさんが突然ワナワナと目を血走らせがしりと私の肩を掴んだ。
「今すぐに看護師になりましょう。今すぐ働きましょう!一緒に!」
「何故!?」
熱烈な勧誘だった。
ちょっぴり大学のサークル勧誘を思い出す勢いだった。
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