02「君が妖精な気がするんです」
公衆の面前で突如手を握られ、動揺しないご令嬢などいるのだろうか。
いや、私はいないと思う。
しかも相手が噂によく聞く『冷徹の貴公子』様だというのだから無理中の無理だ。
「突然こんなことをしてしまい申し訳ございません…お許し頂けますか…?」
「ぁ…」
とんでもない暴挙だと訴えて即座に帰りたかったが、側に控えるルノワールがぶんぶんと首を振るので「もちろんです」と答えた。
それはそれは華やぐような笑顔で「よかった!」と歓喜の声を上げた。誰が。もちろん目の前で未だに私の手を離さないこの『冷徹の貴公子』がだ。
ブワッと湧き上がる周りのざわつく声。この笑顔を見たご令嬢がきゃあきゃあと黄色い声を上げている。
無理もない。何故ならば、この貴公子様は噂の『冷徹の貴公子』なのである。遠くで、「『冷徹の貴公子様』ですわ!」と興奮するような声もちらほらと耳に入った。やはり間違いなさそうだ。
ムワッと押し寄せる色気と美貌、さらには良い匂いまでする。
冷徹の貴公子と言われるのは、銀の髪、銀の瞳、氷のような美しさを持ち、社交界には現れるものの、どんな美女やどんな可憐な少女が現れてもなんの興味も表さず、笑顔すら見せることがないからだという。
女性に興味がない。
もはや空気。
まさに見た目も中身も氷の様なお方なのである。それでも無表情ですら美しいという有名人。会ったことがなくとも、伝え聞く話で十分に本人であるとわかる。
さらりと揺れる肩までで揃えられた銀の髪に、形の良い薄い唇。切長の目は鋭いながらも、瞳はまるで宝石のように透き通っている。
まさにそこにいるのは美しい人間だった。
そんな人が何故、私なんかに...?
一体何が聞きたいと言うのだろうか。
一瞬笑顔が浮かび、和らいだものの、未だ鬼気迫る勢いで私の腕をがっしり掴んで離さない。
じっと見つめる目は真剣そのものだ。こわい。
一瞬間の緊張感を経て、青年は深呼吸の後、口を開いた。
何を言い出すのかと、私まで息を呑んだ。
「あなたは、その...」
「はい」
「妖精ではないでしょうか?」
「はい?」
よ......?ようせ......?
聞き間違えただろうか?
「えっと、ごめんなさい。今何とおっしゃいましたか?」
「あなたは妖精ですよね」
「違いますけど」
「君が妖精な気がするんです」
「違います」
「ああ、すみません。言い方が悪かったですね。貴方は私の妖精ですか?」
「違う!!」
このおかしなやりとりを、まるで美しいお話のようにぼんやりながめる周りに気が遠くなる。
おかしい。おかし過ぎる。真顔で「妖精」?
「私の妖精」?何を言ってるのか、一ミリもわからない。
ああ、わかった。
これは揶揄われている。
くだらない。
馬鹿にしている。
羞恥と苛立ちで顔に熱が集まっていく。
とんでもない。
私はこのパーティーには出るだけでいいとしか聞いていない。こんな変な絡まれ方はたまったもんじゃない。こんな言葉でついていくほど私はもうお子様ではない。私のような行き遅れに使うには十分に侮辱的な言い回しだった。カッとなった頭では礼儀もクソも考えられない。何もかもクソだ。
「ルノワール!!」
失礼を承知で力一杯手を振り解く。
『冷徹の貴公子』は、淑女らしからぬあまりの大声に驚いてか、掴まれていた手は難なく離れた。
ようやく自由の身になる。
「ルノワール帰るわよ!」
「は、はいっお嬢様お手を」
側でいつまでもカチンコチンに固まっていたルノワールを呼びつけ、エスコートさせる。
普段はこんな事しないが、今日は別だ。
頑張って働きなさい。
「では、面白いお話有難うございました。ごきげんよう」
「へ?ぁっ、まっ、せめてお名前をっ!」
もう2度と会うこともないだろう。振り向くことも、返事をすることもなく、さっさとここを去ろう。あれほど美しい人が、そういつまでも揶揄った相手を覚えているわけもない。まして行き遅れで平凡な令嬢その1である私を。
ずっと遠くの方と、目の前の男を交互に見てはいつまでも青い顔をさせているルノワールの腕を引いて怒りのまま門を抜けた。
すれ違う少女達からは「揶揄われてかわいそう」と、くすくすと嘲笑う声が聞こえて来る。
言われずとも十分にわかっているとも。
腹立たしさと、情けなさとでどうにかなりそうだった。
◆
帰りの馬車に乗り込むと、今まで息でも止めていたのか、ルノワールが大きく息を吐いた。
「お嬢様、お嬢様は彼の方をご存知ですか?」
「彼の方って...『冷徹の貴公子』様でしょう。聞いた事はあるわ。」
「そうです......そうなんですが......僕は、聞いてた話とちょっと......あんな感じのお人だとは夢にも思っていませんでした......」
思い出してゾッとしているのか、ルノワールの顔色はどんどん悪くなっていく。ついには頭を抱え始めた。
「あああ、旦那様お叱りになるだろうなぁ。困ったなぁ」
不穏な呟きに、恐ろしい想像が頭をよぎる。
まさか王族主催のパーティーで不敬を働いた罪で処罰....???
あの恐ろしい場所から離れたことで落ち着いてきた心臓がまた不穏な音を立て始める。
「な、なに......やっぱりあんな態度をとってしまったから、罰を受けなくてはいけないのかしら......まさかお父様やお兄様達が何か罰を受けるの......? どうしましょう......!?」
「ああ、いや、そんな事にはさせません。させませんよ、絶対。いやぁ、うーん......困った、困ったなぁ......とほほ」
うーんうーんと唸るルノワールから、「あの方、公爵家の嫡子なんですよね......」と言う独り言が聞こえ、ブルリと肩を震わせた。想像しうる限りの最悪の結末が、頭を巡ってゆく。
その中でもとびきりひどい想像ばかりが頭を占めていく。
まさか前世でよく見た物語の中で定番だった、島流し?
はたまた国外追放?
最悪処刑で晒し首...?
考えれば考えるほど、恐ろしい想像ばかり。
「あれはど--、見ても、-----、だった---よなぁ...」
ルノワールの小さなつぶやきは私のため息によってかき消された。
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「あれはどう見ても恋する男の顔だったんだよなぁ...」
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ちょっとだけ進みました。
ゆっくり更新です。今日は多めに更新できました。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
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