16 誘拐
短いです。
ガンガン頭を打ちつけられるようなひどい頭痛で目が覚めた。
気を抜くと意識を失いそうなほどの眠気が波のように襲ってくる。
霞む視界に、やたらとあちこちが痛い。
お腹も痛いし、背中も痛い。
お尻も痛ければ、首も変な痛みが走っている。
顔にかかる髪を除けようと、手を動かそうとするもどうにもうまく動きはしない。
私は一体どうしたんだったか。
ジャンドールお兄様に、それからファルマン様に会ってその後、確か演習場を出て、それから、それから?
ハッとして手の場所を探すと、どうやら手が何か紐状のもので縛られているようだった。
「んっ、んんー!」
尋常ではない拘束に、咄嗟に声を出そうとするが、口にも布が当てがわれ、声を出すことができない。
瞬きを数回繰り返すうちに、ようやっと視界がクリアになってきた。
変な霞みもなくなり、焦点が合い始める。
そこは、微かに見覚えのある風景だった。
深い森の中にひっそりと存在する拓けた場所。
暗闇だというのに、樹々がぼんやりと、微かに、なんとも怪しげに光っている。
「ああ〜、ようやく起きたのね。お寝坊さんだわ」
「!」
突如、背後から降りかかった声にびくりと反応する。
鈴を転がしたような、可愛らしい、少女の声。
その方向をむこうと身じろぎをすると、ヒヤリ、と首筋に冷たい温度と焼けたような、熱い痛みが走った。
首筋に当てられた冷たさはすぐ離れ、目の前にゆらゆらと、当てられていただろう獲物の正体が露わになった。
護身用に持つには随分と物騒な、不必要なほどギザギザと凹凸のついた刃先が特徴的ないわゆるサバイバルナイフのようなものが姿を現した。
少女の声とは不釣り合いなナイフと状況に、余計に頭が混乱した。
「あー、そうよね。布、邪魔よね。とってあげる」
そういうと、口に当てがっていた布が乱暴にずり下ろされる。
「うふふ、騒いだって無駄よ。誰も来ないわ。兵隊さんだってもう……死んでるかもね」
「あなた、誰、なの? ここはどこ?」
「なんってムカつくのかしら…魔女に教える名前なんてないわよ、汚らしい」
「ま、魔女?」
憎々しげに吐き捨てられた言葉には、全くもって、身に覚えのない魔女という言葉。
目の前に突如少女の顔がぬっと近づくと「なんて汚い色の髪なの」と呟いた。
少女はまるで蜂蜜を塗りたくったような美しいハニーカスタードの髪の毛を揺らし、甘ったるい声で似合わない言葉を吐き出す。
「私に何の用なの?」
「用?用ですって? あっは、ははは!」
「何……?」
突如笑いはじめた少女は、はぁはぁ、と息を整えた後、今度はブルブルと肩を震わせ、目を見開き、その目が私をとらえた。
「あなたが、あなたなんかが、あの方に、あの人に近づくなんて許せない。許さないわ。この魔女! 阿婆擦れ! 恥を知りなさい! 貴女が妖精だなんて、お可哀想に、騙されているのよ。可哀想なファルマン様。わたくしが救い出さなければ…わたくしこそが妖精だと気がついて頂かなくては…本物になるの。ただ一人の妖精になるのよ」
そう言い終えると、今度は「ふふふ、うふふ」と一人でワルツでも踊るようにゆらゆらと揺れている。その瞳は目の前のものを映していないようで、ぼんやりと、うっとりと空中を彷徨っている。
「だから、ね」ぎょろりとした瞳が私を捉えた。
「あなたも、居るのかいないのかわからない妖精も、そしてこの森もいらないのよ」
「はい…? なんですって? なにを、言っているの?」
この少女は今何と言った?
言っている言葉が理解できなかった。私も妖精も要らない?森もいらない?
「ここを、このルーモフォレを燃やして、あなたも消えてもらうの。わたくし以外の妖精なんて必要ないもの。魔女の呪いから解き放ってあげるんだから」
まるで天使のように可憐な少女はにっこりと微笑み、満足そうに、最後と言わんばかりに、そばにあったオイルランプに手を伸ばす。煌々と燃えているそれを高く掲げて。
「そんな! だめ! やめて!」
だめだ。それは。
「うるさい!」
「ぐっ」
グッと力を入れて起きあがろうと、その行動を阻止しようと立ち上がるも、少女の足に左肩を思い切り蹴り飛ばされ、大きな木に縫い付けられてしまう。
頭がぶつかり、脳が揺れる。
クラクラとする視界には、飛び散るガラスと、熱い赤と、そして。
「さようなら」
燃え盛る炎をバックに天使のような微笑みを浮かべる少女の顔があった。
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