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勝てば良し

「さて、このままユーグとリーズを眺めているのも楽しそうだけれど、今日の訪問は学園側に許可を取っていないからね。先生方に見つかると大目玉だろうし、そろそろ用事を済ませてしまおうか」


 姉様は俺とリーズを見ながらひとしきり笑った後で、いつもの愛想笑いを浮かべながら声のトーンを少しだけ落とした。


 というか、薄々そんな気はしてたけど今日の姉様は学園への来訪を誰にも告げていないらしい。


 姉様なら事前に来訪する旨を申し伝えておけば学園側も無下にはできないだろうに、こうして無断でやってきたのは対応に追われることになる教師陣への嫌がらせだろうか。


 姉様は在学中に問題を起こしてはぶちギレた教師たちからの責任追及を口八丁で逃れ逆に彼らをからかっていたので、個人的には十分あり得る話だと思う。


「おいで、デルキア」


 俺がてきとうなことを考えていると、姉様が何もない空間に向かって声をかけ空気から染み出すようにして人を背に乗せてもびくともしなさそうな大柄の狼が現れた。


 現れた狼には尾が三本生えており、月のない夜を思わせる漆黒の毛が全身を包んでいる。


 堂々とした佇まいで神々しささえ感じさせるこの狼は、姉様と契約している精霊で名をデルキアという。


 非常に特殊な経緯で発生した精霊なので古来より広く名の知られているサラマンダーたちと違って歴史こそ持たないが、その力は四大精霊に勝るとも劣らない。


 姉様が契約している精霊の中にさえ、このデルキアと同等以上の力を持つものは一体しかいないだろう。


「今からちょっと難しい魔法を使うから、君の力で余計な干渉が起きないようにしておくれ」


 姉様の求めに応じて、デルキアが甲高い鳴き声を上げる。


 すると、生徒会室の内側を薄紫色の膜のようなものが包み込み、外から微かに聞こえていた人や風のたてる音が完全に消え去った。


 これは、孤独の精霊であるデルキアの作った相互不干渉を為す結界だ。


 この結界の内にいる限りたとえ外部で天変地異が起ころうと内部には物音一つ聞こえてこないし、逆に内部でどれだけ暴れても外部には何の影響ももたらさない。


 これを出したということは、今から使う魔法は姉様でさえ周囲への影響をコントールしきれないということだろうか。


「眠り姫の似姿たる暁の精霊よ、彼の者の血と魔法で満ちし大地にて、我が捧げし魔力を喰らい現れ出でよ」


 姉様がいつになく真剣な表情で詠唱を始めると、姉様の体からは膨大な魔力が溢れ出し空中の一点へ向かって集まり始めた。


 恐らく、姉様が使おうとしているのは精霊を人為的に生み出す魔法だ。


 本来、精霊というのは大気を漂う魔力が百年単位の時間をかけて寄り集まることによって発生する生き物というよりは自然現象に近い存在だ。

 それを人為的に生み出すことなど、俺にさえできはしない。


 けれど、世界中で唯一姉様だけは精霊を己の意志で生み出すことができる。


 精霊を発生させるには魔力で満ちた環境が必要になるので、本来なら学園などではなく聖地と呼ばれるような大量の魔力が蓄えられている土地で使う魔法なのだけど。


 どういうわけか、俺の視線の先では集まった魔力が何倍にも膨れ上がりながら薄っすらと人型の輪郭を現し始めた。


 にわかには信じられない魔力量だ。

 俺以上の魔力量を誇る姉様の保有魔力すら既に凌駕しているにも関わらず、人型の輪郭を形作っている魔力はまるで周囲の空気をそのまま魔力に変換しているかのように増え続けている。


「精霊魔法、新核降誕(しんかくこうたん)


 姉様が詠唱を終えると、これまで薄っすらとしか見えていなかった人型の輪郭が徐々に濃くなり始め、一瞬だけ金色の糸のようなものが見えた。


 そして、金色の糸が見えたと思った次の瞬間には、それまで人型に留められていた魔力が歪な形へ変わり急激な膨張を始める。


 あれは、このままだとヤバい。


「シルフ!」


 俺が名を呼ぶと同時に、目の前に緑色に輝く翅を持った蝶が現れる。


 現れた蝶、即ち四大精霊の一角であり風を司るシルフが翅を動かせば、それだけで外部からの衝撃を押し返す風が俺を守る鎧のように体を包み込んでいく。


 シルフの風が俺を覆い、視界の隅でリーズが発したと思しき金色の光が瞬いたタイミングで、膨張を続けていた人型はとうとう限界を迎えて弾け、耳をつんざく轟音と共に辺りを爆風が埋め尽くした。


 もし、爆風がそのままの威力で周囲を襲っていたなら、学園の校舎を吹き飛ばす程度の威力は間違いなくあっただろう。


 だが、現実には辺りに吹き荒れた爆風は薄紫の膜に阻まれ窓一つ割ることはなく、内部にいた俺もシルフの生み出した風の鎧によって傷一つ負わなかった。


 風が収まり辺りを見回してみれば、いつものように金色の光で凌いだと思しきリーズも、デルキアと共に体表を薄紫の膜で包まれている姉様も怪我らしきものはしていない。


「失敗、か。どうやら、夜明けにはまだ時間が必要らしい」


 薄紫の膜を解き先程まで人型の輪郭が存在していた場所を困ったように見つめながら、姉様が心なしか疲れの滲んだ声で独り言を漏らした。


 確かに、俺の目にも成功したようには見えなかったけれど。

 どうやら本当に、姉様は精霊を生み出すことに失敗したらしい。


 正直、驚いた。

 集まった魔力を暴発させ精霊を生み出すことに失敗するなんて、一体姉様はどんな精霊を生み出そうとしていたのだろう。


 今までだって、姉様は強大な力を持った精霊を多数生み出してきた。


 先程の爆風によって周囲に訪れるはずだった被害を防いだのも、姉様が生み出した精霊であるデルキアだ。


 そんなデルキアを生み出すことができる姉様が御しきれない精霊なんて、俺には想像もつかない。


「姉様、今のは?」

「暁の精霊だよ。いつの日か、私が生み出すべき精霊だ」


 俺の問に答える姉様の目は爛々と輝いていて、迷いは微塵も感じられない。


 どうやら、姉様にとって暁の精霊とやらを生み出すことは何をおいても達成すべき重要な目的らしい。

 

 そして、そんな重要な目的を達成するために今日学園を訪れたというのなら、一見悪ふざけにしか思えないあれこれも姉様にとっては必要な手順だったのだろう。


 なぜ精霊を生み出す場として学園を選んだのかは知らないが、たぶん姉様はリーズを送り込んできた段階から今日のことを見据えていたはずだ。


「その暁の精霊というのは、どういう精霊なんですか? 俺とリーズを引き合わせたことと、何か関係が?」

「さあ? どうだろうね。それは、私が暁の精霊を生み出した後、自分の目で確かめるといい」


 姉様にとって重要な意味を持つであろう暁の精霊の存在を教えるのはよくても詳細まで知られるのは嫌なようで、俺の疑問はてきとうにはぐらかされてしまった。


 姉様をここまで本気にさせる暁の精霊とやらへの興味は尽きないが、これ以上は食い下がっても意味がなさそうだ。

 

 仕方ないから、生徒会副会長としての本分を思い出してカップル祭の準備に万全を期すとしよう。


「そういうことなら、暁の精霊に関してはこれでいいですけど。結局、姉様はカップル祭で何をする気なんですか? こっちはうやむやにしたまま帰られると運営に支障が出るし、きちんと答えてもらいますよ」

「別に、そこに関しては心配しなくてもいいよ。私はただ、ユーグとペアを組んでカップル祭に出場したいだけだからね。当日、イベントの内容から逸脱するようなことはしないと約束しよう」


 わざわざこんなことを言うということは、カップル祭の内容から外れた行動をする気がないというのはたぶん本当なのだろう。


 まあ、裏では何かしら企んでいるのかもしれないけれど、それは俺が考えたところで見抜けるものではなさそうだし、カップル祭の邪魔をしないというならひとまずは良しとするしかないか。


「ダメね。いくらオレリアさんでもそれは許可できないわ」


 俺が姉様の行動についてある程度納得している横で、リーズがまるで納得いっていなさそうな声を上げた。


 俺としてはこれ以上姉様に詰め寄ったところで何も出てこないと思うのだが、リーズのやつ姉様が洗いざらい話すまで譲らないつもりだろうか。


「ユーグとオレリアさんが組んだら、誰が私のペアを務めるのよ。自慢ではないけれど、私はこの学園の人間とは概ね相性が悪いし、ユーグ以外と組んだら真っ先に内輪揉めで脱落する自信があるわよ」

「……いや、この状況でそんなこと気にする必要あるか?」


 どうやら俺の考えは全くの的外れだったようで、リーズは姉様の思惑について全く意に介していないらしい。

 

 まあ、らしいと言えばらしい気もするが、さっきの爆発は普通なら死んでもおかしくないものだった。

 いくら無傷で凌いだとはいえ、一切そちらに意識が向いていないのは流石に興味なさ過ぎではないだろうか。


「そんなこととはどういう了見かしら。どんなにふざけた名前であろうとそれが勝負事である以上、私に負ける気はないし勝つために準備の段階から最善を尽くすのは当然でしょう」


 リーズに真面目腐った顔で言われれば、確かにそれはそうかもしれないと思えてきた。


 というか、たとえおふざけイベントのカップル祭であっても俺がリーズに負けるところを想像すると普通にムカつくな。


 うん、前言撤回だ。


 俺もリーズに倣ってカップル祭で勝つために全力を尽くすとしよう。


「そういうことなら、やっぱり俺が組む相手は姉様だ。お前がまともなペアを作れないなら、そりゃ好都合じゃねえか。当日は姉様と一緒に、お前をボコボコにしてやるよ」


 俺が勝利する瞬間を想像し胸を高鳴らせながら宣言してやると、リーズが俺を見る目に軽く殺気が乗り始めた。


「……お世辞にも褒められた人間ではないと思っていたけど、何とも見下げ果てた発想ね。そんなやり方で勝って満足なの?」

「当然だ。勝つために最善を尽くす。さっき、お前が自分で言ったことだぞ。何、心配するな。言い訳がしたければ、勝った後で幾らでも聞いてやる。勝利を祝う音楽として、負け犬の遠吠え以上のものはねえからな」


 俺の挑発を聞いたリーズはこめかみをひくつかせながらも怒りに顔を歪ませることはなく、目が全く笑っていないまま辛うじて笑みと呼べるものを浮かべてみせた。


「そう。ええ、あなたがそう言うのなら受けて立とうじゃない。どんなハンデがあろうと、あなた如きでは私に勝てないということを教えてあげるわ」


 カップル祭なんてしょせんはおふざけのイベントで、てきとうに肩の力を抜きながら楽しむものだ。


 今まではそう思っていたけれど。

 どうやら、今年のカップル祭は去年とは違った楽しみ方ができそうだ。

 




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