姉参上
視線の先にいる姉様は鮮やかな金髪を後ろで一つに束ね、悪びれることなく自信に満ちた碧い瞳を俺とリーズに向けている。
「どうしたの? 私に会えたのが嬉しくて言葉も出ない?」
瑞々しい桃色の唇からわざとらしい台詞を吐き出してから、姉様が軽く首を傾げる。
綺麗だ、とは思う。
高く通った鼻も、すらりと伸びた手足も、姉様の立ち姿はどこをとっても美しく、それでいて所作の端々には親しみやすい愛嬌もある。
まあ、容姿はともかく性格の方は国王である父様ですら御しきれないめちゃくちゃな人なので、見た目ほど可愛い相手ではないのだけど。
「姉様、どういうつもりですか? いくら姉様のやることでも、流石にここまで俺を無視して話を進められると面白くないんですが」
俺が説明を求めても姉様は大して気にした様子もなく歩を進め、息のかかりそうな距離まで近づいてからようやく立ち止まった。
「ちょ、姉様ちか――」
俺が離れるよう言い終える前に、姉様は俺の前髪を右手でかき上げてから自身の額を俺の額に押し付けた。
姉様の額は熱く、眼前に他人の顔がある状況は落ち着かない。
姉様がこういうことをするのは初めてではないけれど、やはりどうにも慣れない行為だ。
「ほんの僅かだけど、動揺したとき体から漏れる魔力が減ってるね」
俺から顔を離した後、視線を俺とリーズの間でいったりきたりさせながら姉様が一応は褒め言葉らしきものを口にした。
漏れ出す魔力が少ないということはそれだけ魔力を制御できているということで、決して悪いことではないはずなのだけど。
何というか、今の姉様は単純に俺を褒めているわけではない気がする。
「やっぱり、共にいて影響を受けるのは私ではなくユーグか」
姉様が言っているのは、たぶん俺とリーズのことなのだろうけど。
今の発言を信じるのなら、俺はリーズのおかげで魔力の制御が少しだけ上達したということなのだろうか?
正直、そんな気はまるでしないけれど、姉様が密着した状態で俺の魔力を読み違えるとも思えない。
元々、俺とリーズを接触させたのは姉様なのだし、やはり俺とリーズが揃うことには何か意味がありそうだ。
「姉様、今のどういう意味ですか?」
「ユーグとリーズは随分と仲良くなったみたいだからね。姉として、弟の友達が増えるのは嬉しいなと思っただけだよ」
「それだけですか? 俺には、姉様が俺とリーズを不自然な程に近づけたがっているように思えるのですが」
俺が踏み込んだ質問をしてみても、姉様は涼しい顔を浮かべ眉一つ動かさない。
ここまで露骨に事を進めてるんだし、俺になら本音を話してくれるかもと密かに期待していたのだけど。
この分だと、それは望み薄だな。
「二人は気が合いそうだったからね。きっと、よい関係を築けると思ったんだ。実際、仲良く生徒会として活動してる辺り相性は悪くなかったのだろう?」
姉様に尋ねられて、俺とリーズは自然に顔を見合わせた。
互いに言葉を発したりはしなかったけれど、リーズの冷ややかな赤い瞳を見れば俺と彼女の答えが一致していることはすぐにわかった。
元よりリーズが何と言おうと答えを変える気はなかったが、これでより一層の確信を持って口にすることができる。
「まさか。悪いですよ。姉様ならまだしも、こんな女が俺を上から目線で見下してくるなんてムカついてしょうがない」
「オレリアさんには申し訳ないけれど、悪いわね。この男を副会長にしているのは、あくまで他よりはマシだからよ」
想像していた通り俺とリーズの答えは概ね一致しており、姉様にも相性の悪さが存分に伝わったことだろう。
といった具合のことを俺が思っていると、どういうわけか姉様は決して小さくない声を上げて笑い始めた。
「あははは、いや、すごいな。私としては互いの存在を把握するだけでも十分だったのに、まさかここまで息が合うようになるとは思わなかったよ」
俺とリーズを見る姉様の目尻には、笑い過ぎた故か薄っすらと涙が浮かんでいる。
姉様はいつも周りからどう見られるかを意識したうえでおどけているから、その顔に愛想笑いが浮かんでいるのは珍しくないけれど。
今姉様が浮かべている表情は、たぶんいつもの愛想笑いとは違うものだ。
正直、リーズとセットにして語られるのは心外だし、本当ならもっと抗議したいところなのだけれど。
久しぶりに邪気のない顔で笑っている姉様を見ると、何だかあれこれ言い募る気も失せてきた。
まあ、こんな風に姉様相手だといまいち強気になれないからこそ、向こうも俺相手に好き勝手なことをしているのだろうけど。
姉様のやることなら別にいいかと思えてくるから不思議なものだ。
「意外ね」
俺が姉様の笑う姿を眺めていると、隣で俺と同じように姉様へ視線を向けているリーズが大して意外とも思っていなさそうな落ち着いた表情で話しかけてきた。
「意外って、何がだ?」
「あなたの態度全般がよ。オレリアさん相手だと言葉遣いまで変えて、随分と殊勝な態度を取るじゃない」
「……何が言いたい。別に、俺が姉様とどんな風に話そうが勝手だろうが」
「ええ、それはもちろん。けれど、いつもは偉そうにしている人間が頭の上がらない相手と共にいる光景というのは、それなりに愉快なものだと思わない?」
嗜虐心に満ちた声を響かせながら、リーズが愛想よくにこりと笑う。
リーズは他人の顔色を窺うようなやつじゃないし、こんな風に笑うのは珍しいけれど。
同じように珍しい笑みでも、リーズの顔に浮かんでいるのは今の姉様とは似ても似つかない非常に腹立たしいものだった。