スペシャルゲスト
リーズを会長に据えた新たな生徒会が発足したことにより、現在の生徒会には三人分の空席がある。
なので、俺は今その空席を埋めるためシルヴァンがリストアップした役員候補たちを生徒会室でリーズと引き合わせているのだけど。
正直、結果は芳しくない。
「私が再び会計の職を任されるのであれば、これまでと同じようにユーグ様の存在を前面に押し出して王族に恩を売りたがっている貴族や豪商から必ずや多額の寄付を引き出して見せます!」
「ダメね。私、そういう権力を笠に着たやり方は嫌いなの」
俺の下で辣腕を振るい生徒会予算を運用してきた会計が、あっさりとこれまでの政策を否定され唇を尖らせる。
元会計はシルヴァンのリストでも上位に名を連ねているだけあって俺から見れば十分に有能なのだけど、生憎と今の会長はリーズだ。
彼女が気に入らないと言うなら、是非もない。
元会計を新生徒会に続投させるのは諦めるしかないだろう。
「ハァ……あなたを副会長に据えるのはすぐだったし他の三人を探すのにもそう時間はかからないと思っていたけど、いざ探して見ると案外見つからないものね」
元会計が生徒会室を出ていくのを見届けてから、リーズがうんざりとした様子で口を開く。
彼女は先程のようなやり取りを繰り返して計十人の役員候補を選外にしているし、そろそろ休憩にした方がよさそうだ。
「とりあえず、今日はこのくらいにしといたらどうだ。別に文句があるわけじゃねえが、お前は役員に求める拘りが強過ぎるしこの調子で続けても上手くいかねえと思うぞ」
「……そうね。正直、私もそんな気がしてきたところよ」
肩の力を抜いたリーズは軽くため息を吐きだしてから手元にあった紅茶へ躊躇いなく大量の砂糖を注ぎ、口元でゆっくりとカップを傾けた。
相変わらず見ているだけで胸焼けしそうな光景だが、リーズにとってはこれが一番美味しい紅茶の飲み方らしい。
「ハァ……いっそ、全校生徒を戦わせて勝ち残った三人を役員にするとか、そういう趣向でいってみようかしら」
「別にいいが、それで集まるのは単純に強いやつであって貴族的な考え方が嫌いなお前と上手くやれるやつではないと思うぞ」
「わかってるわ。言ってみただけよ」
どうやら順調とは言い難い現状に軽く嫌気がさしてきているようで、先程からリーズの話し方は些かぞんざいになっている。
「ま、役員集めはお前の気が済むまで好きにやればいいとしてだ。カップル祭の準備はどうする気だ? あれは生徒会主催のイベントだし、その辺のやつに丸投げするわけにはいかないぞ」
俺が直近に迫っているイベントとそのために必要な人手が不足していることを指摘すると、リーズは苦々しい表情を浮かべた。
「それは、誰か手伝ってくれる生徒を見つけるしかないでしょうね。……というか、今さらだけどそのネーミングセンスはどうなのかしら」
「そこに関しては突っ込むな。ぶっちゃけ俺もセンスねえとは思うが、これは会長時代の姉様が発案したイベントだからな。意外と、生徒からの受けはいいんだよ」
カップル祭なんて言うといかにも悪ふざけの産物といった感じだし、実際の誕生経緯も単なる姉様の思いつきだったりするのだけど。
男女でペアを組み様々な課題をクリアしていくというイベントの内容そのものについては、上位入賞者に送られる商品が豪華なのもあってそれなりに支持されている。
「まあ、とにかくだ。お前も俺たち二人以外に手伝いを呼ぶ必要性があるのは認めてるみたいだし、カップル祭に関してはシルヴァンや有志の連中にも手伝わせるが、構わないな?」
「ええ。正直あまり気は進まないけど、それでイベントが失敗するようでは本末転倒だもの。借りられる力は遠慮なく借りておきましょう」
リーズは俺がシルヴァンを生徒会役員に推薦しても即決で拒否していたので、もう少し嫌がるかもしれないと思っていたけれど。
自分の主義主張は一端棚上げにしてでもイベントの成功を優先する辺り、生徒会長としての仕事にはそれなりに真摯に取り組むつもりらしい。
元々、姉様から支払われる報酬だけを目当てに学園へやってきた割には何とも律儀なことだ。
「さてと。それじゃ、俺はシルヴァンと合流して今年のカップル祭の詳細を告知してくるから、お前は有志の連中と一緒に必要な道具の手配を――」
俺が今後の予定を考えながら席を立とうとしたところで、何の前触れもなく目の前に淡い赤色の光を放つ手のひらサイズの球体が現れた。
視線をずらして確認してみれば、リーズの前でも色違いの青い球体がふわふわと空中を漂っている。
「何? これ」
リーズは怪訝な顔を浮かべ突如目の前に現れた球体に戸惑っているようだが、俺はこれを知っている。
いや、俺だけじゃない。
去年もこの学園に在籍していた二年生と三年生なら、皆知らないはずがない。
「今年入学した一年生諸君は初めまして。そして、去年まで共に学んでいた上級生たちはお久しぶり」
目の前の球体から、言葉遣いの割にやたらと親し気な女の声が響いてくる。
当然、リーズもその声には聞き覚えがあったようで、声が聞こえてきた瞬間にハッとした表情を浮かべ俺の方へ視線を寄こしてきた。
「私はオレリア・パラディール。不躾に言葉を投げかける非礼については申し訳なく思うが、どうか暫しの間私の話に耳を傾けて欲しい」
間違いない。
唐突に球体から響き始めたこの声は、姉様のものだ。
「ユーグ、これって……」
「ああ、姉様だな。話ぶりからして、音の精霊を使ってこの学園の生徒全員に話しかけてるはずだ」
少なくとも俺は姉様が学園で何かするなんて話聞いてないし、見たところリーズも同様みたいだけど。
姉様は誰にも言わずにいきなりこういうことを始める人だ。
「さて、あまり長々と話しても諸君の負担になるだけだろうから簡潔に用件を言わせてもうらけれど。実は、今年のカップル祭に私は特別ゲストとして招かれていてね。参加者の一人として、諸君と鎬を削ることになる」
姉様は何やら当然のように言っているが、今年のカップル祭に姉様を招こうだなんて話は一切出ていない。
わざわざ全校生徒に向けて宣言するということは本気で参加するつもりなのだろうけど、生徒会である俺たちに何の相談もなく事後承諾で全てを押し通そうだなんてふざけた話だ。
これで相手が姉様でなければ、ちょっと本気でムカついてたかもしれない。
「また、カップル祭で見事優勝したペアには国王陛下から竜たちの住まう禁足地、千年山への立ち入り許可が与えられることになっている。今となっては半ば伝説と化している竜と直にまみえることは諸君にとってよい経験となるはずだし、ぜひとも優勝目指し頑張って欲しい」
これまた、俺は一切聞いていない話だ。
確かに、父様から直々に千年山への立ち入り許可を与えられたとなればそれだけで大いに箔がつくのは事実だし、優勝賞品としては十分過ぎるけれど。
今回の件、父様まで協力してるのか?
というか、もしそうならなぜ俺には何の話もきてないんだ。
姉様なら悪ふざけで黙っていることもあるだろうけど、流石に父様がそんなことをするとは思えないんだが。
「それでは、カップル祭当日に諸君と会えるのを楽しみにしているよ」
結局、ロクに説明もないまま姉様の話は終わり目の前の球体は光の粒となって空気に溶け消えていった。
「一応聞くけれど、オレリアさんは今の件について何か言っていなかったの?」
「言ってたなら、ここで間抜け面晒してないでお前にも情報共有してるっつーの」
「そう。まあ、そうよね」
リーズと二人して、何も言うことができずに黙り込む。
正直、姉様がどういうつもりなのかさっぱりわからない。
カップル祭なんてしょせんは生徒の息抜きのために設けたおふざけのようなものだし、妙な策謀を張り巡らせる程の価値があるものではないはずなんだが。
何でこんなことになってるんだ。
いくら姉様が奔放だと言っても、限度があるぞ。
わけのわからない状況に半ば思考放棄していると、不意に誰かが生徒会室の扉を開く音が聞こえてきた。
「やあやあ、せっかく元気な顔を見にきたというのに、二人とも何やら困ってるみたいだね。もしよければ、私が悩み事を聞いてあげようか?」
音に反応して扉の方を見やれば、そこには先程まで球体から聞こえていたのと同じ声を持つ人物、即ち俺の姉であるオレリア・パラディールが笑みを浮かべて立っていた。