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王家の始祖

 最近髪の生え際が後退してきたと専らの噂の歴史教師が教壇に立ち、パラディール王家の始祖であるセリア・パラディール様について語っている。


 セリア様の偉業は学園に入学する前から家庭教師に散々叩き込まれたので俺としては今さら聞くまでもないのだが、どうやら歴史教師は先程中庭で起こった騒ぎについて聞き及んでいるらしい。

 最終的に一番目立つことになったリーズやその隣に座る俺を見る目が、他の生徒たちを見るときのそれより明らかに鋭い。


 不興を買って変にペナルティを課されても面倒くさいし、一応教師の話は聞くだけ聞いておくか。


「国を統一する第一歩となったルミアの戦いにおいて、セリア様はアロイス・オラール率いる二万の軍勢をたった一人で破り、降伏したオラール卿を配下に引き入れたと言われています」


 改めて教師の口から聞いても、おとぎ話としか思えないような話だ。


 セリア様の逸話は他も似たような具合だし、この辺りの歴史に関してはパラディール王家の箔付けのため幾らか話を盛っているのではないかと疑わしくなってくる。

 というか、はっきりと口に出しはしないものの歴史学者の中にはそうした見方をする者も多いらしい。


 個人的には俺と姉様の先祖であるセリア様なら或いは一人で万の軍勢を蹴散らすことだってあるかもしれないと思うのだけど。

 なにせ、セリア様が活躍していたのは今から千年も前の話だ。

 今となっては、はっきりとしたことは何もわからない。


「そして、セリア様がルミアの戦いに勝利する要因となったのが、歴史上で唯一セリア様だけが扱うことのできた伝説の魔法、浄化魔法です」

「え?」


 教師が口にした浄化魔法という単語を聞いて、不意に隣に座っていたリーズが声を上げた。


 これが学園で受ける初めての授業らしく、これまでは一言も話さず真面目に話を聞いていたのに一体どうしたのだろうか。


「ユーグ、一応聞いておきたいのだけど、浄化魔法を使える人間が歴史上で一人しかいないというのは常識なの?」

「は? そりゃまあ、浄化魔法はセリア様にしか使えないから伝説になってるわけだしな。子供でも知ってるレベルの常識だとは思うぞ」

「……そう」


 リーズが神妙な表情を浮かべ黙り込んでしまった。


 浄化魔法を知らなかったことを恥じている、という感じでもなさそうだしよくわからない反応だ。

 

「急にどうしたんだ? 浄化魔法がどうかしたのか?」

「……どうかしたと言えば、どうかしたわね」

「あ?」


 要領を得ない返事に俺が怪訝な声を上げると、リーズは何かを吹っ切るかのように目線を上に向けた。


「使えるのよ、私」

「何を?」

「浄化魔法を」


 一瞬、何を言われたかわからなかった。


 俺の聞き間違いでなければ淡々とした調子ですごいこと言ったぞ、こいつ。


「待て。急にそんなことを言われても理解が追いつかねえというか……勘違いじゃないのか?」

「違うでしょうね。私の魔法が浄化魔法だと教えてくれたのはオレリアさんだもの」

「姉様が? となると、まさか本当に? ……あー、もう、冗談だろ」


 曰く、万象照らし穢れを滅する浄化の光。

 セリア様の伝説においてそのように語られ、ときに万の軍勢を蹴散らし、またある時は町を丸ごと飲み込む大津波を押し留めたとされるのが浄化魔法だ。


 言われてみればリーズの操る金色の光は、それっぽい気もしなくはないけれど。

 しかし、千年の歴史の中でセリア様の血を引く王族の中にすら現れなかった浄化魔法の担い手がリーズだなんて、中々に受け入れがたい話だ。


 少なくとも俺はリーズの魔法を見て恐ろしく強いと思うことこそあれ、浄化魔法かもしれないとは微塵も思わなかったのに。

 姉様はどうやってリーズの魔法が浄化魔法だと判断したんだ。


 当時の資料なんて散逸してほとんど残ってないし、いくら姉様でも浄化魔法の詳細なんて知らないはずだぞ。


「そんなに驚くようなことなの?」

「驚くようなことだよ。つーか、逆に何でお前はそんなに平然としてるんだ」

「だって、私はセリアとやらの名前を聞いたのは今日が初めてだもの。彼女しか使うことのできない魔法だったと言われても、別段思うところはないわ」


 そこらの子供だって寝物語にセリア様の伝説を聞いて育つこの国で、セリア様を知らないときたか。

 まあ、嘘ではないんだろうけど。


 決して頭が回らないわけではないし魔法に関して言えば俺さえ圧倒する実力を持つ人間が、まるで世間から隔絶されて過ごしたかのように偏った知識しか持っていない。

 これは、ちょっと異常だ。

 

 醜悪な内心を押し隠し王城で権力闘争に明け暮れる連中を散々見てきた身としては、他人に深入りして見るだけでも不愉快な事実を白日の下に晒すのは趣味じゃねえけど。


 どこぞの馬鹿の姦計によって国に累が及ぶようなら、それは早めに潰しておくべきだろう。

 もし姉様以外にリーズが浄化魔法を使えると判断した人間がいるのならそいつがリーズを使ってよからぬ企てをする可能性は十分にあるし、本気で調べてみた方がいいかもしれない。


「リーズ、結構真面目に聞きたいんだが、お前って学園に来るまでの間どこで何をしてたんだ?」

「王都であなたのような裕福な人間を相手に盗みを働いていたわ」


 一切の気負いなく常と変わらぬ調子でリーズが紡いだ言葉を聞いて、俺は思わず教室の天井を仰いでしまった。


「意味わかんねえ。お前程の力の持ち主が、何でそんな下らねえことしてんだよ」

「言ってもわからないわよ。生まれながらに全てを持っているあなたと、何一つ持ちえなかった私とでは見ていた世界が違うもの」


 突き放すような物言いをするリーズの顔に、一瞬だけ微かな諦観が滲む。


 もしかすると、リーズの言う通り俺には彼女の事情なんて理解できないのかもしれないけれど。

 何となく、今の会話の中で俺はリーズが王侯貴族を嫌う理由の根幹に触れた気がした。


「なあ、お前は――」

「王子! それにエルフェ君。 今は授業中です。私語を慎むことができないのなら、教室から出ていくように」


 自分でも何を伝えたいのかわからないまま口にした俺の台詞は、私語を注意する教師の声によって遮られリーズの耳に届くことはなかった。


 冷静になって考えれば、これは人のいる場所でするような話じゃないし教師が会話を断ち切ってくれたのは却ってありがたかったな。


 詳細を尋ねるのは授業が終わり、落ち着いて話せるようになってからにしよう。



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