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魔法学園の喧騒

 俺とリーズが新生徒会を発足した翌日、我らが魔法学園はどこもかしこも祭りのような喧騒に包まれていた。


「ユーグ様! 編入生と決闘して負けたって本当ですか!」

「私、ユーグ様が会長をやめるって聞いたんですけど!」

「俺は仕事が多すぎて怒り狂ったユーグ様が校舎を灰にしたせいで副会長に降格させられたって聞きました!」


 寮を出て学園の中庭に入った途端、俺とシルヴァンの周りには人だかりができ、あちこちから昨日の騒ぎについて質問が飛び始めた。


 知られている事情にはいくつか間違って伝わっているものもあり、どうやら現状を正確に把握しているわけではなさそうだけど。

 この分では、昨日の出来事を隠すのは無理そうだ。


「うるせーぞ、お前ら。俺がリーズに負けたのも、あいつが会長になって俺が副会長に降格するのも、全部本当のことだ。わかったら、早く道を開けろ」


 俺が昨日あったことについて簡潔に告げると、俺の周りに集まっている生徒たちは今まで以上にざわつき始めた。


「嘘、本当に?」

「おーい! 教室で待ってる連中に連絡回せ! 編入生がユーグ様より強いって噂、嘘じゃないらしいぞ!」

「ユーグ様でも負けることがあるのか。……実は俺、前から本気を出せばユーグ様には負けないと思ってたんだよな」

「何だ、奇遇だな。実は俺も右腕に特別な力が眠っているような気がするし、それを解放すればユーグ様に勝てると思うんだ」

「ふっ、我もだ」


 この様子だと何を言ってもしばらくは収まりそうにないし、無理やり人混みを押しのけて進んだ方がよそうだ。


 まあ、その前に少しだけ言っておきたいことがあるけれど。


「おい、そこの三人! お前ら顔覚えたからな。今度、本当に強いのがどちらかその身に教え込んでやる」

「え、いや、ユーグ様! さっきのは違うんです!」

「そうそう。あれは全部冗談でして」

「その通りです。そして、もし敢えて誰かが悪いとすらなら、それは善良なわたくしめではなくそれ以外の二人です」

「あ、お前、ふざけんなよ、このデブ!」

「ユーグ様! 本当に悪いのは俺じゃなくそこのデブです!」

「な、我がデブだと。貴様ら、目にもの見せてやる!」


 明らかに俺を侮っている様子の三人組を窘めてやろうと声をかけると、なぜだか件の三人組は俺を放り出して魔法を使っての乱闘を始めた。


 炎が髪を炙り、水が頬を打ち、隆起した地面が足場を奪う。

 三人組の乱闘は中々の熱戦であり、見ている分には意外と面白い。

 街の見世物小屋で同じことをやれば、十分に金を取れそうだ。


「きゃ! ちょっと、あんたら何すんのよ! 今、危うく私の服に飛び火しそうになったじゃない!」

「知るか! そんな所にいるお前が悪いんだろ」

「何ですって! いい度胸じゃない。あんたら全員、まとめて地獄に送ってやるわ」

「なんだなんだ、喧嘩か? 面白そうだし、俺も混ぜてくれよ」


 三人組の魔法が掠め激昂した女子や、状況を理解してないくせに面白そうだからと飛び込む男子。   

 最初は三人だけだった乱闘騒ぎはいつの間にかどんどん拡大していき、辺りはいつ魔法をくらってもおかしくない危険地帯と化していた。


「シルヴァン、俺が言うのもなんだけど、未来の政治を担う貴族の子女がこれって、いろいろ大丈夫なのか? この国」

「本当にユーグ様が言えたことではないですよ。この学園でこのような騒ぎが当たり前になったのは、生徒の模範となるべきあなたやオレリア様の奔放な振る舞いが原因なのですから」

「なるほど。じゃあ、仕方ないな」

「まったく、少しは反省してください」


 シルヴァンの小言はてきとうに聞き流すとして、乱闘騒ぎのおかげで先程まで周りを囲んでいた生徒たちはそのほとんどが散っていった。

 これなら、俺は苦労することなく校舎の中に入れるのだろうけど。

 

 目の前にやってきたストレス発散のチャンスをみすみす見逃すというのも惜しい気がする。

 ここは、俺も一暴れさせてもらうとしよう。


「よし、サラマンダー! 今日は昨日の鬱憤を晴らすのも兼ねて、俺より弱い有象無象を蹴散らすぞ!」


 俺の呼び声に応じて、背後に炎の体を持つ竜が顕現する。


 このサラマンダーは俺が従えることに成功した四体の大精霊の一角であり、操る炎は万象を焼き尽くすとさえ言われる火炎系最上位の精霊だ。


「ははは、どけどけ! この俺、ユーグ・パラディールの凱旋だ! 道を開けろ!」


 サラマンダーが吐き出す炎を避けるため周囲の生徒が逃げ出しできあがった空白地帯を、俺とシルヴァンは悠々と歩く。


 実にいい気分だ。

 やはり、俺はこんな風に畏怖されていなければな。


 周囲に響く阿鼻叫喚の声と共に高揚感が最高潮に達しようとしたところで、俺の瞳は前方で金色の光が瞬くのを捉えた。


 金色の光、俺がそれを認識した瞬間にサラマンダーが吐き出す炎は金色に飲み込まれて掻き消え、目の前には音もなく一人の女が降り立った。


「随分と楽しそうね。せっかくだし、私も仲間に入れてくれないかしら」

「……リーズ」


 金色の光を纏い現れたリーズがどういうつもりなのかは知らないけれど、これはいい機会だ。

 どこか彼女への油断があった昨日と違って、今の俺はサラマンダーを背後に従え臨戦態勢となっている。


 ここでこいつを倒せば俺に関する屈辱的な噂を上書きすることもできるだろうし、今日こそ俺が勝利するときに違いない。


「いいだろう。俺が相手をしてやる」


 俺がリーズを敵と定めたのに呼応し、背後のサラマンダーも喉の奥に先程までとは比較にならない程の熱を溜め込み始めた。


「いくぞ」


 サラマンダーがその顎から溜め込んでいた熱を全て吐き出し、放たれた炎は大地を抉り焼失させながらリーズに向かって突き進む。

 直撃すれば骨も残さずに燃え尽きる圧倒的な熱の塊だ。


 いくらリーズでも対処するには手を焼くだろう。

 そう思っていたのに、向かってくる炎に対しリーズが行った動作は極めてシンプルなものだった。


 ただ、羽虫でも払うかのように右手を振るうだけ。

 そんな簡単な動作で、彼女の腕から粒となって舞い散った金色の光は全ての炎を掻き消してしまう。


「……うお、すげー!」

「あいつ、サラマンダーの炎をものともしなかったぞ!」

「もしかして、噂の編入生ってあの子なの?」


 いつの間にかギャラリーとなって俺たちの戦いを見守っていた生徒たちが、口々にリーズのことを褒め称える。


 リーズはそんな生徒たちを満足そうに眺めてから、自信満々に口を開いた。


「私は、この度生徒会長に就任することとなったリーズ・エルフェよ。そこのユーグと一緒にこの学園をより良いものに変えていくつもりだから、ぜひあなたたちの力を貸してちょうだい」


 リーズの発言を聞いて、既に興奮状態にあった生徒たちはより一層沸き立ち彼女の話題を周囲へ広げ始める。


 なるほど。

 こいつの狙いは俺を引き立て役にして自分が生徒会長になるのを生徒たちに認めさせることか。


 リーズが現れるまで生徒会長の任についていた俺に勝つ圧倒的な戦闘能力を見せられてなお彼女と敵対するような人間は早々いないだろう。


 口は悪いし身なりもてきとうだから、俺と同じでこういった小細工は苦手だと思っていたけれど。

 存外、リーズはこういう方面にも頭が回るらしい。


 


 




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