98.償いと快感、それと…
「もう朝か~」
部屋の窓から差し込む日差しを受けて、ミユウはシーツに包まりながらだらしない声を上げる。
日差しに容赦なく照らされたミユウの目の下には大きなくまがあった。昨日の夕方頃からベッドの上に倒れ込んだが、それ以降ほとんど眠りについていない。
疲労感があった。体は睡眠を求めていたはずだった。
しかし、それを妨げるように下腹部に激痛が走っていたのだ。
症状が出たのは3日前の昼ごろからである。
最初は腹部に違和感がぐらいに思っていたが、その日の夜には体を起こすのも億劫なほど、内臓の奥からズキズキとくる痛みに変わっていた。一歩進めば、その振動だけで悶えてしまいそうになる。
同時に、話をするアストリアたちの姿を見ているだけでも、なんとも言えない苛立ちがマグマのようにこみ上げてくる。
ミユウはそれをできるだけ周りにこのことに気づかれないよう努めていた。むしろいつもより元気に振る舞っていた。
町の中からともかく民家の影すらない道中で「お腹が痛い」「もう歩きたくない」などと口にすれば、それはお荷物以外の何物でもない。
仲間に厄介者にされるくらいなら苦痛を一人で抱え込んでいた方がマシだとミユウは考えていたのだった。
しかし、その我慢は既に限界を迎えており、宿屋に到着し、自分の部屋に入った時には周りに取り繕うことができなかった。
ミユウはふと自分の腹部を手のひらでさする。
どうやら昨日までがピークだったようで、今は僅かに痛みを残すぐらいだ。
痛みが治まると、今度は罪悪感がこみ上げてきた。
「昨日はアストリアたちに酷い態度をとっちゃったな……」
善意で誘ってくれたものを邪険に断ってしまった。
激痛に耐えかね、外で食事することができなかった。それは本当のことだ。
もし無理について行ったとしても、今度は自分の異常さを隠しきれず、みんなに心配されてしまうだろう。
自分の判断に間違いがなかったと思う。
しかし、もっと違う断り方はなかっただろうか?優しい言葉を選ぶことはできなかっただろうか?
あれではより心配されるし、多少なりとも彼女たちに悪印象を与えてしまったかもしれない。
これからも長い旅をしていく仲間と溝を作るのは避けたし、なにより彼女たちに嫌われたくはない。
「アストリアたちに会ったら、ちゃんと説明して謝ろ」
そう誓い、痛みを再発させないようゆっくりと上半身を起こす。
すると、コンコンコンとドアを3回ノックする音が聞こえた。
ミユウが「どうぞ」と中に入るように促すと、「失礼します」という返事とともにドアが開かれた。
そこにはアストリアが立っていた。
彼女はなぜか廊下を何度も確認しながら部屋に入り、音を立てないようにゆっくりとドアを閉めた。
「おはようございます、ミユウさん」
「おはよう、アストリア」
「申し訳ございません。どうしてもミユウさんに用がありまして。もしかして、起こしてしまいましたか?」
「ううん。大丈夫。さっき目が覚めたばかりだから」
「そうでしたか……」
アストリアは沈黙した後、ドアの前でずっと立っていた。
「どうしたの?あたしに用があるんでしょ?」
「はい」
「だったら、そこの椅子に座りなよ」
「そうですね。では失礼します」
アストリアは申し訳なさそうに、ミユウが指さした椅子に腰掛ける。
どうもおかしい。ミユウの顔色を伺っているようだ。
日頃から人に気を遣う彼女だが、今は弾薬を扱うぐらいの慎重さが見える。というよりかいつも以上に優しい。
「昨日のこと、気にしてる?」
「え?」
「いやさ。昨日、ご飯を誘ってくれたのに、キツい言葉で断っちゃったからさ。でも、あれは別にアストリアたちとご飯を食べるのが嫌だからじゃないんだよ?ちょっと調子が悪くて、苛ついちゃってて、ついあんな感じになっちゃったんだ。だからさ、その……ごめん」
ミユウの言葉を聞いて「うふふ」と笑い出した。
「え?何?何か変なこと言っちゃった?」
「すみません。予想通りだったものですから」
「予想通り?もしかして、あたしが調子が悪かったことに気づいてたの?」
「あくまで予想の範囲です。そうですね。お腹が痛くなったのは3日前ぐらいからではありませんか?」
「具体的な症状まで?!うまく隠してたつもりだったんだけど。そんなにわかりやすかった?」
「ずっと行動を共にしていたら、さすがに。それに私だけでなく、皆さんも気づいていたはずですよ」
「そうなの?!だったら、早く言ってほしかった……」
安堵したのか、ミユウはベッドに倒れ込んだ。
「申し訳ございません。しかし、この件はかなりナイーブな話で、下手に話しかけても迷惑になるかと思いましたので」
「それじゃまるで自分も体験したことがあるみたいな言い方だね」
「当たり前です。私たち女性には避けては通れないものですから。……おや?ミユウさん、もしや腹痛の原因をご存じでないのですか?」
「え?アストリアは知ってるの?」
「そうですよね。男性だったミユウさんには縁のないことですからね。知らなくて当然です。またその件は日を改めてゆっくりご教授いたします」
「なにそれ……そんなことより、あたしに用事って何なの?」
「そうです。忘れるところでした」
アストリアは咳払いをすると、その場で立ち上がり、ベッドに横たわるミユウの前でしゃがんだ。
「まずは確認を。もう体調は本当によろしいのですか?」
「う~ん。まだ痛みは残ってるけど、気にするほどじゃないよ」
「そうですか。それは良かったです」
「あの、もしかしてその確認がしたかっただけ?」
「そうではありません。体調の優れないミユウさんに無理やり計画を実行することは出来ませんから。そのための確認です」
「計画?実行?」
「うふふ……」
不適な笑みとともに、アストリアはパチンと指を鳴らした。
「ふんにゃっ!」
同時に、ミユウの上に重量感のあるものがのしかかる。
「ま、まさか……」
ミユウは体を小刻みに震わせながら目線を落とし、自分にのしかかっているものの正体を視認する。
いや、わざわざ確認する必要などなかった。こんな状況は今まで幾度と体験している。正体は火を見るより明らかなのだ。
「ティ、ティーク……」
ミユウは自分の天敵とも言える存在の名を口にした。
「ちょっとアストリア!これはどういうこと!自分で言うのもなんだけど、あたし今病み上がりなんだけど!」
「もう大丈夫だとご自身でおっしゃったではないですか。それに、それだけのお声を出せるのであれば、問題ありませんよ」
アストリアは涙ながらに抗議するミユウの頬を人差し指でつつく。
「うぅ~。やっぱり昨日のこと怒ってるんだぁ~。このままあたし笑い殺されるんだぁ~」
「安心してください。私は全く怒っていませんし、そのような恐ろしいことは考えていません」
「安心できるか!」
「いいですか。私はただミユウさんにマッサージをして差し上げたくて……」
「だったら、ティークじゃなくて、アストリアがやってくれたらいいじゃん」
「そうしたいのは山々なのですが、私にはマッサージの心得がありません。下手にすると、体を痛めてしまうかもしれませんし、間違えて、くすぐったいツボを押してしまうかもしれません」
「うっ。それは困る……」
「それに比べて、ティークさんはあなた以上にあなたの体を知っています。どこをどれだけの力で押せば、ミユウさんが気持ちよくなるか把握していますから、安心して任せられます」
「…………途中でくすぐったりしない?」
「はい。私がしっかりと制御しますから」
「でも、この前はアストリアの指示を無視してたような、ひゃん!」
いきなりティークに右脇腹をなぞられ、ミユウは甲高い悲鳴を出した。
目線を落とすと、ティークはまだかまだかと待ち切れんかのように、体をうねらせている。
「ミユウさん。これ以上あなたが駄々をこねられると、ティークさんが我慢できなくなって、私の言うことを聞いてくれなくなりますよ。そうなれば、以前のように暴走するかも……」
「ぬぬぬ…………じゃあ、お願いします」
諦めた。いや、ティークを召喚された時点で既に諦めはついていた。
抵抗しても状況が悪化するだけなのだと端から気づいていたのである。
ミユウは全身に無駄に込めていた力を抜いて、ティークに恭順の意思を表した。
「わかりました!」
ミユウの言葉を聞いたアストリアはニコッと笑い、ティークに目線で合図を送る。
それを受け取ったティークはミユウの首から下をその巨体でゆっくりと包み込んでいく、完全にミユウの体はティークの支配下に置かれてしまった。
「アストリア。もう一度言うけど、絶対にくすぐらないでよ!絶対だよ!いきなりくすぐり出したら怒るからね!」
「うふふ。おかしなことをおっしゃいますね。くすぐられたら、怒ることはできないではないですか?」
「うっ。やっぱり……」
「冗談です。絶対にくすぐりはしませんから。では、始めてください」
アストリアの指示を受けて、ティークは全身を動かし始めた。
そして、ティークはミユウの腰をゆっくりと圧をかけていく。
次の瞬間、
「ふにゃぁ~~~~」
ミユウが上げたのは笑い悶える声でもなければ、悲鳴でもない。
気の抜けた声だった。さながら、気を許した主人に腹部をなでられる猫の鳴き声のようななんとも間抜けな声である。
そう。ミユウの全身を支配するのは激しいくすぐったさではなく、天にも昇るような快感だった。
ティークがミユウの凝っている場所を適切な力具合で指圧(?)することで、今までの長旅の中で貯めていた疲労が消えていく。
その瞬間ごとに漏れ出る声をミユウ自身抑えることができなかった。
アストリアはベッドの縁で頬杖をしながら、緩みきったミユウの顔をニヤニヤと見つめていた。
「お加減はいかがですか?」
「き、きもちいぃ~。全身がどんどん軽くなっていく~」
「それは何よりです」
ミユウの答えにアストリアはニコッと笑った。
「でも、どうしてあたしをマッサージをする気になったの?」
「ミユウさんが苦しんでいることに気づいておきながら、見ないフリをしてしまったことに対するお詫びですよ」
「えへへ。そんなこと気にしなくてもいいのに」
「ではマッサージはこれで終了にしますか?」
「やだ~。もっと続けて~」
「はいはい。ミユウさんは甘えん坊ですね」
その後、ミユウは姿勢を変えながらティークからのマッサージを楽しんでいた。
すると、アストリアは所持してた懐中時計に目を向け、時間を確認する。
アストリアがミユウの部屋に入って、10分経っていた。
「もうこのような時間ですか」
そうつぶやくと、アストリアはその場で立ち上がる。
「どうしたの?どこかに行くの?」
「いいえ。もうそろそろ計画の第二段階に移ろうかと」
「え?第二段階?」
ミユウの脳内に疑問符が浮かぶ。
すると、ティークはミユウの体を仰向けに直した。
「ミユウさん、今からもっと気持ちよくなりますよ。楽しみにしてくださいね」
アストリアはミユウの耳元でそう囁き、ウインクを飛ばす。
なぜだろうか。そのウインクを受けたときにミユウの背筋に悪寒が走った。
「アストリア?あの……」
「さあ、始めてください」
「ちょっと待っ、あぁぁん!」
ミユウは艶かしい喘ぎ声を漏らす。
ティークがいきなり股関節のツボを押し始めたからである。
「はぁ、はぁ、いきなり、なにするの。くしゅぐらないって、いぁん!言ったじゃん……」
「くすぐりではありません。マッサージです」
「どこが、マッサージな、ひにゃっ!」
「大丈夫。今は戸惑うかもしれませんが、徐々にやめられなくなりますから」
アストリアと話している間もティークはミユウの口にすることが憚られる際どいツボを絶妙な加減で押し続け、その度に甲高い悲鳴を上げる。
ティークに完全に拘束されている上に、数十分間マッサージを受けて全身の力が奪われてしまい、全く抵抗ができない。
次第にミユウの呼吸は大きく、荒くなっていく。身体の底から熱がこみ上げ、皮膚から汗が湧き出る。汗だけでなく、涙や唾液で顔がぐちゃぐちゃになり、とても人前に出せるものではない。
嫌なはずなのに、僅かながらに心地よさを覚える初めての感覚と感情。
ミユウの脳でもう既にまともな思考ができなくなっていた。
「ら、ら、らめぇ~~~~」




