96.長い夜の終わり、そして…
「急ではありますが、メイリスさんにはこれからの旅にご同行いただくことになりました!」
野営地で待機していたミユウたちの前で、アストリアが意気揚々と宣言した。
ミユウ・サヤ・シュナの三人はポカンと目を丸くし、アストリアの右隣にいたイリイナはミユウたちの反応が滑稽だったのか笑いそうになるのを必死でこらえ、紹介された当人であるメイリスは恥ずかしそうに頬をかいていた。
10秒間の沈黙を打ち消したのは、サヤの一言だった。
「え?どういうことなの?さっきまでアスねぇもにぃにも殺されかけてたよね?それがどう転んだらそんな話になるの?」
「まあ簡単に言えば、メイリスさんと和解したというか……」
「ちょっと待ってくれ。その説明は誤解を招く。僕はまだ君と和解したつもりはないよ。あくまで君が生きるに値するかどうかを見極めるために一緒に行動するだけだ」
「それはほら、方便というものですよね。ヒーリスト聖教の聖職者である以上、魔術族の私と仲がいいというのは体裁が悪い。だから、“私を監視するため”という名目で自分の行動を正当化しようとしている。ほら、メイリスさんも昔おっしゃっていたではないですか?世の中には嘘をついた方がうまく収まることがあると」
「人聞きの悪いことを言うな!それだと僕がよく嘘をついてるみたいじゃないか!それとさっきのは名目とか建前とかそんなのじゃなく、本音だ。生きるべきではない存在だと確信したら僕は躊躇いなく君を殺すよ」
「この人、アスねぇの寝首をかくつもりだよ!やっぱりあの時助けるんじゃなかった。いや、今からでも遅くない。人の寄りつかないほど奥のほうに縛りつけて餓死させるか、窒息死するまでくすぐり続けるか、それとも……」
「ひぃっ!」
具体的な抹殺計画をつぶやくサヤに、メイリスは命の危機を感じた。
「もうサヤさん。メイリスさんに手を出すことはこの私が許しませんよ」
「で、でも~アスねぇが心配なんだよ~」
サヤは涙ぐみながら、アストリアの胸元に顔を埋める。
そんな彼女の頭をアストリアは優しくなでた。
「心配していただき、ありがとうございます。サヤさんの心遣いは嬉しいのですが、どうか私のわがままに付き合っていただけませんか?」
「で、でも……」
「これは二人で決めたことや。うちらは見守るしかできんよ」
「じゃあ、もしアスねぇに万が一のことがあったら?」
「そうならんようにうちらが監視すればええ。もし変な行動を少しでもすれば、容赦なくお仕置きをしようやないか」
「……それもそうだね」
「それじゃ僕の身の方が危ないじゃないか……」
「ん?何か言った?」
「いや、何も言ってないよ」
アストリアたち4人がワイワイと話している中、2人の少女が蚊帳の外状態になっていた。テントの隅で横になっているミユウと、彼女のそばで介抱しているシュナである。
「なあミユウ。ボクには何のことやらサッパリなんじゃが、あの修道服を着た人が君やアストリアを殺そうとしたんか?」
「まあ一応そうだね」
「アストリアはええって言いよるけど、君は彼女と一緒に旅をするんはええんか?」
「アストリアがいいんだったら、あたしは何も言わないよ。別に恨んでるわけでもないし。それにメイリスは思い込みが激しいところはあるみたいだけど、根は優しい人だと思う。きっと本気でアストリアを殺す気もないだろうね」
「そうか……」
「……そういうシュナはなんだか不満そうだね?」
「なんでそう思うん?」
ミユウはシュナの背後を指さした。その先にはだらんと下がったシュナの尻尾があった。
シュナはそれに気づくと、顔を真っ赤にしながら両手で尻尾を隠す。
「それ、嫌なことがあったときの反応だよね。長い間一緒にいれば嫌でもわかるよ」
「まさかミユウなんぞに気づかれるとは。ふ、不覚じゃ……」
「何気に酷いこと言うね。で、なにが不満なの?あたしとアストリアを殺そうとしたこと?」
「……キャラかぶり」
「え?」
「今まで自分のことを“ボク”と呼んどったんはボクだけじゃったのに、あの修道女さんも自分のことを“僕”呼びじゃ。これじゃ、ボクの存在感が薄うなってしまうじゃろ」
「一体なにに危機感をもってるの……シュナには獣耳と尻尾があるし、その独特のしゃべり方もあるんだから別にいいじゃん。十分個性は出てると思うよ」
「そうかのう……」
すると、気づかぬ間にメイリスが二人に近づいて、地面に両膝をついていた。
「ミユウ。目的のためとはいえ、君の命を奪いかねないことをしてしまった。本当に申し訳ない」
「別にあたしはなんとも思ってないからいいよ。内容はどうあれ、メイリスはあたしのことを思ってやったんでしょ?」
「いや。あの時の僕は自分の感情に行動してしまったんだ。君の為と無理矢理正当化していたが、アストリアに殺された同胞たちのためにやったんだと、いや、それも違うね。本当は僕の鬱憤を晴らしたかっただけだったんだ。聖職者として人として失格だよ、僕は」
「感情に流されちゃうことなんて誰でもあるよ。それが人間族でも、魔術族でも、もちろんエルフ族もね。過ぎちゃったことは仕方ないんだから、大事なのは同じ間違いをしないようにすることじゃないかな?」
「あはは。まさか助祭になって説教を受けるはめになるとは。これじゃどっちが聖職者かわからないね……」
メイリスは無理矢理に口角を上げた。
真面目すぎるが余りに自分の行動に対する罪の意識が人一倍で、全てを真っ向から受け止めてしまうのだろう。
「これから一緒に旅をするんだからさ。そんなに気を遣われるとかえってこっちが緊張するよ。さっき“こちょこちょくん”で罰を受けてたでしょ?あれで今回のことは水に流したことにしよう」
「しかし……」
どうも煮え切らない態度のメイリスに、業を煮やしたシュナが口を挟んだ。
「君もしつこいのう。本人がそれでええっていいよるんじゃけん。それでも気が済まんいうんじゃったら、もう一度“こちょこちょくん”にくすぐられたらええんとちゃうか?」
「え?」
“こちょこちょくん”という言葉を耳にしたメイリスの全身は一瞬ピクッと震わす。
ちなみに、今回関係のないミユウもなぜか反応した。
「あはは。それはちょっと……」
メイリスは苦笑いを浮かべながら、後ろに下がる。
しかし、そんな彼女の右肩を力強く掴む手があった。
恐る恐る振り返ると、怪しげに笑うサヤの姿が間近にあった。
「それはいいねぇ。あたしはまだあなたのことを許せてないから、その分をしっかり精算してもらおうかな。ねえ、イリねぇ?」
「よっしゃ。まだ実験が終わってないやつがぎょうさんあるからな。せっかくやし、被検体になってもらうおうか」
「あわわわ……」
恐怖を顔全面に出すメイリス。先ほどまでのお仕置きが脳に身体にしっかりと刻まれているようだ。
すると、アストリアがパンパンと手を叩く。
「こらこら、お二人とも。メイリスさんを困らせてはいけませんよ。ほら、冗談を真に受けて怯えていらっしゃるではありませんか」
「あたしは本気だったんだけどな……」
「サヤさん、何かおっしゃいましたか?」
「ううん!何でもないよ!」
「とにかくです。メイリスさんはこれから私たちと行動を共にするのです。お互い仲良くしましょう。ね?サヤさん?」
「で、でも!」
「聞き分けのない方にはその身体でご理解頂くことになりますが……」
アストリアは右手で指を鳴らす準備をする。
「仲良くしようね、メイリスさん!」
とっさにサヤはメイリスの両手を握って、友好の証をこれ見よがしに示した。
「いやだから、僕はアストリアと仲良くする気は、痛っ!」
サヤは一瞬メイリスの両手を握る力を強くする。そして、メイリスの耳元に口を寄せて囁く。
「ちょっと話がまとまりかけてるんだから、話を合わせてよ。それともイリねぇの作品の実験台になりたいの?」
「うっ。し、仕方ないな~。君とミユウには命を助けてもらった恩もあるし、君たちの顔を立てて、和解してあげるよ」
その姿を見たアストリアはニコッと満足げに笑った。
「では、皆さんが仲良くなったところで夕食にいたしましょう」
「そうじゃのう。ボクも腹が減ってしもうたわ。みんなにできるだけ温かいもんをすぐ食べられるようにしとるけん、安心しい」
「さすがはシュナさんです。ミユウさんは食べられますか?」
「うん。むしろいろいろありすぎて、お腹減ってる」
「お腹が減るということは元気な証拠ですよ。メイリスさんも召し上がりますよね?」
「いいのかい?」
「もちろんです。メイリスさんには私たちがあなたがお預けをしている前で平然と食事できるように見えますか?」
「いや、そんなことは……。しかし、その分、量が減ってしまうじゃないか」
「今回は多めに作っとるけん、その点は心配せんでええよ」
そのとき、メイリスの腹部から間抜け音が響き、メイリスは顔を赤く染める。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「あはは。急に素直になったのう。ええことじゃ。じゃあ、ボクは準備にかかるけん、もう少し待っといてな」
「だったら僕も手伝うよ。タダ飯にありつくつもりはないからね」
「じゃあ、あたしも手伝う!」
「では、私も……」
「アストリアはええ!そこでじっとしとき!」
「ほら、にぃにの側にいてあげて!」
「そ、そこまで怖い顔でおっしゃらなくても……」
その後、ミユウたちは遅めの夕食をとり、後片付けを済ませると、すぐに睡眠をとった。
ーーー
次の日の朝、ミユウは目を覚ました。
このとき、既にアストリア・イリイナ・シュナは起きていて、それぞれの荷物をまとめていた。
「あれ?みんなもう起きてたの?」
「ミユウとサヤが遅すぎるんや」
ミユウは目を擦りながら隣を見ると、サヤがまだ幸せそうに夢を見ていた。
「相変わらずお二人は朝に弱いですね。似たもの姉妹ということでしょうか?」
「あたしは体力を戻すのに時間がかかってただけで」
「はいはい。言い訳は結構です。それより、そろそろお隣の寝ぼすけさんを起こしてください」
「わかったよ」
ミユウは不満を顔に出しながら、寝ているサヤの肩を揺らす。
「サヤ、朝だよ」
「ん、ん~~」
「みんな出発の準備してるよ。早く起きて」
「い、や……」
「起きないとここに置いていくよ」
「…の……ス…る……」
「ん?何?」
言葉を正確に聞き取るため、ミユウはサヤの口元に耳を近づける。
「にぃにが、キスしてくれたら、起きる……」
「…………ダメだ。残念だけど、起きないなら置いていこう」
「…………はむっ!」
「ひにゃ~~~~」
サヤは何の前触れもなくミユウの耳に食らいついた。正確に言えば、甘噛みと言うべきだろう。
そのまま、全身の力を奪われたミユウに抱きつき、彼女を拘束した。
「にゃ、にゃにするの~~」
「かわいい妹を置いてけぼりにしようとした罰だよ。こちょこちょこちょ~」
「いやはははははははははは!」
サヤはミユウの耳から口を離すと、彼女の両脇に手を突っ込んでくすぐる。
くすぐられるミユウは足をバタバタさせながら笑い悶える。
「君ら何を遊んどるんじゃ。さっさと着替え」
「はーい!」
シュナの声かけにサヤは元気よく返事すると、力の抜けたミユウを仰向けに寝かせて体を起こす。
そして、周囲を見渡すとあることに気づく。昨日の夜まで一緒にいたメイリスの姿がなかった。
「あれ?メイリスさんは?」
「メイリスさんは朝早くにここを立ちましたよ」
「え!やっぱりあたしたちと一緒にいるのが嫌になったの?!」
「どうしてそう嬉しそうな顔をされるのですか?他の野営地に自分の荷物を置きっぱなしにしていたので、それらを取りに行かれました。後日、私たちと合流されるそうです」
「なーんだ」
「どうしてそう残念そうな顔をされるのですか?」
「なんでもないよ。さてと、着替えよーっと」
「ミユウさんもいつまでも倒れていないで、着替えてください」
「ひゃ~~い」
こうして、ミユウたちは野営の道具を片付けた後、この日の10時頃に野営地を立った。




