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チートな俺が、チープなあたしに変わったら、くすぐりに悩まされる日々が待っていました  作者: 広瀬みつか


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87.信じるもの、だからこそ…

「う~~ん……」

 ミユウは寝返りをする度につき刺さる硬く、鋭い痛みで目を覚ました。

 まだ鉛のような疲れが全身に残っている。どうやら十分に休めていないらしい。

 それもそのはず、石が転がっているような環境で質のいい眠りにつけるはずがない。

 意識のはっきりしていないまま背伸びをした。

 彼女の視界には木が生い茂っている。そして、木々の間からは星空が覗いていた。

「あれ?あたしはなんでこんなところで眠っていたんだっけ?」

 ミユウは今までの経緯を整理することにした。

「確か午前中にアストリアたちと“サクトス”を出発して、夕方前ぐらいに野営場に到着したんだっけ?それでサヤと一緒に薪を集めに森の中に入って、それから…………はっ!」

 このとき、自分がどのような状態にあるのかを鮮明に思い出した。

 野営場へ帰る途中に空腹で倒れていた少女を見つけ、サヤは彼女に食べさせるための食料をとりに野営場へ、そして、自分はサヤが帰ってくるまでこの場所で待っていたのだった。

「見守るためにここに残ったのに、寝てたんじゃ世話ないよね。……そういえばあの人は?」

 思いっきり上半身を起こす。

 すると、自分の足元に少女が倒れていた。

 ミユウと同じぐらいの年の彼女は全身に青い衣服をまとっていた。

 頭には髪を覆い隠すようにベールをかぶっている。首からは十字架に太陽と三日月を重ねたような独特の形状をした銀色のペンダントをぶら下げていた。

 彼女はまだ目を覚ましていないが、安定した呼吸を静かにしている。

 今のところは命に別状はないらしい。

「良かった。もし寝てる間に死んじゃってたら、後味悪すぎたよ」

 ホッと胸をなで下ろすミユウ。

 その瞬間、目の前の少女の腹部から「ぐ~~」と音が鳴り響いた。そして、苦悶の表情を浮かべながら、うなり声を上げる。

 自分が寝ている間もずっと空腹で苦しんでいたのかと思うと、このまま放っておいたことに罪悪感を覚える。

「そういえばサヤがお菓子を置いていってたな。一向に戻ってくる気配もないし、それでも食べさせよ」

 ミユウは自分の足元に置いてあった袋から一枚のクッキーを手に取る。

「さっきはこれで目覚めてたな。また飛びつかれたらどうしよう」

 ミユウは有事の時に驚かないよう大きく深呼吸をしたあと、猛獣に餌をやるようにクッキーのひとかけらを恐る恐る彼女の口元に近づける。

「……あれ?」

 クッキーと口との距離は約五センチまで近づけたが、起きる気配がない。

「完全に気を失ってるのかな?あの衝撃波だったら、ちょっと指先で押されたぐらいなのに……」

 警戒していた緊張の糸を緩めた。

 その瞬間、それを狙っていたか、何の前触れもなく口を開けて、ミユウの右手の指ごと捕食してしまった。

「はむはむはむ……」

 彼女はクッキーを完全に飲み込んだあとも、ミユウの指先に付着した欠片を残さず味わうように舐め回す。

「ちょっ、まっ、く、くすぐったいって、にははははははは!」

 普通の人間なら僅かにくすぐったいぐらいのことで済む。

 しかし、魔術印により感度が異常になったミユウにとっては極度の苦しみなのである。

 何度も手を口から抜き出そうとしたが、常人とは思えない吸引力でミユウの指を放さない。


 指が解放されたのは十分後である。

 ミユウは唾液にまみれた自分の指を服の裾で拭いた。そして、未だ舐められた感触が残る指先を涙目になりながらさする。

「う~……。食べられるかと思った……」

 目の前の少女は久しぶりの食事に満足したのか、口をモグモグと動かしながらニヤついていた。

「人の手を食べておいて、なんて幸せそうな顔をしてるんだろう」

 自分も今日一日歩き続けて疲れているし、腹も減っている。

 それなのに、なぜ今日出会ったばかりの他人のためにここまでしないといけないのか?なぜ指を食べられないといけないのか?

 それを彼女にぶつけるのが見当違いなのは理解している。

 しかし、人の心とは理屈や道理で割り切れるほど簡単なものではないのだ。

 ミユウはどうしても彼女に文句を直接言いたいと思った。そうしないと、このモヤモヤを晴らすことはできない。

 ミユウは少女の肩を掴むと、力強く前後に揺らす。

「おーい!起きて!もう起きているんでしょ!」

「う、う~~ん……」

 不機嫌なうなり声を上げる。そして、ゆっくりと目を開け、エメラルドのように緑に輝く瞳を見せた。

「一体なんだ?せっかく久しぶりにおいしいお菓子を食べる極上の夢を堪能していたのに」

「誰のおかげでそんな幸せな夢が見られたと思ってるの?」

「あれ?なぜか口の中が本当に甘い。というか……」

 少女は目を擦りながら、ミユウの顔を凝視する。

「君は誰だ?」

「あのね……もういいや」

 自分勝手に話を進めていく自由奔放な彼女に一瞬カッとしたが、ここで感情的になっても仕方ないと冷静になる。

「あたしはミユウ。この森を歩いていたら、あなたが倒れているのを見つけたから……」

「寝ている間に僕を襲っていたのかい?!すまない。僕には女の子と交わる趣味は……」

「違うよ!変な勘違いしないで!」

「確かに服を脱がされた形跡がないね」

「まったく、なんでそんな発想が真っ先に出てくるの……。あたしはあなたが目覚めるまで看てあげてたの」

「ということは、僕の口の中に残るこの甘味も……」

「あたしの妹が持ってたクッキーを食べさせたんだよ」

「そうだったのか。気を失っていたところを助けてくれただけでなく、貴重な食料を恵んでいただき、感謝している。そんな命の恩人を強姦扱いしてしまった。気が動転していたとはいえ、無礼なことを言ってしまった。本当にすまないことをしたよ」

 少女は仰向けに倒れたまま、胸の前で手を合わせ、感謝と謝罪の言葉を口にする。

「“命の恩人”って。そんなに大げさなことじゃないよ。人が倒れてたら、誰でも助けるよ。それに……」

「それに、なんだい?」

「ううん。何でもない!」

 ミユウは最初は軽い興味本位で近づいたことと、間接的であったが、妹のサヤが彼女に攻撃をしてしまったことへの罪滅ぼしのために看ていたのだということを言おうとしたが、話がややこしくなりそうだったのでやめた。

「そんなことより、体調の方はどう?」

「そうだね。実を言えばね、十日ほど水以外何も口にしていないんだ。今ももうほとんど力が残っていない」

「十日間も!どうして……」

「情けない話なんだよ。森の中で薪を集めていたんだが、完全に迷ってしまった」

 ミユウはその話を聞いたときにシュナとはじめて出会った時を思い出す。彼女は方向音痴で、森の中を彷徨っていたところに出会ったのだ。

 そういえば、その時のミユウは目の前の少女のように数日間断食をしていた。いや、させられていた。

 確か、あの時は五日間飲まず食わずの状態で、一瞬幻覚が見えるほど衰弱していた。

 その二倍の期間ともなれば、衰弱具合もかなりのものだろう。

 サヤに飛びかかったり、クッキーとともにミユウの指先を食べたりするのも頷ける。

「助けてもらった上にまたがっつくようで申し訳ないのだけど、食料をもう少し恵んではいただけないだろうか?」

「妹が置いていったクッキーが何枚か残ってる。本当に少ないけど、腹の足しにして」

「今は口に食べ物を入れるという事実だけでも十分幸福だ。ありがとう。ありがたくいただくよ」

 ミユウは袋からクッキーを取りだし、彼女の口元に運ぶ。

 また指ごと食べられてしまうのではないかとビクビクしていたが、今度はクッキーだけを咥えた。

 少女はゆっくりとクッキーを口の中に運び、ザクザクと音を立てながら食していく。

 全てを飲み込んだことを確認すると、同じようにクッキーを口元に運び、咥えさせる。

 それを数度繰り返し、袋の中を空にすると、少女はふぅーと満足げに息を吐いた。そして、ようやく自分の力で上半身を起こした。

「いやー、重ね重ね申し訳ないよ」

「いいよ。あたしも似たような経験をしたことがあるからね。他人事とは思えなかったんだ。けど、もう体を起こしてもいいの?あれだけじゃ力が入らないんじゃない?」

「大丈夫。僕たちエルフ族は普通の人間と比べると、極端に食べる量が少ないんだ。パン数個食べれば、十分に腹が膨れるぐらいだからね」

「え?」

 ミユウは小首を傾げる。

「おや?どうしたんだい?あ、そうか!まだ自己紹介していなかったね。僕の名前は“メイリス・トロイアス”だ。ほら、見ての通りのエルフ族だよ」

 メイリスは青いベールを頭から外す。

 すると、ベールに隠されていたエメラルド色の滑らかな髪が姿を現した。月光が髪に照らすと、真っ暗な森の中で神々しく輝いていた。

 彼女は髪をかき上げ、ミユウに自分の耳を見せる。

 その耳は普通の人間のそれとは異なり、鋭く尖っていた。

 “エルフ族”

 森深くに居住をし、自然と共に生活をする“森の狩人”や“森の聖人”とも呼ばれる種族だ。

 メイリスのような尖った耳と麗しい容姿が特徴的であり、数千年以上の寿命と不思議な力を持つ。

「エルフ族なんて初めて見たよ!」

 ミユウは英雄を目の前にした少年のような眼差しでメイリスを見つめた。

 彼らの存在は他種族と比べるとよく知られており、古くから伝わる物語、特に冒険譚などに登場している。

 世間の常識に疎いミユウでもその名前は脳内に輝かしく刻まれていた。

「あれ?けど、さっき森の中を迷って何日間も食べてないって言ってたよね?エルフ族なら森の中で迷っても自分で食料とか探せるもんなんじゃないの?」

「ああ、なるほど。それは森の中でずっと生活をしている“フォレストエルフ”のことだね。物語とかでは彼らがよく描かれているから、そっちのイメージが強くて、エルフはみんな森の中に住んでいるって勘違いする人が多いんだ」

「あなたは違うの?」

「僕は“フォーリーエルフ”という部類でね、人間たちの作った町で住んでいるんだ。僕自身、生まれたのは公国内ではかなりの大都市なんだよ。だから、こんなところで狩りをしたり、木の実を採集したりなんかはできないわけさ」

「そうなんだ……」

 ミユウは少しだけがっかりした。

 子どもの頃に聞かされていた物語のエルフ像とはかなりかけ離れていたからだ。

 それなら森の中を駆け回っていたミユウの方がよっぽどエルフ族らしい。

「期待に添えなくてすまなかったね。でも、生まれてから何度もこの説明をさせられ、その上勝手にがっかりされる僕の身にもなってほしいものだよ」

「なんだか、ごめんね……」

 不機嫌そうにベールをかぶり直すメイリス。

 なぜか彼女に申し訳なく思い、ボソッと謝罪の言葉を口にした。

「それでなんで森の中を彷徨っていたの?ここに住んでるならともかく、あなたは町で暮らしているんでしょ?それにその恰好、どう見てもこんなところを歩くには不向きだよね」

 彼女の着ている服の布面積は大きい。

 手首足首まで布生地に覆われ、少し歩いただけで木の枝に引っ掛かってしまうことは簡単に予想できる。

 大きな道を歩くのであれば問題はないだろうが、木々が生い茂るこの場所を移動することは難しいだろう。

「ふふふ。よくぞ気付いてくれたね」

 メイリスは不敵な笑みを浮かべると、その場に立ち上がり、左腕を真横に広げ、右手で首にぶら下げていたペンダントを天高く掲げ、両目を閉じた。

「心して聞きなさい。我が名は“メイリス・トロイアス”。偉大なる我らが神“シリスト”様の忠実なるしもべの一人であり、“ヒーリスト聖教”助祭の任を務めている者です。この世の救いを求めるものにシリスト様の恩恵を広めるために巡教を行っています」

 凛々しく声色を変えたメイリスが名乗りを終えると、彼女の正面から風が吹き、その衣服の布をバサバサとはためかせた。

「………………?」

 メイリスは確認のため片目を開ける。

 目の前にはキョトンとした表情でメイリスを見つめているミユウの姿がある。

「あれ?おかしいな。聞こえていなかったのかな……。心して聞きなさい。我が名は“メイリス・トロイアス”。偉大なる……」

「あの~」

「……なんだい?あまり途中で止められたくはないんだが」

「ごめんね。もしかして、さっきのをもう一回言おうとしてる?それだったら、ちゃんと聞こえてたよ」

「…………」

 メイリスは静かに両腕を下げる。

「……君、もしかして、ヒーリスト聖教を知らないのか?」

「うん。知らない」

「そうか。そうなのか……」

 メイリスはゆっくりとしゃがみ、両手でミユウの両肩をがしッと掴む。

「そ、そんなわけないよね!だってシリスト様だよ!ヒーリスト正教だよ!大陸全体の人口の三分の一が信者だって言われてる一大宗教だよ!」

 メイリスはミユウの上半身を激しく揺らす。さっきまで空腹で倒れていた人物とは思えないほどの力だ。

 ミユウは彼女の想定以上の力と血走った目に恐怖を感じた。

「落ち着いて!痛い、痛いから!首がもげるから!」

「はっ!」

 我に返ったのか、メイリスはミユウの両肩から手を離す。

「すまない。あまりにも予想外の反応と返答に気が動顛してしまったよ」

「こっちこそごめんね。あたし、最近田舎から出てきたばかりだから世間のことに疎いんだ。気に障っちゃったかな?」

「いいんだよ。世界は広いんだ。僕たちのことを知らない人だっているのは当り前さ。むしろ君たちのような人たちにシリスト様の教えを広めるのが僕の責務だというのに。こんなことで動顛している場合ではないな」

 メイリスは深呼吸をした後にその場に正座をした。

「もう一度説明するよ。僕はシリスト様を信仰するヒーリスト聖教助祭を務めている」

「助祭って?」

「助祭というのは教会内の位階の一つだよ。君は見たところ旅人のようだね。それだったら、今まで訪れた町でこの紋章を掲げた建物を目にしていたと思うんだが」

 メイリスはミユウにペンダントを見せる。

 確かに、大きな都市の中にそれと同じ紋章が描かれた建物があった。他より大きく、威厳に満ちたその建物の中にはメイリスのような衣装を着た人物が出入りしていた。

「あれはヒーリスト聖教の教会でね。助祭はその教会の中で司祭の次ぐ立場だよ」

「ということは、メイリスはとっても偉い人ってこと?」

「そうだね。自慢するようだけど、公国からは子爵貴族と同格に扱われているよ」

「でも、そんな高い身分なのになんで巡教なんかしてるの?いくら道が整備されているといっても危険が多いし、もしものことがあったら大変でしょ。もっと下の人がやるものじゃないの?」

「え?そ、それはその……ほら!未熟な者に教えを広めるという重要な職務を任せるわけにはいかないのだよ!それに教会にずっと引きこもっていては得られないものもあるからね。一種の修行という訳さ」

「へぇ。なんだか大変だね」

 何かをごまかしているように見えたが、ここは深く詮索しないようにしよう。

「そんなことはどうでもいいのさ!それよりも君に今から僕を助けてくれた恩返しをさせてよ!」

「急に何?恩返し?そんなのいいよ」

「ううん。恩を返さず、放置してしまえば、ヒーリスト聖教助祭の名に泥を塗ってしまうことになる。シリスト様へ顔向けができなくなるよ。どうかここは僕の誠意を受け取ってほしい」

 ミユウの手を力強く握り、顔を近づけて懇願するメイリス。

 これ以上拒否しても仕方がないと思い、首肯する。

「ありがとう。といっても、見ての通り君に手渡せるようなものを持ち合わせていない。だからさ、今から君にシリスト様の恩恵を授けたいと思うんだ」

「恩恵?」

「そう。今後の君の旅に災いが訪れないようにするのさ。簡単に言えば、安全祈願のおまじないみたいなものだよ」

「具体的にはどうするの?こんなところでできるの?」

「こう見えても僕は助祭だ。いくつもの修行を乗り越え、司教様ほどではないが、聖なる奇跡の力“聖力”を使うことができるんだ。その力の一部を君の身体に宿すことでシリスト様の恩恵を授けることができる。大体効き目は一年間、その間は聖なる力が必ず君を守ってくれるはずさ。祭式に特別必要なものもないから、いますぐできるよ」

「じゃあせっかくだし、お願いしようかな。それであたしはどうすればいいの?」

「後ろを向いてくれ。そして、服をめくって背中を見せてくれ」

「背中?それも直接?」

「元来こういった力を人の体に宿すときには背中にと決まっているんだ。服の上からでもできるが、今の僕の力では確実にできる自信がない。だから、できるだけ直接君の肌に触りたんだよ。もし気乗りがしないなら、無理強いはしないけど」

「その方がいいって言うんだったらそうするよ」

 ミユウはメイリスに背を向けるように座り直すと、服の裾を持ち上げた。

 いくら二人以外誰もいないとはいえ、外で肌を晒すのは恥ずかしい。

 いや、これまでにも多くの人前で下着姿になったことは幾度もあったが、こればかりは慣れるものではない。むしろ慣れてしまいたくない。

「もしかして緊張しているのかい?」

「少しだけ……」

「あはは。みんなそう言うよ。でも恐れることはない。別に痛いことをするわけではないんだからね。むしろ体が温まって気持ちよくなるぐらいさ。だから、リラックスして」

「分かった」

「ではいくよ」

 メイリスは胸の前で両手を合わせ、数十秒間黙祷をする。

 そして、右手の掌でミユウの背中に触れる。

「ひゃう!」

 メイリスの少しだけ冷えた手で、敏感な背中を触れたことで、ミユウは思わず甲高い声を出してしまった。

「大丈夫かい?」

「き、気にしないで。驚いただけだから……」

「……続けるよ。『我が父なる主シリストよ。その普遍なる真理と広大なる慈悲に従い、我が意に答えよ。左にはその信仰の証を、右には施しを求めんとする者を。公明は常に我が天を照らす……』」

 メイリスが詠唱を唱えると、彼女の右手から青い光が放たれ、ミユウの背中は春の陽だまりに包まれたかのように暖かくなっていく。

(なるほど。これがメイリスのいう聖なる力か。確かに、これを体験したら、神様っていう存在を信じちゃうよ)

 この時ミユウは完全にメイリスの力に身と心を許してしまい、ヒーリスト聖教教徒になることもやぶさかではないと思い始めていた。

 そんな時だった。


 バチッ!


「「きゃっ!」」

 優しくミユウを温めていた力が、激しい電流と火花と変貌した。

 その衝撃は激しく、ミユウは前方に飛ばされてしまった。

「いてて……」

 ミユウは背中をさすりながら、後ろにいるであろうメイリスの状況を確認するため振り向いた。

 彼女は後ろへと飛ばされ、仰向けで地面に倒れていた。

「メイリス、大丈夫?」

「…………」

 メイリスは答えない。倒れたまま、自分の右手をジーっと見つめていた。

 彼女の右手は青白い電流がビリビリと走る。

「一体何があったの?もしかして失敗しちゃった?」

「……ねぇ、教えてくれないかな?」

「?」

「ミユウ、君は一体何者なんだい?」

「え?どういうこと?」

「普通の人間なら力がすんなりと浸透していくはずなんだが、そうはならなかった。君の身体はこの力を拒否したんだ」

「拒否をした?なんで?」

「なぜそうなったのかはわかっている。原因は一つしか考えられないからね」

 上半身を起こしたメイリスは自身の右手をミユウに見せた。

 彼女の右手には青白い電光と黒い電光が混じり合いながら走り合っていた。

「君の体に“聖力”と相反する邪悪なる力がまとわりついているからさ」

「邪悪なる力?何のこと?まったく覚えが……」

「そんな訳がない。このような強力で禍々しい魔の力を背中から発しているのに、当人が気づかないはずがない!」

「魔の力?…………ハッ!」

 ミユウの脳内にある聞き馴染みのある言葉が浮かんだ。

 “魔力”

 それはアストリアたち魔術族が魔術を行使するための源となる力。

 ミユウの背中と左の足の裏には、アストリアによって刻印された魔術印がある。それがメイリスの手から発せられた力と反発してしまったのだろう。

「やはり気づいているんじゃないか。では、さっきの質問をもう一度するよ。君は一体何者なんだい?」

 ミユウに迫るメイリスは先ほどまでの気さくな雰囲気から一変、宿年の敵を目の前にした憎悪に満ちたオーラを放っていた。

「もしかして“魔女”、じゃないだろうね?」

「魔女?」

「僕たちヒーリスト聖教の教えの中に出てくる、不可思議な力で人々を惑わし、災いをもたらす最も忌むべき存在さ。その魔女たちが使う魔の力を君はまとっている。ということは……」

「そ、そんなわけないでしょ!」

 確かにミユウたち不殺族の驚異の再生能力は不可思議な力だといえなくもない。しかし、人々にと災いをもたらすようなものではないと自負している。むしろ、その力で災いをもたらされているのは自分たちの方だ。

「ん~~」

 メイリスはミユウを睨み続ける。

 しかし、しばらくすると一つため息をついた。

「仕事柄いままで何人もの人と対面したから、顔を見れば嘘をついているかどうかがわかるんだ。どうやら君は嘘をついていない」

「よかった。信じてくれたんだね……」

 安心したミユウは胸をなで下ろした。

「君は僕が聞いたことのある魔女の特徴と異なっているからね。勝手に魔の力を宿されてしまったというところじゃないか?」

「その通り!分かってくれる?本当にはた迷惑な話だよ。いきなり体を縛られてさ、勝手に魔術印を刻印されて、こんな体にされたんだ」

「それは災難だね。ところでだ」

「?」

「その口ぶりだと、君の体に魔の力を宿した魔女の正体を知っているようだが、その魔女は今どこにいるのかな?」

「!」

 メイリスの言葉でミユウに緊張が走る。

 彼女の言う魔女とは、魔術族のことに違いはないだろう。

 そして、先ほどまで魔女のことを憎悪の対象のように話していた。

 もし、ここでアストリアのことを口にすれば、メイリスは何をするか分からない。ここは慎重に答えるべきだ。

「さ、さあね。最後にあったのは数ヶ月前のことだから、居場所なんて分からないよ」

「…………」

 メイリスは無言になり、ミユウの顔を見つめる。

 あまりの緊迫感にミユウの額から冷や汗があふれ出す。

「さっきの言葉を忘れたのかい?僕は人の顔を見るだけで嘘をついているかどうかが分かる。今君は嘘をついた」

「な、何のことかな……」

 ミユウは堪らずメイリスから目をそらす。

「なるほど。どうやら魔女の居場所を知っているようだね。それに、そこまで庇うということは浅い関係ではないみたいだ。そうなれば話は別だ」

 メイリスは胸元にある銀のペンダントを右手で握る。

 ミユウの全身の身の毛がよだつ。このままでは自分の身が危ない。

 そう判断したミユウは即座に腰を上げた。

「逃げようたって、そうはいかないよ。『告げる。光の御柱は罪あるものを捕らえる』」

 すると、ミユウの背後から光り輝く等身大の十字架が現れる。そして、十字架から放たれた筋の鎖がミユウの手首足首と腰を拘束し、彼女を磔にした。

「何するの!放して!」

 全力でもがいてみるが、ビクともしない。それどころか動けば動くほど全身の力が弱まっていく。まるで枷を通じて吸収されているようだ。

「な、なんで……」

「さっき触ったときにわかったんだが、君の肉体のほとんどは魔の力で占められていた。その“聖光十字”は魔の力を浄化する光で形成されているから、かなりきついんじゃないかな?」

「あなた、さっきまで倒れていたのに、なんでこんな力を……」

「このペンダントは助祭以上の者にしか身に着けることを許されない特別製でね、半永久的に聖力を生成し続けるんだ。だから、憔悴している今の僕でもこれだけの神術を可能にするわけさ」

 メイリスは立ち上がると、服についた土埃を両手で払った。

「さて、答えてもらおうか?その力を君に宿した悪い魔女はどこにいるんだい?」

「……フンっ!」

 ミユウは鼻を鳴らして、答えることを拒否した。

 その姿にメイリスは呆れたようにため息をつく。

「ミユウ。本当は僕もこんな手荒なことをしたくないんだ。命の恩人である君が苦しむ姿を見たくない。しかし、ヒーリスト聖教助祭として、邪悪な魔女を見逃しにすることはできない。お願いだから、僕を困らせないでくれ」

「……邪悪じゃない」

「ん?」

「彼女は邪悪なんかじゃないよ!確かに今まで理不尽なことをいっぱいされてきたけど、それでもあたしや仲間のことを大事にすることができる優しい女の子なんだ!さっきから魔力を使うからって悪者扱いしてるけど、会ったこともないあなたがあの子の何が分かるんだよ!」

「……なるほど。君は体だけでなく、心まで魔女の手にかかってしまったんだね。本当に残念だけど、仕方がない」

 メイリスは両手で銀のペンダントを包み込む。

「『我が主よ。御名のもとに侍らせます使いを授けたまえ』」

 メイリスが詠唱すると、彼女の周りにいくつもの小さな光の玉が出現する。そして、それらは形を変えて、最終的に背中に小さな羽の生えた幼児の姿になる。

「この子たちはシリスト様にお仕えする天使たちさ。今から君に行う審問の手伝いをしてもらうために召喚したんだよ。結構かわいいだろ?」

「あわわわ……」

 ミユウは天使たちの存在に恐怖した。

 なぜなら、彼らの中には自身よりも大きな筆や純白の羽を両手で抱え、何も持っていない天使は小さな手をワキワキと動かしていたからだ。

「さっき背中に触られたとき、随分かわいらしい声を出していたじゃないか。もしかして、くすぐられるのが弱いんじゃないかな?」

「そんなこと……ない」

「ほら、また嘘をついた。本当に君はわかりやすいね」

「うぅ……」

「どうだい?もしここで教えてくれるなら、やめてあげるけど?」

「…………嫌だ」

「そうかい。じゃあ、しばらくこの子たちの遊びに付き合ってもらうよ。みんな配置について」

 メイリスの合図を受け、天使たちはミユウの全身付近に集まる。その数は五十余り。

「さあ、この意固地になってるお姉ちゃんの心と体を和らげてあげなさい!」

 天使たちはミユウの無防備な身体を一気にくすぐり始めた。

「や、やめ、い、いやははははははははははははは!」

 彼らは無邪気な表情で、それぞれ「コチョコチョ」と口にしながら容赦なくくすぐる。

 ミユウは天使たちの手から逃れようとするが、四肢を完全に拘束されているため全く無意味であった。

「は、は、はひ、いあはははははははははははは!」

 足元に集まった天使はミユウの履いていた靴を脱がし、彼女の足の裏を羽や筆でくすぐり始める。

 その瞬間、ミユウの全身に電流のようにくすぐったさが駆け巡った。

「いぎゃははははははははははは!しょ、しょこは、らめぇええええあははははははははは!」

「さて、いつまで耐えられるかな?」

「ゆ、許してえあははははははははははははは!」

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