85.創作の想い、それと…
飲み会があった翌日の昼頃、アストリアは一つの部屋の前に立っていた。
昨日の記憶がぼやけているし、頭痛や吐き気もする。前回の二日酔いの反省もあり、あまり酒を飲まなかったが、あまり功を奏さなかったらしい。
なぜか何時間も運動をしたように腹筋が痛いが、きっとこれも二日酔いのせいだろう。
しかし、このまま眠っているわけにもいかない。
一緒に飲んでいたイリイナとシュナがどうなっているかが気になる。
居酒屋で別れてから二人がどうなったのか分からない。
あの二人であれば問題はないとは思うが、一応宿に戻っているのかを確認しなければならない。
まずは、アストリアとミユウが一晩を過ごした部屋の隣であるこの部屋から確認をしてみる。
ここはイリイナとミユウの妹サヤが泊っている。
彼女はミユウを森の中に連れて行き、拷問まがいの方法で求婚を迫った罰として、ミユウからお仕置きを受けた後、この部屋に寝かされた。
そういえば、その後一度も彼女とも顔を合わせていない。
あいさつも兼ねてその点も気にかけてみよう。
アストリアがドアを三回ノックすると、中から「どうぞ」と応答があったので、ドアを開ける。
「失礼します」
中を覗くと、そこにはサヤとイリイナの姿があった。
二人とも体を起こして、ベッドの上に座っていた。イリイナに関しては既にワイシャツにスーツパンツという、すぐにでも外に出ることができる身なりだった。
「おはよう、アスねぇ」
「おはようさん」
「おはようございます。皆さんお早いですね」
「何言ってるんや。もうお天道さんは高いところにおるで」
「あはは。それもそうですね」
「アスねぇにしては珍しく遅いじゃん」
「昨日のお酒の影響がまだ残っているようで」
「それは災難やったなぁ。その分やとミユウも寝込んどるようやな。けど、あれぐらいの酒でへこたれるようやったら、あんたもミユウもまだまだ子どもやね」
「はい。面目ないです。シュナさんは隣の部屋ですか?」
「そうやで。昨晩は店が閉まるまで飲んで、宿に戻って隣の部屋で一緒に寝とったんや。それで朝起きたら、あいつ『気持ち悪い』『頭痛い』いうて寝込んでしもうてな」
「シュナさんもかなりお飲みになられていましたからね。見たところ、イリイナさんはお元気なようですが」
「飲みに行く前に二日酔いにならん薬を飲んでたからな。対策はばっちりやで」
そんな便利なものがあるのであれば、自分たちにも分けてくれればよかったのに……。
「それで何もすることがなくて暇やったから、この部屋に移動したという訳や」
「そうでしたか。お二人とも無事でよかったです。サヤさんも昨日のお仕置きの後遺症はありませんか?」
「は!」
サヤが突如自分のお尻を両手で覆い、小刻みに震え出す。
「どうされましたか?まだ痛みが残っているのですか?」
「ちゃうちゃう。体の傷は完全に消えてる。けど、昨日の恐怖が心に残っててな。思い出しただけでこうなってしまうんや」
「なるほど。気の毒ですが、全てご自身が招いたことですので仕方ありませんね。これに懲りて、もう二度とあのようなことをしなければいいですけど」
「ごめん。もう二度としないよ。反省する……」
アストリアは昨日のお仕置きには立ち会っていないため、どのようなことが行われたのか詳細は分からない。
しかし、今のサヤの姿を見れば、ミユウのお仕置きはそれなりの効果があったのだと理解できる。
「ところでイリイナさん。つかぬ事をお訊ねしますが、先ほどから何をされているのですか?」
「ん?ああ、これか?」
部屋に入ってきたときには目には入らなかったが、イリイナのベッドの上には木材や金属の部品、多種多様な工具、そして大きな木箱が並べられていた。
「ちょっと時間があったから新しい機械でも作っててな」
「ほう。このような感じで作られていたのですか。もっとこういろんな器具を備えた工場のようなところで作られているのだと思いました」
「期待に添えんで済まんな。けど、そんなもんはうちら操雷族にはいらんで。材料と時間さえあれば場所は問わん。それにうちの作る電気さえあれば動くから、そこらの市場で売ってる材料だけでできる。これもあと数分あれば完成するで」
操雷族は子どもの頃から機械と接し、機械いじりが日常の中に自然と溶け込んでいる。
イリイナもその例にもれず、まるで子どもがおもちゃで遊ぶような無邪気な表情で木箱の中を工具でいじっていた。
「そちらはどのような機械なのですか?」
「これは“こちょこちょくん八三号”っていうてな」
「“こちょこちょくん”?そのお名前はよく聞きますね」
「そらそうや。“対ミユウくすぐり機”に名付けてる名前やからな」
「改めて聞くと、随分かわいらしい名前を付けていらしたのですね。用途が拷問なだけに妙な恐怖を感じます。“八三号”ということは随分たくさんの“こちょこちょくん”が作られたのですね」
「まあ試作品が大半を占めてるから、実質使えるのは三十機ぐらいやろうな。そいつらは全部あんたから貰った魔石の中に入れてるで。ほんまにあれは便利やわ」
「仕事でもそんなものばかり作られているのですか?確か“トーア”や“シュターナリクス”でも同じようなものを……」
「誤解せんといて。ああいうんはごくたまに受けるぐらいで、仕事は町の設備の修理とかがほとんどや。“こちょこちょくん”づくりはうちの道楽の一つやと思って」
「道楽に付き合わされるにぃにが可哀そうだよ……」
「そういえば……」
アストリアは日頃から疑問に思っていたことをイリイナにぶつけてみる。
「機械のことには疎いのですが、イリイナさんってどうやってミユウさんに合わせて設計されているのですか?今までの“こちょこちょくん”は的確にミユウさんの弱いところをくすぐっていましたよね。しかし、正確な身体の数値が分からなければそのようなことは不可能なのではないですか?もしかして、医学や生物学に精通しているとか」
「うん?そこまでうちは博識ちゃうよ。大体は目分量で測ってるけど、最終的にはうちの体で実験して調整してるな」
「へぇ。そうなのですか……」
「「へ?!」」
想像していなかった回答に、アストリアとサヤは思わず間抜けな声を出してしまった。
「イリねぇ、今までの全部体験してたの?!耳の中を責める枕とか、全身をくすぐる椅子みたいなやつとか」
「せやで。そうせんかったら、ほんまに効くのかどうか分からんからな。誰かに頼めることでもないし、自分でやるしかないやろ」
「それもそうですけど。確か動けないようにしっかりと拘束されていましたよね。その状態でどのように動かして、止めるのですか?」
「さっきも言ったように、うちの作った機械は全てうちが体内で作った電気で動いてる。つまり、うちが好きな時に電気を流して、好きな時に流した電気を吸収すれば拘束されていても自由自在や」
「器用というか便利というか。それでも多少なり恐怖を感じないのですか?」
「確かに怖いで。失敗しとったら、自分でも止めることができん可能性やってあるから。幸いなことにそんなことはなかったけど。まあ、それ以上に本番で不調を起こす方がうちには怖いからな。そうなるぐらいやったら自分を実験体にすることぐらい何ともないで」
「すごいプロ精神だね。尊敬しちゃうよ」
「けど、もうその必要はないわ。やって、今はうちの代わりの実験体候補者が近くに四人もおるんやからな~」
「「……」」
「よし、できた!」
イリイナは木箱の上に蓋を取り付けると、達成感に満ちた表情で背伸びする。
そんな彼女を見て、アストリアとサヤは無言のまま彼女から距離を空ける。
「なんや。二人とも化け物を見るような目でうちを見よって」
「そ、そうです!私シュナさんの看病をしに行きます!きっと苦しんでおられるでしょうから」
「もっとゆっくりしていけばええのに」
「また今度ゆっくりお話を聞かせていただきます」
「そうか?じゃあ、シュナのことよろしくな」
「承知いたしました」
「じゃあ、あたしも……」
サヤがベッドから降りて、部屋を出ようとするアストリアのところに向かおうとした、その時……
「おっと待ち」
イリイナがサヤの裾を掴む。
おそるおそるサヤが振り向くと、イリイナがニコッと笑っている。
「サヤ、あんたには用があるからここに居ってもらうで」
「な、なんだろうな~」
動きを止められたサヤの手は小刻みに震えていた。
「ではサヤさん……頑張ってくださいね」
アストリアはサヤに軽く手を振った後に部屋を後にした。
最後に見たサヤの瞳から助けを求めるような感情を感じ取ったように思えた。




