83.一晩の宴会、その先に…
時間は夜になっていた。
繁華街のない“サクトス”ではあるが、大通り沿いに点々と飲食店が配置されている。その中でも数軒ある酒を提供する店は比較的夜遅くまで開いており、この町で長旅の疲れをとっている旅人たちがこぞって集まる。
そのせいか、静かであるはずのこの町の一部は妙な賑わいを見せていた。
その中の一角に、四人の少女ミユウ・アストリア・イリイナ・シュナが集まっていた。
アストリアたち三人はサヤへのお仕置きを終えたミユウを誘い、夕食をとりに来ていた。もちろんそこには飲酒も含まれている。
かねてよりシュナが計画していたもので、飲酒ができる年齢ではないサヤを除く四人が揃った今日にそれが決行されたのであった。
イリイナとシュナは入店して十分も経たないうちに三杯目のジョッキを空けてしまい、頬を真っ赤に染めていた。誰の目から見ても分かるぐらいに酔っている。
「あー、久しぶりの酒や!この喉を突き刺すような刺激が堪らへんで!」
「サヤがおってはこんな大人な時間も作れんけんのう。サヤが伸びとるうちに、今晩はなんも気にせず思う存分飲もうや!」
「二人とも。酔って上機嫌なのはわかるけど、もうちょっと周りの目を気にしてよ」
「ええやないの。こんな楽しい気分の時に騒がんでどうするんや?」
「今までの嫌なことを忘れられる特別な時じゃ。無駄にしたらもったいないで」
「シュナ。この前、飲み過ぎて二日酔いになってたじゃん。忘れたの?」
「う~ん……。忘れた!」
「ダメだこりゃ。二日酔い決定だね」
「うふふ。これはもう一泊することを検討しないといけませんね」
アストリアは以前の二日酔いのこともあり、一緒に出されたつまみを挟みながら少しずつエールを口にしていた。
「なんや、ミユウ?全然減ってないやないか?」
「え?いや、ちょっとね……」
ミユウは出されたエールに一度も口をつけていない。正確に言えば、口にしようとした。
しかし、顔に近づけようとしたときに漂ったアルコール臭を嗅いだ時に、体がそれを受け付けなかった。
かつての要塞での拷問の中で、強力なアルコールの水槽に数時間全身をつけられたことが何度もある。その経験のせいでミユウの中に“アルコールが体に毒なもの”だと無意識のうちに刷り込まれてしまった。
ましてやそんなものを自分の意思で体内に入れるだなんて考えられるはずもない。
正直、なぜイリイナやシュナがこんなものを望んで摂取しているのか理解に苦しむ。
「ミユウは酒を飲むんは初めてなんか?」
「経験はあるけど……いや、初めて、なのかな?」
「いわゆる“飲まず嫌い”という訳か?けど安心しい。ボクも最初はそうじゃったけど、一度飲んだら病みつきになるけん」
シュナはミユウの肩に腕を回してジョッキを手に持つと、彼女の顔の前に近づける。
「や、やめて~~」
再び襲うアルコール臭がミユウの鼻を襲い、堪らず顔を背ける。
「ほら言うやないか。“ものは何事も体験や”ってな」
背けたミユウの顔をイリイナが両手で挟み、ジョッキに向ける。
そして、無理やりジョッキと苦い口づけをさせられた。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ
シュワシュワと刺激の強い液体が喉を通して、体内に入っていく。
ジョッキ内のエールが空になると、ミユウを固定していたイリイナとシュナが離れ、「おーー」と訳の分からない拍手をする。
そんな二人に挟まれたミユウは上半身を円を描くように回していた。
ふぉわあ~~~~ん
ミユウは今不思議な空気に包まれていた。
体の奥から気持ち悪さがこみあげてくるのに、頭の中がポワポワと幸せな気持ちが支配する。
「どうや?結構いけるやろ?」
「苦いけど、結構、好きかも~~」
「そうじゃろ。そうじゃろ。ボクらが飲む理由がわかるじゃろう?」
「う、う~ん」
「よっしゃ次いってみよう!おねぇちゃーん!エール一杯追加で!」
「はーい、喜んでー!」
ーーー
そして二時間が経った。
開店したときより、一層その賑わいが増していき、静かな町の中でここは異空間というべき世界が出来上がっていた。
それは若い少女たちも例外ではない。
酒の魅力にはまってしまったミユウと、彼女にそれを勧めていたイリイナとシュナは通常とは比べものにならないほどハイテンションになってしまっていた。
その勢いは一つのテーブル内に収まるものではなく、隣にいた旅人や町の男たちに絡んでいくほどだ。容姿のいい少女に絡まれた方としては、これほど心浮かれることはない。
「がはは!嬢ちゃん、飲みっぷりがいいな!よし、俺が奢ってやる!おーい、この嬢ちゃんたちにエールを一杯ずつ頼むわ!」
「よ!心も体も太っ腹!うち、あんたみたいな豪快な男は好きやで!惚れ惚れするわ~」
「てめぇ先駆けしてずるいぞ!俺もそこのテーブルにエールを四杯ずつ、それと”豚肉のワイン煮”を!」
「お前は何もわかってねぇな。この年の嬢ちゃんはそんなもんよりさっぱりしたもんが好きなんだよ。俺はそこのテーブルにサラダを頼むぜ!」
「君は気遣いが出来てえらいわ。さぞかし女にようもてるんじゃろうのう」
「獣人族のねえちゃん、俺に惚れたか?じゃあ俺と今晩一緒に……」
「だーめ!そんなせっかちなところは減点じゃね。それにボクには先約があるからのう……」
「くぅー!もうどっかのやつの女なのかよ!でも、その一途なところに惚れたぜ!おーい、このねぇちゃんにエールを追加で!」
「黒髪のあんたも色っぽいな~。あんたの好きな分だけ奢ってやるからよ、俺の女になれ」
「え~。あたし、男に興味ないんだけど~。だって、あたし男だし~」
「あはは!あいつ、見え見えの嘘までかれてフラれてやがる!ダッセ!」
「嘘じゃないも~ん!じゃあ、腕相撲しようよ!それであたしが勝ったら、あたしを男と認めてよ!」
「よし!その勝負に乗った!その代わり、俺が勝ったら夜が明けるまで付き合ってもらうからな!」
「いいよ~。あたしは絶対負けないから~」
「そういうことなら、俺も参加する!黒髪美女と熱い夜を過ごすんだ!」
「じゃあ俺も!俺ガキの頃から腕相撲で負けたことねぇから」
「わしも勝負する!今なら若い奴らに負ける気がせん!」
「なんや、面白い話をしてるなぁ。うちも参加するで!」
「ボクもじゃ!今夜は絶対寝かさんけんのう」
思いもしない流れからミユウとの腕相撲大会が開催された。騒動になり、店内を壊されては困るということで、店主が仕切兼レフリー役を請け負った。
まずはミユウを誘った男からだ。身長二メートルを超える色黒の巨漢はブンブンと腕を回し、軽く準備をする。
「後悔する前に降参しな。そしたら怪我をせずに済むぜ。そのかわりに今晩付き合ってもらうがな」
「それはこっちのセリフ。本気で来ないと怪我するよ。今のあたしは手加減出来ないかもしれないから」
「あっはっは!あんたみたいな華奢な女がこの俺に怪我を負わせると言ったか?随分と舐めたこというじゃねぇか!男だったら半殺しにしてたところだぜ!」
準備体操を終えると、丸テーブルを挟むように椅子に座り、互いの右手をつかむ。その大きさの違いは一目瞭然で、ミユウの指は男の手の甲に届かないほどだった。
「俺の名前は“レスト・マイトリス”だ」
「あたしは“ミユウ・ハイストロ”。よろしく」
その姿を見て、周囲の男たちは“自分の番はまわってこない”と完全に諦めていた。
「両者準備はいいですね」
レフリーの店主が二人の右手の上に両手を被せる。それと同時に店内は緊張で静まる。
「では始めます。レディー……ゴー!」
店主が両手を離し、試合が始まる。
……そして、一瞬で決着が着いた。
地響きとともにレストの巨体は自らの右側の床へ盛大に倒れていた。それはまるで彼の右手が一瞬で数十倍の重さになり、それに耐えられなくなったかのようだった。
それは紛れもなく、ミユウの勝利である。
レストは言わずもがな、店内の男たちは予想もしない結末に凍り付いたが、店内は一気に歓声と拍手、口笛で埋め尽くされた。
「うわ、すげぇ!」
「あの巨体を一ひねりとは思わなかったぜ!」
「俺たちにできねぇことを平然とやってのけたぜ!そこにシビれる、憧れるぅ!」
男たちはそれが自分自身の勝利かのように喜び合っていた。
「いててて……」
床に倒れたレストは自分の右手をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。
「すげぇな、ねえちゃん。さっき言ってたこともハッタリじゃなかったという訳だ」
レストは大きくゴツゴツとした左手を差し出す。
左右に全身を揺らすミユウもそれに答えるように左手を差し出し、握手をする。
「あたしもごめんね~」
「いやいや。舐めていたのはこっちの方だった。許してくれ。しかし、その小さな体からよくあんな怪力を出せたな」
「ちょっと訳ありでね~」
今回の勝負は始まる前から決まっていたといってもいい。
ミユウは酔っているとはいえ、巨人族と立ち並ぶほどの怪力の持ち主である不殺族だ。筋肉隆々の巨漢であろうと、ただの人間がまともに立ち会えるはずがなかったのだ。
しかし、見た目が普通の人間と変わらないミユウを不殺族と見抜けることはできない。何も分からない他人からすれば、彼女は一人の華奢な少女にしか見えない。
奇跡というべき出来事を目の当たりにし、気持ちが高ぶった男たちがミユウに押し寄せてくる。
「なあ今度は俺とやろうぜ!」
「その次は俺とだ!」
「いや、俺が先だ!」
素面の状態であれば逃げ出すであろうが、完全に酔いの回った男たちには恐怖より好奇心が勝り、次々と腕相撲の試合を申しこむ。
「よーーし!みんなの挑戦を受け入れてやる!どんどんこーーい!」
---
腕相撲大会が始まってから三十分ほど経った頃、“少女が巨大な男を倒した”その噂が町中に広まり、他の店で飲んでいた人たちも集まり、より賑やかになっていた。
そんな店の一つのテーブルで一人の少女が座っていた。
金色の長い髪に赤い瞳の少女“アストリア”であった。
彼女はテーブルの上で頬杖をたて、騒動の渦中の中心であるミユウを眺めていた。
ミユウは次々と挑戦してくる男たちを五秒とかからず倒していく。ほぼ流れ作業だ。
ちなみに、彼女は彼らの腕を折らないように一割に満たない力で対応している。酔いながらも器用な心配りができるぐらいには意識はあった。
「まったく……」
アストリアは頬を膨らませて、拗ねていた。
自分のことをほっといて、他人と楽しいことばかりをしている。そんな彼女の姿を見ていると心の奥がモヤモヤする。
「どうじゃ?飲んどるか~?」
樽ジョッキを両手に頬を赤く染めたイリイナとシュナがアストリアのテーブルに戻ってきた。
二人とも完全に出来上がっている。発せられる吐息も顔を背けたくなるほどに酒臭い。
「あんた、あんまり飲んでないやないか。せっかくの機会やで。楽しまな損や」
イリイナの言う通り、アストリアは店に入ってからジョッキ一杯ほどしか飲んでいない。
以前の二日酔いの経験を受けて、あまり飲酒をしないように心がけていた。
「はあ。皆さんが飲み過ぎなのですよ。いいかげんにしないと、明日に響きますよ」
「明日のことを考えて酒が飲めるかい!のう、イリイナ」
「そうやそうや!今楽しければ、それでええんや!」
「本当に心配ですよ……」
アストリアは呆れたようにため息をつく。
「どうしたん?そんな機嫌悪そうにして」
シュナはアストリアが睨む視線の先を見つめる。
そこにはちょうど四十人目を倒して、右拳を天に掲げて歓喜するミユウの姿があった。
「あ~、なるほどな~」
「なんですか……」
「君、嫉妬しとるんじゃろう?自分がかまってもらえんけん」
「違いますよ。そこまで子どもではありません。サヤさんではないのですから」
「素直になりや。そんなにかまってほしいんじゃったら、割り込んできたらええじゃろう」
「だから、そうではないといっているでしょう!」
「おー怖い怖い」
「やはり飲み過ぎのようですね。お水をいただいてまいります」
悪絡みするシュナたちを避けるようにアストリアは立ち上がる。
その時だった。
「おーい!アストリアー!」
ミユウがアストリアに手を振り、上機嫌に彼女に呼びかける。
それにアストリアはしかめっ面で振り返る。
「なんですか?私のことはほっといて皆さんと楽しめばよろしいではありませんか」
「なーに怒っちゃってんのー?そんなことよりさぁ、あたしと腕相撲しようよー!」
「…………はい?」
ミユウからの想定しがたいお誘いに唖然とするアストリア。はっきり言って、まったく理解できない。
「ミユウさん?何をおっしゃっているのでしょうか?」
「だーかーらーさぁ、あたしと腕相撲をしてよ~」
「本気でおっしゃるのですか?」
「そうだよ~。いつもあなたには酷い目に遭わされているからね~。ここで日頃の鬱憤を晴らしてやる~」
プチン!
アストリアの頭の中の何かが切れる音がした。
何の悪びれのない口調。紛れもないミユウの本音。それがトリガーになった。
アストリアはニコッと笑い、ミユウの元に歩み寄る。
「いいでしょう。お受けいたします」
「え~?本当にいいの~?」
「もちろんですとも。せっかくのミユウさん自らのお誘いです。断る理由なんて何一つありませんよ」
「よーし!覚悟してよ~」
ミユウは意気揚々と肩を回した。
その彼女と向かい合うようにアストリアが椅子に腰を掛ける。
周りの男たち、特に実際にミユウと対戦した者はアストリアを必死に止める。しかし、彼女はそれを介さなかった。
「ミユウさん、先ほどおっしゃっていましたよね。あなたを倒せば、今夜一晩を共にしていただけると」
「うん、言ったよ~」
「それは私にも適応されますか?」
「もちろんだよ~。まあ、あたしに勝てばの話だけど~」
「それともう一つ。私とミユウさんの体力の差は歴然です。それを埋めるだけのハンデをいただけますでしょうか?」
「いいよ~。どんなことでも受け入れちゃう~」
「それを伺えて安心いたしました。では、早速始めましょうか」
アストリアは右ひじをテーブルにつき、右手を差し出す。
「ん?えーっとハンデは……」
「始めましょう」
「わ、わかった……」
ミユウはアストリアの右手を掴む。
その二人の右手を覆うように店主が両手を覆う。
「お二人とも準備はいいですね?では、レディー……」
試合開始直前、店内が静まる。
「ゴー!」
合図とともに、店主の両手が離れる。
それと同時に、パチンという音が鳴った。
そして……。
「いやはははははははははは!」
突然ミユウの笑い声が店内に響き渡った。
かろうじてアストリアの右手を掴んでいるが、左腕で腹部を抑え、テーブルの下で足をジタバタさせる。
その姿を見て、傍観者たちは唖然とする。
「おい。どうしてあいつ笑っているんだ?」
「さあ。なんだか誰かにくすぐられているように見えるな」
それもそのはず。透明なマジックハンドがミユウの脇腹をくすぐっていた。もちろん、そのマジックハンドを操っているのは対戦相手のアストリアその人である。
「おやおや、いかがされたのですか?」
「いひひひ、ひ、ひ、卑怯なぁはははははははは!」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいな。私にハンデをいただけるとおっしゃったのはミユウさんではありませんか?」
「や、や、やめてえあははははははははは!」
くすぐりが致命的弱点のミユウにとって、もう勝負どころではない。
「そうおっしゃるのであれば勝負にけりをつけましょう。えいっ!」
アストリアは本を閉じる用量でミユウの右腕をテーブルに倒した。
手の甲がテーブルにつくと同時に、ミユウの脇腹をくすぐるマジックハンドも消滅した。
「はぁはぁ、し、死ぬかと思った……」
ミユウはテーブルにぐたっと倒れる。
今まで無双状態だったミユウがいきなり笑い悶えた上に簡単に敗れた情けない姿に、数十分前まで盛り上がっていた空気がすっかり静まり返る。
アストリアは椅子から立つと、コホンと一つ咳ばらいをする。
「ご覧の通り、私がミユウさんを倒させていただきました。きりもいいので、ここで腕相撲大会はお開きにいたしましょう。イリイナさん、シュナさん。私はミユウさんと先に宿に戻りますが、お二人はいかがしますか?」
「うちはもう少しここで飲んでるわ~」
「ボクもまだ飲み足りんけん、イリイナとおるわ~」
「勘定はうちがやっとくから、安心して~」
「わかりました。ほどほどにしてくださいね。ではミユウさん、行きましょうか?」
「ひゃ~い」
アストリアはテーブルで倒れたミユウを背負い、宿への帰路についた。




