81.夜はこれから、だよ……
「あひ、あひひ……」
数時間、悲鳴を上げながら笑い悶えたミユウであったが、結局サヤの求める言葉を口にすることはなかった。
そんな彼女に諦めたのか、サヤはくすぐりとお色気の二重責めを終えた。
心身ともに疲弊しきったミユウは両手を上げた状態でぶら下がっている。
「どうしてなの?どうしてあたしをお嫁さんにするって言わないの?そしたら、こんな目にも遭わずに済んだのに」
「えへへ。サヤが好きだから、だよ」
「あたしが好きだから?それならあたしを……」
「違うよ。あたしは好きだし、大事なんだ。だからこそ、そんな大事なことをこんなところで軽々と言いたくないんだよ。この意味、わかってくれるよね?」
「…………」
サヤは黙ってミユウを見つめる。
影になっているせいか、表情から何を考えているのか全く推測ができない。
「さあ、みんなのところに早く戻ろう?今晩のことは誰にも話さないからさ。ね?」
「にぃに、ありがとう。その言葉を聞けて嬉しいよ」
「正気を取り戻してくれたんだ!じゃあ早くこの拘束を解いて!」
「けどね。それは妹としての話でしょ?それじゃ嫌だってさっき言ったよね。あたしは一人の女の子として好きになってほしいの。だから、手加減するつもりはないわ」
「やっぱり正気じゃない!」
「正気かどうかなんて関係ない。今のあたしは目的を果たすだけ」
「そんな……」
サヤは立ち上がるとミユウから距離をとった。
そして、森の茂みへと脱ぎ捨てた服のポケットの中から何かを取り出した。それは手のひらサイズのガラス瓶のようだ。
ラベルが張られたその瓶の中には黒い極小の粒がいっぱいに詰められていた。
瓶を手にしたサヤはミユウの目の前でしゃがみ込み、瓶を揺らしながら見せびらかす。
「この時のために今日町で買ってきたんだ。にぃに、これが一体なんだかわかる?」
「さ、さぁ……」
「あはは。にぃには本当に何も知らないんだなぁ。じゃあ教えてあげる。最近知られた話なんだけどね、動物は笑うときに“ラフィング”と呼ばれる成分を皮膚から出るんだって。で、この世界にはその成分を摂取して生きてる生物が何種類かいるんだよ。その一種っていうのが目に見えないほど小さな虫なんだけど、生物に寄生してその全身をくすぐって、強制的に笑わせるんだ。通称は“くすぐりノミ”だよ」
「……はへ?」
「この瓶の中に入っているのはその“くすぐりノミ”の卵なんだよ。それでね、その卵は人肌の温度に触れるとすぐに孵化して寄生する。そして、寄生主の全身をくすぐるんだよ」
うふふ、と不穏な微笑みをこぼすサヤ。そこからは妙な殺意を感じる。
「あはは。その冗談はおもしろくないな~」
「あはは。何言ってるの?あたしは本気だよ?」
「…………嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ」
「ふざけないで!そんなの使われたら死んじゃう!」
「そんなの関係ないよ~。さて始めようか」
サヤはミユウの左側に移動し、瓶のふたをポンッと開けた。
そこには少し傾けるだけこぼれ出てしまいそうなほど並々に黒い卵の粒が入っていた。
「さーて、どこにかけてあげようかな?どこか溜められるところがあればいいんだけど……あ、みーつけた」
「え?」
サヤはミユウのある一点を見つめてくる。
その視線の先を確認すると、そこには自分の胸の谷間があった。
「ちょうどいいお皿があるじゃん」
「ちょっと、ここは……」
体をくねらせてサヤから自分の胸を遠ざけようとするミユウ。
しかし、両手を縛られているせいで胸の位置をほとんど変えることができない。
「これね、さじ一杯分だけで拷問に慣れた屈強な男の人でも笑い悶えて、数分で気絶しちゃうぐらいの威力があるらしいよ。けど、今はさじもそれに代わりのものも持ってないんだ。だから、このままいくね」
「や、やめて……」
ミユウが涙ぐみながら懇願する。しかし、それが受け入れられるはずもなく、サヤは腕を伸ばして、ミユウの胸元で瓶を傾ける。
瓶の口から黒い粒が流れ落ち、中身の半分以上が見事にミユウの胸の谷間に着地する。
山のように積もった粒は砂時計のように谷間へと流れていった。
「ひぃ!」
ミユウはいずれ来るであろうくすぐったさの波に身構える。
「…………あれ?何もないじゃん」
「おかしいなぁ?偽物だったのかな?」
「なんだ。もう驚かさないでよ。ほら、もういいでしょ?諦めてあたしを解放……?!」
その時である。
油断しきったミユウの胸部にくすぐったい感覚が起こった。
「いひひひ、な、なにこれ……」
最初は一ミリ四方の狭い範囲であったが、瞬く間に全身を支配してしまった。
「ぎゃははははははははははははは!いひひひひ、あはははははははは!」
「あ、効果が出てきたみたいだね。よかった~」
「ひゃははははははは、な、なに、が、よかっ、な、なはははははははははははは!」
目に見えないほどの小さな生物がミユウの全身を這いずり回る。
“くすぐりノミ”を振り払おうと、上半身を左右に振り回したり、足をジタバタさせたりするが、その生命力は強く、ミユウの皮膚から一切離れようとしない。
それどころか、数は時間が経つにつれて増えていく。
「どう?苦しいでしょ?もうそろそろ限界なんじゃない?」
「いひひひひひひひ、あ、ぎゃははははははははは、いやひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「そうか。でも、もう我慢しなくてもいいんだよ?」
サヤは再び草むらに向かい、あるものを手にする。
それは一切装飾がされていない霧吹きだった。
「“くすぐりノミ”専用の殺虫剤だよ。これを全身に吹きかけたら、その苦しみから解放されるよ」
「あはははははは、は、はやく、はやくーーーーーー!」
「もちろん。にぃにがあたしをお嫁さんにしてくれるって言ったらの話だけどね」
「く、くそあはははははははははははははは!い、いわな、あはははははは!」
「本当にバカだな。じゃあ、もっとかけちゃお!」
「や、やめてーーーーーー!いやはははははははははははは!」
ミユウの側に置いてあった瓶を手に取った。
その時、暴れるミユウの体がサヤの脚にぶつかった。
「きゃ!」
突然のことで体勢を崩したサヤはミユウの側で倒れた。
「いてて。もういきなり突き飛ばすなんてひどいよ…………あれ?」
サヤの視界にあるものが入った。
それは彼女が手に持っていた瓶だった。
しかし、それはさっきのとは違う。半分ぐらい入っていた中身が全くなかった。
「あれ?地面に撒いちゃったのか…………な?!」
サヤの全身に妙な感覚が襲う。
不思議に思ったサヤは恐る恐る自分の体を見る。すると、そこには瓶の中に入っていた黒い粒が散らばっていた。
「こ、これは、ちょっと、ま、あははははははははははははははははは!」
サヤの全身に散らばった卵がすべて孵化し、彼女の全身を襲う。
「ぎゃははははは、た、た、たしゅけて、にぃにーーーーーー!」
「む、無理に、き、決まってるでしょ!シャヤのバカーーーーーーーはははははははははははは!」
近くに倒れている殺虫剤が入っている霧吹きに手を伸ばそうとするサヤ。
しかし、彼女の脇の下をくすぐられて十分に手を伸ばすことができない。
「いひひひひ、もう、だ、だ、ダメ……」
あまりの強烈なくすぐったさにサヤは早々に気絶をしてしまった。
「ちょっとサヤ、先に気絶なんてひきあははははははははははははは!」
その拍子にサヤの左手がミユウの太ももに触れる。
そして、サヤの腕を伝い、彼女に寄生していた“くすぐりノミ”がミユウに移動する。
「た、た、たしゅけあはははははははははははははははは!」




