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チートな俺が、チープなあたしに変わったら、くすぐりに悩まされる日々が待っていました  作者: 広瀬みつか


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79.大好きなにぃに、じゃない…

 ミユウたちが“サクトス”に到着して二回目の夜を迎えた。

 体力が戻ったミユウは宿の浴室にある木造の浴槽に浸かっていた。

 “サクトス”に到着してから一度も着替えておらず、そのうえ数時間に渡ってくすぐられ続けた結果、全身汗でベトベトになっていた。

 このままでは不快で眠ることができないと思い、夜遅かったところを宿主に無理を言って借りることができた。

「あはぁ~」

 徐々に全身が温まると同時に蓄積された疲労が消えていくような心地よさに、ミユウは思わずだらしない声を出してしまう。

「やっぱり風呂はいいなぁ。特に今日みたいなひどい目に遭った時は骨身に染みるよ~」

 ふと今日一日起こったことを思い出す。

 朝目覚めると突然イリイナたちが部屋に入ってきたかと思えば、身に覚えのないことで理不尽に拷問椅子によるくすぐり責めにされた。拷問が終わり彼女たちが部屋を出ると、入れ替わるようにネコマタが現れて再び全身くすぐり責めが開始された。

 数時間後アストリアたちが戻ってきて拷問椅子を止めてくれたが、その時には満身創痍状態でそのまま気絶してしまった。

 再び目覚めた時には午後十一時を迎えてしまっていた。

 もうほとんどくすぐられた記憶しか残っていない。

「あの後アストリアから事情は聞いたけど、あいつを騙すためとはいえあそこまでする必要はないじゃん。本当に死ぬかと思ったよ、まったく。いつも思ってたけど、みんなのあたしに対する扱いが雑だと思うんだよな。あたしのことが好きならもっと大事にしてほしいもんだよ」

 気が緩んでいるせいか、日ごろ口にすることが憚られるアストリアたちへの不満がこぼれ出る。

 勝手に女体化されたり、“くすぐり”という致命的な弱点を付与されたり、ティークや拷問器具で容赦なくくすぐられたり、公衆の面前で恥ずかしい思いをさせられたり、今思い出すだけでも散々なことばかりだ。

 これでは要塞に拘束されていた時とほとんど変わらない。

「自由になるために村を飛び出たはずなのに、あの時から不自由になった気がする。やっぱり村でずっといた方がよかったのかな……」

 ふと故郷を思い出す。

 要塞で受けた拷問や投与された薬の影響か、記憶は断片的で十分に思い出せないが、家族や村の人々の顔がかすかによみがえる。

 当時はつまらない日々の繰り返しだと思っていたが、今となっては心穏やかなかけがえのないものだった。

「……ううん、ダメだ!どんどん辛気臭いほうに向かってる!あたしの悪い癖だ!体も温まったことだし、シャワーでも浴びよう!」

 ミユウは暗い気分を変えるために浴槽から出て、体を洗うことにした。

 蛇口をひねると、頭の上から柔らかく透明な水が流れる。

 ミユウが拘束されていた十年間で世界の技術は遥かに進化し、生活水準は昔よりも上がっていた。

 湯を適度に沸かすことも、それをシャワーを簡単に出すことも昔では考えられなかったことで、彼女が要塞を脱走して初めて風呂に入ったときには衝撃を受けたものだ。

 しかし、今となってはそれを当たり前のように使いこなしている。自分の順応性の高さに驚いている。

 それは自分が女になったことも例外ではない。

 当初は体の違いに戸惑いもしたが、今は下着や服を着ることもトイレをすることも当たり前のようにできている。まるで最初から自分が女だったのではないかと錯覚するほどだ。

 それはそれで恐ろしい気もするが……。


 ミユウは石鹸で全身を洗ったところで、髪を洗うことにした。

 彼女の髪は自身の腰に届くほどの長さだ。この髪を洗う時がなかなかの難関だった。

「う~ん。毎回これ洗うの面倒なんだよなぁ。アストリアやイリイナも同じぐらいの長さなのに、きれいに手入れしてあるのが不思議だよ。戦闘の時にも邪魔だし、もう一層のことサヤぐらいの長さに切っちゃおうかな?」

「そんなことされたら、みんな見分けがつかなくなっちゃうよ」

「?!」

 背後から聞こえた声にミユウは驚いた。

 それは妹であるサヤの声だった。

「サヤ?まだ起きてたの?」

「さっき目が覚めたところ。あたしもお風呂に入ろうかなって思ってね」

「あ、ごめん。先に入っちゃった。お風呂終わったら声かけるから部屋で待ってて」

「ううん、いいよ。にぃにと一緒に入っちゃうから」

「え?!」

 浴室の外からはサヤの鼻歌と共に布が擦れる音が聞こえる。

 この状況に焦るミユウはシャワーを止めて踵を返した。

「ちょ、あともう少しで終わるから待ってよ!」

「いやだよ。あたしも汗かいて気持ち悪いんだから。それに女同士なんだから別にいいでしょ?」

「で、でも、まだ、心の準備が!」

「残念。だって、もう脱いじゃったもーん!」

 いきなり浴室の扉が開くと、そこには真っ裸のサヤが立っていた。

「ひゃ!」

 ミユウは目の前のサヤの姿に思わず振り向いて、目線を反らす。

「あはは。“ひゃ!”だって。にぃにの反応は面白いな」

「からかわないで!いいから早く出て行ってよ!」

「冷たいなぁ。そんなにぃにには……こうだ!」

「ひにゃ!」

 サヤは自分に背中を向けるミユウの背中に抱きついた。

 サヤの柔らかく冷たい感触は、ミユウの温まった全身に強い衝撃を与えた。

「にぃに温か~い」

「は、離れて!」

「え~。そんなこと言ってもいいのかな?さっきぼやいてた愚痴をアスねぇに言いつけてもいいんだよ?」

「そんなに前からいたの?!」

「ふふふ。言われたくなかったら大人しくあたしと入りなさい」

「う……わかった。だからドアを閉めて。寒いから」

「うん!」

 サヤはミユウから離れると、開きっぱなしになったドアを閉めた。

 サヤが離れると、ミユウの強張った全身の緊張がほぐれて「ふぅ~」とため息をついた。


 ドアを閉めた後にサヤは浴槽に入った。そして、ミユウは浴槽に背を向けるように長い髪を一生懸命に洗い続ける。

「ふぅ~。いいお湯だ~」

 冷え切った体が温まる快感にサヤは思わず力の抜けた声を出す。

 そんな彼女の声にミユウは「ふふ」っと笑った。

「どうしたの、にぃに?」

「ごめん。さっきのあたしがお湯に浸かったときと同じ声をサヤも出してたから面白くてつい。やっぱりあたしたちは血を分けた兄妹なんだね」

「兄妹ね……」

 サヤはミユウの言葉に物思いにふけった。

「ねえにぃに。あたしね、あの時嬉しかったんだ……」

「いきなり何?あの時っていつのこと?」

「ほら、あたしがあの猫に捕まった時だよ。無理やりあいつのつがいにさせられそうになった時にあたしのことを“大事な妹”って言ってくれたよね」

「そうだったかな?そんな前のこと覚えてないよ」

「あたしはしっかり覚えてる。あの時、にぃににとってあたしは大事な存在なんだなって思ったんだ。いつも喧嘩ばかりしてたから、にぃにに嫌われているって思ってたから」

「兄妹が喧嘩することは当たり前だよ。むしろ心を許すことができる相手だからこそあたしもムキになって喧嘩しちゃうのかもしれない。……だから、あなたのことを嫌いだって思ったことないから安心して」

「ありがとう……でも、同じくらい嫌だなって思っちゃった」

「?」

「だって、それはあくまで“妹”という立場だってことでしょ?」

「そりゃそうだよ。現実、サヤは妹なんだから」

「それじゃ嫌なの!」

 サヤの声が浴室内でこだまのように繰り返し反響する。

「……ねえ。アスねぇのこと、好き?」

「いきなり話の内容変わり過ぎてない?」

「どうなの!イリねぇは?シュナさんは?」

「落ち着いてよ。……まあ、みんな好きだよ?」

「それは女の子として?」

「うっ!それは……」

 サヤの問いかけの答えをミユウは少し考えた。

「……よくわからない。けど、サヤが考えているのとはちょっと違うかもしれない。今のところはなんていうのかな、その彼女たちに対する恋愛感情みたいなものはない。あくまで旅の仲間って感じかな?」

「でも、みんなは違うよ。にぃにのことを一人の男として好き、むしろ愛している。アスねぇもイリねぇもシュナさんも……そして、あたしも」

「わかってる。いずれその気持ちに答えないといけないっていうことも理解してるつもり……」

「それはあたしの気持ちに対しても?」

「……」

 ミユウは沈黙した。

 わかっている。自分は今後サヤの気持ちに答えることはできない。彼女が血を分けた、自分の命と引き換えにしてもいいほど大事なかわいい妹なのだから。

 即答すべきだった。今まで彼女に伝えてきたように「あたしはサヤに恋愛感情を持つことはないし、その気持ちに答えることはできない」と。

 しかし、なぜか今は違った。

 今まで当たり前のように伝えることができた言葉が口から出てこない。

 それがなぜなのか、ミユウ自身理解ができなかった。


 バシャーー!

 浴槽から出るサヤ。そして、沈黙するミユウの背中に身を委ねる。

「ねえ、なんで黙っているの?答えてくれないの?」

「……」

「……わかった。それじゃあ、答えなくてもいいから聞いて」

 サヤはミユウの両肩に手を乗せて、背伸びをする。

「大好きだよ、ミユウ」

 彼女の耳元で小さく囁く。

 ささやかな空気を右耳に吹かれて、そのくすぐったさに気絶しそうになった。

 それと同時になんとも言えない感情で、全身にこそばゆい電流が流れる。

「……だから、ごめん」

「え……」

 サヤの言葉の意味に疑問をもったミユウが振り向こうとする。

 すると……

「ひにゃーーーーーーーーーーー!」

 ミユウは思わず悲鳴を上げた。

 それはサヤに人差し指で背筋をなぞられ、強烈なくすぐったさが全身に走ったからであった。

 人差し指が腰に到達すると、ミユウはその場に倒れる。

「あ、あひ、あひ……シャ、シャヤ……」

 ミユウは遠のく意識の中で目の前にいる妹の名前を呼び、気を失った。

 サヤは気絶した兄の横にしゃがみ込み、彼女の顔を見つめる。

「これであたしだけのもの……もう誰にも渡さないよ、ミユウ」

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