78.最終局面、のはずが…
宿の廊下を黒髪の少女が立っていた。
彼女の名前は“ミユウ・ハイストロ”……ではない。
姿形は彼女そのものであるが、全くの偽物である。
その正体は魔獣“ネコマタ”である。
彼は以前サヤを誘拐してつがいにしようとしたが、ミユウたちに邪魔をされた挙句、魔石に封じ込められた。看守の不注意によって魔石から解放された後は、彼女たちに復讐すべく秘かに追いかけてきた。
この町に辿り着いたところでミユウたちへの復讐を開始した。
ミユウが眠っている隙に、町を歩いていたサヤ・シュナ・イリイナにミユウの姿で辱めを与え、その怒りをミユウに向けさせた。その計画は成功し、彼女たちから数時間にわたる拷問を受けたミユウは満身創痍の状態となった。現在進行形でミユウはイリイナの開発した拷問椅子の餌食となっている。
そして、ネコマタは計画の最終段階に突入した。
計画はこうだ。
目の前の部屋の中にはアストリアがいる。その他には誰もいない。既に透視で確認済みだ。
このまま部屋の中で彼女を辱めてもいいが、その場合逃げるのが困難になる。
そこでアストリアを町に連れ出し、人目のない路地裏に連れ込んだところで襲い、彼女を怒らしめる一言を吐き捨てる。
そして、隙を狙って逃げ出す。姿を変えれば容易に逃げ切れるだろう。
あとは宿に戻って、ミユウがアストリアに折檻される姿を見届ければ計画完了だ。
ミユウに扮したネコマタは喉元に手を当てる。
「あーあーああー。喉から声を出すというのは慣れんな」
その上で何度も声を出し、ミユウの声を思い出しながら近づけていく。
「ふむ。これでよいか。では参ろ……じゃあ行こうかな」
準備が出来たネコマタは部屋のドアを三回ノックする。
すると、部屋の中から「どうぞ」と返事をする少女の声が聞こえた。それを合図に部屋の中へ入っていった。
そこには白い部屋着を着たアストリアがベッドに腰かせて、本を読んでいた。
「邪魔するよ。アストリア」
「これはミユウさん。何か御用ですか?」
「ちょっとね。あなたを遊びに誘いに来たんだ」
「これは珍しい。ミユウさんからお誘いを受けるとは思いませんでした」
「たまにはいいでしょ?今日はそんな気分だったの」
「うふふ。少しは正直になられたのでしょうか……わかりました。そのお誘いを謹んでお受けいたします。いま着替えますので、少々お待ちください」
「わかったよ」
ネコマタは部屋のドアを閉める。そして、ドアにもたれかかり腕を組んだ。
「案外かんたんだったな。ここまま行けば容易く計画を進められるだろう。ふん。我を辱めた報いを受けるがいいわ。ふふふふ……」
廊下中にネコマタのほくそ笑む声が響き渡った。
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“ナクトリス”はミユウたちが到着した頃にはほとんど灯りがなかったが、日が昇った今となってはそれが嘘のように多くの人が往来していた。
宿町ということもありほとんどのが旅人用の宿屋であるが、中にはいくつかの店が並んでいる。歩いているだけでもそれなりに楽しめるものだ。
ミユウに扮したネコマタとアストリアの二人は通り沿いにあった小さな飲食店に入り、遅めの昼食をとっていた。
「ところでミユウさん。今からどちらに向かうおつもりですか?」
「うーん。とりあえず宿を出てはみたものの何も考えてなかった。アストリアはどこか行きたいことある?」
「そうですね。旅で必要なものは町で買いそろえましたからね。かといって、この町には特にみるべき場所もなさそうですし……」
(これは参った。もう少し楽しめる場所を探すべきであった。もう少し油断させてからと思っておったが、このまま無駄に時間を過ごしても仕方がない。早速この娘を辱めるとするか)
「それだったら気になるところがあるから、そこに行ってみようよ」
「気になるところ?初めて来られたのに、ミユウさんはなぜこの町にある施設のことをご存知なのですか?」
「え?それはその……ほら、宿に置いてあった地図で調べたんだよ」
「いつの間に。まあせっかくですので、そちらに向かいましょうか」
「うん。じゃあ案内するよ」
会計を済ませると、ネコマタはアストリアの左腕を掴み、彼女を引っ張っていく。
ーーー
飲食店から出て三十分ほど経った頃、彼女たちは小路にいた。
先程の大通りから随分離れたせいか、人の声がほとんど聞こえない。
建物の間で陰になり、ほとんど日光が差し込まず、じっとりと湿って気持ちが悪い。あまり長居をしたくないところだ。
「ミユウさん。行き止まりのようですが、道を間違えていませんか?」
「ううん。ここで合ってるよ」
「え?では、こちらがミユウさんがおっしゃっていた“気になる場所”ということですか?こちらに一体何が……」
「ふふふ……」
「ミ、ミユウさん?」
突如として不敵に笑いだしたミユウの姿にアストリアは不安になり、彼女の顔を覗き込もうとした。
その瞬間だった。
ネコマタは掴んだアストリアの左腕を引っ張り、石畳の地面の上に倒した。そして、両手をついて彼女の上に覆いかぶさった。
二人の顔の距離は十センチにも満たないほどで、すぐにでもくっついてしまいそうだ。
石畳の地面に叩きつけられ、アストリアの背中全体に激しい痛みが走るが、今はそれほどに気にならない。
そんなことよりも彼女の意図不明な行動に戸惑っていた。
「これはどういうおつもりですか?」
「どういうつもりかって?そんなのあなたには理解できてるんじゃないの?」
「いいえ。さっぱりです。どうか教えていただけませんでしょうか」
「人気のないところに来て女の子を倒し込んですることなんて決まってるじゃん。今から楽しいことするんだよ」
「…………」
アストリアは言葉を返さなかった。
ネコマタはその彼女の反応に拍子抜けしていた。
今まで森の中で見てきた人間の女性というものは、いきなり襲われたときに暴れて抵抗していたし、今回もそれを予想し期待していた。
しかし、アストリアは暴れることなく、ただ目の前の顔を無表情のまま見つめるだけだった。
(驚きすぎて言葉が出なくなったのか?面白うないな。まあ、そのようなことは関係ない。せっかくの機会だ。人間の女の体というものを楽しませてもらうとするか)
ネコマタは舌なめずりをすると、ゆっくりとアストリアに顔を近づける。
「ちょっと待ってください」
アストリアはネコマタの胸元に手を添えて、彼が近づくのを制止する。
「ん?ど、どうしたの?もしかして、あたしとするのは嫌?」
「……嫌です」
「あたしのことが好きなんじゃないの?」
「好きですよ。大好きです。むしろ愛しているといった方が適切でしょう」
「じゃあ」
「しかし、それはあなたではありません。私が愛しているのは本物のミユウさんですから」
「?!」
アストリアの言葉に危機感を持ったネコマタは飛び退いて、彼女との距離をとる。
「な、何のこと?あたしはミユウ・ハイストロだよ」
「では、なぜそのように私から距離をとられるのですか?」
「そ、それは……」
乱れた髪をといて、砂埃を払いながらアストリアが立ち上がる。
その間にもネコマタは彼女に対する警戒態勢をとり続ける。
「隠さなくても構いませんよ。あなたが偽物だということはとっくに気付いていますから」
「……なんでそう思ったの?」
「きっかけは今朝イリイナさんたちからミユウさんに辱められたと報告を受けた時からです。彼女たちも疑っていましたよ。女性の体に不慣れなミユウさんがあんなことをするはずがないと。なりすますのであれば、もっとあの人のことを調べておくべきでした」
(なるほど。我の計画は出だしから失敗していたという訳か)
「その後、あなたの正体を見極めるために私たちで一計を図ったのです。イリイナさんたちに騙された振りをして、ミユウさんをお仕置きする。そして、ある程度ミユウさんを責めた後に彼女を部屋に一人にしていただきました。そうすれば、彼女の前にあなたが現れると考えたのです。自分の計画をミユウさん自身へ誇示するためにね。その後はミユウさんを部屋に拘束したあなたが私の前に現れて、イリイナさんたちにしたのと同じように私を辱めにきた。今のようにね」
(そこまで読まれていたとは……)
「け、けど、それじゃあたしが偽物であるという確証はないんじゃないの?日頃からあなたたちには酷い目に遭わされていたし、その仕返しとしてやったって考えられるんじゃ」
「あなたはお気づきではないでしょうが、彼女の体には私の手で魔術印を刻んでいるのです。それを通じて彼女の所在地を常に把握することができるのですよ。あなたが私の部屋に訪れたときにミユウさんの反応が隣の部屋にあったときにあなたが偽物だと確証いたしました。今でもミユウさんはあの部屋にいらっしゃるようです」
「くっ」
「では、そろそろ教えていただけますでしょうか?あなたの正体を」
「……どうやらここまでのようだ」
ネコマタの全身に黒い影が纏う。そして、ミユウの姿をしていた彼は元の茶色い猫の姿に戻る。
「あなたは確か……やはりそうでしたか」
『驚かぬのか?』
「大体の察しはついてました。ミユウさんと寸分たがわない姿に変化するなんて芸当、魔術使いか、妖術を使う魔獣でしかできませんから。しかし、よくあの魔石から出ることができましたね」
『すべては貴様ら人間の油断のおかげよ。あの町の役人もしかり、ミユウもしかり』
「なるほど。もう少し魔石の保管方法をしっかりお伝えすべきでした」
『計画が失敗に終わったのであれば仕方あるまい。我はここで去らせていただこう』
「そうはさせません。今度こそ逃げられないようにしっかりと封印させていただきます」
アストリアは人差し指を立てて、魔術を発動させるための構えをとる。
しかし、ネコマタはそんな彼女に余裕の笑みを見せた。
『容易くは見逃してはもらえぬか。まあ良い。だがよいのか?このようなところで油を売っておって』
「どういうことでしょうか?」
『我はミユウの部屋を去るときに、あの者を拘束したカラクリを起動させておいた』
「え?」
『そういえばあれからどれほど時間が経ったか?今も無数の手により、全身をくすぐられているであろう』
「な、なんてことを……」
『もしかしたら、もう力尽きてしまうかもしれぬ。貴様はそれを見過ごしにできるか?』
「うぅ……」
アストリアは考えた。
確かに、自分の力を行使すればネコマタを封印することは可能だ。しかし、妖術を使うことができる彼を封印するにはいささか時間がかかることは確実だ。その間にもミユウはくすぐられ続けている。
計画では、イリイナたちは自分が戻ってくるまで部屋で待機するようになっている。そのため、彼女たちがミユウのもとに向かうことはない。自分が宿に戻らなければミユウをくすぐる機械を止めることはできない。
『ふん。隙を見せたな。では、これで失礼する』
そう言い残すと、再び全身に黒い影をまとい、彼女の前からその姿を消した。
「逃がしましたか。あの様子ではまた狙ってくるかもしれませんね。その時こそ絶対に封印してみせます……しかし、今は!」
アストリアは踵を返して、宿へと戻っていった。
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宿に戻ったアストリアは部屋で待機していたイリイナ・サヤ・シュナの三人を連れて、ミユウがいる部屋へ向かった。
「ミユウさん!大丈夫ですか?!」
部屋のドアを開けると、ミユウの笑い悶える声が響き渡っていた。
「ぎゃあああああははははははははははははははははは!や、いや、た、たすああはははははははははははは!」
彼女の頭から足の裏まで数千にも及ぶ小さなマジックハンドが容赦なく襲っている。長時間無理に笑わされたせいか、彼女の全身から大量の汗が噴き出していた。
「あいつ、まさか“死の全身モード”に設定しよったんか」
「イリイナさん、早く止めてください!」
「わかってる!ちょっと待ち!」
イリイナは背もたれの後ろに駆け寄り、拷問椅子を止めた。
「ひみゃ~~」
マジックハンドの動きが止まると、ミユウは全身の力が抜けるように倒れる。
「た、たしゅかった~~」
「まったく、油断しているからこのような目に遭うのですよ。これを機に少しは学習をしてください」
「今回は、あたし、悪くな、い……ガクッ」
ミユウは拷問椅子に拘束されたまま気絶した。




