77.黒い復讐、しかし…
太陽が昇り切った正午、ある宿の一室でミユウはくすぐり責めに遭っていた。
椅子に拘束された彼女は、背もたれの両側面から出た小さなマジックハンドに三時間にわたり、上半身をくすぐられていた。時間が経つほどにその数は増え、現在では左右合わせて三十本に及ぶ。
「ぎゃはははははははは!」
そんな彼女を見つめている少女が三人いた。
それはサヤ・シュナ・イリイナである。彼女たちは公衆の面前でミユウから辱めを受けた報いとして、彼女を拷問していた。
「もうそろそろあたしたちに謝る気になった?」
「やはははははは、いや、あは、あはははははははははは!」
ミユウはあまりのくすぐったさで話すことができない。
「これ以上やっても仕方ないなぁ」
イリイナが背もたれにあるボタンを操作すると、ミユウの上半身をくすぐっていた全てのマジックハンドが止まり、背もたれの中に戻っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
長時間のくすぐり責めから解放されたミユウは何度も深く呼吸をして、ここぞとばかりに不足した酸素を補給する。
「どうじゃ?思い出せたかのう?」
「何度も、言ってるけど、あたしは、そんなこと、してない……」
「にぃにもしつこいなぁ。いいかげん自分がやったって認めたら?」
「本当に、知らない……」
「どうやらまだ笑い足りんようやな」
「も、もうやめて。これ以上は、身が、もたないよ……」
イリイナはミユウの前にまわると、拘束されたミユウの顔を凝視する。
「…………それもそうや。仕方ない。あんたに時間をやるわ。うちらは当分の間部屋を出とるから、その間にしっかり思い出しいや」
「う、うん……」
「その代わり、あんたに逃げられたら困るから、うちらが帰ってくるまでそのままでおってもらうで」
「うう……わかったよ」
イリイナたちは椅子にミユウを拘束したまま、部屋を出ていった。
「……ふう。とりあえずは助かった、のかな?」
イリイナたちが部屋を出ていくのを見送ると、安心したミユウは大きくため息をついた。
何度か手足を引っ張って拘束を解こうとするが、やはりビクともしない。長い時間くすぐられ続けて体力が削られたのがかなり効いたらしい。
「思い出せって言われても、本当に覚えがないんだけどな……」
必死に記憶を遡ってはみたが、やはりイリイナたちが言っていたことをした記憶が全くない。
しかし、彼女たちを辱めたのはミユウ本人だと言い張っていた。
「イリイナたちが言ってたあたしっていうのは一体誰のことなんだろう?」
『気になるか?』
「?!」
突如脳内に男の声が響き渡る。声の正体を探すために、拘束された首をできるだけ動かして部屋の中を見渡した。
すると、窓のカーテンがはためいていた。どうやら窓が開いているらしい。
「あれ?さっきまで窓を閉めていたはずなのに……ん?」
カーテンの向こうに小さな影があった。目を凝らしてみると、それは小さな茶色い猫だった。
猫は窓から飛び降りるとミユウの足元に近づく。
『まったく惨めで情けない姿だな』
「あなたがしゃべっているの?というか、どこかであったような……あ!あなたはネコマタ!」
『ようやく我のことを思い出したか』
ミユウの目の前にいるこの猫は“ナクトリス”と“クリアスティア”を往来する道で多くの旅人を襲い、サヤをつがいにするために連れ去った魔獣“ネコマタ”であった。
世界広しと言えども、人の言葉を操る猫はそうはいない。どう考えても見間違うはずがない。
「よくあたしの目の前に出てこれたね!あっち行け!」
『ほう。そのようなことを我に言ってもよいのか?』
「え?」
ネコマタはミユウの足元で座る。そして、彼女の拘束された左足を前足で抑えて、足の裏を舐め始めた。
「ぎゃははははははははは!」
『ここを舐められるのが気持ちいのだろう?』
「いひひひ、ご、ごめ、謝るから、やめ、あははははははははは!」
『ようやく己の立場をわきまえたようだな』
ミユウから謝罪の言葉を引き出したネコマタは彼女の左足から距離を置いた。
「はあ、はあ、あなたがなんでこんなところにいるの?確か魔石に閉じ込めて、“クリアスティア”の役所に渡したはず。アストリアは中からは絶対に出られないって言ってたのに」
『確かに何度も試してはみたが、結局内側から出ることは叶わんかったわ』
「じゃあなんで」
『まったく人間というのは危機感がない生物よ。魔獣が閉じ込められた魔石を割り、何の変哲もない檻に入れて満足しよったわ。我も随分となめられたものよ。檻から逃げ出した後は貴様の所在を見つけ、ここまでつけてきたという訳よ』
「つけてきたって、いつから?」
『ふふふ。貴様が童の頃に書き綴ったという物語は誠に傑作であった。笑いをこらえるのに苦労したわ』
「そ、そんなに前から?!」
あの恥ずかしい黒歴史を聞かれたと考えると、顔がカっと熱くなる。拘束されていなければ、手で顔を覆いたいほどだ。
「で、でも、なんであたしたちについてきたの?解放されたのだったら森に戻ればいいじゃん。もしかして、サヤをまだあきらめていないの?」
『ふん。あの娘のことなどどうでもよいわ。それにあのような屈辱を受けて、のこのこと帰れるわけがなかろう!我は必ず貴様らに復讐を果たす、そう決心したのだ。特に貴様にはな!』
「そんなの逆恨みじゃん……」
『やかましい!貴様にはこの世に生まれたことを後悔するほどの地獄を味わってもらう』
「地獄?一体何をする気なの?」
『何をする気だと?もう計画は始まっておる。それに貴様も気付いているのではないか?』
「……は?」
ネコマタが何を言っているのか理解できなかった。しかし、なぜか頭の奥の方で理解しているような気がした。
ここでミユウは今日起こった奇妙なことを思い出した。
自分の覚えがないところで、自分と同じ人物が町に現れるというあり得ない現象が起こった。そして、彼女はイリイナたちに辱めを与え、その報いとして先ほどまでミユウは拷問された。
「……あれか!」
『ようやく気づいたか』
「もしかして、イリイナたちが言っていたあたしってあなたのことなの?」
『妖術を使えば、貴様と寸分たがわぬ姿に化けることなど他愛ないことよ。あとは貴様になりすまし、奴らを怒らせれば、すべての怒りは貴様にいくという、我ながら完璧な計画だ』
「なるほど。その企みにあたしたちはまんまとハマってしまったわけだ。それでどう?もう気が晴れた?」
『そのような訳がなかろう。まだ計画は終わっておらん』
「まだ続くの?」
『ここ数日貴様らを観察していてわかったことがある。貴様はあの娘らを苦手に思っているようだな。特にアストリアとかいう金髪の娘には極度の恐怖心を持っていると見た』
「うっ!」
図星だった。ネコマタは確かにミユウたちのことをよく観察していたようだ。
『もし貴様の姿であの娘を辱めれば、どうなるであろうな?この世のものとは思えぬ恐ろしい仕打ちを受けるのであろうな』
「あわわわ……」
ミユウの全身に悪寒が走る。考えるだけでも身震いが止まらない。
『貴様の苦しむ姿が見られるとは、楽しみで仕方がないな。さて……』
ネコマタはミユウから距離をとると、その場で高く跳んだ。すると、全身から大量の黒い煙が現れた。
そして、黒い煙が晴れると、ネコマタがいた場所に一人の少女が立っていた。
腰まで伸びた黒髪の少女、それは紛れもなくミユウそのものだった。
突然、自分そっくりの人物を目の前にしたミユウは、そのあまりにも素っ頓狂な光景に口を開けて呆然としていた。
『どうだ。なかなかの出来であろう』
「確かにイリイナたちが見間違えるはずだ…………って、早く服を着て!」
目の前の自分と寸分違わない少女は服を着ていない。
まるで、自分が裸で突っ立っているようで恥ずかしくなる。
『そうだ。このまま町を走り回るのもまた一興……』
「絶対にやめて!」
『ふん。冗談に決まっておるであろう。いくら他人の姿とはいえ、そのようなこと恥ずかしくて出来んわ。それを真に受けて、可愛いやつよ』
「うぅ……」
ネコマタはミユウの荷物を漁り、適当に見繕った服をおもむろに着ていく。
『よし。これで準備ができた。あとは隣の部屋で呑気に寛いでいるアストリアにちょっかいを出せばよい。そして、怒り狂うたアストリアが貴様を拷問する姿を高みの見物するとしよう。それで我が復讐は完結し、大腕を振って森に帰ることができる』
「く、くそ〜」
『それではな』
ネコマタは意気揚々とドアを開けようとした。
『あ、そうだ』
踵を返したネコマタは再びミユウに近づき、彼女の背後に立った。
「な、何なの?」
『このまま待つのは退屈であろう。暇つぶしにこのカラクリで遊んでいるがよい』
「カラクリって……まさか!」
背後から何かをいじる音が聞こえる。それはイリイナがこの拷問椅子を起動させていたときと同じ音だった。
「わざわざそこまでする必要ないでしょ!」
ミユウは背後のネコマタに抗議したが、全く取り合わない。
『ほう。“上半身モード”に“下半身モード”、それに“死の全身モード”なるものもあるぞ』
「死の全身モード?!」
名前を聞いただけで、全身にくすぐったさが駆け巡る。
『これはもう一択だな』
「やめて!そんなのされたら、あたし死んじゃうから!」
『やめろと言われてやめる阿呆がどこにおる?』
カチッ!
力強くボタンを押す乾いた音が部屋に響き渡る。。
すると、拷問椅子のありとあらゆる場所に無数の穴が空き、そこから千は優に超えるマジックハンドが出てきた。
あるものはワキワキとさせ、あるものは筆を持ち、あるものは羽根を持ち、あるものは得体のしれない小刻みに振動する棒状のものを持っている。全てに共通することは、ミユウをくすぐることを心なしか待ちわびているように見えることだ。
「やだ……あたし、死にたくない……」
ミユウは涙目で悲痛の言葉を呟く。
しかし、それを無視するようにマジックハンドたちはミユウの全身をくすぐり始めた。
「ぎゃあああああはははははははははははは!」
あるものは耳の中を、あるものは首周りを、あるものは脇の下の窪みを、あるものは胸の先を、あるものは横腹を、あるものは背中を、あるものは股を、あるものは太ももを、あるものは膝の裏と表を、そしてあるものは足の裏を、ミユウの体の考え得る限りのくすぐったい部位を、考え得る様々な責め方でくすぐられ、ミユウの心身は一瞬にして崩壊寸前に至った。
『ははは。よい様だ。このまま見ていたいが、我にもすべきことがあるでな。ここで失礼するぞ』
そう言い捨てると、ミユウに扮したネコマタは部屋を出ていった。
「ぎゃははははははははは、だ、だれか、止めてぁあはははははははははは!」




