73.新しい才能、ここで…
掃除が行き届いたレンガ造りの部屋に、人の話し声や荷車の往来する音が外から入ってくる。
窓から差し込む朝日で照らされた部屋には、木製の机や椅子が並んでおり、棚には白く輝く食器が並んでいる。すべて開店のために揃えられたものなのだろう。
そこに並べられた椅子に2人の男女が腰を掛けていた。
男物のスーツに白衣を羽織った長い銀髪の女性の名は“イリイナ・ルーリール”、しわ一つない漆黒のスーツを装った短い銀髪の男性の名は“テイラ・ミカエリス”だ。
彼らは豪商トーク・ラグリークスからの依頼により、彼の娘であり、この店のオーナーであるレイ・ラグリークスに従業員の助っ人としてミユウたち4人を紹介し、現在はミユウたちが制服に着替えているのを待っていた。
「イリイナ。“シュターナリクス”のこと覚えているか?」
「なんやねん。いきなりそんなこと聞いて」
「『ミユウがシュミルーク邸に囚われてしもうて助けるんを手伝ってほしい』ってお前が俺に頼んできたよな。泣きべそかきながら」
「泣きべそなんてかいとらんわ!まあ、あの時にはあんたに世話になったんはホンマやけど……」
「その時『ミユウがひどい目にあっとるかもしれんから早く助けてやりたい』っていいよったよな」
「そうやな。その時の依頼人たちからあの邸宅に少女たちが拉致監禁され拷問されてるって噂を聞いとったから」
「お前ほんまにミユウを助けたいって思ってたんか?」
「何が言いたいんや?助けたかったに決まってるやろ」
「そうか。俺の目からすれば、さっきのも十分ひどい目に遭ってたようにみえてたけど?」
テイラのいう“さっき”というのは、ミユウが制服を着ることをごねたときのことだ。
イリイナは拷問まがいの方法で、彼女に無理やり制服を着ることを承諾させていた。
「お前はミユウを“自分の作った機械の性能を試すための実験台”と思ってるんちゃうか?その実験台を手放したくなかったから……」
「そんなわけないやろ!うちはうちの愛する人を助けたかった。それだけや」
「あれが自分の“愛する人”に対することか?」
「仕方ないやろ。あのまま駄々こねられたら、話が前に進まんかったんやから」
「あのな。もう少しミユウに優しくせんかったら、あいつに見放されるで」
「どういうことや?」
「ミユウと一緒になることができるんは1人だけや。やから、いずれあいつはお前たちの中から選ばないかん。見たところ、アストリアもシュナもお前に負けじと劣らずあいつに惚れてるようやから、お前に絶対譲らんやろうな。そうなったときに誰があんなおっかない拷問をする奴を選ぶと思うか?」
「それは……」
「これは男として幼馴染としての忠告や。素直に聞いとった方がええで」
「お、おう。考えておくわ……」
イリイナは不機嫌そうな表情で自分の髪をいじる。これはバツが悪くなったときに見せる彼女の癖だ。
テイラの忠告は1ミリも間違っていない。むしろイリイナ自身そのことは自覚していた。
だからこそ、それ以上に彼へ言い返すことができなかった。
「しかし、“愛する人”、ね」
テイラはいじけているイリイナを眺めて、そうつぶやいた。
「なんやねん」
「いや、お前の口からそんなしおらしい言葉を聞くとは思わんかったから。やっぱり女なんやなって思って」
「あんたは本当に昔からデリカシーがないな。母ちゃんの腹の中にでも置き忘れてきたんか?」
「お前に言われたくないわ。ほんま、嫁さん探しは慎重にせんといかんちゅう訳や」
「せいぜいうちみたいな才色兼備な女でも見つけるこっちゃ。まあ世界広しといえど、こんなええ女は滅多におらんけど」
「そういうとこやで……」
イリイナたちが話をしていると、カウンター後ろにある扉が開き、そこからレイが現れた。
「テイラさん、イリイナさん、お待たせしまして申し訳ございません」
「いいえ。俺たちのことは気にせんでもいいですから。それで着替えは済みましたか?」
「はい。皆さんとてもかわいらしくて、目まいしてしまいましたよ」
そういうレイは心なしかウキウキしているように見える。よほどミユウたちのメイド姿が気に入ったのだろう。
「とりあえず見ていただければわかります。さあ、こちらに来てください」
レイが意気揚々と店の奥に向けて声をかけると、そこから複数の人影が現れた。アストリア・サヤ・シュナ、そして奥の部屋で彼女たちといた少女たちだった。
彼女たちは奥の部屋で見た制服を着て、働きやすいように髪を束ねていた。黒と白を基調としたところは通常のメイドと同じだが、胸元や背中がざっくりと開いて、スカートが直単に短いところなどは通常のそれとは異なり、とてもセクシーだった。
それを着用しているアストリアたちも恥ずかしいのか、頬を紅潮させてモジモジとしていた。
「い、いかがですか?似合っているで、しょうか?」
「ええで、ええで。あんたら全員ように似合うてるわ。背中についてる大きなリボンもめっちゃかわええで」
「そうかのう?なんか思ったより露出が多いように見えるんじゃけど」
「うん。特にここ。アスねぇやシュナさんくらい大きかったらいいけど、あたしぐらいじゃ……」
サヤは胸元に人差し指を入れる。元々胸が大きい人を想定して作られていたのか、少し余裕がある。周りが気付くほどではないが、それでも着ているサヤからすれば少しばかり傷つく結果になった。
「ま、まあええやないか。それぐらい余裕のある方が動きやすいって」
「そういう問題じゃないんだけど……」
「けどあれですね。ようアストリアたちにちょうど合う大きさのもんがありましたね。予備でも作っとったんですか?」
「いいえ。衣装のデザインにこだわり過ぎて、予備の制服を作る時間がありませんでした。ですので、明日から働く子たちの服を着ていただいたのです。サイズが合ったのも偶然です」
「そうですか。ほんま良かったですね」
「良くないよ!」
レイやイリイナたちが話していると、店の奥から少女の声が聞こえた。それはミユウの声だった。
「良くないって、どういうこと……ミユウ、あんたそれどうしたんや?」
「そんなに見ないで……」
ドアから恥ずかしながら見せたミユウの姿にイリイナとテイラは唖然とした。
着用している制服や束ねた長い黒髪はアストリアたちと一緒であったが、その制服のサイズ感が他のそれと異なる。
スカート丈は彼女の太ももの半分より上で、前にかがむと下着が見えてしまいそうだ。その上、上半身には一切の余裕がなく、体のラインがはっきりと見えてしまうほどだ。特に、胸が潰されて呼吸するたびに布がはち切れそうだった。
「なんでこんなことに……」
「そ、それはそれで、に、似合っとるで……」
「何で笑ってるの?絶対に似合っているって思ってないでしょ!」
「そんな、ことない、で……」
笑いをこらえきれていないイリイナの姿を見て、やはり自分の格好はおかしいのだとミユウは確信した。
「というか、絶対これ小さいですよね!」
「申し訳ございません。ミユウさんに合うものがそちらしかありませんでした。元々そちらの制服を着る方がミユウさんより体格が小さく細身な方だったものでしたから」
「それだったら、サヤに着させた方がよかったじゃないですか!サヤの方があたしより身長が低いし、胸も小……」
「にーいーにー?何が言いたいのかな?」
「ご、ごめん……」
サヤから向けられる圧力にミユウは引いてしまった。
「実はミユウさんとサヤさんが着ていらっしゃる制服を着る予定の二人は双子でして、制服の大きさはほぼ同じなのです。だから取り替えても無駄ですよ。むしろ、ミユウさんの着ていらっしゃる制服の方は胸周りを大きく作られていますので、その……サヤさんが着られるとそれこそ大変なことになっちゃいます」
「ガーーン!これでも一番小さかったなんて、あたしの胸ってどれだけ小さいの……」
思わぬ事実を知ったサヤは衝撃の余りその場で崩れ落ちた。
「それだったら厨房で働かせてください!その代わりに他の人が接客をすれば……」
「実は料理へのこだわりもこの店の売りの一つでして、しっかり研修してもらったあの子たちに任せたいのです。人数もギリギリですから、どうしてもミユウさんには接客をしていただきたいと」
「いやです!こうやってイリイナやテイラさんの前に立つだけでも恥ずかしいのに、知らない人たちの前に立って働くことはできません!着替えてきます!」
そう言い捨ててミユウが踵を返し、店の奥に入っていこうとした。その時だった。
「ミーユーウ?」
「ひぃ!」
ミユウの背後から手が伸びて、彼女の肩を掴んだ。
恐る恐る振り向くと、ニコニコと笑っているイリイナの姿があった。
「さっきうちに約束してくれたことは覚えてるか?」
「え?えっと、この制服を着るだったかな?けど、もう着たから約束は守ってるでしょ?」
「確か、もう一つ約束してくれたはずやで。もうわがまま言わんってな。さっきあんたが言いよったんって、わがまま言うんちゃうか?」
「け、けど、状況が変わったんだしさ、これはわがままじゃ」
「はあ。それは仕方ないなぁ」
「でしょ!だから……」
「そう言えば、あんたのためにこの近くでええ場所を見つけたんや」
「いい場所?」
「そうや。この町のはずれに誰も使わん小屋があってな、ほとんど人が近づかんところや。造りは頑丈で、外の音も聞こえんし、中でどれだけ騒いでも外に音が漏れることはない。眠るんにはちょうどええ場所やと思わんか?」
「?」
「あの枕使うて寝たら、誰にも邪魔されんでぐっすり眠れると思うわ、永遠にな」
「あの枕って……な!」
ミユウは気付いた。
イリイナがいう枕とは、ミユウに制服を着るよう強要するときに使った通称“こちょこちょ枕”だ。つまり、“拷問部屋”もとい“処刑部屋”として小屋を使うつもりなのだ。
「あわわ……」
「さあ、早速行こか」
「す、すみませんでした!」
ミユウはその場で土下座をした。
「なんや。無理せんでもええで。さあ行こうや」
腕を掴んで店の外に連れ出そうとするイリイナの足元に、ミユウが涙ながらにしがみ付いた。
「あれだけは許して!もうわがまま言わないから!一生懸命働くから!」
「ほんまか?嘘やないやろうな」
「本当だから!」
「それやったら、ちゃんと証明してもらおうか?」
「証明?何をすればいいの?」
「そうやな。せっかくメイドの格好してるから、メイドらしく言うてもらおうか。『一生懸命働かせていただきます、ご主人さま』ってな」
「え?そ、それは……」
「出来ひんのか?今からここで働くんやろ?それやったら、これぐらい出来なあかんやろ」
「うぅ、わかったよ……」
ミユウはイリイナから離れて座り直し、意を決してイリイナを見上げた。
「い、いっしょう、けん、めい、はたら、かせて、いただきます、ご、ごしゅ、ごしゅじん、しゃま……」
「「「!!」」」
ミユウが言葉を言い終えると、全員が絶句した。
ペタン座り、涙目、上目遣い、紅潮した頬、それに羞恥に満ちたたどたどしい口調が相まってミユウをかわいらしく見せた。その姿を見た全員はそのあまりのかわいさに、心の芯深く打たれてしまったのだ。
「にぃに、すごい……」
「やはり私の見込んだ通りです。あなたは逸材ですよ!」
「み、見ないで!」
自分のあまりの惨めさに気付いたミユウは急いで顔を両手で隠した。
イリイナはそんな彼女の肩に手を置く。
「ま、まあ、それで許してやるわ。そう泣きなや。この仕事終わったら、ご褒美にプレゼントがあるから頑張りや」
「ほ、本当に?」
「ほんまや。しかも、あんただけに特別やで」
「えーー!にぃにだけずるい!イリねぇ、あたしも頑張るからご褒美が欲しいよ~」
「まあ考えておくから、サヤも頑張り」
「やった!」
イリイナはせがんできたサヤの頭を撫でた。
「イリイナ、歓談しよるとこすまんが、もうそろそろ時間やで」
「ほんまか?」
テイラに言われて、イリイナは胸ポケットに入れてた懐中時計で時間を確認する。すると、時計の針は11時を示していた。
「時間経つんは早いなぁ。それやったら、うちらの仕事の方に行きます」
「はい。父のこと、よろしくお願いします」
「仕事が終わり次第、こちらに戻ってきますので、それまでこき使ってやってください」
そう言い残すと、イリイナはテイラを一緒に店を出ていった。
「では、私たちも準備に入りましょうか」
「「「はい!」」」




