71.新たな契り、なのに…
“クリアスティア”の大通り。
多くの人々が所狭しと往来する中で、ミユウはテイラとイリイナたちを追いながら話をしていた。
その姿は傍目から見れば、兄妹もしくは恋人のように見える。しかし、その実は二人とも男なのである。話の内容にも一切男女間の色のついたものはない。
ミユウは自分が女体化してしまった不運を感情混じりに説明していた。“訴えかけていた”といったほうが正しいかもしれない。
テイラはその不運を自分のことのようにただ黙って聞いていた。そして、一通りの話が終わると、隣の少女の小さな肩にポンと手を置く。
「だいたいのことはわかった。あんたもえらいひどい目にあったんやな〜」
彼は涙で潤んでいた目を抑え、鼻声で同情の言葉を口にした。
「わかってくれますか?」
「当たり前や。大事なもん取られて、余計なもん付けられて、これほど男として屈辱的なことないわ」
「そうなんですよ!あなただけです、あたしの本当の気持ちを理解してくれる人は!」
ミユウの目にも涙が溢れてきた。
それは悲しいからではない。ましてや恐怖や笑いすぎの涙でもない。目の前に自分の境遇を本当の意味で理解してくれる人がいることで今までの鬱憤がスーッと晴れるのが純粋に嬉しかったのだ。安堵といってもいいかもしれない。
「テイラさん!これからあなたのことを“兄貴”と呼んでもいいですか?」
無邪気な子供のように目をキラキラさせるミユウ。そんな彼女にテイラは胸を張って応える。
「ええで!それにそこまで固くならんでええ。血は繋がってなくても俺たちはほんもんの兄弟なんやから」
「うん、兄貴!」
ここにミユウとテイラは義兄弟の契を交わすことになった。
兄を持つことができた嬉しさに思わずミユウはテイラの体に抱きついていた。ここまで他人の男の体のたくましさに安心感を持ったことはない。
「あはは。けどなんや。頭ではよう理解できてるけど、こう抱きつかれたら弟やなくて妹に思えてしまうな」
「は!ご、ごめん!つい……」
ミユウは咄嗟にテイラから離れる。
いくら自分が男であると理解してもらってるからといって、いきなり女の体で抱きついたりしてしまったら、ほとんどの男性は困ってしまう。実際テイラも顔を赤くして頬をかいている。
なぜか抱きついた側のミユウの顔も熟したリンゴのように赤く染まっていた。
しばらくの間、二人は互いに目を背けて歩いていた。
「もうあんたら遅いわ!何ノロノロと歩いとるんや」
ミユウとテイラがイリイナたちに追いついたのは、役所前から歩き始めて20分ほど経った頃である。
二人が彼女たちと合流すると同時に、仁王立ちで待ち構えていたイリイナに激しく叱責されてしまった。
「男同士の大事な話をしよったんや。ゆっくりとな、こう魂をぶつかり合わせてな、互いのことを知っていく貴重な時間や。お前にどうこう言われる筋合いはない」
「何が魂をぶつけ合わせるや。どう見ても恋人が道を歩いてるようにしか見えんかったで。顔赤うして、目を背けて、モジモジモジモジ。甘酸っぱい付き合いたて思春期か!」
「そんなんちゃうわ!俺とミユウはな、義兄弟になったんや。そんな甘ったれた関係ちゃうっちゅうねん。なぁ、義弟」
「うん、兄貴」
「ほんま、ミユウもこのアホにほだされよって……」
ミユウとテイラは互いに肩を組んで、その仲の良さをイリイナたちに見せつけた。
そんな二人を半ば呆れたようにイリイナは頭を抱えた。
「まあ良いではないですか、イリイナさん。どのような形にしろ仲良くなることは素晴らしいことです。それにあれほど楽しそうにしているミユウさんを見ていると私も嬉しいです」
「そうはいうてもな……まあええわ。とりあえず、ここがうちが用意した宿や」
そういってイリイナが指さしたのは一つの宿屋だった。
他と同様に白く塗装された石造りの建物で、“シュターナリクス”で泊まった宿ほどではないが、それでも一流の宿といっても過言ではない佇まいであった。
「これは立派なもんじゃのう。壁の至るところに細かい彫刻までしとるわ」
「これでもこの町では中級レベルや。何っていってもここは観光都市やからな。どこの町の宿屋にも劣らんもんばっかりやで」
「しかし、これだけ素晴らしい宿屋であれば宿泊費もかなりお高めになるのでは……」
「ははは。安心しい。今回の依頼人はえらい気前が良くてな。あたしら全員の滞在費を全て負担してくれる話になっとる」
「私たちの分もですか?それはさすがに申し訳ないといいますか……」
「もちろんタダというわけやないで。依頼人にあんたらの話をしたら、頼みたいことがあるって言い出したんよ。滞在費はその報酬みたいなもんや」
「仕事ということですか?」
「それほど大層なもんやないよ。一日だけやってもろうたらそれでええ。まあ詳しい話は明日話すから今日は部屋に入って休もう。今回は5人部屋やからな結構広いで」
「ちょっと待って!」
宿の入り口に入ろうとするアストリアをミユウの一言が止めた。
「なんや?あ~そうか。安心しい。ベッド5台を用意してもらってる。前みたいに無理に添い寝しろとは言わんよ。あんたが望むんやったら今からでもキングサイズのベッドを用意してもらうけど」
「そうじゃなくて……いや、それも重要なんだけど、そうじゃなくて、今晩はみんなとは一緒の部屋には泊まらないよ」
「何をおっしゃるのですか。初めて訪れた町ですのに、どこに泊まられるおつもりですか?」
「兄貴と一緒に泊まるんだよ」
「「「「は?」」」」
ミユウの言葉にアストリアたちが口をそろえて反応する。当のテイラも同じように唖然としていた。
「あんたいきなり何言いだすんや。そんなことできる訳ないやろ。あ!お前が唆したんやろテイラ!」
イリイナはミユウの隣にいたテイラの胸ぐらを感情のままにつかみ上げる。
「待て!俺やって初耳なんや!一体どういうことや、ミユウ」
「そのまんまだよ。あたしは男。だから男である兄貴と一緒に泊まっても問題ない。むしろ今までアストリアたちと一緒に寝ていた方が不健全ってものでしょ?」
「アホ!問題だらけや!だいたいな……」
アストリアは自信満々に語るミユウに迫ろうとするイリイナを無言で止める。
「イリイナさん、このまま言い争っても無駄ですよ」
「しかしな……」
「ミユウさん。先ほどのお言葉は本気ですか?」
「当然本気だよ」
「そうですか」
ミユウの意思を確認すると、アストリアはサヤに向かってニコッと笑い合図を送る。
彼女の指示を察したサヤはミユウを正面から力強く抱きついて拘束する。
「いきなり何するの!」
「ちょっと辛抱してね、にぃに」
拘束されたことを確認すると、アストリアはゆっくりミユウの背後に回った。そして、彼女の背筋を細い人差し指で優しくなぞる。
「ひぎゃーーーー!」
ミユウは強烈なくすぐったさで断末魔を上げ、アストリアの指先が腰に至ったところで気を失った。
「テイラさん。うちのミユウさんがとんだ迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。この後、私たちがよく言い聞かせますので、ご安心ください」
「お、おう……」
「では、これで失礼いたします」
アストリアはテイラにお詫びの言葉と一緒に軽く頭を下げ、気絶したミユウを背負ったサヤたちと共に宿の中に入っていった。
「おっかないな……」
テイラはアストリアに気絶させられたミユウの姿をみて、彼女の今までの苦労をなんとなく察した。
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「むむむ……」
5台のベッドが並ぶ大きな部屋の真ん中でミユウは椅子に座らさせている。腰と足首は椅子に、手は後ろで組むように縛られていた。そして、彼女を囲むようにアストリア・サヤ・シュナ・イリイナが立っていた。
「さて、早速ミユウさんには反省していただきましょうか」
ミユウと向かい合うように立つアストリアはニコニコと笑っていた。彼女が笑うのは怒りの感情を必死にこらえているからだ。
「反省?なんで反省しないといけないの?」
「なんでって。あんた、自分が何を言うたかわかってないん?確かにあんたの中身は男かもしれんけど、体は女なんやで。あのテイラなら大丈夫やと思うけど、さすがに一緒に泊まるのは問題があるで」
「わかってるよ。でも、何も悪いことじゃないじゃん」
「はあ~。これは重症じゃのう」
「これは多少手荒な方法で理解していただくほかはありませんね」
アストリア・シュナ・イリイナの3人は両手をワキワキさせてミユウに迫る。
「ふん!どれだけくすぐられても反省する気はないから」
ミユウは反省の色を見せなかった。彼女はテイラという理解者を手に入れたことによって、心に余裕を持つことができた。
その姿を見て、アストリアたちは困惑した。現在のミユウにくすぐり責めをしても反省の言葉が出るまでに時間がかかると判断したのだ。
「どうしましょう。ティークさんにお仕置きしてもらいましょうか」
「いや、あたしに任せて」
そういったのがサヤだった。彼女は自信満々な顔でアストリアたちの前に躍り出た。
「サヤさんには何か策があるのですか?」
「うん。しっかりとにぃにに反省してもらうから」
「わかりました。よろしくお願いします」
サヤはアストリアと入れ替わってミユウの前に立つ。
「あなたがあたしを反省させる?そんなことできる訳ないでしょ」
「ねえ、あたしに何かいうことあるんじゃないの?」
「サヤにいうこと?何の話?」
「あたしという妹がいるのに、なに勝手に新しい兄を作ってるの?」
「はあ?なんでサヤに言わないといけないの?」
「にぃにはあたしだけのにぃになの!あたし以外に兄弟を作ってほしくないの!だからテイラさんを“兄貴”と呼ぶの禁止!」
「そんなのあたしの勝手じゃん。あたしはこれから兄貴のことを“兄貴”と呼ぶから」
「……ふ~ん。にぃにはあたしよりテイラさんを選ぶんだ。じゃあ、あの手を使うしかないね。後悔しても知らないよ」
サヤは手に持っていた荷物袋を漁ると手のひらサイズの小さな1冊の本を取り出した。それは表紙がところどころ擦り切れた古い本だった。
「これに見覚えはある?」
「ないけど、何なの?」
「じゃあ読んであげる。そしたら思い出すと思うから」
サヤはその本をペラっと開く。そして、大きく息を吸うと朗読を始めた。
「『俺は今じゃこんななりをしているが、かつて世界を滅ぼす力を持っていた』」
「?!」
サヤの口から本に書かれている文章を聞くと、ミユウの全身がビビッと反応した。
はっきりとは覚えがある訳ではないが、ぼんやりと脳内に残留している記憶。それはなぜか思い出してはいけないものなのだとミユウ自身感じていた。
「『俺の右手には悪魔が宿っている。満月になると右手がうずいてたまらない。そう、俺は“漆黒の騎士”』」
「は!そ、それは!」
ミユウは“漆黒の騎士”という言葉で全てを思い出した。
それはミユウが6歳の頃に書いていた小説であった。
このころ、村の男の子の中では英雄になりきる遊びが流行っていた。当時尖っていたミユウ自身彼らに加わることはなかったが、その遊び自体に興味を持っていた。
彼は遊びに参加する代わりに想像上の物語を本に書いていたのだ。
誰にも気づかれないように森の中で執筆をして、秘密基地にしていた小さな洞窟の中にしまっていたはずの本をなぜか現在サヤが持っている。
ミユウの額から大量の汗が流れ、顔全体が赤くなっていく。
そんな彼女の表情に気付いたサヤはニヤッと笑い、朗読を続けた。
「『悪魔は囁く。『この世の全てが俺のもの。逆らうものは皆殺しさ』ってね』」
「これは、小説ですか?」
「何というか、出だしからセンスのかけらもないのう。聞いとったら恥ずかしくなるわ」
「子どもっぽいというか、カッコつけてるというか、正直いたいわ」
「ゔぅ!」
何も知らないアストリアたちからの純粋な感想がミユウの心に鋭く突き刺さる。
「『さあ、今宵の標的は誰かな?そう呟きながら街へ繰り出した。そして……』」
「もうやめてーー!」
ミユウは耐えきれず、サヤの朗読を制止した。
「あれ?どうしたのかな?」
「これ以上、読むの、やめて……」
「えー。もったいないな。まだこんなにあるのに」
「ひぃ!」
サヤは荷物袋の中から合計10冊の小さな本を取り出して、ミユウに見せつける。
それらにミユウに覚えがあった。全て昔の自分がノリノリで小説を書き綴った本だ。
「そんなものどこで……」
「これをみんなに読み聞かせてあげたいけど、そんなににぃにが嫌がるんだったらやめてあげようかな〜」
「本当!」
「まあ、それもにぃにの返答次第だけど……」
「え?」
「『女の子の体でいる限り、男の人と一緒に泊まらない』『テイラさんを“兄貴”と呼ばない』『勝手にあたし以外に兄弟姉妹を作らない』この3つを守れる?」
「そ、それは……」
ミユウが返答に渋ると、サヤは再び朗読を始めた。
「『この世の女は俺にゾッコンなんだぜ!俺が街を歩けば……』」
「ああーーーー!わかった!約束する!3つとも守るから、もうやめてーーーー!」
「さっきのことも反省する?」
「反省する!全てあたしが悪かったです!ごめんなさい!すみませんでした!」
「うん。よろしい」
思い通りの返答をミユウから聞き出すと、サヤは荷物袋の中に本をしまっていく。
ミユウはこの数分間でだいぶ心身ともに疲弊していた。くすぐりや女体以外でここまでミユウを苦しめたものはなかっただろう。
サヤが保有するその本たちはミユウにとって“呪いの書”と言っても過言ではない。
「その本は一体何なのですか?もしかしてミユウさんの……」
「ち、違うよ!あたし知らない、知らないよ!そんなの見たこともないし!」
「そ、そうですか。そこまでおっしゃるのであれば、これ以上深堀はしません」
「とりあえずミユウを反省させることができたわ。サヤ、よくやったな」
「えへへ……」
イリイナに頭を撫でられると、サヤは無邪気な笑顔で喜ぶ。兄とは対称にサヤの心は満ち足りていた。
「さあ、この件も一段落したことやし、早速寝ようか。明日はみんなに朝から働いてもらわないかんからな」
「そういえば、明日の仕事の内容を聞いていませんでしたね。一体どのようなことをするのですか?」
「それは明日になってのお楽しみや。さっきもいうたけど、そんな大したことやない。むしろ日頃できん体験ができると思うから、楽しみにしときや」
アストリアたちはミユウの拘束を解くと、部屋着に着替えて眠りについた。




