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チートな俺が、チープなあたしに変わったら、くすぐりに悩まされる日々が待っていました  作者: 広瀬みつか


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70.再会、ついでに…

 野営地を立ってから9時間ほど経った。日が傾き、数時間で星空が見える頃になるだろう。

 ミユウたち4人は休憩と昼食をはさみながら、“クリアスティア”に向かう道を歩いていた。

 4人の中でも先頭を歩くアストリアはいつも以上に上機嫌だった。鼻歌を口ずさみ、軽やかな足取りの彼女に対し、ミユウ・サヤ・シュナの3人は妙な恐怖を感じていた。

 おおよその見当はつく。

 アストリアは野営地を立つ前に「“クリアスティア”で会わせたい人がいる」と言っていたが、それが誰なのか一切教えていなかった。何度か聞いてみても、アストリアは軽くはぐらかし続けていた。

「ねえ。にぃにやシュナさんは誰のことか分かる?」

「全然分からない。あたしたちが知らないアストリアの古い友人なのかな?」

「でも、そんな人をあたしたちに会わせたいっていうかな?」

「まあ、ボクは大体の予想はつくけどな」

「「え?!」」

 シュナの言葉に、ミユウとサヤはハッと彼女に目線を集める。

「え?!じゃあ、あたしたちも知ってる人なの?シュナ、教えてよ!」

「いや。アストリアはきっとボクらを驚かせようとしよるんよ。それなのに、ボクが勝手にいう訳にはいけん」

「え~ケチ。少しぐらいいいじゃん」

「まあ、ええじゃろう。あともう少しで“クリアスティア”に着くんじゃ。それまで楽しみにしとき」

「う、うん。わかった」

 ミユウとサヤは“クリアスティア”で出会う人物の正体について言及することをやめた。

 どっちにしろ、町に着けば自ずと答えはわかる。わざわざここで聞く必要はない。

「ところで、“クリアスティア”ってどんな町なの?」

「あたしもまだ行ったことない。シュナさんは行ったことある?」

「おう。“赤狼の牙”でおった時に数度かな。あそこは他の町とは風情が異なる、『文化が違う』といった方がええかもしれん」

「文化が違う?」

 “クリアスティア”は公国の北方に隣接する“レスティア王国”に近い町だ。

 “レスティア王国”は数多くの港を保有しており、国を挙げて隣国以外とも盛んに交易をおこなう、建国150年の比較的若い商業国家だ。その影響か王国領内には世界各地の文化が入り混じった独自の進化を成し遂げた。

 王国から訪れる多くの商人が“クリスティア”に文化を持ち込むことで、公国領内の他の町にない商品と店が並ぶ唯一無二の町へと完成した。

 今や“クリスティア”は公国全土から人々が集まる観光町として賑わっている。

「前に君らが行った“トーア”に近いかもしれん」

「“トーア”……」

 シュナの口から出た町の名前にミユウは少し憂鬱になった。

 一度ミユウが訪れたことのあるその町で、ミユウは1日に何度もくすぐり責めを受けるという地獄を体験した。思い出しただけでも全身にくすぐったさがよみがえり、背筋が凍る。

 しかし、それと同時に何か大事なものがミユウの脳内によぎる。今のモヤモヤとした感情を晴らしてくれるような……。

「皆さん、先ほどから何をお話しされているのですか?あともう少しで“クリスティア”に到着しますよ。ほら」

 先頭を歩いていたアストリアが道の先を指さす。

 そこには堅固な高い城壁と、重武装をした守衛兵2人が守る城門が見えた。

 以前訪れた“シュターナリクス”に似た何とも物騒な佇まいである。これもまた思い出したくない光景だ。

「す、すごいね。なんか思ってたのと違う……」

「ここは国境に近いこともあって、防衛に力を入れているのです。まあ、そこまで検問が厳しいわけではないですから安心してください。もう夜も遅くなりますから急ぎましょう」

 ミユウたちはアストリアにせかされるように城門へと向かった。



 ---



「「お~!」」

 城門をくぐったミユウとサヤは、その目の前に広がる“クリスティア”の賑わいに思わず感嘆の声をあげた。

 レンガで舗装された広い通りには多くの人々が往来し、通りに沿うように店が並び建っていた。

 それらの建物はすべて石造りで、壁一面に白い塗装が施されている。

 山の向こうに沈みゆく夕陽の光が壁に反射し、町全体を赤一色に染めて、もうすぐ夜が来るというのが嘘に思えるほどに明るくまぶしかった。

「“アイトス”の市場を見たときにも驚いたけど、これはまた違う意味で驚きだ」

「この壁を白く塗装するのは“レスティア王国”の港町の風習で、魔除けの意味があるのだそうです。以前“シュターナリクス”で泊った宿も、この景観をイメージされたとか」

「じゃが、それだけじゃないんよ。この町に並んどる商品は公国領内では買えんもんばっかりなんじゃ。なんせ世界各地から“レスティア”に持ち運ばれたもんが流れとる。聞いた話じゃと、それらを求めて公国の貴族が遠くからお忍びで買い付けに来るほどじゃからのう」

 確かに、シュナがいう通り店頭に並んでいる食べ物や道具は今までの町で見たことがないものばかりだ。きっとこの町の店をくまなく見て回るには3日間あっても足りないだろう。


「さあ、町を観光するのは明日以降にしましょう。まずはこちらをこの町の役所に提出しないといけませんから」

 アストリアがミユウたちに見せたのは小さな麻袋だった。その中には、近頃発生していた行方不明事件の首謀者である魔獣“ネコマタ”が閉じ込められた魔石が入っていた。

 いくら中から出られないからといっても、このような危険な存在を封じ込めたものを持ち歩きながら観光などできない。

 それに行方不明事件の解決を伝えれば、“ナクトリス”との往来をする人たちの不安を解消することにもつながる。

「ここからさほど距離はないそうですので、早速行きましょう。それに、夕方ごろに役所の入り口で“あの方”と待ち合わせしているのです」

「あの方?ああ、朝いってた“あたしたちに会わせたい人”のことだね。けど、いつ待ち合わせの約束なんかしたの?」

 ミユウたちがこの町に辿り着いたのはついさっきのこと。“ナクトリス”を出てこの瞬間までの2日間、アストリアとずっと一緒にいたが、誰かと連絡をとるようなそぶりは全く見受けられなかった。とても待ち合わせの約束ができる状態ではなかったはずだった。

「え?ま、まあ、そのような些細なことどうでもよいではないですか。そんなことより、早く行きましょう」

「う、うん……」

 少し焦りを見せたアストリアに対してミユウはわずかに疑問をもったが、彼女に押し切られるように役所に向かうことにした。


 アストリアを先頭にミユウたちが人ごみをかいくぐりながら通りを進んでいくと、一つの建物が見えた。

 正面にある天秤の紋章を描いた巨大な門が印象的な建物が、通りを二分するように堂々と建っている。そこが“クリアスティア”を統括する役所であった。

「これまたすごいな。“シュターナリクス”で見た貴族の屋敷に似てるような……」

「それはそうじゃ。この町を統括しとるレイゼル家の邸宅の一部を役所として使うとるからのう」

「レイゼル家は公国の貴族でありながら“レスティア”の皇族の方と姻戚関係を結ばれているのです。こちらの紋章も30年前に“レスティア”から戴いたものだそうですよ。そのため公国中央の政治にも強い発言力をもつようになったのだとか」

 シュナやアストリアから貴族の情報を聞くが、ミユウにはあまり実感がわかない。

 長い間、世間から完全隔離されたのもあるが、田舎育ちには上級階層の暮らしなんておとぎ話のそれと同じなのだ。その証拠にサヤも同じことを考えているような表情をしているし、説明している当人たちも昔話を口ずさむように淡々と話していた。


「早速こちらを渡しましょうか」

 アストリアは門番に近づくと事の経緯を伝え、同時に魔石の入った麻袋と数枚の紙幣を渡した。

 門番が番所に入るのを見届けると、彼女は踵を返してミユウたちのもとに戻ってきた。

「終わりました。では、そちらのベンチで“あの方”が来られるのを待ちましょう」

 ミユウたちはアストリアに導かれるまま、2人掛けのベンチ2脚にそれぞれミユウとサヤ、アストリアとシュナで座った。

「ようあれに魔獣が入っとることを信じてもらえたのう。普通君みたいな少女が『この中に魔獣が入っています』いうてもなんかの冗談や思われるやろうに」

「うふふ。私もそう思いましたので、私が歴戦の獣狩りの戦士のように見える催眠をかけさせていただきました。変に説明するが面倒でしたから」

「お金を渡したのはどうしてなの?」

「事情聴取をされたら、それで時間がとられてしまいますので、『私がこの魔石を渡したことを内密にしてほしい』と約束してもらいました」

「それって賄賂っていうんじゃ。結構アスねぇって大胆なとこあるよね……」

「まあ、なんと人聞きの悪い。全ては穏便かつ円滑に物事を進める一つの手です。そうですよね?」

「そうやな。清濁含めて立ち回る。それぐらいの肝の太さを持っとらんかったら、この世の中渡りきれへんで」

「それはそうだけどさ…………」

「「ん?」」

 ミユウとサヤは、背後から聞こえた聞き覚えのある声と口調に一瞬疑問符が浮かんだ。

 2人が振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。

 癖の強い銀の長髪、襟元を着崩した男物のスーツ、その上に羽織られた丈長の白衣。これほど印象の強い人物を忘れるはずがない。

「「イリイナ(イリねぇ)!」」

「おう。みんな久しぶりやな。元気にしとったか?」

「イリイナがなんでこんなところに……」

「なんや。アストリアからうちの話を聞いとらんかったのか?」

 ミユウたちはアストリアに目線を向けると、彼女はニコッと微笑んだ。

「そちらの方が皆さんに喜んでもらえると思いましたから。まあ、シュナさんは既にわかっていたようですが」

「そらそうじゃ。“ナクトリス”の酒場であの話をされとったけんのう」

「そう言えばそうでしたね。迂闊でした」

「あの話って?」

「お二人には秘密にしていたのですが、シュミルーク家の別荘を離れる際にイリイナさんと連絡をとる魔石を交換していたのです。それを使って定期的に互いの近況報告を行っていたのですよ」

「え~。アスねぇやシュナさんだけずるい!知ってたら、あたしだっていろいろと話がしたかった!」

「そうおっしゃると思ったので、お伝えしなかったのですが。しかし、もうよいではありませんか。これからイリイナさんとご一緒になるのですから」

「そうやで。実はな、最後の仕事の依頼人いうんがこの町におるんよ。それが済んだら、あんたらと一緒に旅ができるということや。そしたらサヤといくらでも話ができるんやで」

「本当!やった!」

 サヤはベンチ越しにイリイナに飛びついた。

 実のところ、サヤは村にいたころからイリイナに懐いていた。ミユウが飛び出した後も数度にわたり村に訪れていたイリイナはサヤと遊ぶことも多く、実の姉のように慕っているほどだ。サヤが武者修行で村を出てから数年間彼女と出会うことはなかったが、彼女への気持ちは今でも色あせていなかった。

「まあここで話すんもなんやから、早速うちのとっとる宿に行こうか」

「ちょっと待たんかい!」

 ベンチから立ち上がり宿に移動しようとするミユウたちを制止する声がイリイナの背後から聞こえた。全員が声の聞こえた方に目線を向けると、そこには一人の男性が立っていた。

 年頃はイリイナと同じもしくは少し上ぐらい。スーツを着ているが、イリイナと異なり一切の乱れがない。身なりは文句なしの紳士であるが、目つきや立ち方から素の粗暴さがにじみ出ている。癖のついた銀色の髪も相まって、それとなくイリイナと似ているようにも見えた。

「あのな。ここまで連れてきて、俺を無視して話進めて、挙句の果てにそのまんま宿に向かうって、どういう神経しとるんや」

「あー、すまんすまん。あんたがあまりにも影が薄いから忘れてしもうたわ」

「あほ!お前が連れてきたんやから忘れるわけないやろ!前からずっと言おうと思っとったけどな、お前は俺に対する扱いが雑やわ。敬語使えまでは言わんけど、年上の俺にもっと敬意をやな……」

「はあ?『泣き虫テイラ』が随分偉うなったもんやな。あんたにはこれぐらいがお似合いや。尊敬されたいんやったら、もっと威厳をもったらどうや。まあこんなちんけなことにこだわっとるうちは無理な話やけどな」

「お前は知らんかもしれんけどな、お偉いさんの中では『テイラ氏は貴族の風格がありますね』って言われとるんやで。ああ、未だに田舎臭がプンプンするイリイナさんにはこのオーラを見抜く目を持ち合わせてるわけなかったわ。お前とおったら、俺にも田舎臭さが移りそうやで」

「そんなんお世辞に決まっとるやろ。そんなことも知らんで乗せられて哀れやな~。そもそも……」

「あのー、ご歓談中申し訳ないのですが……」

「「なんや!……あ」」

 たて続けに言い争いをする二人を制止するようにアストリアが言葉を挟むと、二人はミユウたちの存在を思い出し、カッとなった自分の頭を冷やす。

「すまんな。このアホと話しよったら妙に腹が立ってな」

「アホは余計や。早う紹介してくれ」

「今するからちょっと黙っとれ」

 イリイナは男性のスーツの袖をつかみ、強引にミユウたちの前に差し出す。

「この男はな、うちの幼馴染で同業者のテイラ・ミカエリスや。前にも話したやろ?ほら、シュミルーク家の事件の時の……」

「ああ!ミユウさんの救出をお手伝いしていただいた方ですね!その度は誠にありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」

 ミユウたちは命の恩人ともいえるテイラに頭を下げて、感謝の言葉を口にした。

「そんなんええから頭を上げてえや。君たちみたいなべっぴんなレディ方に頭下げられたら、なんや俺が悪いことしてるみたいになるから。な?」

 テイラは先ほどと別人のように、優しくミユウたちに頭を上げるように促した。

「なんや。うちと話しよる時と全然違うやないか。うちも一人の“レディ”なんやけどな」

「なにがレディや。お前なんか“田舎娘”ぐらいがお似合いやっちゅうねん。いや、“娘”いう歳でもないか。やったら“田舎のおばはん”か……」

「よう言うたな!ちょっと面貸しい!もうそんなふざけたことの言えんよう口改造してやるからな!いや、そのアホな脳をイチから作り直さんといかんかもしれんなぁ」

「やれるもんならやってみい!その前にお前の無駄に育ったその乳の脂肪をもぎ取ってやるわ!そしたら肩こりも治りかもしれんなぁ」

「お二人とも少し落ち着いてください!」

 再び白熱したイリイナとテイラの口げんかを強引にアストリアが制止する。

「あー、いかんいかん。また頭に血が上ってしもうた。あんたらも今日一日歩き続けて疲れてるやろ。早う宿に行こう」

「いや待てや!」

 宿に向かおうとするイリイナたちを再びテイラが止めた。

「なんや。まだ文句あるんか?さっきの続きは部屋でやったるから安心しい」

「ちゃうわ!まだ来とらん奴おるやろ。そいつ放っといて宿に行けるかいな」

「なに言ってるんや?これで全員やで」

「大事な奴を忘れとるやろ。ほら、お前の許嫁のミユウっていう……」

「「「「あ……」」」」

 その時、彼女たちは彼に大事なことを言っていないことに気付いた。

 ミユウは申し訳なさそうにテイラの前に移動する。

「あの~、実はあたしがそのミユウ・ハイストロです」

「……は?」

 テイラは目の前にいる少女が口にした言葉の意味を理解ができなかった。

「ははは。お嬢さん、大人をからかうもんやないで。そのミユウっていうやつはそこのイリイナの許嫁なんや。つまり、そいつは男なんや。けど、あんたはどう見ても女の子やないか」

「いや、テイラさんの言いたいことは十分わかるんですが……本当にあたしがミユウ・ハイストロなんです」

 テイラはイリイナに向かって「嘘やろ?」と小さくつぶやく。それに対し、イリイナは首を横に振って答えた。

「イリイナお前、そっちの気があったんか?いや、人の趣味にどうこういうわけやないけど、婚姻はさすがに……」

「ちゃうわ!あ~もう面倒や。とりあえず宿に行こう。ミユウが何で女なんかは歩きながら本人に聞き!」

 そういうと、イリイナは踵を返してさっさと通りを歩いていき、その後をアストリアたちが追いかけていった。

「なんやねん……」

 ぼーっと立ってイリイナたちの後姿を見つめるテイラの肩にミユウはその小さな手をポンと乗せた。

「あの、一緒に行きましょう。事の経緯はあたしが責任をもって説明しますから」

 その二人の背中は哀愁に満ちていた。

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