67.別れ、したくないのに…
ミユウたちが“ナクトリス”を出てから8時間が経った。
太陽はすっかり沈んで、灯りがなくては周りを十分に見ることができないほど辺りは暗くなっていた。
ミユウたちは暗くなる前に小さな池のほとりに野営を張った。
ここは“ナクトリス”と“クリアスティア”を徒歩で往来する人々が野宿するために整備された場所である。最近発生している行方不明事件の影響で、ほとんどの人が馬車を利用するようになった。そのせいか、本来なら幾多の人々で賑わっているであろうこの広場には、ミユウたち4人だけという何とも素っ気ない風景となってしまった。
正直な話、人目の多いところで女4人が固まって野宿するのは気が休まらないと彼女たちは思っていた。そういう意味では運がいいともいえるだろう。
焚火を囲んで簡単な夕食を終えると、アストリアはコホンと咳払いをした。
「それでは、そろそろ例の件について話をしましょうか」
アストリアの言葉を合図にミユウとシュナの目線が一点へと集中する。そこには黒髪のショートヘアの少女サヤがいた。
サヤはバツが悪そうに彼女たちから目線を反らす。
「こちらを見てください。私たちとじっくりと話しましょう」
「…………ん~」
何かを諦めたのか、もしくは覚悟を決めたのか、サヤは恐る恐る3人に向けて目線を向けた。
「まずはサヤさんのお考えを確認させてください」
3人の圧がより一層強くなるのを感じていた。一筋の汗が頬を流れる。
サヤは負けじと大きく深呼吸する。
「じゃあ、もう一度言わせてもらうよ。あたしは……ミルを飼いたい!」
「「「……はあ~」」」
彼女の言葉を聞くと、ミユウたちは大きくため息を吐いた。
“ミル”というのは、現在サヤの膝の上で丸くなっている猫のことである。
サヤはこの日の昼に前方不注意で歩いていたところを間違えて猫を蹴飛ばし、それをまともに受けてしまったその猫は数本のあばら骨を折るという重傷を負ってしまった。
アストリアの応急措置により一命を取り留めることができたが、動けるまでに時間がかかる。そこで完全回復をするまでサヤが介抱することになった。
肌身離さず世話をする彼女をミユウたちは優しく見守っていた。むしろ甲斐甲斐しく世話を焼くその姿を微笑ましくも思っていた。
しかし、問題はその後であった。サヤは世話をしているうちに猫に対して強い愛着を抱くようになったのだ。不殺族の村には動物を飼育する習慣はないのだが、胸の中にある愛らしい小動物を見て、彼女の母性本能が沸き上がっていた。勝手に“ミル”と名付ける始末だ。
しかし、サヤは知っていた。このまま一緒に連れていくことはできないということを。もし回復したら森に返すとミユウたちに約束したし、動物を連れて長旅をすることはできないことも十分に理解している。
頭の中ではわかっているが、それでも手放すことができなかった。
そこでサヤは野営を張る前に、猫を飼いたいという考えをミユウたちに伝えた。案の定というべきか、ミユウたちは反対したが、彼女は一向に引くことはなかった。
1時間の口論したが、話が平行線で解決案が見つからなかったため、一旦保留となっていたのだった。
夕食が終わった後も猫に関する口論が再開された。
「確かにサヤさんのお気持ちもわかりますよ。その子はかわいいですし、一緒にいたいと思います」
「じゃあ連れて行ってもいいじゃん」
「けど、あたしたちはこれから長旅をしなくちゃいけないんだよ。自分たちのことだけで精一杯なのに、動物を飼うなんて無理だって」
「それくらいわかってるよ!それでも連れてきたいんだよ!」
「わがままおっしゃらないでください!そんなに獣が好きならシュナがいらっしゃるでしょ?」
「そうだよ。ほら見てよ、この耳としっぽ。めっちゃかわいいじゃん。これで我慢して」
「ボクをペット扱いせんといて!まあ、“かわいい”いうんは嬉しいけど……」
「いーやーだ!そんなのじゃ我慢できない!ミルがいいの!」
「誰が“そんなの”じゃ!」
サヤは頑なに猫を手放そうとしない。それどころか守るように両腕で抱え込む。
「むむむ、それなら強硬手段だ!」
ミユウは立ち上がると、サヤの背後に回り込む。
「え?な、何するの?」
警戒したサヤは背を丸めて、上から猫を隠す。そんながら空きになった彼女の横腹にミユウは両手を伸ばして、くすぐり始める。
「こちょこちょこちょ~」
「ん、ん、くく、くははははははははは!」
「ほらほら~。早く離さないと、もっとくすぐっちゃうよ~」
「いひひ、ひ、卑怯な、ははははははは!」
サヤはしばらくの間、猫を抱えながら笑い悶えていたが、耐え切れずミユウのくすぐる手を掴んでしまった。
その隙を狙っていたのか、猫はサヤの太ももの上から飛び出していった。
「あ!」
サヤは逃げていった猫を追いかけるように立ち上がろうとしたが、背後にいたミユウは彼女を羽交い絞めして、アストリアとシュナが正面から抑え込んだ。
猫は一度振り返った後、草むらの中に飛び込んでいった。
それを見届けるとミユウたちはサヤから離れ、それと同時にサヤは崩れるように膝をついた。
「ミ、ミル~~」
「これでよかったんだよ。あの子も本来いるべき場所に帰ったんだから……」
ミユウは草むらを眺めながら落ち込んでいるサヤの左肩に手をポンと置いた。
その瞬間、サヤはミユウの手首を掴むと、彼女を背負い投げし、目の前に倒れたミユウの上に馬乗りになった。
「いてて……。な、何するの!」
「にぃにの、にぃにのバカーーーー!」
涙目で鬼のような形相をしたサヤはミユウの横腹に手を伸ばして、くすぐり始めた。
「ぎゃははははははははは!や、やめてーーーーーー!」
その後、ミユウはサヤの気が晴れるまでくすぐられ続けるのであった。




