61.大人の時間、二人で…
太陽が傾き始めたころ、シュナを取り戻したアストリアはナクトリスに戻っていた。
ミユウとサヤがくすぐり責めによる体力消耗によって一人で歩けない状況になっていたので、アストリアはサヤを、シュナはミユウを肩に担ぎながら歩いている。
格好のつかない姿だ。何とも恥ずかしい。
しかし、二人の頑張りのおかげでシュナを取り戻すことができたのだから、とやかくいう権利はない。むしろ感謝すべきだろう。
なんとかアストリアたちが泊まっていた宿に戻ることができたが、ここで問題が発生した。
宿主が彼女たちの宿泊を遠慮願いたいと申し出されたのだった。
どうやら武装された方々が彼女たちの部屋に入り、ミユウを連れて行ったところを他の宿泊客が目撃し、『同じ宿で泊まって関わり合いたくない』と言われたという。
最初は説得したのだが、『あいつらを追い出さないと俺たちが出ていく』と言われたので仕方なくの対処だったらしい。
これ以上宿に迷惑をかけるわけにはいかないので、部屋に戻ってそれぞれの荷物をまとめたところで部屋を引き払うことになった。
その頃にはミユウやサヤも一人で歩けるまでに回復されていた。
宿主がせめてのお詫びということで二人部屋を二部屋用意し、まずそこに移動する。
しかし、ここでもまた問題が発生した。
「どなたがミユウさんと同じ部屋で宿泊しますか?」
アストリアが部屋の前でそう訊ねると、一瞬空気がピリッとする。
それもそのはず。何も知らない方からすればどうでもいいと思うようなことかもしれない。
しかし、ミユウという一人の愛する人物と一つの部屋で一晩過ごすことができるかどうかはアストリア・サヤ・シュナの三人からすれば大きな問題なのだ。
まず口火を切ったのはサヤだ。
「やっぱりここは妹であるあたしが一緒になるのが妥当だよね」
「いやいや。この際、妹とか関係ないで。ボクも知っとるんよ。君がミユウのことを恋愛対象として見とることを」
「うっ、知ってたか。知られているなら仕方ない。そうだよ。あたしはにぃにのことが婚姻したいくらい大好きなんだよ。だから、ここは絶対に譲れない」
「じゃったら、なおさら君をミユウと一緒にさせることは出来んのう。ここは年長である大人なボクが……」
「いえ、年長というのは関係ありません。それにシュナさんはミユウさんの寝込みを襲ったという前科が何度もありますから。そんな方をミユウさんと同じ部屋にするわけにはいきません。ここはミユウさんの許嫁である私が……」
「ふふふ。甘いよ、アスねえ。恋愛に“許嫁”という他人から決められたものなんて無意味なんだよ。恋愛には“その人のことをどれだけ愛しているか”それだけが大事なんだ。だから、愛があれば“実の妹”なんて問題……」
「あります」「あるわ」
「うっ」
以前にも何度かこのようなやりとりをしてきたが、決着がつくはずがない。
彼女たちもそのことは承知している。
「ミユウさん、私たちだけでは結論を出すことはできませんでした。ですので、ミユウさんがどなたと一緒の部屋になるかを決めてください」
「うっ、やっぱりこっちに来たか」
突如、重要な決定権を丸投げされたミユウ。
彼女自身、その権利の重さを十分に理解している。
選択を間違えれば何をされるか、想像するだけでぞっとする。
「やだよ。前にも言ったけど、あたしが決めたら角が立つでしょ」
「あん時はボクのことを選んだやない。ここはあん時と同じようにボクを……」
「あの時はシュナと出会ったばかりで公平性があったから選んだだけだよ。もうそれなりに関係が出来ちゃってるから今回は選ばないよ」
「ちぇ」
「ミユウさんは意気地なしです。しかし、ミユウさんのおっしゃることも一理あります。わかりました。仕方ありません。ここはあの方法で決めましょう。いいですね」
アストリアの言葉にサヤとシュナが頷いて答える。
「ではいきます!」
「「「ジャーンケーンポン!」」」
部屋分けが終わってアストリアは自分の部屋に荷物を置くと、自分のベッドの上に腰を据えた。
「うむむむむ……」
「なんだか怖いよ、アスねぇ。どうしたの?まあ、理由は察することはできるけど……」
そう話しかけたのは、アストリアと一緒の部屋に泊まることになったサヤだった。
そう。彼女が落ち込んでいる理由はミユウと一緒に泊まることができなかったからである。
「なぜです。なぜ私はこうもジャンケンが弱いのです……」
「あはは、この前も負けてたもんね。こればかりは運だから仕方ないよ。でも、困ったね」
「え、どういうことですか?」
「何言ってるの。だって、にぃにと一緒になるのがあのシュナさんなんだよ」
「……どうしましょう」
シュナと言えば、何度もミユウを襲ったことがある要注意人物。
いくらジャンケンで勝ったからといっても、さすがにミユウと二人にするべきではなかったのではないのだろうか。しかし、今更部屋替えを申し出るのも筋違いだ。
(仕方ありません。感心できることではありませんが、ミユウさんたちの部屋に監視用の魔虫を飛ばしてみましょうか)
「おーい、入ってええか?」
ドア越しに呼びかける声が聞こえたので、返事を返すとシュナが入ってきた。
「どうされたのですか?部屋に入られてからさほど時間が経っていないはずですが」
「いやなアストリアにちょっと話があってのう」
「私に話ですか?」
「まあ話と言うほどたいしたことではないんじゃけど。君は今いくつじゃったかのう」
「今年で十八ですけど」
「それはよかった。どうじゃ、今夜ボクと飲みに行かんか?」
「“飲みに行く”ですか?それは“お酒を”ということでしょうか?」
「そうよ。君と二人きりで話したことなかった思うてのう」
「そういうことでしたら、一緒に行きましょう」
まさかシュナからお誘いが来るとは思いもしなかったアストリアだったが、これもシュナと仲を深める機会だと、彼女の誘いを受けることにした。
すると、二人の間にサヤが入り込む。
「ずーるーい!あたしも一緒に行きたい!」
「何言いよるんじゃ。君はまだ十五じゃろう。子供には酒はまだ早い!」
「ちっ、にぃにから聞いていたか。あれ?そういえば、にぃには一緒に行かないの?」
「うん。ミユウも誘ったんじゃけど、疲れとるけん言うて断られてしもうた」
確かミユウは試練が終わった後もシュナに左の足の裏をくすぐられていた。
きっとその疲労が残っているのだろう。
「仕方ない。にぃにが行かないなら、あたしも留守番するよ。夜ごはんは適当に食べるから、ゆっくりしてきて」
「申し訳ございません。それでは留守をよろしくお願いします」
「はーい。任せておいて」
「あっ、あらかじめお伝えしておきますが、私たちが留守の間にミユウさんを襲わないようにお願いしますね」
「ちっ」
この姿を見たところ、サヤはミユウを襲うように思われていたようだ。
危なかった。
―――
アストリアとシュナは町の繁華街を歩き、その中の一軒の酒場に入った。
大きな店内にいくつもの丸テーブルが置かれている。そして、何人もの男女がにぎやかに食事をしていた。
二人は店内の丸いテーブルに向かい合うように座り、従業員の男性がおしぼりとメニュー表を持ってきた。
「アストリアはどれにするん?」
シュナが差し出したメニュー表の中には多くのお酒の名前が記載されていた。
どれもこれもはじめて聞く名前ばかりで、どんなものか全く見当がつかない。
「実は一か月前に十八になったばかりなので、お酒を飲んだことがないのです」
「おお、そうなんか。それじゃったら、うちが選んじゃる」
「シュナさんはよくお酒をお飲みになられていたのですか?」
「うん。ヤグラさんたちとおったときにはいろんなもんを飲まされたけんのう。よし、これがええじゃろう」
シュナは従業員を呼ぶと、メニュー表を指さしながら注文する。
「酒と適当につまめるもんを頼んだけん、ちょっと待ちいな」
「はい。どのようなものが来るのか楽しみです。しかし、このようにシュナさんとお酒を飲むとは思いませんでした」
「ほんまじゃったらイリイナと合流してからみんなと飲みたかったんじゃけど……。そういえば、今イリイナはどこにおるんじゃろう?」
「イリイナさんなら、今は“ゼイヤ”でお仕事をされているらしいですよ。かなり順調なようで……」
「ほう、それはよかった……って、なんでそんなことわかるん?」
「あ、そういえば皆さんにはお伝えしていませんでしたね」
アストリアは腰に下げた小さなカバンの中から一つの石を取り出して、テーブルの上に置く。
それは雷光のように光る手のひらサイズの魔石だった。
「なんなん?これも魔石の一つか?」
「はい。こちらはかけらを持った遠くにいらっしゃる方と連絡をとる魔石、以前シュミルーク邸に潜入したときに使ったものなのです」
「なるほど。どうりで見覚えがあると思った。しかし、魔石とは便利なもんじゃのう」
「こちらはただの魔石ではありません。シュミルーク卿が用意していただいた宿でシュナさんたちをお待ちしていたときにイリイナさんと共同で改良しました。通常であれば、通信可能範囲は町一つ分ですし、通信できる言葉も最大で十文字ほどの情報でしかありません。
そこにイリイナさんの高度な技術と電気の力を活用して、千キロ離れた方とでも百文字以上の情報を送受信できるようになったのです。もし、イリイナさんがいらっしゃらなければ、ここまでのものは作れませんでした」
「魔術族と操雷族が手を組めば、えらいもんが作れるんじゃのう」
「そこまでたいしたものではありませんよ。昨日の通信の内容では、あと二件ほどで全ての仕事が終わるそうですので、あと十日ほどで合流できるとのことです」
「それは楽しみじゃのう」
「この魔石のことですが、ミユウさんとサヤさんには内緒にしてくださいね。お二人にお伝えすると、イリイナさんを恋しがって通信したいとごねられると思いますから」
「それもそうじゃのう。よし分かった」
アストリアとシュナさんはこうして共通の秘密を持った。
なかなかこういうのも楽しいものだ。
シュナと楽しく話をしていると、従業員の方が注文していた商品を持ってきた。
「お待たせいたしました。まずはセーシュ2杯をお持ちしました」
テーブルの上に置かれた大きなグラスの中には、真水のように透き通ったお酒が並々に注がれている。
「“セーシュ”とおっしゃりましたか?こちらが、シュナさんがおすすめするお酒なのですか?」
「そうじゃ!一般的には最初に“エール”という泡立った酒を飲むんじゃが、あれはどうもうちは好かん。それと比べて、こん“セーシュ”は飲むとツーンと喉に突き刺さる刺激と、さわやかな舌触りがええんよ。まあ、何事も体験じゃ。さあ飲んでみい」
「は、はい。では遠慮なく」
シュナから突き出されたグラスを受け取る。
においを嗅いでみると、鼻から強い刺激を感じる。それでいて不思議と頭の中がぼーっとしてしまう。
これがお酒というものなのだろうか。
アストリアは意を決して、グラス内のセーシュを一気に飲み干した。
それを最後に、なぜか記憶はぼんやりとしている。




