60.正直な気持ち、なのに…
シュナを取り戻すために“赤狼の牙”に乗り込んでからどれほどの時間がたったのか。無我夢中でミユウの左足をくすぐり続けていたシュナには分からなかった。
しかし、なぜ助けられるはずの自分が助けに来たミユウにこんなことをしなければならないのか。それにもともとミユウを助けるために意を決して古巣に戻ったのに、なぜ彼女たちはわざわざこんな無謀なことをするのか、シュナには全くもって理解できなかった。
「ミユウ、早うにボクのこと諦め。そうしたら、こしょこしょをやめちゃるけん」
「ぎゃあはははははははは!嫌だ!絶対に、諦めない!あははははははは!」
顔を真っ赤にし、汗と涙でぐちょぐちょになりながら笑い悶えるミユウ。
弱点を集中して責められ、ギリギリの状態のはずなのに、一向にシュナを諦める言葉を発しない。
「ほんまに君はアホじゃ。さっきも言うたけんど、ボクはここに残ることを望んどる。君らのところに戻らんと言いよるんじゃ。じゃけん、もう諦め」
「いやあああああああ!」
これ以上苦しむミユウの姿を見るのは忍びない。
彼女を救う手立ては早く自分のことを諦めさせることだ。そのためなら多少手荒な方法を使っても、仕方がない。
シュナは尻尾でミユウのがら空きになっっている上半身をくすぐり始める。
「だ、だめーーーーーーー!」
「どうじゃ?これでも言わんか?」
「いう訳、いう訳あははははははははは!」
そうしてここまで自分に執着をするのだろうか。たかが数十日行動を共にしただけではないか。
シュナははどうしても彼女に訊ねたかった。
しかし、このままではまともに話はできない。
とりあえず、くすぐる手と尻尾の動きを止めた。
「はあ、はあ、ど、どうしたの?」
「どうしてなん?ボクはええって言いよるじゃない。そげなのに、そうも意固地になりよって」
「あ、当たり前だよ。だって、だってあたしは……」
「“仲間じゃ”いうんじゃろ。アホの一つ覚えみたいに。それが重い言いよるんじゃ!」
「ちがう!あたしはシュナのことが大好きだからだよ!」
「え?」
“シュナのことが好きだから”
ミユウがはじめて口にした自分への想いを耳にして、シュナは呆然とする。
「そそそそそそげな嘘を、ししししし信じれるわけななななないじゃろう」
自分でも信じられないほどに動揺が声に反映される。
「嘘じゃない!好きじゃない人と一緒に旅をするわけないでしょ!」
「それは、そうじゃけど……」
なぜだろうか。今日はそこまで暑い日ではなかったと思うが、炎天下に晒されたときのように体が熱い。全身が小刻みに震える。
それを知らずか、ミユウは立て続けに思いの丈をシュナにぶつける。
「だから、大好きなシュナと一緒に居たいあたしが好きでやってることなの!」
「わかった!わかったけん、もう言わんで」
これ以上言われたら、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
「で、シュナはどうなの?」
「え?」
「あたしは好きでシュナを連れ戻しに来た。サヤやアストリアも同じだよ。だから、シュナも……」
「じゃけんボクは……」
「“いていい”とか“いけない”とかじゃなくて、“いたいか”“いたくないか”で答えて!」
そんな、答えなんて、決まっている!
シュナは脇に抱えていたミユウの左足を地面に置く。
「シュナ、何しよるんじゃ。早う続けんかい」
疑問に思ったヤグラがサヤへのくすぐり責めの手を止めて、シュナに問いかける。
ちなみに、サヤは白目をむいて気絶していた。
「……さい」
「ん?何か言うたか?」
「もう、やめてつかあさい!」
「どういうことじゃ?ちゃんというてみい」
ヤグラはシュナの前でしゃがみ、彼女の顔を掴んで強引に目を合わせる。
「ヤグラさん。これ以上、ミユウを、仲間を苦しめとうありません。自分勝手やと思いますが、ボクはやっぱりミユウたちと一緒におりたいです!一度裏切ってしもうたボクがいう道理やないと思いますが、どうか許してつかあさい!」
ヤグラの鋭い目線が突き刺さる。耐えられず目を閉じる。
仲間にも厳しいヤグラのことだ。このまま切り捨てられることも十分にあり得る。
しかし、このまま自分の本心を押し殺して抜け殻のように生きるよりはまだマシだ。
「シュナ……」
「はい!」
「…………そんでええ」
「……え?」
おそるおそる目を開けると、そこには優しく温かく微笑むヤグラがいた。
この人のこの表情を以前にも見たことがある。
そう。これはシュナが村から追い出されて、道端で行き倒れてたところを助けてくれたときと同じであった。
「おまんのそん言葉を待っとったんよ」
「どういうこと、ですか?」
シュナの顔から手を放し、地べたの上にあぐらで座りなおすヤグラ。それと対峙するようにシュナは正座で座りなおす。
「実はのう、こん試練はそこん二人じゃのうて、おまんを試すもんなんじゃ」
「う、ボクのですか?」
「そうじゃ。あんだけの責めを受けておまんのことを吐かんかったんじゃ。ミユウ言うたかのう、そいつのおまんに対する想いは改めて試さんでもようわかるわ。さっきの告白でものう」
「聞いとったんですか?!」
「当たり前じゃ。隣であげな大声で言われて、聞くないう方が難しいじゃろう」
そういえばそうなのだが、誰かに聞かれていたと改めて知らされるとなんとも恥ずかしい。
「問題はおまんじゃ。あんだけそいつらがおまんと一緒に居たい言いよるのに、当のおまんは自分の気持ちを押し殺しよる。そげな状態で引き渡すわけにはいかんじゃろう。そこで一計を講じたわけじゃ。そん二人を拷問にかけたら、おまんも自分の気持ちを正直に出すんやなかろうかと思うてのう」
ほんまこん人は昔からやり方が荒いのう。
「けんど、おまんの口から正直な言葉が出たんじゃ。これ以上おまんの大事な仲間をいじめんでもええじゃろう。おまんももう入ってきてええで!」
ヤグラは立ち上がり、入り口の方に振り返って大声で呼びかける。
シュナがテントの入り口に目を向けると、一人の少女が入ってきた。
金色の長髪に、紺色のワンピースを着た少女。それは……。
「アストリア!どうしてここに、というか何でヤグラさんに呼ばれて……」
「気付かれないように認識阻害で姿を隠しながらミユウさんたちとこちらに来ていたのですが、試練が始まる前にヤグラさんに気付かれてしまいました。まさか魔術使い以外の方に気付かれてしまうとは思いもしませんでしたよ」
「見回りしよったら変な気配があったけん、話しかけたんよ。そうしたらのこのこ現れよってのう」
「“のこのこ”って……。そこでヤグラさんの試練の真意を教えていただきました。私もシュナさんが正直になれればと思い、静観をさせていただいていたということなのです。シュナさんがミユウさんたちの弱点をお伝えしたときにはどうなるかと思いましたが、結果オーライですね」
ここは素直に喜ぶべきところなのだろうが、なにか謀られたような気がして喜べない。
「ヤグラさん。シュナさんを私たちに返していただけるのでしょうか?」
「おう、当たり前じゃ。とやかくいうもんが居るかもしれんけんど、そいつらはうちが無理にでも抑えとくけん、安心しいや」
「よかったですね、シュナさん」
「ああ、ほんまによかった」
"またミユウたちと一緒に旅ができる"
そう思うと、今まで無意識に入っていた力が一気に抜けていくのを感じた。
「では試練も終わったことですし、お二人の手錠を外しましょうか」
「そうじゃのう。それじゃったら先にサヤから外してやり。うちはもう少しミユウと話をしたいけん」
「わかりました」
アストリアは気絶しているサヤの手錠を外していく。
その間にシュナはミユウのさっきの言葉を改めて確認する。
「ミユウ、さっきの話なんじゃけど……」
「さっきの話?何のこと?」
「ほら、その、君が、うちのこと、“大好き”じゃって……」
「あ~そのこと。でもそれがどうしたの?」
「君がうちのことをそこまで想うとるとは思わんで。いや、うちも嫌なわけじゃないんよ。むしろ嬉しい。じゃが、さすがにこん状況で言われても。もう少し雰囲気を考えてじゃな……」
「さっきから何言っているの?そりゃ、シュナのこと大好きだよ。あたしたちは仲間なんだから」
“仲間として”
その言葉がシュナの頭に引っかかる。
「ミユウはうちんこと、その、愛しとるんじゃ……」
「愛してるって?いつあたしがそんなこと言ったの?」
ここで自分が捉えていた意味と、ミユウが考えていたことに、些細な、しかし重大な相違点があることに気がついた。
シュナの心にさっきとは違う、炎のようにメラメラとドス黒鋳物が燃え上がる。
「あれ?シュナ、どうしたの?なんでまたあたしの左足を抱えてるの?もう試練は終わっているんだよね?さっきもうあたしを苦しめたくないって言ってたよね?おかしいって!やめて、ぎゃああああはははははははははは!」
シュナはミユウの足の裏をくすぐることで、自分の鬱憤とした気持ちをでぶつけた。
ほんまに紛らわしい言い方しよって。おかげで勘違いしてしもうたわ、腹立つ!
…………じゃが、なんじゃろう、こん不思議な気持ちは?発情と似とるようで違う、どうしようも抑えられんような。
ああ、きっとこれが。ボクはほんまにミユウのことを……。




