50.ひと夏の思い出、やっぱり…
ミユウたちが泊まっていた宿の一部屋に日差しが差し込む。
光が白い石製の壁に反射し、部屋の中は目が眩むほどまぶしい。
その部屋の空間の中に一台のベッドがあり、その上でミユウたちは一緒に睡眠を取っていた。
広いベッドの真ん中でミユウがその右腕にはアストリア、左腕にはイリイナ、左脚にはサヤ、そして腰にはシュナが抱きついている。アストリアたち三人は部屋着が乱れて、そこから胸元や脚が露わになる。シュナに至っては部屋着だけでなく、下着まで脱ぎ捨てている。
並の男子であれば、歯ぎしりするほどうらやましい状況だが、当のミユウは異なる。女体に耐性のないミユウにとって、これほどの地獄はないだろう。
その上、今朝までこの四人によりくすぐり責めにされていた。
彼女らはそれを無意識にしているからたちが悪い。
もちろんこんな状況で寝られるはずがない。寝ていたはずなのに、疲れが全く取れていない。
そんな彼女たちも部屋中を支配する光によって目を覚まし、順々にミユウから離れていく。ここでようやく夜長の地獄から解放された。
全員が目を覚ましたところで、机の上に置いてある荷物から服を取り出して着替える。
全員の外に出る準備ができると、部屋を出て一階に降りる。そこは昨日と同じで高い品格に満ちた空間で、一度見ているのにどうしてもびっくりしてしまう。
その空間を見まわしながら歩いていると、ひとりの男性が立っていた。黒い執事服を着た青年、それはまさしくシュミルーク家執事長のジークであった。
「おや?ジークさんこんな早くからどうされたのですか?」
「はい。実は旦那様から皆様にこちらをお渡しするようにことつかりました」
ジークは紳士服のポケットの中から二枚の書類をアストリアに渡した。
一つは見るからに格式張った文章が書かれたもの、もう一つはどこかの場所を示している地図だった。
「こちらは何ですか?」
「そちらは当家が所有するプライベートビーチの場所を示した地図と、そこを利用できるよう旦那様が書かれた証文書でございます」
「「「「「プライベートビーチ?!」」」」」
ミユウたちは口をそろえて、その言葉を叫んだ。
彼女たちが日常生活で使うことがないであろう言葉を、彼は当たり前のように口にした。
「実はお嬢様が旦那様に皆様に当家のプライベートビーチで楽しんでいただきたいと提案され、その提案を聞き届けられた旦那様がこちらを用意されたのです」
「え、ミンクが?」
「はい。シュターナリクスの町から三十分ほど歩いていけばたどり着けます。そこに管理棟がありますので、そこの者にそちらの証文書を渡していただければ、ビーチに入ることができます。管理棟の中には海水浴に必要なものは一通りそろっておりますので、自由にご利用ください」
「ありがとうございます。シュミルーク伯やミンクさんにもよろしくお伝えください」
「かしこまりました。必ずお伝えしておきます。では、私はここで失礼いたします」
そう言い残すと、ジークは宿を去っていった。
ちなみに、ここの宿泊費はミユウたちが一階に降りる前に払ってくれたそうだ。
ミユウたちは一階にあった机にジークから受け取った地図を広げ、それを囲むように椅子に座った。
「さて、皆様どうされますか?」
「それはもちろん行くしかないでしょ!」
「そうだよ!こんなチャンス一生にあるかないかなんだから」
「ちょうど暑いと思とったところなんよ。水浴びには最適じゃ」
「イリイナさんはいかがですか?」
「うちも当分の間これといった仕事もないから、一緒についていくで!」
「決まりですね。では、早速出発しましょう!」
「「「「おーーー!」」」」
こうして、シュミルーク家のプライベートビーチへ向かった。
―――
シュターナリクスを出て、ジークから手渡された地図をもとに森の中を歩いてから一時間後。
「雲一つない青空。白く輝く砂浜。そして、果てしなく続く湖。ここぞまさにパーラダーイス!」
サヤが両手を上げて、気持ちがあふれんばかりに叫ぶ。
「サヤ、あんまりはしゃがないでよ。恥ずかしい」
「だって、すごいじゃん!こんなにきれいなんだよ」
「まあ、そうだけどね……」
サヤの気持ちもわかる。ミユウやサヤの故郷は山に囲まれていて、こんな湖は縁遠いものだった。
もしサヤが先にいかなかったら、ミユウがはしゃいでいたかもしれない。
そんなサヤを見ていると、突然アストリアがミユウの右腕に抱きついて、体を預ける。
「ミユウさん、覚えていますか?私たちが再会したのも湖の近くでしたよね」
「うっ……。そ、そうだったね」
忘れるはずがない。
要塞から脱走した夜、湖の近くでアストリアと再会した。そして、足の裏と背中に魔術印を描かれて、今のくすぐり地獄が始まった。
思い出すだけで、さっきまでの浮かれていた気持ちが一気に沈静化された。
「とりあえず管理棟に行って、水着に着替えようや」
「そうじゃそうじゃ。うち、もう暑うて耐えられんよ」
「あはは。シュナさん、耳とかしっぽとかふさふさしてるからね」
「それでは着替えに行きましょうか?」
「う、うん……」
ミユウたちは管理棟に向かい、入り口でシュミルーク伯の証文書を管理人に渡した。
そして、更衣室を借りて、それぞれ“シュターナリクス”で買った水着に着替えることになった。
着替え始めてから約十分後、管理棟の入り口前に集合した。
アストリアは白のワンピース、イリイナは赤い紐ビキニ、サヤは青いホルダービキニにズボン型のパンツ、シュナは緑のハイネックビキニを着ていた。いつもとは違う水着姿が新鮮に見え、改めて彼女たちの魅力に気が付く。
ちなみにミユウはというと……
「ちょっと、にぃに!なんで一人だけ服のまんまなの!」
そう。ミユウは水着に着替えずにそのまま集合場所に来ていた。
「だって、持ってないんだもん!」
「持っていないって。“シュターナリクス”で水着買ったんちゃうんか?その分の金もアストリアからもらったはずやろ?」
「最初は買うつもりだったんだよ。けど、後で考えてみると、女性ものの水着を着るとなると恥ずかしくなって……」
水着を買おうとしたのは本当だ。実際に何着か手に取り、選んでもいた。
しかし、全て下着と同じように見えた。そんなものを着て人前に出るなんて考えられない。
「ほんま何考えてるんや?ここにきて水着着んとは……」
「ほら、お金もちゃんと返すから」
ミユウはアストリアにもらった三千リールを渡し、彼女はそれを受け取った。
「もう仕方ありませんね。しかし、それも想定内です」
「え?」
アストリアは受け取った三千リールを荷物袋の中に入れ、その袋の中から二枚の布を取り出した。
「うふふ。実はミユウさんが水着を買われないと思い、私が用意したのです」
彼女が持っていたのは赤色の三角水着だった。
心なしか、通常より布面積が小さく見える。
「あ、ありがとう……。でも、あたしのサイズに合わないかも……」
「安心してください。以前ミユウさんと下着を買いに行った時に測ったサイズを思い出しながら選びましたので、ぴったりのはずです」
「でも、あたし水着初めてだから、着方わからないなあ……」
「では私が手伝って差し上げます」
「一緒に着替えるなんて恥ずかしい……」
「ティークさんに着替えてさせましょうか?」
アストリアは右手で指を鳴らす準備をする。
これ以上断れば、ティークにくすぐられながら着替える羽目になる。それはさすがに勘弁だ。
「……わかったよ。着替えてくるから、ちょっと待ってて」
観念したミユウはアストリアから水着を受け取り、更衣室で水着に着替えた。
数分後、水着に着替えたミユウは管理棟を出る。
赤い小さな布切れが胸と腰あたりを締め付ける。少しでも動けば見えてはいけないものがさらけ出されそうで、自然と動きが小さくなる。とりあえずは、ずれないようにしっかり押さえつけておこう。
「あら、私の見立て通りではないですか!」
「よう似合っとるで」
「ほんまに見違えるようじゃのう」
「そ、そう?」
三人の言葉は正直認めたくないが、嬉しい。
サヤがミユウの胸と自分の胸を不満そうに見比べる。
「な、何よ……」
「う~ん。みんなのもそうだけど、にぃにのも大きい……」
「は?」
「やっぱり男のにぃにがあたしより胸が大きいなんておかしいよ!世の中不公平すぎ!なんであたしだけ!」
「な、何言ってるの?!」
そんなこと言われれば、胸が大きいことが恥ずかしくなる。
「というか、何でみんなこんなもの着て恥ずかしくないの?こんなの下着のまま外に出てるのと同じじゃん」
「え?水着ってそんなもんじゃろ?」
「それに今までぎょうさんの人に下着姿見られとるんやろ?今更どうってことないやろ」
「あ、そ、その話はやめて!」
顔がどんどん熱くなる。このままでは恥ずかしさの余り熱中症で倒れてしまいそうだ。
「ごほん!それでは、全員揃いましたので、思う存分遊びましょう!」
「「「おーー!」」」
「お、お〜」
みんなと砂浜に行くと、そこには様々な道具が置かれていた。どうやら管理棟から借りてきたものらしい。
「おーい!にぃに、こっち来てーー!」
一足先に砂浜に辿り着いていたサヤが、傘の下に敷かれたシートに座り、ミユウを呼ぶ。
「どうしたの?」
「にぃに、あたしの背中にこれ塗ってよ」
そう手渡されたのは液体が入った瓶だった。そこに貼られたシールには太陽を模したイラストと“サンオイル”と書いてあった。
「サヤ、“サンオイル”って何?……って、え!」
瓶からサヤに目線を変えると、彼女はいつの間にかシーツの上でうつ伏せになり、背中の水着の紐をほどいていた。下手すれば、彼女の胸が見えてしまいそうだ。
「何って、にぃにサンオイル知らないの?それを塗っておけば日焼けをしなくて済むんだよ。まあ、あたしたち不殺族には日焼けぐらいすぐに治っちゃうからどうだっていいんだけど、それ塗っといた方が雰囲気出るじゃん」
「だからって、背中に塗るなんて無理だよ!他の人に頼んで!」
「何慌ててるの?……あ、そうか~。女性であるあたしの背中を触るのが恥ずかしいんだね?やっぱりにぃにはあたしのことを……」
「は、はあ~。何言ってるの?こんなの平気だし」
「ふふ~ん。どうかな~?まあ、しっかりよろしくね、にぃに」
ミユウは瓶のふたを開けて、震える手の上に乗るだけの液体を取り出して、サヤの背中に押し当てる。
「ひゃん!」
「ど、どうしたの?」
「に、にぃに……く、くすぐったいよ……」
「ごめん!」
考えてみれば、いきなり背中に液体でぬれた手を当てたらくすぐったいに決まっている。背中が弱いミユウが一番身に染みていることだ。
その時にあることを思いついた。
(あれ、これって昨日の仕返しができるチャンスかも……)
昨晩、サヤがミンクとのことをアストリアに伝えたせいで、アストリアからくすぐり責めされる手前までいき、挙句の果て4人と添い寝させられた。
今のサヤは完全に無防備だ。くすぐりが弱い彼女に思いっきり仕返しできる。
手の上に液体を大量に取り出す。
「にぃに、早くしてよ~。みんなと遊ぶ時間が無くなっちゃうよ~。ちょっとぐらいだったら、くすぐったいの我慢するからさ~」
「わかったよ。それなら思いっきりやるね……」
サヤの脇腹に向けて手を伸ばし、思いっきりくすぐる。
「こちょこちょこちょこちょ~」
「あははははははは!に、にぃに、なにするのーーー!」
「昨日のお返しだ!」
「ひ、卑怯な!あははははは!やめて!お願いだから!昨日のことは謝るから!あははははは!」
そんな言葉では許さない!昨晩はサヤのせいで一睡もできなかったんだ。
ミユウはくすぐりの手を一切緩めない。サヤは手を掴み、体を左右に揺らす。
「あははは!や、やめてって、言ってるでしょ!」
サヤは思いっきり体を起こす。その勢いで背中から倒れる。
「いてて。危ない……ってサヤ!前見えてるって!」
水着の紐をほどいていたサヤは、起き上がることにより胸が丸見えの状態だった。
ミユウはとっさに目を隠して、サヤを見ないようにする。
しかし、サヤはそのことを気にせず、仰向けに倒れたミユウの上に馬乗りになる。
「見えてるから!早く隠して!」
「そんなことどうだっていいんだよ。それより純粋な乙女の無防備な脇腹をくすぐるなんて、にぃには悪い子だね。しっかりとお仕置きしないと……」
サヤは近くに置いてあった瓶を手に取り、両手にたっぷりとサンオイルを出して、ワキワキとミユウの上半身に近づける。
「どれだけくすぐったかったか、にぃににも味わせてやる!こちょこちょこちょこちょ!」
サヤの手がミユウの脇腹を襲う。
サンオイルがあることで、滑りが良くなり、くすぐったさが増す。
「待って!あははははははは!許して!」
「ほ~ら、日焼けしないようにしっかり塗ってあげるからね~」
「あははははははは!」
サヤにくすぐられて始めてから数分間、やっと彼女の手から解放されてた。
その後、くすぐったくならないように細心の注意を払いながら、サヤの背中にサンオイルを塗ると、サヤはアストリアとイリイナが遊んでいるところに走り去っていった。
ミユウはサヤが寝っ転がっていたシートの上に倒れた。
「いきなりひどい目に遭った。まあ、最初に仕掛けたあたしが悪いんだけど……」
「ほんまにあんたら姉妹は仲がええのう」
「え?」
湖の方から声が聞こえた。体を起こして目を向けると、水の中に腰までつけたまま座っているシュナがいた。
「あれのどこが“仲がいい”なの?」
「互いにサンオイルを塗り合うやなんて、仲がええもん同士でしかせんじゃろ」
「そんなものなのかな?ところで、シュナはそんなところで何してるの?」
「ボクは暑いんは苦手なんじゃ。じゃけん、こうやって体を冷やしとるんよ。ミユウもどうじゃ?気持ちいいで」
「ちょうど笑いすぎて体が熱くなったところだし、お言葉に甘えようかな」
ミユウはシュナの隣に腰を下ろして脚を伸ばす。確かに、暑い日差しの中で冷たい水を半身浸すのは気持ちいい。
「あ〜。これは癖になりそうだね」
「そうじゃろ?ずっとここに居れそうじゃ~」
あたしとシュナは二人並んで湖の向こうをぼんやりと眺めていた。
「……ミユウ」
「ん?」
「ボクってあんたらとおってもええんかのう?」
シュナは寂しそうなか弱い声で訊ねる。確か、前にも同じようなこと聞かれたような気がした。
「改めてどうしたの?シュナはあたしたちの仲間だよ。一緒にいてはいけないわけないじゃん。何かあった?」
「イリイナって、あんたの許嫁なんじゃろ?」
「そうらしいね」
「それって昔からあんたのことを知っとったということじゃろ?イリイナだけやない、アストリアもサヤもそうじゃ。それに比べると、ボクはあんたと出会うてひと月も経っとらん。疎外感いうんかな?アストリアたちが話をしよるんを見よったら、なんかうちだけ独りぼっちなった気分になってしもうてのう」
そういえば、シュナがイリイナと出会ったのは最近のことだ。ミユウと出会う前に色々とあったのだろう。
「そんなものかな?実はね、あたしは昔のアストリアたちとの記憶はそんなにないんだよね。要塞の中で拷問や実験を何度も繰り返されて、薬もいっぱい投与されたから、それが影響したのかもしれない」
「記憶が消えるほどの……。ほんまに大変やったんじゃね」
「だから、あたしにとってはアストリアもイリイナも最近出会ったようなもの。そういう意味では、彼女たちもシュナもそんなに変わらないんだよ。それに一緒にいた時間が短いからって、あたしたちと一緒にいてはいけないという原因にはならないでしょ?これからもっと互いのことを知っていければ、それでいいんじゃない?」
「……うん。そうかもしれんのう……」
シュナの姿を横目で見ると、抱えていた脚に顔をうずめて表情を隠していた。
少し見えた彼女の頬は、ほんのりと赤くなっている。
こんな機会でないと、聞くことのなかった彼女の本音。きっとシュナだけじゃない。ここにいるみんな表には出さないだけで、心の中に何かを抱え込んでいるんだな。
再び湖の向こうを眺めた。
「……ひゃ、あはははは!」
いきなり脇腹にくすぐったい感覚が襲う。
自分の脇腹に目を向けると、見たことのある黄金色のふさふさが脇腹をくすぐっていた。紛れもなく、隣にいるシュナのしっぽだった。
「いひひひ。な、な、何、しゅるの?」
隣で座っているシュナに目を向けると、彼女はいたずらっ子のような表情であたしを見つめていた。
「ふ、ふ、ふ~。なんやミユウに生意気なこと言われたような気がしたけん、ちょっとくすぐってみたんよ~」
「な、なんでも、いいから、や、やめて、あははははは!」
シュナの巧みなしっぽさばきにより、水辺でのたうち回るあたしは全身を容赦なくくすぐり続けられる。
そんな二人のもとにアストリアが駆け寄ってくる。
「ミユウさん!シュナさん!」
「どうしたんじゃ?」
「先ほどからイリイナさんとバレーで遊んでいたのですが、サヤさんが参加されてから戦力が偏ってしまいまして。ですので、お二人にも参加していただきたいのです」
「それは面白そうじゃのう。ミユウ、一緒に行こう」
「う、うん……。とても戦力になれそうじゃないけど……」
シュナは、波打ち際に倒れてこむミユウを揺さぶり起こす。
くすぐられたことによって、彼女の体力のほとんどが奪われてしまった。バレーなんてできる状況ではない。
それでも彼女たちの求めに応じないわけにもいかない。
今あるだけの力で立ち上がり、アストリアやシュナと一緒に、イリイナたちのもとへ歩いて行く。
「ところで、お二人はあのような場所で何をされていたのですか?」
「ちょっとな、ミユウに相談に乗ってもろうとったんよ」
「そうなのですか。どのようなご相談を?」
「それは……二人だけの秘密じゃ。な、ミユウ?」
シュナは振り返って、ミユウにアイコンタクトを送る。
これは絶対に話すなという合図なのだろう。
「秘密ですか?それはとても気になりますね。私、秘密にされるとどのようなことをしても知りたくなる性分なのです。後できかせてくださいね、ミユウさん?」
アストリアも振り返り、微笑みながら恐怖のアイコンタクトを送る。
「ミユウ!はずいけん、何されても絶対にしゃべったらいかんけんな!」
「うふふ。さ~て、ミユウさんは最後まで秘密にすることができるでしょうか?」
あれ?なんだか知らないうちに秘密を抱えてしまい、同時に拷問されそうになっている。
そんな話をしていると、奥の方にイリイナとサヤがネットを挟んでバレーをしていた。
「イリイナさーん!サヤさーん!お二人を連れてきましたよー!」
アストリアがイリイナたちを呼びかけると、サヤが手を振って返した。
「もう二人とも何してたの?」
「シュナと話をしていたんだよ」
「話してただけで何でそんなに疲れてるの?」
「ちょっとね……」
「ふ~ん」
サヤは少し不審がっていたが、そこまで気にすることなく、ミユウとシュナの腕を掴んで引っ張る。
「まあ、そんなことより早く遊ぼうよ!アスねぇやイリねぇじゃ相手にならないんだよ」
「アホいうな。あんたらと違って、うちらは運動が苦手なんや」
「そうですよ。不殺族の皆さんの運動能力と比べないでください」
確かに不殺族の運動能力や体力は他の種族と比べ物にならない。
アストリアやイリイナがかなうはずがない。
「そうです!いいことを思いつきました!ハンデとしてサヤさんの体をいっぱいくすぐって、体力を減らしましょう!それでしたら、私たちにも勝機が……」
「それはやめて……。そ、そうだ!にぃに、あたしと一対一で対戦してよ!それだったら、もっと楽しめるかもしれない!」
確かに、それだったらいい勝負になるかもしれない。
しかし、くすぐられて体力を奪われたミユウにはそんなに動き回れる余裕はない。
「あたし今は疲れてるからやめておくよ」
「え〜。しようよ〜。………あ、そうか。にぃに、あたしに負けるのが怖いんだ」
「は?」
サヤの聞き捨てならない言葉に体が自然と反応する。
「それもそうだよね?この前だってあたしに負けちゃったし、自信がなくなっても仕方ないよね」
「だ、だから、あれはあたしが勝つとサヤがかわいそうだなと思ってわざと負けてあげたの!ちょっと本気を出せば……」
「敗者の言い訳はむなしいだけだよ~。さ、負け犬のにぃにはほっといて4人で遊ぼ!今度は3人まとめて相手してあげるから」
サヤが三人を連れて、ネットのある方へ連れていく。
このままコケにされたままではいけない!ミユウの手はその彼女の肩を力強く掴む。
「あれ〜どうしたの?負け犬のにぃい〜?」
「上等だよ……。サヤの挑戦、受けて立つ!」
「無理しなくてもいいんだよ?またあたしに負けたら、にぃにもう立ち直れなくなっちゃうかも」
「ぬぬぬ、言わせておけば〜〜!みてなさいよ!もうそんな生意気な言葉をいえなくなるまでコテンパンにしてやる!」
「それでこそにぃにだよ!……ふふふ、遂にこのときが来た。常に大きな胸をあたしに見せびらかしてくるにぃにたちを負かせて、日ごろの虚しい気持ちを晴らしてやる!」
そういうと、サヤはミユウの右胸を人差し指で突く。
なるほど。サヤがアストリアたちに手加減なくバレーをしていた原因がようやくわかった。
別に好き好んでこんな胸になったわけでもないし、見せびらかしているわけでもない。完全な八つ当たりだ。
しかし、理由はどうだろうが、妹にここまで言われて兄として引き下がれない!ここで以前の不本意な結果で終わった組み手試合のリベンジを果たしてやる!
こうして、あたしとサヤはネットを挟んで向かい合い、バレーを開始した。
時間はもう正午になる。日差しが白い砂浜に注ぎ込み、素足では歩けないくらいに熱くなっていた。
そんな砂浜の上で、あたしとサヤはアストリアたちの前で正座をさせられていた。
ことの初めは試合が始まった数分前。
ミユウとサヤの実力は同じで、交互に点を取っていた。
そんななかなか前に進まない状況に苛立ち、ミユウたちは徐々に全力でボールを打ち合っていた。
不殺族が全力を出せば、いくら柔らかいボールも砲丸と化す。その結果、きれいに整備されていた砂浜にいくつものクレーターができ、使っていた管理棟全てのボールも耐え切れずに粉々に破裂してしまった。
結局、試合どころではなくなり、引き分けとなった。
そして、今アストリアたちにお説教をされている真っ最中なのだ。
「もう!お二人とも何をしているのですか!」
「「ご、ごめんなさい……」」
「まったく!管理棟の方が許していただいたからよかったものの、これでは私たちにこちらを貸していただいたシュミルーク家の皆さんに面目ないですよ!」
「だって、サヤがバレーなんてしようって言うから……」
「あ!にぃに、あたしにだけ責任をなすりつけてずるい!にぃにだってノリノリで楽しんでたじゃん!第一、にぃにが手加減すれば、こんなことにならなかったでしょ!」
「手加減なんてできるわけないでしょ!兄として妹に負けるわけにはいかないんだから!」
「うわ~、にぃに大人げなさすぎ~。妹として情けないよ~」
「何を!」
「何よ!」
正座をしたまま、ミユウとサヤはにらみ合った。
その時、パチンっと音が鳴った。それと同時に両手首両足首に鉄の枷が出現し、そのまま四方に引っ張られる。
「何これ?!」
いや、考えるまでもない。こんな芸当ができるのはここではアストリアだけだ。
「お二人とも、本当に反省されていますか~?」
見上げると、アストリアが見下していた。顔は笑ってはいたが、確実にキレている。
「さて、イリイナさん、シュナさん。手伝っていただけますか?」
「もちろん。二人ともお仕置きが必要やからな。体にしっかりと自分たちの罪をわからせんといかん」
「そうじゃね。ここで大人であるうちらが教育したほうが二人のためになるけんのう」
「「あわわ……」」
イリイナはミユウの上に、シュナはサヤの上に馬乗りになり、二人の足元にアストリアがしゃがみ込む。
「最後に私たちに言いたいことはありますか?」
「「ご、ごめんなさい。反省しているので、ゆ、許してください」」
震える声を揃えて許しを請うミユウとサヤ。
そんな二人にアストリアはニコッと笑い、答える。
「いいえ。許しません」
このアストリアの言葉を合図にくすぐり責めが開始された。
イリイナやシュナの手が上半身をくすぐり、アストリアがそれぞれの足の裏をくすぐる。
「あははははははは!た、たしゅけてーーー!」
「もう、人のもの、こわしゃないから!あははははは!」
その後の小一時間、湖周辺に兄妹の笑い声が鳴り響いたのであった。
山の向こうに陽が落ち、湖の周辺は闇に包まれていた。空には満月が輝き、白い砂浜が月明りを反射させている。
日中遊び終えたミユウたちは水着の上から上着を羽織り、湖のほとりで管理棟から借りたキャンプ道具を使って野菜や肉を焼いていた。
「いや~、ビーチをあれだけ無茶苦茶にしたのに、快く道具を貸してくれるなんて、ほんまに心が広いなあ。な、ミユウ、サヤ?」
「「は、はい……」」
アストリアたちからのお仕置きが終わった後、ミユウとサヤは管理棟にいって、そこの管理人に二人そろって土下座をして謝罪した。
管理人はそんな彼女たちに優しく頭を上げるように促し、もう無茶なことをしないことを条件に許してくれた。それどころか、砂浜で正座をしていたことを心配して、火傷薬をくれた。
不殺族には不要なものだったが、その心遣いに胸がいっぱいになって涙ながらにそれを受け取った。
そんな管理人のやさしさによって完全に改心した。お詫びという訳ではないが、この夕食の準備も積極的に手伝った。
そんなミユウたちの行動を見て、アストリアたちも許してくれたのだ。
夕食を終えて後片付けを済ませると、管理棟で服に着替えた。
そして、管理棟の大広間に五台のベッドを準備してもらい、そこに横になった。
何から何までありがたい。
「今日はほんまに楽しかったのう」
「あたしはずっとひどい目に遭ってた気がするけど……」
「あたしも……」
「それはあんたらの自業自得やろ」
「「はい、ごめんなさい……」」
「まあまあ、お二人とも心の底から反省されているのですし、その話はここまでにしておきましょう。しかし、本当に楽しい時間を過ごせましたね。シュミルーク家の方々には感謝です」
「そうだね。またシュターナリクスの町に行って、ミンクに会いたいよ」
「おや?もしかしてミンクさんに惚れられてしまいましたか?そうですよね。別れ際にキスをされたのですからね……」
「うっ、アストリア、まだ根に持ってるんだね」
「うふふ。それはどうでしょう?」
どうやらあの件はこの後の大きな火種になりそうだ。慎重に扱わないといけない。
「と、ところで、イリイナは明日からどうするの?」
「このままみんなについていきたいけど、まだ少し仕事が残っとるからなあ。明日の朝でお別れや」
「それは寂しいのう。うちはもっとイリイナと話がしたかったで」
「うちもや。シュナのこともっと知っておきたかったわ。でも安心しい。あと10件ぐらいやから、そんなに時間はかからんやろ。そうなったら、すぐにでも会える。それまでの辛抱や」
「それはよかったです。一緒に旅ができる日を楽しみにしておりますね」
「ありがとうな。それじゃ、もう明日が早いからもう寝ようや」
「そうですね。次の町まで距離があるそうですし、しっかりと休んでおきましょう。では、おやすみなさい」
「「「「おやすみ!」」」」
こうして、ミユウたちの充実した一日が終わった。




