49.新たな友人、その後…
シュミルーク邸の地下室でミユウはサヤとシュナと一緒に療養していた。
今の状態じゃ移動することができないだろうからとこの部屋に三台のベッドを持ってきてくれた。
彼らなりに気遣ってくれたのかもしれないが、さすがにさっきまでお遊戯を受けていた部屋でゆっくり休めと言われても落ち着かない。
そう思っていたけど、体にかなり疲労を蓄積していたのか、自然と眠りについていた。
そして、目を覚ましたのがついさっきのことだ。
相変わらず壁にかけられたろうそくの灯りだけが部屋を照らしているだけで、全体が十分に見えないぐらいに暗い。
ベッドで横になったのが功を奏したのか、だいぶ体が楽になった。
寝る前に飲まされた解毒剤のおかげで全身の感度も元に戻った、ような気がする。
「ミユウさん、お目覚めですか?」
枕もとで聞き覚えのある少女の声が聞こえた。目を向けると、水色の簡素なドレスを着ている少女が椅子に座っていた。
見間違うない、彼女はさっきまでミユウたちへお遊戯をしていたミンクだ。
目の前にいるお嬢様は“お遊戯”の時になぜかミユウたちと同じように下着姿でいたから、なんだか別人を見ているようだった。改めて、彼女が貴族のご令嬢であることを再認識する。
「ずっとここで見てくれていたの?」
「ええ。どうしても皆さんに謝りたくて、目覚めるのをお待ちしておりました」
「ミンク……」
彼女は頭を下げる。
「ミユウさん。私のわがままのせいであなたを、あなたのお仲間をひどい目に遭わせてしまいました。もちろんこれだけで許していただけると思ってはいませんが」
「いいよ。さっきアストリアが言っていたでしょ?今回の件はお相子、なかったことにしようって。だからもう気にしないで。あたしこういうのに慣れているから」
「そうはおっしゃいましても……」
「過去のことよりも先のことを見つめるべきだよ。せっかくお父さんと心を通じ合わせることができたんだから」
「……それは、無理かもしれません」
「え、どうして?」
「この魔眼は人の不幸を見てしまう。そして、それは私を快楽へといざなうのです。もしかすると、いずれ私は快楽に負けて同じ過ちを繰り返すかもしれません。今も私の意思に関係なく、魔眼は皆さんの弱ったお姿を……」
涙するミンクの瞳は赤く光っている。
ミンクの魔眼は“人の恐れるもの”を見ることができる。彼女はその魔眼を通して今までどれほどの人の恐怖や弱みを見つめてきたのだろうか。正確にはわからない。何があろうと他人であることは変わりがないのだから。
けど、今のミンクの悲しげな顔を見てわかる。
推し量れないほどの苦しみ・悲しみを抱え込んでいる。彼女は他人の負の感情までをすべて引き受けてしまっているのだから、それがどれほどの重みになるのか、想像ができる。
「あの~、あんまり知ったかぶっていうのもなんなのだけどさ。あなたは他の人よりも人にやさしくすることもできるんじゃないかな?」
「え?」
「その魔眼は人の恐れるものを見ることができる。それは同時に苦しみや悲しみを知ることもできるってことでしょ?それって本当の意味で人にやさしくするためには必要な能力なんだと思うんだ。だから、こううまくは言えないのだけど、これからは出会う人たちにやさしくしてあげればいいんだよ。そうすれば、あなたは一流の貴族のご令嬢、いや一人の人として立派に生きていくことができると思う。それがあなたの今まで行ってきたことに対する罰だよ」
「私に、できますでしょうか?」
「うん。あなたなら大丈夫!でも、もし本当に苦しくなったらちゃんと相談しないといけないよ。あなたにはお父さんやあの執事さんが傍にいるんだから」
「あなたは優しいのですね。いや、むしろ厳しいのかも」
「えへへ。それ、どっちなの?」
ミンクはミユウの左手をとる。
さっきまでミユウを苦しめていた細く冷たい手は、いまは少しだけ温かい。
「ミユウさん。こんなお願い、こちらからできる筋合いではないのですが……私のおもちゃ……」
「おもちゃ?」
「ではなくて!その、お友達になってくれますか?」
「……うん!よろしくね」
彼女の手を強く握り返し、笑顔で微笑み返した。
シュミルーク邸で療養してから三時間が経った。
サヤとシュナが目を覚まし、ミユウを含めて三人全員が自分の足で歩けるまでに回復できた。
そこで二人はミンクからお遊戯についての謝罪をした。快く許してくれたわけではなかったが、ミンクの事情を聞くとそれを受け入れて和解をしてくれた。
ミユウたちは事前に決めていた通り、シュミルーク家の雇用人の案内でアストリアが泊っている宿に移動することにした。
数日ぶりに見た外は月が地上を明るく照らす夜。要塞を抜け出した時に妙に似ている。
人目を避けるべく、邸宅の裏側から出ていく。ミンクは裏口まで見送ってくれた。
「寂しいですわ。せっかくお友達になることができましたのに、もうお別れとは……」
「本当だね。もっとミンクといろんな話をしてみたかったよ。けど、故郷に帰ったら一度この町に戻ってこようと思う。それまでお互い頑張ろうね」
「はい。今度は私の“お友達”として皆さんをお迎えさせていただきますわ」
ミンクは笑顔でミユウとの再会の誓いを受け入れてくれた。
その時の彼女はお遊戯の時とは違う純粋な一人の少女だった。
「……ミユウさん」
「ん?どうし……‼」
気が付けば、ミンクはミユウに正面から抱きついて、彼女の柔らかい唇で唇を奪われてしまった。
「な、ミンクさん!いきなり何しているの?!」
「早う離れい!」
動揺するサヤとシュナによって、ミンクと引き離される。
「お別れの挨拶ですが、何か?お友達同士では当たり前ではないのでしょうか?」
「そんなわけないでしょ!」
「まったくご貴族様の世界はようわからん……」
サヤやシュナの言葉にミンクはキョトンとした表情で答える。
どうやら本当にこれが常識だと思っているのかもしれない。
「それでは、こちらで失礼いたします。また出会える日をお待ちしておりますわ」
こうして、あたしたちはシュミルーク邸を離れた。
シュミルーク邸のある貴族居住区域には、石造りの大通りの両端に多種多様な荘厳な邸宅が建ち並んでいた。道を歩いているだけでも、その圧力に押しつぶされそうになる。
日中であれば人通りも多いのかもしれないが、夜になると誰も歩いていない。遠くの方から聞こえる繁華街のにぎわう音が聞こえるぐらいに、この地域には生活の音がない。
冷たい空気が漂う大通りをシュミルーク家の雇用人に誘導してもらいながら、サヤとシュナと一緒に歩いていた。
「いや~、ほんまにひどい目に遭ったのう」
「まさかあんなことをされるなんて夢にも思わなかったよ。いま思い出すだけで……うううう、身震いしちゃう」
「まあ、助かったんだからいいじゃない?」
「「……」」
ミユウの言葉に対し、二人がジト目で答える。
「な、なによ……」
「にぃに~。一体誰のせいでこんなことになったと思っているのかな?」
「そんなこと……わかってるよ」
「さっきの言葉からはわかっとると思えんけど?」
「……ごめん。これからはみんなに迷惑をかけないようにするよ」
「うん。その言葉を聞くことが聞きたかった。しょうがないから許してあげる」
「あ、ありがとう……」
そんなミユウをサヤとシュナが両方からくっついてきた。
二人の肌の温かさが両肩から伝わってくる。それが何だかうれしいかった。
―――
「「「え、なにここ……」」」
ミユウたちは目の前の建物に呆然としていた。
いままで泊まった宿は二階建ての木造建築で、多くて十部屋ぐらいあるぐらいのものだったし、美優自身それでも上級な方だと思っていた。
しかし、その考えはたった今破壊された。
シュミルーク家の雇用人が紹介してくれたその建物はすべてを白い石で構成されて、無数の灯りによって明るく照らされていた。何より大きい。その建物は三階建てで、さっきまで見てきた貴族の邸宅に負けず劣らずの威厳をミユウたちに与える。横幅も一般的な宿の五倍ほどある。
もう“城”といった方がいいかもしれない。
中に入ると、待ち受けには様々な装飾が施されていた。華美なのに、決していやらしく感じない。まさに“居心地の悪くない”場所といってもいい。
こんな豪華な場所はミユウたちには似合わない。完全に場違いだ。
案内してくれたシュミルーク家の雇用人に確認する。
「あの~、場所間違えていませんか?」
「いえ、こちらに案内せよと申しつかっておりますので、間違いはございません」
「あはは。そうですか……」
どうやら間違いないらしい。
ふと隣のサヤとシュナに目を向けると、口を開けて呆然と内装を見まわしていた。
「いらっしゃいませ。シュミルーク伯のご紹介の方々ですね。お待ちしておりました」
そう話しかけてきたのはこの宿の従業員だ。
彼もまたこの宿にふさわしい身なりの整った黒いスーツを着ていた。
「お連れ様がお待ちしております。どうぞこちらへ」
「「「は、はい!」」」
固まった声を揃えて返事をする。振り返ると恥ずかしくなった。この時ほど自分が田舎者であることを恥じたことはない。
従業員に導かれるまま、赤いじゅうたんが敷かれた階段を使って三階に上がると、細かな装飾のドアの前に案内された。
従業員がドアを三回ノックして声をかけると、中から聞き覚えのある少女の声で「はーい」と返事が返ってきた。それを確認し、彼はドアノブを回してドアを開ける。
ドアの向こうに広がる空間に二人の少女がいた。
一人は白くゆったりとしたドレス型の部屋着を着たアストリア。もう一人はさっきまできっちりとしたスーツを着崩したイリイナだ。
この空間になれたのか、二人とも部屋の中でくつろぎきっていた。
「お待ちしていましたよ。そちらに皆さんの荷物を置いていますので、確認しておいてください」
「なに突っ立っとるんや?早う入らんとそこの人が困るやろ?早く入り」
「う、うん」
ミユウたちは彼女たちの言葉に従って、部屋の中に入っていった。
そこはいくつもの部屋で構成されていて、ここでずっと暮らすことができるんじゃないかといくらいに生活用具が揃っていた。誰の目でもわかるくらいの一級品ばかりだ。そのせいで机の上に置かれた傷や汚れがたくさんついている荷物が悪目立ちしている。なんとも申し訳ない。
「そちらのクローゼットの中に部屋着があるので、着替えてくださいね。着ているものはそちらのかごに入れておいてください。宿の方が明日の朝までに洗濯していただけるそうです」
「まさに至れり尽くせりだね。じゃあ早速着替えよう」
指示通りに服を脱ごうと、裾に手を付けた瞬間だった。
「アストリアさん。私がいることをお忘れにならないでください」
ドアの方から男性の声が聞こえた。
それはここ最近よく聞いた、若く低い声だ。
ドアに目を向けたが、そこには誰もいない。
「申し訳ございません。認識阻害を使われていたので、ミユウさんたちの着替えを覗き見されたいのとかと思っていました」
アストリアが人の姿の見えないドアに向けて、声をかける。
「お戯れを。私を目にすれば、そちらの方々の気を悪くされると思っていただけ。他意はございません」
「しかし、姿をお見せしなければ満足に話はできませんよ」
「なるほど。おっしゃる通りです。それでは……」
ドアのそばで下から黒い影が煙のように登り、そこから紳士服の青年が現れた。その青年はシュミルーク家執事長のジークだ。
その姿を目にした瞬間、ミユウたちは自然と身構えてしまった。そんな彼女たちにアストリアが優しく制止の言葉をかける。
「落ち着いてください。私たちは彼らと和解したのです。ことを荒立ててはいけませんよ」
「ごめん。自然と警戒してしまった」
「まあ、皆さんの気持ちはよく理解できますがね」
ジークはその場で片膝をつき、謝罪の意を表明する。
「この度、皆様方の身を害したること、いくら謝罪の言葉を尽くしましてもしきれません。しかし、私の謝罪の意をどうしても皆様にお伝えしたく、無粋ながらこちらに伺いました。誠に申し訳ございません」
ジークは深く頭を下げていた。
「気にしないで。あたしたちは和解したんだよ。今までのことはなかったことにしよう。ね、サヤ、シュナ?」
二人は頷く。
「それよりあたしの友だちのことをよろしくね」
「友だち?」
「実はシュミルーク邸を出る前にミンクと友だちになったんだ」
「お嬢様と、ですか?!」
「うん。彼女にはあなたがどうしても必要なんだ。だから……」
「はい。言われるもなくお嬢様を、あなたのご友人をお守りいたします」
その後、ジークは一礼をして部屋を立ち去った。
ジークを見送った後、ミユウ・サヤ・シュナはクローゼットにかけてあった白い部屋着に着替えた。
シュミルーク邸でゆっくり療養したが、まだ疲れは取れてはない。部屋のベッドに倒れようと部屋の中を見渡す。
そして、ベッドをみつけることができた。しかし……
「ねえ、アストリア。ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
「どうしました?」
「普通五人部屋には最低でもベッドは五台あるはずだよね?」
「そうですね」
「それじゃあ、どうしてベッドが一台しかないの?」
そう。この部屋には横幅がやけに大きいベッドが寝室にあるだけだった。他にそれらしきものはない。
「大丈夫です!こちらのベッドであれば五人が横になっても余裕がありますから」
「そういう問題じゃない!これじゃ、みんなと添い寝しないといけないじゃない!」
「ええ。そのためにわざわざ用意していただいたのですから」
「やっぱり確信犯か……」
ミユウが彼女たちと添い寝をしたくないと思うのは、彼女たちの寝相が悪いからだ。
何度か彼女たちと寝床を一緒にしたけど、その度に一晩中体を押し付けられて全身をくすぐられ続けた。その翌日を疲れ切った状態で迎えたのは言うまでもない。
「絶対に嫌だ!今日はそこのソファーで寝る!」
「どうしてそこまで私たちと寝ることを拒まれるのですか?久しぶりに一緒になれたのですよ?」
「そうだよ。にぃにが嫌がる理由を教えてもらわないと、あたしたちも納得できないよ」
アストリアたち四人がミユウに目線で返答を促す。どうやら他の三人ともアストリアと同じ想いなのだろう。
「そ、それは……」
さすがに無意識にしていることをどうこういうことはできない。それにどう説明すればいいかもわからない。
「とにかく嫌なの!一人で寝たいの!」
「そうですか。まあ、数日間苦しい思いをされた後なのです。残念ですが、今回は諦めましょう。お手数をかけますが、宿の方にベッドを用意していただきますか」
「ふう。よかった」
アストリアが添い寝を諦めると、ミユウはホッと肩をなで落とす。
その時だった。
「あ!そういえば、シュミルーク邸を出るときに、にぃにがミンクさんとキスしてたな~」
「ちょっとサヤ!なんでそんなこと今言うの!」
「だって~別に口止めされてなかったし~。本当のことだし~」
「言わなくてもわかるでしょ!そんなことアストリアにばれたら……」
サヤがニヤッと笑う。謀られた!ミンクのことを暴露することで、一緒に寝ることを拒否したミユウをアストリアの手によってくすぐりの刑に処するつもりだ。
背筋が急に凍り始める感覚。恐る恐るアストリアへ目線を向けると、彼女の表情が氷のように冷たくなっていた。
「ミユウさん?それ、本当ですか?」
「それは、その、挨拶!そう別れの挨拶だったんだよ!それに向こうから突然されたことで、避けられなかったんだよ!そうだよね、シュナ!」
たまらずシュナに助けを求めた。
「まあ、そうじゃったな」
「でしょ!」
「けんど、ミユウもまんざらやない顔をしとったのう」
「な!」
浅はかだった。シュナもサヤと同じであたしと添い寝をしたいと思っている。ミユウに味方をしてくれるはずがなかったのだ。
「ア、アストリア?違うんだよ!本当にあれは事故みたいなもので……」
「もういいですよ。ミユウさんからこんなことするわけないと信じていますから」
「あはは、わかってくれるのだったらいいよ」
なんとかこの修羅場は回避できそうだ。
「ところでミユウさん、最後にティークちゃんにくすぐられたのはいつでしたか?」
「え?いきなりどうしたの?」
「いつでしたか?」
「た、たしかニヤクルの宿だったから5日前ぐらいかな?」
「そうでした、そうでした」
アストリアは微笑みながら右手の指を鳴らす。それと同時にティークがミユウの上に覆いかぶさり、一瞬で手首足首に巻き付く。五日ぶりの再会だ。
「どうして?!」
「以前にお伝えしましたよね?ティークちゃんは定期的に人をくすぐらないと負担がかかり、私に悪影響が出てしまいます。そして、以前ティークちゃんがミユウさんをくすぐったのは5日前。もうそろそろ頃合いかと」
「いやいやいや、今しなくてもいいじゃん!それにこんなところでくすぐられたら、周りの部屋に迷惑がかかるから」
「その点はお気遣いなく。ミユウさんの周りに防音結界を張りますので、皆さんには迷惑はかかりません。存分に笑っていただいて構いませんよ」
「あわわ……」
アストリアがくすぐり開始の合図を出そうとする。
どうすれば逃げられるか、全く思いつかない。そう観念していたその時だ。
「まあまあ。落ち着いて、アスねぇ。にぃにも悪気があってしたことじゃないんだから、許してあげてよ」
「サヤ……」
まさかサヤから助け舟を出してくれるとは思わなかった。きっと自分のせいで兄が窮地に陥ったのを助けてやりたいという気持ちが沸き上がったんだろう。やはり持つべきものはかわいい妹だ。
「その代わりというのはなんだけど、にぃににはあたしたちと同じベッドで寝てもらおうよ」
「なるほど!それもいい提案です」
……なるほど。サヤは今晩一緒に寝るように持っていくため、わざとミンクとのことを暴露したんだ。恐ろしい策士。少しでも“かわいい妹”と思った自分に腹が立つ。
「どうする?このまま一晩中こちょこちょされる?それとも、あたしたちと一緒に寝る?」
「う~~。わ、わかった!一緒に寝るから、くすぐりはやめて!」
「やったーー!」
ミユウの返事を聞くと、アストリアは指を鳴らしてティークを消す。
添い寝の約束を取り付けたサヤに対し、アストリア・イリイナ・シュナが一斉にほめたたえる。
その傍で、ミユウは妹に完全敗北した屈辱をかみしめながら床に縮こまっていた。
広いベッドの真ん中にあたしは寝かされて、あたしを挟むように4人の少女が横になった。その晩、ミユウが四人にくすぐり責めとお色気責めにされたのは言うまでもない。




