48.これは一体、どうすれば…
お遊戯が再開されてどれだけの時間が経ったのか正確にはわからない。
あの後、ミユウたちは“体を敏感にする薬”を十錠以上強引に飲まされ、鉄の手錠や空気の冷たさが痛く感じる。もし鞭で一度でも打たれれば、そのショックで死んでしまうかもしれない。
両隣で吊るされているサヤとシュナはげんなりとしている。
意識があるかどうかも一目では確認できない。肉体面でもそうだけど、むしろ精神がすり減っているようだ。
長年拷問され続けて慣れているミユウでも、もうそろそろ限界が近づいているというのだから、初めてこんな過酷な状況に身をさらしている二人はもう限界を迎えているかもしれない。
一方、遊ぶ側のミンクはどうか。
魔眼を長時間それも三人相手に行使しているためか、椅子にもたれかかるように座っている。それでも、どう見てもまだ遊ぶ気満々だそうだ。
「ミ、ミンク。もうこの辺でやめようよ。この二人もこれ以上されたら本当に死んじゃうよ。あなたも疲れたんじゃない?」
「え~。遊び足りないですよ~。まだまだ私も大丈夫ですから……しかし、お二人が壊れてしまうのはもったいないですね……仕方ありません!」
「それじゃあ!」
「お二人と遊ぶのはここでやめますわ」
「……お二人?」
「お二人の分、ミユウさんが遊んでくださるのですよね?」
「いや、あたしももう限界なんだけど!」
「いえいえ。そこまで大きな声が出せるのですから余裕があるはずですわ。さあ、もうそろそろ再開しましょう」
ミンクは意気揚々と椅子から腰を上げて、こっちに軽やかなスキップをしながら近寄る。
「ちょっと待って!」
その瞬間だった。
ゴゴゴと重厚な音が部屋に鳴り響く。
音のする方に目を向けると、入り口の鉄扉が開き、部屋の中に光が差し込む。
ミユウとミンクは入り口に目を向けると、そこには執事長のジークが立っていた。
「おや?ジーク、もう夕食の時間ですか?やはり楽しい時間が経つのは早いで……」
ミンクの言葉が止まる。
その原因はジークの隣で立っている男性だった。
「ち、父上……」
彼女が“父上”と呼んだその男性は、鼻の下に立派に生えた髭が特徴的な初老の紳士であった。
彼が以前ミンクが話していた実父シルク・シュミルーク伯だった。
「なぜ、父上がこのような場所に……」
「ミンク……すまなかった!」
シュミルーク伯はいきなり娘ミンクに頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。
突然の予想外の言動に、ミンクは呆然としていた。
「……どうして、どうして謝るのですか?」
「お前の友人、たしかニアといったかな?私があの時にあの子の件をもみ消さなければ、お前をここまで追い詰めることはなかった。いや、それ以前にお前のことをもっと気にかけてやることができれば……」
「す、少しお待ちください!いきなりのことで、少し戸惑ってしまいまして……」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐシュミルーク伯を制止するミンク。娘の戸惑う姿を見て焦る自分に気づくと、額に頭を当てる。
「すまない。少し焦っていたようだった。先ほど私を訪ねてきた技師テイラ君が、そちらのお嬢さん方の友人を名乗る方を紹介してくれたんだ」
「ご友人?」
「さあ、入りたまえ」
シュミルーク伯の呼びかけで部屋に入ってくる二人の女性の影に驚いてしまった。
「イリイナ!アストリア!」
そう。一人はトールの町で離れたイリイナ。その彼女に肩を借りて、頼りない足取りで歩いているのがアストリアだった。
「なんでイリイナがこんなところにいるの?それにそんなボロボロになってどうしたの?アストリア、大丈夫?」
「『大丈夫?』って、それこっちのセリフやわ」
「ミユウ、さん。お待たせ、しました……」
相変わらず明るい表情のイリイナと、疲労しきって弱々しい声で話しかけるアストリア。
二人の姿を見て、自然と涙がこぼれた。
「再会で感動しているところ申し訳ないが、こちらの話を続けさせてもらうよ」
「すみません」
シュミルーク伯が一つ咳をして、空気を切り替える。
「実は以前からテイラ君にお前の話をしていたんだよ」
「え?私のことを……」
「彼は誠実で信用するに足る人物だったので、仕事以外のこともよく相談に乗ってもらっていたんだ。それで昨日、彼からこのイリイナさんを紹介したいといわれたんだ。『彼女の友人が娘に囚われている』と聞いたものだからね、今日の昼に面会することにした。
彼らとの面会の中で改めてお前の話をしたら、彼女にこういわれてしまったよ。『あなたはご令嬢と向き合わなければならない。今の機会を逃してしまえば、手遅れになってしまう』とね。
ニアさんの件をもみ消して今までのお前の行動を容認することが、お前を助けることだと思っていたが、それは間違いだった。私はお前と正面から向き合うのが怖かったんだ」
シュミルーク伯は呆然と立ち尽くすミンクに近づくと、彼女を強く抱きしめた。
「私は父親失格だ。もっと早くお前と向き合うべきだったんだ」
「でも、父上は私のことを疎ましく思われていたのではないですか?魔術族の血をひく私のことを……」
「実の娘をいとおしく思わない親がどこにいる!魔術族との混血だろうが、そんなこと関係ない!」
「そんなこと今更言われても……」
ミンクは表情をこわばらせたまま動かなかった。彼女はまだ十分に受け入れることができていないらしい。
そんな彼女に扉で佇んでいたジークが呼びかける。
「お嬢様、正直になられてはいかがですか?」
「ジーク……」
「本当は御父上と話したかったのではありませんか?」
「それは……」
「いいかげんにしろ、ミンク!」
今まで紳士的な口調で話していたジークとは異なり、感情的に声を粗ぶらせる。
「お前はあの村でいたときからまったく変わんねえな。いやな事を一人で抱え込んじまう。それが自分を苦しめてることがまだわかんねえのか。たまには相談してみろよ!自分の気持ちを本気でぶつけてみろよ!せめててめえの親父ぐらいには……」
ジークの言葉を聞いて、ミンクの目から大粒の涙が流れだす。
「ち、ち、父上ええええええ!どうしてあたしのこと見てくれなかったの?!あたし、あたしじゅっと寂しかったよおおお!」
「すまない、本当にすまない……」
小さな子供のように泣きじゃくるミユウをシュミルーク伯はより強く抱きしめる。いままで親らしいことをできなかった分を埋め合わせるように。
そんな彼らにジークはゆっくりと近づき、深々と頭を下げる。
「大変申し訳ございません。出過ぎた真似をしてしまいました」
「いいんだよ。幼いころからミンクと親しかった君を執事として雇い、本当によかった」
「しかし、お嬢様をお止めできなかった私にも責任はあります」
「いや。どうかこの子の友人として、一緒にいてやってくれ。それが君への罰だ」
「ありがとう、ございます……」
「あの~、親子の絆を深めるところ大変申し上げにくいのですが、そろそろあたしたちを解放してもらえないでしょうか~」
「あ!これは申し訳ないことをした。ジーク。この方々の鎖を外してあげなさい」
「は!かしこまりました」
シュミルーク伯の命令に従い、ジークはあたしたちの拘束具を外して、床の上に仰向けで寝かしてくれた。
こんな楽な姿勢になれたのは数日ぶりだ。
そこにイリイナと、彼女の肩に体を預けたアストリアが近づいてくる。
「アストリア、イリイナ、助けに来てくれてありがとう」
「何をおっしゃるのです。私たちがあなたを見捨てるわけがないではないですか……」
「アストリア……」
彼女は涙や鼻水できれいな顔をくしゃくしゃになっていた。
「ミ、ミ、ミユウさーん!」
「ひにゃーーー!」
アストリアがいきなり寝ているミユウを強く抱きしめ、涙でぬれた頬を擦り付ける。
彼女の気持ちはよく理解できる。
けど、全身が以上に敏感になっている今のミユウには、彼女の肌や髪がくすぐったくて我慢できない。
「ア、ア、アストリア!お願い、お願いだから離れて!」
「いえ!絶対に離しません!ずっとあたしのそばにいてください!」
「それは十分にわかったけど、く、くすぐったくて、死んじゃうから!」
「私たちをこれだけ心配させた罰です!」
「ああはははは!」
くすぐったさにもがいているミユウのそばでイリイナがしゃがみ込む。
「相変わらずあんたらは仲がええなあ。許嫁としてやきもちを焼てしまうわ」
「しょ、しょんなこといいから、たしゅけて!」
「アストリアはずっとあんたのことでいっぱいになっとたんやで。我慢して受け止めてやり」
「しょんなあはははは!」
数分後、アストリアがミユウから離れてくれた。
冷静になった彼女は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして、自分の服のしわを伸ばしていた。
「後でそこで伸びとる二人にも感謝の言葉を言うてやり。二人もアストリアと同じぐらいに心配しとったんやから」
両隣を確認すると、サヤとシュナは気を失っていた。
「わかった。けど、みんなには本当に頭が上がらないね。ちゃんと恩返ししないと……」
「その言葉、ちゃんとこの耳で聞いたで!さて、どう恩を返してもらおうかな?」
「う!なんだか早計なこと言ってしまったような気がする……」
「お嬢さん方、うちの娘と執事が皆さんに大変な迷惑をおかけてしまった。どのように詫びをすればよいのか」
シュミルーク伯とミンク、そしてジークがミユウたちに近づいて頭を下げる。
彼らに対し、さっきまで服のしわを伸ばしていたアストリアが答える。
「気にしないでください……とはいえませんが、最終的にミユウさんと再開できました。それにあなた方にも何か訳があるそうですし、今回は“おあいこ”ということでいかがですか?」
「い、いいのかな?」
「こちらとしても穏便に済ませたいものですから。それでもとおっしゃるというのであれば、一晩泊まる場所を用意していただけますか?こちらへ侵入する前に、宿を出てしまって……」
「わかった。こちらで用意させてもらう。しかし、そちらの3人は重傷のようだから、もう少しこちらで預からせてもらうよ。ある程度の治療が済んだら、宿に案内する。それでいいかな?」
「はい。いいですよね、皆さん?」
「それでいいよ。サヤやシュナも今のままじゃ宿まで移動できなさそうだし、あたしたちはここで休んでいくよ」
こうして、ミユウはサヤとシュナと一緒にこの邸宅内で療養することになった。
この地下室でというのはどうも落ち着かないけど……。




