43.作戦直前、やっと…
日が昇り、部屋に日光がさすとアストリアたちは目を覚ました。
厚く覆われた雲はなくなり、晴れやかな空が広がっている。
しかし、それに反するように彼女たちの表情は曇っていた。
今日はシュミルーク家に囚われたミユウを救出する日。
外出姿で寝ていたこともあるが、全員が緊張であまり休息できなかった。
しかし、寝不足だからといって今回の救出作戦を取りやめにすることはできない。
レジスタンスの企みに参加したミユウは悪質な状況下に置かれているかもしれない。最悪の場合、日々厳しい詰問をうけているかもしれない。
ミユウが捕まって三日、いくら長年拷問を受け続けた強情なミユウさんでもそろそろ憔悴している頃だろう。早く助けなければ危ない。
アストリアたちは作戦決行に向けて最終準備をする。
といっても、昨日の時点で準備は完了してそのまま眠りについたので、特にすることはない。乱れた服を軽く整えて、そのあとは各々心の乱れを各々の方法で整えていく。
イリイナは、私たちが邸宅に侵入しやすいよう気をそらすためにシュミルーク家の方々と面会する。そのため、日ごろ着られている服より整ったしわ一つないスーツに着替え、銀色に輝く長髪を櫛で解いた後に短く束ねていく。
アストリアたちより大人っぽい姿のイリイナだが、そのよりきれいで知的な姿は本当に見違えるようだった。
イリイナが身支度を済ませると、部屋にある机の周りに集まり、机上の地図を見ながら昨晩立てたミユウの救出作戦の計画を再確認した。
計画は次の通りである。
まず、正午にイリイナが友人と一緒にシュミルーク邸へ入り、それと同時にアストリア・サヤ・シュナが地下水道の隠し道を通り、シュミルーク邸の入り口に移動する。
それから一時間経った後に入り口から侵入する。
地下水道の地図と見取り図を照らし合わせると食物庫に出ることが分かる。
そこからミユウが囚われているであろう場所を探す。
階段があると思われる場所は三カ所。それらをそれぞれ分かれて探す。
あまり分かれて行動すべきではないのだろうが、それぞれの場所があまりにも離れている。固まって行動するのはあまり効率的ではない。
階段を見つけたら、それぞれが携帯している魔石を使って連絡をとる。
三人が集合後、すぐに侵入して地下室からミユウを救い出す。
そのあとは侵入した食物庫からに逃げ出す。
言葉だけ見ればごく単純かつ簡単に見えるが、そうはいかないはずだ。
問題はミユウが捕らえられている部屋の警備だ。
レジスタンスが侵入されると見越して、最低限の警備を固めているだろう。
特に、アストリアとミユウとの通信を断ち切るほどの能力を持つ魔術使いが強敵だ。
アストリアと同じ魔術族の可能性が高い。場合によっては対峙しなければならない。
その時は魔術が使えるアストリアと戦闘能力に長けているサヤが戦闘し、その間に機動力に優れた獣人族のシュナが地下室からミユウを救出する。
救出後の邸宅脱出は困難かもしれないが、それを考える余地はない。後は出たとこ勝負だ。
計画を確認した後、私たちはそれぞれのベッドに戻って腰掛ける。
作戦開始まであと三時間。それまで心身ともに消耗した身体を休めることにした。
―――
日が昇りきる前にイリイナは宿を出て、友人であり同族であるテイラ・ミカエリスと待ち合わせした店に向かった。
テイラはイリイナより三つ上で、幼いころから兄妹のように遊び合った仲だった。
現在、彼は公国から認められた国家技師として活躍して、公国の役人と強いつながりを持っている。
そんな彼とイリイナが再会したのは昨日のことだった。
レジスタンスたちと出会い、ミユウがシュミルーク家の息女を装って潜入してから帰ってきていないと聞いたあと、それをアストリアたちに伝えに行こうと彼女らが泊まっている宿に向かう最中だった。
後ろから声をかけられて振り向くと、一人の少年がいた。
あまりにも姿が変わっていたから一瞬気づかなかったが、昔からの独特の雰囲気からそれが七年前に故郷で別れたテイラだと気付いた。
彼女の不安な気持ちに気付いたのか、彼は近くにあった喫茶店で話を聞いた。
そこで許嫁であるミユウがシュミルーク家に囚われているというかもしれないことを相談したところ、イリイナをシュミルーク家に紹介するからその間に仲間が侵入できる隙を作ったらどうだと提案されたのだった。
多少危険もあるが、少しでも成功率を高くするためにもそれが最善だと思い、彼に協力を頼んだ。
待ち合わせ場所は相談に乗ってもらった喫茶店。
そこに辿り着くと、テラス席に正装を着たテイラがいた。新聞を広げて机の上にある紅茶を飲む姿は紳士そのものだ。
「テイラ!待たせてしもうてすまんな!」
「ええよ。俺もさっき着いたばかりやから」
新聞をたたんで机の上に置くと、イリイナの姿を足から順に見上げていく。
「な、なんや」
「いや。昨日会うたときも色っぽうなって驚いたけど、スーツ着たら別人のようや。ほんまにきれいになったな」
「なんやねん。お世辞言うても何にも……」
「真っ裸で村の中走り回っとったんが嘘みたいやわ。人間、時間が経つと変わるもんやね」
「あほ!それうちが四歳ぐらいの頃の話やろ!今もそうやったら、本物のアホやろうが!」
「あはは。冗談、冗談。緊張しとったみたいやったから、ほぐしたかっただけや」
実際、さっきのやりとりで朝からの緊張が多少なりともほぐれた。
ちょっとした表情や仕草から感情を見破り、さりげなくフォローを入れる。どれだけきれいな服を着飾ろうが、国家技師という立派な肩書を持とうが、テイラのそういうとこは昔から変わらない。
それが少しだけイリイナにはうれしかった。
「ほんまにこんな大人のレディに向かって言うことかいな」
そう愚痴をいうと、テイラの向かいの椅子に腰を落とす。
「で、そっちの準備は大丈夫なん?」
「ああ。昨日のうちに計画を共有した。うちらがシュミルーク家に入った30分後に侵入できるように手筈は整っとる」
「そうか。それはよかった」
イリイナは体を前のめりにして、テイラにささやきかける。
「ほんまにええんか?一歩間違えたら、あんたも危ない目に遭うんやで?」
テイラは机の上の紅茶に口を付ける。
「今更何を言うんや?そのミユウというんはお前の大事な人なんやろ?それを助けるんは当たり前のことや」
「ほんまに、ありがとう」
「ま、それがお前の許嫁というんはちょっと気に食わんけどな」
「なんやねん。それ……」
テイラの顔が少し赤く染まって見えたけど、きっと気のせいだろう。
「そんなことはどうでもええ!そんなことより今のうちに面会の打合せしとこ」
「そうやね。失敗せんように気をつけんといかんからね」
その後、約束の時間までテイラと面会に向けて話し合った。
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イリイナが宿を出て数分後、アストリアたちは荷物をまとめて宿を出た。
荷物は邪魔にならないようにアストリアが作った魔層空間に保管をした。ちなみに、ミユウがトーアの大会で勝ち取った賞金の山もそこに保管している。
軽く町の喫茶店で軽食をとった後にイリイナに教えていただいた場所から地下に潜り込む。
地下水道で見張っている衛兵の方々に出会わないように気を付けながら、秘密の入り口を探す。
シュナが不自然な形ではめ込まれたレンガの壁を見つけた。
そこを押すとどんどん取れていき、人ひとり分が通れるだけの幅の入り口が現れた。
道といっても、四つん這いにならなければ通れないぐらいに狭い。
その道をシュナを先頭にサヤ、そしてアストリアが入っていく。
「ちょっとシュナさん。しっぽ動かさないでよ。顔や首に当たってくすぐったいから」
「こうせんかったら集中できんのじゃけん、仕方ないじゃろ。それじゃったら、サヤが先に行ったらよかったんちゃう?」
「しょうがないじゃん。危機察知能力高い獣人族のシュナさんが先に行った方が安全だと思ったんだから。は、はっくしゅん!もう邪魔だな。えい!」
「ひゃん!」
サヤが動くシュナのしっぽを掴み、シュナが甲高い声で鳴く。
獣人族にとって尻尾は弱点の一つだ。そこを掴まれると、動くこともままならないほどに力が抜けてしまう。
「シャ、シャヤ、ちゅ、ちゅかむんはやめて~。う、うち、しょこ、弱いんよ~」
「それじゃあ、しっぽ動かさない?」
「動かさんけん、早くはなして~」
「えへへ。やっぱりどうしようかな~」
いつもは見ないシュナの弱った姿が面白かったのか、尻尾を掴む手を放さない。
それに見かねたアストリアがサヤの腰をトントンと指でたたく。
「サヤさん。勘弁してあげてください。状況が状況ですから」
「それもそうだね。ごめんね、シュナさん」
サヤはシュナの尻尾を手放す。と同時に、シュナは二度と掴まれまいと尻尾を自分の背中に移動させる。
「さあ、先を急ぎましょう。あともう少しで侵入口に到着できると思います」
「わかった……」
一呼吸したシュナは再び前進する。
数分間道を進むと、前から光が見えた。どうやら出口らしい。
出口に近づくと、シュナが後ろの私たちに手で止まるようサインを出す。
「どうしたの、シュナさん?早く出ようよ」
「しっ!ちょっと待ち。外に人がおる」
「衛兵の方ですか?」
「あの服装はそうじゃろうな。見たところ三人ぐらいじゃろうか?他にはおらん」
「三人か……。それぐらいなら何とかいけるかな」
「いけるって大丈夫なん?軽装とはいえ、武器をもっとるんよ?」
「あたし、こう見えても戦闘が得意な不殺族なんだよ?3人ぐらい朝飯前。シュナさん、上通るから伏せて」
シュナが腹ばいになると、その上をサヤが這いながら通っていく。
サヤさんが小柄であることと、シュナのふさふさなしっぽが潤滑油の代わりを果たしているおかげで、入り口前まで難なく出ることができた。
「あまり大事にしないでくださいね。他の方に気付かれては計画に支障が出ますから」
「大丈夫。任せといて」
言い残すと、サヤは音を出さないようにゆっくりと出ていく。
そして、衛兵がいるであろう方向に走っていった。
その後、約三十秒間金属が擦れたり、へこんだりする音が聞こえて、静かになる。
「もう終わったよ。出てきて」
サヤが出口から顔をのぞかせる。
彼女の誘導でシュナとアストリアは外に出た。
レンガ造りの空間の床には、武装した三人の男性が川の字に寝かされていた。
彼らの鉄製の鎧には小さな拳型の跡がくっきりと残っている。
改めてサヤが不殺族であることを二人は理解した。
「さすがはサヤさんです」
「ほんまにサヤは強いんじゃな」
「えへへ。そんなこと、あるかな?でも、にぃにだったら十秒もかからないと思うけどね」
「そうなんや。日頃のミユウからはそう思えんけど」
「うん。その気持ち、よくわかるよ……」
空間を見渡すと、壁に上へ続く梯子が見えた。それにそって見上げていくと、暗闇が伸びている。
「あの先からシュミルーク邸へ侵入できるのですね」
「なんだか緊張するな」
「気張っていかんとな」
三人で見上げて、それぞれ覚悟を決めていく。
懐から懐中時計を出して確認すると、十一時四十分だった。
二十分後にイリイナさんがご友人とシュミルーク家の方々と面会する。そして、その三十分後にいよいよ救出作戦開始だ。
「それでは改めて作戦を確認しておきましょう」
「そうだね。失敗は許されないからね」
アストリアは小さく折りたたんでおいた見取り図を床に広げる。




