42.あなたのことは、きっと…
ミンクのお遊戯、もとい拷問が始まってどれぐらいの時間が経ったのだろう。
窓のないこのレンガ造りの部屋では時間の経過をミユウは明確に把握ことができない。いや、窓があって外が見れたとしても、それを確認する余裕がなかっただろう。
1日目のミンクの拷問(主にくすぐり責め)は、彼女の体を使って行われた。
細い指で肌の上を優しくなぞられたり、くすぐったいツボを的確に押されたり、足で脚をさすったり、口で耳を甘噛みしたり、体全身を舐めまわされたりと、彼女の全身は拷問道具と化していた。
しかし、これは想定内。今までもアストリアやサヤ、シュナにも何度も同じような方法でくすぐられている。
余裕があるとは言えないが、まだ周りを気にすることができた。ミンクの些細な違和感に気付けたのもそれだけの余裕があったからだろう。
しかし、今回は違う。
ミンクが買いそろえてきたという道具によるくすぐり責めはミユウの予想をはるかに超えていた。手では再現できないだろう未知のくすぐったさが全身を襲う。
また、ミユウの反応に慣れが見えたと思えば、全身に油を塗られたり、不思議な錠剤を無理やり飲まされて感度を敏感にさせられたりと、一瞬たりとも気を抜くことができない。
ティークほどではないが、それに次ぐといってもいいだろう。
そんなお遊戯が一度中断された。
ミンクは、部屋の入り口に置かれていた椅子に腰かけて休みを取っていた。長時間くすぐり責めを続けていれば、たとえ責める側であろうと体力を消費するはずだ。
疲労している彼女の顔は赤く染まり、息を荒くしている。そして、なぜか満足そうにしている。
「さすが、さすがですわ、ミユウさん!あなたの笑う姿を見ていると……あ~~思い出すだけで体が火照ってしまいます~~!」
ミンクは自分の顔を両手で覆い、両足をじたばたさせる。
そんな彼女をミユウは鎖に吊るされたまま睨みつけ、反抗の意思を見せつける。彼女にできることといえばこれくらいだった。
その目線に気付いたのか、ミンクは顔を覆っていた手をはずし、見つめ返す。
「驚きましたね。これだけあなたの弱いところを余すことなく責めて差し上げたのに、まだあたしを睨むだけの力があるとは。正直ここまでとは思いませんでした」
「ふん、こんなの、あたしにとっては、朝飯前よ…」
ミンクの言葉にまるでまだ余裕があるかのように強気な言葉で返してみた。
しかし、実際のところは少しの余裕もない。
声は途切れ途切れで出すのが精一杯だし、まともに離すだけの知性もギリギリ保つことができているだけで、これ以上続けられたら自分でもどうなるか分からない。
それでも強気な態度を見せたのは、ミンクに屈服したことを認めたくないと思ったからだ。
「へえ~。そうなのですか~?」
ミンクはニヤッと笑うと、椅子から立ち上がって近づいてくる。
目の前までに近づくと、ミユウの顔を眺めていた。
「ずいぶん余裕があるような口ぶりですね……」
「な、何よ……あう!」
突然左横腹にくすぐったい感覚が襲う。
下を向くと、ミンクの細い人差し指の先が左わき腹に触れていた。
「え~。ちょっと触っただけなのにその反応とは。どこに余裕があるのでしょうか?」
「こ、このてい、あーーーーー!」
ミンクの指先は左横腹からへその下、右横腹へと弧を描くように移動する。
長時間のくすぐり責めと謎の錠剤によって、異常なまでの感度になっていたミユウにとって、この程度の刺激でも大きく反応してしまう。
「うふふ。こんな敏感になってしまってもそんな強気な言葉を口にすることができますか?」
「あ、あ、や、やめ、あ……」
ミンクは両手の指先で、左右の脇腹を優しく撫でる。
それに何の抵抗もできず、情けない声を出してしまう。何という屈辱だ。
数分後、ミンクが両手の動きを止めて脇腹から離すと、再びミユウの体は力なく垂れ下がる。
「しかし、ここまで耐え抜かれたのです。少し早いですが、ご褒美を与えましょう」
「ご、ご褒美?」
「先ほどおっしゃっていたでしょ?私のことについて知りたいと。それとも、このままお遊戯を続けられますか?私としましては、そちらの方がいいのですが。まだ用意した道具の一割も使っていないですから」
そういいながらミンクは木箱の中にある道具を漁る。
「聞きたいです!聞かせてください!」
「……わかりました」
ミンクは面白くなさそうに、椅子のもとに戻って腰を下ろす。
それと同時に、いままで狂おしく微笑んでいた彼女の表情が一変する。
いままで心の奥底に押し込めていた暗い感情を解放するように。
―――
私の父、シルク・シュミルークは正妻の他の女性と関係を持っていました。これは貴族であれば当たり前のことだと昔から聞かされていましたし、私もそれをどうこう責める気はありません。私は父上が関係を持っていた女性の一人との間に生まれた子なのです。
私の実の母はここから南に数十キロ離れたシュミルーク家の領土に住んでいた農民の娘した。
父上とは領土視察の折におもてなしをしたときに出会い、見染められたのだと母から聞いたことがあります。
私は生まれて六歳になるまで母と母方の祖父母の四人の家族、そして村の方々と一緒に暮らしていました。
ジークとはその時からの知り合いでして、幼いころから兄のように慕っていました。
後から聞いた話ですが、村民の二割が魔術族で、村民の大半にはその血が少なからず混じっていたのだそうです。私の祖父やジークの一家も純血の魔術族でした
その時の暮らしは、生活は貧しく、私もよく農作業を手伝わされ、楽とは言えない生活でしたが、今の暮らしと比べれば心満たされる日々を過ごしていたと思います。
私が七歳の誕生日を迎えたころ、私たちの家にシュミルークから使いが来ました。
父上には正妻を含めて他の女性とも子どもができず、唯一血の繋がった子供である私を正式なシュミルークの娘として迎えたいと私たちに伝えました。
最初、母はその要求に頑なに反対していましたが、度重なる悪質な脅しに屈してしまい、ついに私を手放すことになりました。
「ミンク、ごめんなさい、ごめんなさい……」
家を出る前日の夜、母が私を抱きしめて何度も何度も囁いてくれた最後の言葉。今でも思い出します。
このシュミルーク家に迎えられてから、力作業をしなくなった分だけ楽な生活をすることができました。
しかし、周りの方の、特に父上の正妻である新しい母上の私に対する接し方はとても冷たいものでした。どれだけ貴族としての知識・教養を身に着けても、私を認めていただける方は誰一人としていません。魔術族の血を持つ私を認めることができなかったのでしょう。
暴力を振るわれることはありませんでしたが、毎日のように私の存在を否定するような言葉を繰り返し言われる日々でした。
そのうち、私の中で『自分は本来生まれてはいけない存在だ』『私が存在するだけで罪だ』という考えが支配するようになり、自分自身でさえも肯定ができなくなりました。
ジークがシュミルーク邸に仕え始めたのはその頃です。彼は私が当家に引き取られてから執事として必要な知識を勉強して、当家に雇われたのだそうです。
周りに味方なんていないと孤独になっていた私には今でも一筋の光といえる存在です。
私が十五歳の頃のことです。突然窮屈な日々が嫌になり、邸宅を抜け出し、そこでニヤさんと出会いました。
彼女はこの町の商人の娘で、私と同じ年でした。
ニヤさんは私がシュミルークの娘であると知った上で、隔たりなく接してくれました。そんな彼女に対し、私は心を開き、友だちになることができました。
ある日、ジークに協力してもらってニアさんを邸宅内に招いて私の部屋で遊びました。彼女は部屋の中にある珍しいものを見て、とても喜んでくれましたし、そのお姿を見て、私も嬉しくなりました。
しかし、彼女と遊んでいる最中に、急に激しい頭痛が襲い、目の前が赤く染まったのです。
そして、心配して近づいてきて下さったニアさんを見ると、頭の中を不快なものが支配し、そのまま気を失ってしまったのです。
今思うと、それが初めて私が魔眼を発動させた瞬間だったのでしょう。
目を覚ますと、目の前には床の上で倒れているニアさんがいました。
慌てて近づいてみると、彼女は口から泡を吹いて意識を失っていました。何度も呼びかけたり、体を揺すったりして起こしては見たのですが、結局彼女が目を覚ますことがありません。
私はジークに相談をし、仕方なく父上に話すことにしました。当たり前ですが、父上は私とジークに叱りつけて、使用人に命じて意識を失ったニアさんを連れていかれました。
その後、彼女がどこに行かれたのか、どうなったのかを誰も教えてくれませんでした。
その日、私は自分の部屋で一晩中泣きました。シュターナリクスの町に来て大事な友だちを自分の手で傷つけて失ってしまったことが悲しかった。
それと同時に、自分の心の中に悲しみとはまた違う感情があることに気付いてしまったのです。それは“快楽”というべき感情でした。理性ではそれが人として間違っていることはわかりました。しかし、本能がその理性を否定するのです。
その後も私は自分の本能を抑えることができませんでした。
自分と同年代の女性を見つけると、邸宅にお誘いして彼女たちと“お遊戯”をしてきました。そんな彼女たちの苦しむ姿を見ていると、私の心の穴が徐々に埋まっていくようでした。それに、彼女たちに罪深い私自身を照らし合わせることにより、自分自身を罰することができるように思えたのです。
最初はお遊戯を止めていた父上でしたが、この部屋を貸していただけまし、ここにある道具もすべて父上に買いそろえていただきました。
いままでに私は二四の少女とお遊戯をしてきました。
その中で気づいたのです。私の心の穴が満たされていると思っていたことも、自分自身を罰することができたと思っていたことも、すべて幻想でした。
お遊戯を続ければ続けるほどに私の心の穴は広がり、罪は深まっていくばかり。結局私は自分の欲望を満たすために自分の首を絞めていたのです。何度もやめようと思いましたが、お遊戯をやめることができなかった。ここでやめれば自分の中の何かが壊れてしまうことが怖かった。これは一種の麻薬のようなものです。
そんな泥沼の中に身を沈めていくような日々を送る中であなたと出会った。
たまたま忘れ物を取りに帰ったら、私と全く同じ姿のミユウさんが目の前にいらっしゃったのです。
その時、私の心の闇を照らす一筋の光が差しました。きっと神様が私に下さった救いなのだと。
あなたなら私の心の穴を埋めていただける。私の代わりにこの深い罪を受け止めていただける。私はやっと長年の苦しみから本当の意味で解放されるのだと……。
―――
ミンクは心の闇を体から噴き出させるように、ミユウに自分の過去を話した。
(この子はあたしに似ている)
彼女の話を聞いて、最初に浮かんだ感想だ。
幼いころに親元から離れ、ミユウは身体的暴力を、ミンクは精神的暴力を毎日周りから受け続けた。
その結果、希望も光も失ってしまった。
幸い自分は要塞から逃げ出し、アストリアたちと出会うことで少しずつ人としての日々を取り戻すことができた。
しかし、ミンクはまだ光の当たらない闇の中にいる。一見華やかに見える邸宅も彼女にとっては、ミユウにとってのあの要塞と同じ。ここで日々心をすり減らしている。
「ミユウさん。魔眼を通じて、あなたからは私と同じ悲しく苦しいものを感じます。あなたなら私をご理解できるのではないですか?」
ミンクはおしとやかな微笑みでミユウに問いかける。
本当はミンクに対して、同情の言葉をかけるべきなのかもしれない。
けど、それは何か間違えているような気がする。ここで彼女に同情の言葉をかけることは本当の意味での救いではない。むしろ、彼女を闇の中へ引きずり込んでしまう。
「……」
少し考えて彼女に返事をした。
「あたしは……あなたとは違う。だから、あなたを理解してあげない!」
「……」
ミンクは沈黙した。ショックを受けてしまったのだろうか?
彼女にはかわいそうなことをしてしまったかもしれないけど、間違ったことを言ったとは思っていない。多少冷たくても、しっかり自分の想いを伝えなければ。
「…………うふふ」
ミユウの返事を聞いたミンクは突然不気味に微笑み出す。
「このような状況でもそのような真っすぐなことを言えるとはさすがです。
確かにミユウさんと私は別人です。私をご理解できるわけはありません。あなたならそう答えていただけると思いました。そんなあなただからこそ全てを伝えることができたのかもしれませんね」
ミンクは椅子から腰を上げて近づいてくる。
「大丈夫ですよ。最初からご理解いただけるとは思っていませんでしたから」
ミンクは恍惚とした表情でミユウの顔を眺める。
「ミ、ミンク?」
「ミユウさん、どうしてあなたに私の過去をお伝えしたと思います?」
「え?」
「私のことを話すことにより、あなたは私に近いものを多少なりとも感じ、同情してしまったのではありませんか?」
「そ、それは……」
「そして、あなたの心は私に近づきました。そんなあなたを私自身に置き換えて責めることで、私を罰することができる……」
ミンクは目を赤く輝かせ、獲物を目の前にした獣のように舌なめずりをする。
そんな彼女に今まで以上の恐怖を感じる。
「あ、あの……」
「うふふ。そんなに怯えちゃって……かわいい」
「ひぃ!」
「さ~て、お遊戯の続きをはじめましょうね~。今夜はまだまだ長いのですから、いっぱい、いっぱい、いっぱ~~い楽しませてくださいね~」
ミンクの口調が変わっている。彼女の理性は完全に失われているみたい。きっと今まで以上の責めがミユウを待っている。
「ミミミミミンク!これ以上あたしを責めても絶対にあなたの心は満たされないよ!」
「そんなの、やってみないとわからないではないですか~」
「お、落ち着いて!ちゃんと話し合おうよ!そしたら何か解決策が見つかるかもしれないでしょ?ね?」
「ダメです~。だって、私、もう、自分を抑えられないですから~」
ミンクは両手をワキワキさせながら、ミユウの首元に近づける。
「道具を使うのもいいですが、やはり自分の手でくすぐった方が……」
「ま、あ、あ、あーーーーーーーーはははははは!」
ここからジークが彼女を迎えに来るまで、一切の休みなく多種多様なくすぐり責めとお色気責めが続けられた。




