40.消えゆく灯り、その中で…
灯りが照らすシュターナリクスの町に朝日がさす。
歓楽街にひしめく人々はようやくそれぞれの拠り所に戻り、町が静かになっていく。
その光景を見ると、町を走り続けたアストリアとサヤとシュナの三人は事前に決めていた集合場所に集まる。
「どうでしたか?何か情報は集まりましたか?」
「ううん。全然見つからない」
「こっちもじゃ。あんだけ人がおるんじゃけん、誰か見とると思っとったんじゃけど……」
眠らずミユウに関する情報を集めていたが、全くの収穫がなく、大きな疲労が一気に襲った。
「とにかく宿に戻りましょうか」
「いや!あたし、もうちょっと探してみるよ!」
「サヤさんの気持ちはよくわかりますが、根を詰めても仕方ありません。少し休んでからまた探しましょう」
「う、うん、わかったよ」
アストリアたちは心身ともに疲労した体を酷使し、自分たちの部屋に戻ろうとする。
その時だった。
「あれ?あんた、もしかしてアストリア?」
「え?」
彼女たちの後ろから一人の女性が呼びかける。
どこかで聞いたことのある軽やかな馴れ馴れしい声。
呼びかけられた方に振り向く。
「あ、あなたは!」
そこには白衣を羽織ったウェーブのかかった銀髪の女性がいた。それはトーアの町で別れたイリイナさんだった。
「やっぱりアストリアやないか!」
「イリイナさん!なぜこのような場所にいらっしゃるのですか?」
「いやな。この町で仕事しよって、昨日終わったから気晴らしに朝までここで遊んでたんや。で、今から宿に帰ろうとしたら偶然あんたを見つけたわけや。いや~、世界は狭いっていうけどほんまなんやな~。で、あんたがおるということはもちろんミユウもおるんやろ」
「あ、その件についてなのですが…」
アストリアが答えようとすると、イリイナの目線が後ろのサヤに移る。
「なんや、そこにおるやないか!長い間見ないうちに幼なったな。あ、そうか!あんた、またアストリア怒らせて新しい魔術印描かれたんやろ?やからそんな風になったんや!あんたもいいかげんした方がええで。今度は犬や猫にされるかもしれんからな。でも、なんであの首輪してないん?もしかしてアストリアからつけられてないんか?」
「あはは、イリイナさんはお話しするのが好きですね。しかし、その方はミユウさんではないですよ?」
「ん?そうなん?」
イリイナは確認するためにサヤに近づき、胸ポケットから眼鏡を取り出して彼女の顔を覗き込む。
「どう見てもミユウやけどな……」
「子供のころから変わらないな、イリイナは」
「イリねぇ?その呼び方をするのは、もしかしてサヤか?」
「そうだよ!本当に久しぶりだね!最後にあったのは十年前だったもんね」
「そうやったねぇ。見ないうちにすっかり大人になって…」
手を取り合い、再開を喜ぶサヤとイリイナ。
そこでアストリアはある疑問をイリイナにぶつける
「おや?サヤさん、イリイナさんをご存じなのですか?」
「そうだよ。操雷族の人たちも魔術族の人たちと同じでよく村に来ていたんだ。その時にイリねぇとも何回も一緒に会ってたんだよ」
「ということは、イリイナさんがミユウさんの許嫁だと知っていたのですね?そして、今まで私にそれを黙っていたのですね?うふふ……」
いきなり知らされた事実にアストリアから不穏な空気が漂う。
「うう、アスねぇの目線が怖い……」
状況をひとり蚊帳の外に出されたように見つめるシュナ。そんな彼女に気づいたイリイナが話しかける。
「おや?そっちにおる子猫ちゃんは初見やな?」
「だ、誰が子猫じゃ!ボクは犬型の獣人族じゃ!」
「あはは!すまんな。けど、アストリアやサヤとおるということはあんたもミユウの許嫁ということなん?」
「い、いいいい許嫁?!」
イリイナの言葉に耳としっぽを立ててシュナが動揺した。それとなぜかまんざらではない顔で体を揺らしていた。
「そんなもんかのぉ~?ま、ミユウとはボクの大事な大事なしっぽをあんなことやこんなことされた関係じゃしな~。もう許嫁言うても差支えは……」
「何をおっしゃっているのですか?シュナさん?あれは事故だったのでしょ?」
アストリアからの鋭い目線にシュナがビクッと反応する。
「じょ、冗談じゃ。ちょっと言ってみたかっただけじゃけん、そげな恐ろしい顔せんでつか。あはは……」
「いや~なんやうちのおらんうちに大層おもろなってるやないか。うちも早う仕事全部済ませてあんたらと合流したいわ~。ところであんたらは何でこんな遅くに町の中歩いとるん?うちもそうけど、若い女3人が出歩くんには危ないやろうに。それにミユウはどこにおるん?」
アストリアはイリイナの言葉に大事なことを思い出した。
「あ!そうでした!実はミユウさんが大変なことになっているのかもしれないのです!」
「え?どういうことなん?詳しい話を聞かせてみぃ」
アストリアはシュターナリクスに着いてから今までの経緯、そしてミユウが誘拐されてしまったかもしれないという情報をイリイナに伝える。
それを聞いたイリイナは先ほどの陽気な雰囲気から一変、目線を落とす。
「なるほど、それは大変なことやな……」
「にぃにが捕まったのはあたしのせいなんだよ……。変な意地を張って喧嘩さえしなければ、にぃにが一人で町に出ることはなかったし、そしたら捕まることも……」
「それは考えすぎやで。ミユウが捕まったんはミユウの責任や。サヤがどうこう思うもんやない。それでも自分の責任や思っとるんやったら、ちゃんと自分の兄を見つけたり!」
「うん!あ、でも今は姉だけどね」
「そういわれてみればそうや。あはは!」
「ところでイリイナさん。何か手掛かりになる情報を知りませんか?」
その問いに戸惑いながらイリイナが答える。
「そうやな。仕事のお客さんの情報をあんま人にいうことはできひんのやけど、状況が状況やから仕方ないな」
「何かあるのですか?」
イリイナは周りを確認すると、アストリアたちに顔を近づけるように手招きをする。そして、小さな声でささやく。
「あまり大きな声では言えんけど、実は今回の依頼人はこの町のレジスタンスなんや」
「レジスタンス?反政府勢力ということですか?」
イリイナは上着の白衣から一冊の手帳を取り出して、中を確認する。
「ちょっとした伝手を通って依頼があってな。その仕事内容が『ある貴族のお嬢様専用の拷問道具を作ってほしい』というものやったんや」
「イリイナさん……そういう仕事ばかり引き受けられているのですか?」
「ちゃうわ!今回はたまたまやから!……って、それはどうでもええんや。で、そのお嬢様の似顔絵を見せてもろうたんやけど、それがミユウとそっくりで、それにそのお嬢様の弱点が『くすぐり』やったからほんまに奇跡があるもんやなと驚いたもんや。最初、ドッペルゲンガーがホンマにおるかと思ったで」
「もしかして、ミユウさんが捕まったのはそのレジスタンスなのでは」
「その可能性は高いな。なんかもうすぐ作戦を実行するとかいいよったからな」
「イリイナさん。そのレジスタンスの方々を紹介していただけますか?」
「よっしゃ!今すぐに連絡をとってみるわ。時間がかかると思うから、あんたらは一回宿に戻って休んどき」
アストリアたちは自分たちの宿をイリイナさんに伝えて、一旦宿に帰る。
そして、イリイナはレジスタンスがいたアジトに向かう。
その頃には、シュターナリクスの繁華街の灯りはすべて消えていた。
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朝になると、シュミルーク家執事長である”ジーク・シュトナイザー”は地下室に向かう。
数百メートルに渡るレンガ造りの廊下は暗い。左右の壁にろうそくの火が灯っているが、足元はほとんど見えず、歩くには気を張る必要がある。
どれだけ経ってもジークはこの空間は慣れない。しかし、これも仕事の一環。仕事であれば、どれだけ居心地が悪かろうと仕方がない。
それが大事な“主人”のお迎えであればなおさらである。
地下室の前に立つと、三つの南京錠を一つずつ外して、重厚な鉄扉を開ける。
するとドアが開かれる轟音の後に聞こえるのは二人の少女の笑い声であった。
一人は下着姿で拘束され、右の足の裏をくすぐられて悶絶しながら笑う少女。もう一人は下着姿で彼女の足の裏をくすぐり、気持ちを高揚させながら笑うミンクであった。
下着姿の少女が、下着姿のうり二つの少女をくすぐり、その笑い悶える姿を見て楽しんでいる。なんとも奇妙な光景だ。
「あはははははははは!や、やめてーーー!」
「あらあら、言葉がなっていませんね。やめてほしいときはどういえばいいのでしたっけ?」
「やめ、やめ、やめてくだひゃ、あはははは!」
「そうですね~。人にお願いするときは丁寧な言葉を使わないといけませんよね~。しかし、笑いながらお願いするのはマナー違反です。そんなミユウさんにはもっとお仕置きしないといけませんね~。こちょこちょこちょ~」
「あはははははは!ゆ、ゆる、許してくだ、ひゃははははははは!」
ジークはゴホンと咳ばらいをし、ミンクに話しかける。
「お嬢様。もう朝です」
狂気に染まったミンクの赤い瞳は、ジークの一言を合図に涼やかな黒に変わる。そして、貴族のご令嬢にふさわしいお淑やかな表情でジークを見つめた。
「あら?もうそのような時間なのですか?ずっと部屋の中にいると時間感覚がなくなりますね」
「もうそろそろお休みになられてはいかがですか?御身を壊されてしまいます。それにそちらの方も……」
「そうですね。すぐに壊れてしまわれたら私の楽しみがなくなってしまいます…。仕方ありませんね」
ミンクはくすぐっていたミユウの右足を放す。
それと同時にミユウは「ふにゃー」と間抜けな声を出しながら、解放された右足をぶら下げる。まるで糸に吊された操り人形だ。
ジークから受け取った純白のタオルを受け取ったミンクは、一仕事終えた職人のように汗を拭う。
「それでは休ませていただきますので、ここで失礼いたします。続きはそのあ・と・で」
「ひぃ!」
お嬢様はウインクを飛ばす。それを受け取ったミユウの全身にゾワゾワと虫唾が走った。
「まずはお召し物を……」
「あ!そうでしたね…」
自分が下着姿であることに気付かれたミンクは、ジークが用意した白いシルク生地の部屋着に袖を通す。そして、軽く髪を整えた後に部屋の外へ出ていった。
部屋の中にはジークとミユウが残された。
ジークはゆっくり息を整えるミユウの前に立つと、顎を右手でさすりながら彼女の弱り切った姿を見る。
「しかし、驚きましたね。一晩お嬢様の責めを受けながら、まだ自我をお持ちとは。『痛みや苦しみに強い』というあなたの言葉を信じるほかありません。こちらへ運ぶ際にあなたの体を見させていただきましたが、どうやら目に見えない二つほどの魔術印が刻みこまれていると見ました。複雑な構造で完全に解明はできませんでしたが、それがあなたの不思議な性質の原因なのでしょうか?」
「あなた、このままで、いいと、思っているの?」
ジークの言葉を無視し、ミユウは力の抜けきった声で訊ねる。
「どういうことですか?」
正直言葉を発することができない状態と思っていた彼女から、これまた予想もしない言葉が出てきたことにジークは動揺を見せる。
「このまま、あたしを責め続けたところで、あの子の心は、満たされない」
「責められ続けることしかできない今のあなたにあの方の何が理解できるとおっしゃるのですか?」
ジークの動揺は彼の声にも反映される。それだけではなく、怒りの感情もにじみ出ていることにジーク自身は気づかなかった。
「わかる。責めてるときの、あの子の言葉は、あたしにじゃなくて、自分に対する言葉…。ずっと自分を、責め続けている……」
「それは……」
「ずっと、あの子を見ていた、あなたなら、あたしよりも、あの子のことが、わかってるんじゃないの?」
「………黙れ」
ジークは彼女の発する言葉に対し、耐えようのない怒りの感情がふつふつと沸き上がった。
「それとも、あの子は、ただ、自分の性欲を満たすために、多くの女の子を、拷問した、悪魔なの?」
「貴様!」
その言葉を聞くや否や、ジークの中の理性というリミットが外れる。
自分の右手で部屋の床を叩く。それを合図にミユウの下に影が集まり、そこから無数の手が彼女にめがけて伸びる。そして、拘束された彼女の全身をくすぐり始める。
「ぎゃはははははは!たすけ、あははははは!」
「撤回しろ!お嬢様を『悪魔』といったことをすぐに撤回しろ!」
「て、て、撤回します!あははははは!」
憔悴しきった今のミユウには、このくすぐり責めに耐えられる訳がなく、すぐに自分の意見を覆す。
その言葉を聞くと、複数の手が影に戻り、影の塊が四散する。
しかし、ジークの怒りはこれで収まらず、右手でミユウの額を鷲掴みにする。
「あの方を侮辱することは私が決して許さない!貴様のような女にあの方を理解したようなことを言われてたまるか!」
「はあ、はあ、や、やっぱり、あの子のこと、なにか、知ってるんじゃ、ないの?」
「この女、まだそのような生意気な口を…」
そう言いかけたところで、ジークは自分が取り乱したことに気付く。
ミユウから手を離し、荒ぶる息を整えながら服の乱れを直す。
「あなたがこの邸宅に忍び込んだ目的はおおよそ見当がついています。あなたが着ていらっしゃったドレスの裾から電信種が見つかりました。あれはレジスタンスの間でよく使われるものです。大方彼らに唆されて作戦に参加したというところでしょう。あなたがそこまで強気なのは彼らの助けがあると期待されてのことでしょうが、あきらめた方がいい。今晩警備局による彼らの一斉検挙が始まる。そうなれば、逃げ出す機会を失うでしょう。東の方の言葉でいう『四面楚歌・絶体絶命』ですね」
「大丈夫、きっと、仲間が、助けに、来てくれる……」
「それはまさかレジスタンスとはまた異なる、『本来のお仲間』ということですか?」
ミユウはゆっくりと首を縦に振る。
「ふふっ。そちらのお仲間も望みは低いとは思います。何度かあなたに刻まれた魔術印を通してあなたの居場所を探す気配がありました。しかし、この部屋は魔術族である私が特別に構成した術式によって結界が張られています。この場所を明確に特定することは不可能でしょう。それに万が一、特定されてしまっても、あなたの侵入事件により警備がより堅固になっています。地下深くのこの部屋までたどり着くことは決してかないません」
「それでも、あたしは、信じる……」
ミユウの答えがあまりにも惨めと感じ、ジークはため息をつく。
「あなたはお嬢様のお気に入り。決して逃がしは致しません。永遠に続く苦しみの中でご自身の思い上がりを後悔しなさい」
そう言い残し、ジークは鉄扉の外へ出る。
「夕暮れになるまでお嬢様はお戻りにはなりませんでしょう。それまでの10時間、体を休まれた方がいい。お嬢様の大事なおもちゃに壊れられては困りますから……」
重厚な鉄扉を閉め、三重に鍵がかかる音が密室にひびいた。
(みんな……信じてるから…待ってるから…)
静まり返った空気の冷めきった部屋で、ミユウは鎖に吊るされるように眠りにつくのであった。
部屋の中は暗い。部屋を照らす10本のろうそくはすべて短くなり、直に灯は完全に消えてしまった。




