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4.新しい町、それから…

 日が昇り、ちょうど空の頂上で輝いている。

 緑に輝く森の木々が強い陽だまりを優しく遮ってくれているためか、決してストレスに感じない。

 風に揺らされ、葉どうしが擦れ合う。空を飛ぶ小鳥たちのチュンチュンと戯れ合う鳴き声と重なって、より心地よい気分にさせる。


 この森に一本の小道が通っている。

 馬車1台分の幅ぎりぎりのこの道は、歩行の負担にならない程度の舗装が施されている。

 しかし、この道より広く、きれいな街道が近くにあるためか、あまり人の影はない。


 この道を二人の少女が歩いていた。

 一人は紺色のワンピースを身にまとった、金色の長い髪と赤い瞳の少女“アストリア”、もう一人は水色のワンピースを身にまとった、黒いぼさぼさの髪と瞳の少女“ミユウ”である。

 体の後ろで手を組み、楽しそうに鼻歌を口にしながら軽やかな足取りで歩くアストリアに対し、彼女の1メートルほど後ろで歩くミユウは、まるで三日三晩歩き続け疲労したかのように猫背のまま歩いていた。


「どうしたのですか、ミユウさん?そんな疲れた顔をして…」

 アストリアは、体を後ろに向けてミユウの顔を覗き込みながら問いかける。

「あと30分も歩けば町に着きます。そこに行けば宿がありますので、そこで体を休めましょう。食べ物もいっぱいありますし、ミユウさんに服を買ってあげないといけませんね。あっ、お金はちゃんとありますから、心配いりませんよ。待ってる間に日雇いの仕事をやっていましたので」

 しかし、ミユウの憂鬱な感情は決して変化することはなかった。

 彼女は決して資金面のことで心配になっていたのではない。

 勝手に女体化させられた上に“くすぐり”という致命的な弱点を付与されてしまった、この屈辱と将来に対する不安がミユウの中の深く重い闇をまとわせているのだ。

 アストリアは自分の的外れな考察に気付かないまま、軽やかな口調で明るい将来を語り続けるのだった。



 ---



 森の街道を抜けると、二人は『アイトス』という町の眺めを目にした。

 二つの街道が交差するこの町は様々な種族の人々であふれており、同時に多種多様な物資に恵まれている。

「はあ~」

 ミユウはこの町の風景に言葉を失ってしまった。

 10年間鉄と血で埋め尽くされた空間で過ごした彼女にとってかなりの衝撃だった。


「ちょっと、こっちに来てください!」

 町の歩道の中心で立ち尽くすミユウの右手をアストリアが強く引く。

「ミユウさん!そこで立ち止まっては皆さんの通行の邪魔です」

 ミユウはアストリアの声に我が返ると、周りの人々が送る怪奇なものを見る目線に気が付く。

 振り返れば、後ろにミユウが避けるの待つ馬車の列ができていた。すぐさま「ごめんなさい!」とすぐに道の端に避けて道を譲る。

「町の雰囲気に圧倒されちゃった。この世界には、こんな場所があったなんて」

 目を輝かせ、町を見渡した。

 拘束されるときの悲劇的な記憶ではある。

 しかし、初めて町を見た幼いころの好奇心に満ちた感情も同時によみがえってきた。

「そんなことおっしゃってると、周りの人から田舎者と馬鹿にされますよ」

 ミユウの言動を見ているとなぜか恥ずかしく思い、アストリアは顔を赤らめる。

「まったく、しょうがないですね。それでしたら、さっそく宿に行きましょう。何度か私が使ったことのある宿がありますので、今回はそこに泊まります。はぐれないように気を付けてくださいね」

「子ども扱いしないで!」

 アストリアはミユウの右手をつかんだまま、人込みをかき分けながら目的の宿に移動する。



 ---



 宿の一部屋を借り、ミユウとアストリアはそれぞれのベッドに腰かけた。

「何これ!すごく柔らかい!」

 ベッドに触れるのは初めてだ。

 生まれた村では固い床に薄い布を敷いて寝ていたし、拷問部屋には拘束具としての鉄でできたベッドはあった。もちろんそれは除外してもいいだろう。

 ミユウは初めての寝具の柔らかい感覚に何か優しいものを感じていた。

「はあ~」

 彼女は全身でこの柔らかく優しい感覚を全身で感じたいと思い、ベッドに倒れこむ。そして、自然と深い睡眠に入った。


「私は夕食の用意のために町に出ますが、ミユウさんはどうされますか?て、もうおやすみになられていましたか」

 アストリアはシーツに包まれたミユウの寝顔を覗き込む。

 長年待ち焦がれていた愛しの人。姿や性別は昔と大きく変わってしまったが、アストリアにとっては紛れもなくミユウその者であった。

「そこまでお疲れだったのですね。どうぞ安心してお眠りください」

 アストリアは柔らかく弾力のあるミユウの頬を軽く突いて、部屋を後にした。



 ---



 ミユウはふと目を覚ました。

 大きな窓から日差しが部屋中を茜色に染めている。

 どうやら数時間、眠っていたようだ。

 部屋の中にはアストリアの姿はなく、彼女の荷物が隣のベッドの上にポツンと置かれている。

 ベッドに横たわりながら、窓の外を眺める。

 脱獄後初めての夕日。ミユウの頬には無意識に涙が流していた。


 脱力したまま外を眺めていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。

 入ってきたのはアストリアだ。彼女は紙袋に大量の食料を入れ、両手で抱え込んでいた。

「起きてますか、ミユウさん?」

「うん、今起きたばかりだよ」

 ミユウはドアの方向に体を向けた。

「ずいぶん深く眠っていましたが、疲れは取れましたか?」

 アストリアは近くにあった机に食料を置き、自分の荷物を置いたベッドに腰を据える。

「十分に。体が嘘みたいに軽いよ」

 寝たまま、うーんと精一杯に背伸びをする。

 すっかり体力は戻っているようだ。

「それはよかったです。道中ずっと元気がなさそうだったので、心配していたのですよ。さて安心したら、気が抜けました。私も横になりましょう」

 アストリアは着ていた紺色のワンピースを脱ぎ、下着姿になった。

 すると、服で隠されていた彼女の大人びた体がさらけ出す。すらっとした白い体に豊満な胸とお尻が黒い下着からはみ出しそうになっていた。


 彼女の姿を見て、ミユウに今まで感じたことのない感情が襲いかかる。

 胸の奥から恥ずかしさとは似ているが、少し異なるものがあふれ出す。

 どうしようもない感覚が体中を支配し、辛抱できなくなった。

(このままアストリアの体を見ることはだめだ!)

 ミユウの本能がそう訴えかけ、体を彼女と反対方向に向ける。

「どうしたのですか?」

 ミユウの異変に気付いたアストリアはベッドを回り、彼女の前にしゃがみ込む。

 するとミユウの前に再びアストリアの下着姿が現れる。

 今度は胸の谷間が強調され、より刺激的な光景となった。

「な、なんでもないってば!」

 すぐに両手で自分の顔に顔を当て、目線をふさぐ。


「もしかして…」

 アストリアはその場で立ち上がると、右手の指を鳴らす。

 それと同時に、まとっていた服が変化し、ミユウとベッドの間に一体の魔物が出現した。

 天敵“ティーク”の登場である。

 出現と同時に、戸惑うミユウの手首足首を固く縛り拘束する。

 ベッドの上に手足を四方に広げた状態になっている。

 どれだけ抗おうと無駄である。

「いきなり何するの!」

「すこし試したいことがありまして…」

 アストリアはニヤッと笑い、ミユウの上に馬乗りになる。

 避けていたアストリアの強烈な下着姿が視界に入る。

「ひい~!ちょっと待って!」

 今すぐにでも逃げ出したいが、ティークがそれを許さない。

 目をつぶるだけが、ミユウにとって唯一できることである。


「大丈夫です。痛くはしませんから」

 アストリアは体を前に倒し、ミユウの体に自身の体を押し付ける。

 自分の柔らかい胸にあたる彼女の柔らかい胸の感覚に、ミユウの中の奇妙な感情が強くなる。

 体中が熱くなり、心臓の鼓動は一層激しくなる。

「いやーーーー!や、やめてーーーーーー!」

 ミユウは悲鳴を上げながら必死にもがくが、全くの無意味である。

「うふふ。やはり思った通りです」

 アストリアはミユウの体に自分の体をくねらせながらこすりつける。

「も、もうやめてーーーーーー!」

「もう!その反応、何か失礼じゃないですか?」

 不満そうに頬を膨らませながら、アストリアはゆっくりと体を持ち上げた。

 彼女の体が離れると、ミユウはすぐさま荒ぶる感情を必死に抑えることに努める。


「はぁ、はぁ、なんなのこれ?」

「これはあくまで推測ですが、ミユウさんは完全に女性になっていないということでしょう」

「どういう、こと?」

「ミユウさんの左足の裏に魔術印を描き、その時に余計な一角を描いたせいでミユウさんが女の子になったとお伝えしましたよね?」

「そう、だったね」

「その一角は魔術印の右下から真ん中に向けて引かれているのですが、完全に真ん中にまで到達していなかったのです」

「それと何の関係があるの?」

「魔術印の中心は対象者の核の部分にあたります。そこまで達していないということはミユウさんの心の核、つまり、“性”に関する本能はまだ男性のままなのです」

「というと?」

「女性の体に対する性的感情は男性のままなのでしょう。特に、ミユウさんはここ10年間女性との関わりがなかったでしょうから、なおさら女性に対する抵抗がないのかもしれません」

 確かにミユウがいた要塞の拷問官はすべて男性であり、ここ10年間女性と出会うことはなかった。

 最も性的発達のある時期に異性と会わないことは、彼女を通常の同年代の男性より異性に対する抵抗力を弱めていったらしい。


「つまりですね…ミユウさんの体に、私の体をこうやって当てると…」

「ちょっと、ちょっと待て!」

 ミユウの制止をしり目に、アストリアは再び自身の胸を押し付けるように強く抱きつく。

 彼女の女性らしい柔らかい体の感覚を全身で感じた理性は一瞬で崩壊してしまう。

「キャーーーーーーーーーー!」

 ミユウは堪らず悲鳴を上げながら気絶した。

「あらあら、鼻血を出されてはしたないですね」

 アストリアは近くにあった布切れでミユウの鼻血をふき取る。

 ベッドの上で全身をピクピクと痙攣させるミユウの姿は、傍目から見ても無様なものだ。

「しかし、私の身体でここまで興奮していただけるとは……うふふ、これはからかい甲斐がありますね」

 ミユウを見つめるアストリアの頬はほんのりと赤く染まっていた。



 ---



 ミユウが次に目を覚ますと、すでに夜になっていた。

 暗くなった部屋にランプの明かりが2つ、ミユウとアストリアそれぞれのベッドの頭側を照らす。

 ふと左側に目を向けると、アストリアの寝顔があった。

「こう見ると、本当にかわいいなあ」

 完全に油断しきった少女の寝顔に微笑ましく思った。

「はっ!」

 朝のくすぐり責めと夕方のお色気責めが脳裏によぎり、すぐさま天井に目をそらす。

 かわいらしい容姿の内側にある狂気な一面をもつアストリア。

 そのことを思い出したミユウの体は自然と小刻みに震えていた。

「まあ、明日からのことは明日の自分に任せよう。うん、そうしよう」

 半ば自分の将来を諦め、再び眠りに就く。

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