32.初めての感覚、これはもう…
部屋に日差しが入ると、ミユウは目覚めた。
「ん~。もう朝か~」
体を起こして大きく背伸ばし、一息つくと前日のことを思い出す。
体調を崩したアストリアを助けるために、ミユウはティークによって10時間以上くすぐられていた。
体力のほとんどを奪われ、瀕死状態になった彼女はそのままアストリアとサヤの部屋で眠りについたのだった。
その時を思い出すと身震いがする。
「あ~。昨日は本当にひどい目に遭った。……あっ!そういえばアストリアは?」
アストリアがいるであろう方に目線を向けると、彼女はベッドの上で寝ていた。
静かに寝息を立てながら寝ている。
そんな彼女そ姿を見ると安心した。
「よかった。大丈夫みたい。まあ、今回はあたしもくすぐられたかいがあったの……かな?」
しばらくアストリアの寝顔を眺めていると、部屋のドアがノックされた。
ミユウが「どうぞ」と返事をすると、ドアを開けてサヤとシュナが入ってきた。
「おはよう。にぃに、もう起きてたんだね。どう?アスねぇは」
「うん。静かに眠っているよ。調子もいいみたい」
「それはよかったわ。で、ミユウはどうなん?昨日ずっとこしょこしょされとったみたいじゃけど…」
「うん。一晩寝たら、だいぶ体力も戻ったよ。……というか、二人とも昨日あたしを見捨てていったよね?ひどいじゃん!あたし、本当に死ぬかと思ったんだよ!」
「すまん!最初はな、最後まで立ち会おうと思っとったんじゃけど、こしょこしょされとるミユウの姿があまりにもこしょばそうじゃったけん、うちまでたまらんでついな」
「う~!」
「おはようございます。ミユウさん、サヤさん、シュナさん」
ミユウたちが話していると、アストリアが大きく背伸びをして目を覚ました。明るい笑顔で彼女たちに挨拶をする。
「おはよう、アストリア」
「アスねぇ、もう大丈夫なの?」
「はい!ばっちりです!」
「血色もよさそうじゃ。昨日はどうなるか心配じゃったが、ほんまによかったわ」
「すべては皆さんが介抱していただいたおかげです。特に、ミユウさんがティークちゃんにくすぐられていただいたので、体力も魔力も戻りました」
「それはなりよりだよ」
(その代わりあたしが死にかけたんだけど……)
アストリアはベッドの上で三つ指を立てて頭を下げる。
「この度は誠にありがとうございました。こうして一命を取り留めることができましたのは、皆さんのおかげです」
その彼女にサヤとシュナが近寄り、頭を上げるように促した。
「そんなかしこまらんでもええよ。アストリアがいうてくれたやないか。『うちらは仲間じゃ』って。大事な仲間の危機を助けん奴はおらんじゃろ?」
「そうだよ。またアスねぇが体調悪くなったらすぐに言ってね。その時はにぃにがまたティークに思う存分くすぐられるから」
「サ~ヤ~?覚えときなさい。いっとくけど、今度はあたしの代わりにあなたがくすぐられてもらうからね」
「ひぃ!」
「うふふ。たまにはそれもいいかもしれませんね」
「アスねぇも何言ってるの!じょ、冗談だよね?」
「それはどうでしょう?」
「そんな~」
「「「あはは」」」
他愛無い話をして笑うことができるようになったアストリアを見て、元の日常に戻ったことを実感した。
「しかし、今回ミユウさんを理不尽にくすぐってしまったことを本当に申し訳なく思っているのですよ」
「仕方ないことだったんだし、そんなの気にしなくていいよ………くすぐりはもう勘弁だけど」
「ですので、ミユウさんにはお礼をしたいと思っているのです」
「お礼?」
「はい。ミユウさんにはマッサージをプレゼントいたします」
「マッサージ?」
(“マッサージ”って、あの体をほぐしてもらう。ということはあたしの体を揉まれる。ということは……)
「は!」
ミユウはとっさにシーツにくるまり、体を震わせる。
「ど、どうしたのですか?」
「え?どういうことですか?」
アストリアたちはミユウのいきなりの行動に不安になる。
「もう、くすぐりは、い、いや……」
「はは~ん。なるほどな」
シュナはミユウのつぶやいた言葉から彼女が何を考えているかを察した。
「アストリア。ミユウは『マッサージされる』=『こしょこしょされる』と勘違いしとるんよ」
「え?あ、そういうことなのですか。いやですよ、ミユウさん。私は純粋な意味で『マッサージをプレゼントしたい』と言ったのです。先ほど言いましたよね?これ以上くすぐる訳がないではありませんか」
アストリアの言葉を聞いて、ミユウはゆっくりシーツから顔を出す。
「それ、ほ、本当?」
「本当ですよ。私を信じてください」
警戒の目でアストリアを眺める。
「だったらよかった」
「あの~、にぃに?一応それ、昨日まであたしが使ってたシーツだから。あまり匂われると恥ずかしいんだけど……」
「に、匂ってないよ!」
ミユウは恥ずかしさの余り、シーツから飛び出す。
「うふふ。で、いかがですか?ミユウさんも長旅で疲れているでしょうし、ここでしっかり体の疲れをとってはいかがですか?」
「それもそうだね。うん、わかった。アストリアの善意に甘えるよ」
「よかったです。それでは早速出かけますので着替えてきてください。裸のままでは外には出られませんから」
「裸?」
アストリアの言葉でミユウが自分の体に目線を落とすと、自分が何も着ていないことに気が付いた。
そのとたん、全身が徐々に熱くなる。
「………キャーーーーー!すぐに着替えてくる!」
床に散らばった部屋着と下着を拾い集めて部屋を飛び出る。
「お二人はいかがですか?ご一緒にマッサージに行きませんか?もちろん費用は全て私がもちます」
「そうか?それじゃったら、ボクもついていこうかのう」
「あたしは遠慮させてもらうよ」
「よろしいのですか?サヤさんも遠慮されなくてもよいのですよ」
「あたし、マッサージは苦手なんだ。部屋で待ってるから楽しんできて」
「わかりました。では留守をよろしくお願いいたします」
アストリアとシュナはそれぞれ外に出るための準備を始めた。
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ミユウ・アストリア・シュナの三人は町に出た。
マッサージを楽しみに意気揚々と歩くアストリアとシュナに対して、ミユウは目線を上げることができなかった。
二日前に多くの人物に自分の姿を見られてしまっていたからだ。
(なんだか以前もこんなこともあったな。さすがに慣れないよ)
「そういえばミユウさん、シュナさん。2日前の夜、あなたたちの部屋がとても賑やかでしたが、私たちが部屋から出た後に何かされていたのですか?」
(二日前の夜?ああ、あれか)
二日前、シュナと相部屋になったミユウは彼女に襲われそうになっていた。
なんとか防ぐことはできたが、二人とも満身創痍になるほどの攻防だった。
「あれは実はね、シュナが……ひゃ!」
突如ミユウの腹部に強烈なくすぐったさが走る。
下を向くと、隣にいたシュナが彼女の横腹を掴んでいた。
「一体何を……」
「ちょっとこっちに」
シュナはミユウの肩を掴み、アストリアに背中を見せる。
「あん日のことをばらしてみ?今晩も君の力がなくなるまでこしょこしょし続けるで?」
「な!で、でもどうかな?正直に話せば、部屋割りも変わると思うから」
「その時は“ミユウがボクを襲った”ってことにするけん。さて、どっちのいうことを信じるかな~?」
「ひ、卑怯な!」
自分に隠れてひそひそ話す二人にアストリアは疑問をもった。
「どうされたのですか?お二人でこそこそ話されて。まさかやらしいことを!」
「ちゃうよ!あん時は二人でつまらんことで言い合いしよって、はずくて……。な?ミユウ?」
「う、うん!そうだよ!」
「そうですか?それならよろしいのですが……」
多少疑問があったが、アストリアは二人のいうことをとりあえず信じることにした。
(というか出会った頃の女神様みたいなシュナはどこに行ってしまったんだろう……)
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ミユウたちが話をしていると、マッサージ店に辿り着いた。
「ここですよ。以前から目をつけていて、来るのであればみなさんと来たいと思っていたのです」
「へえ。結構繁盛してるんだね」
「ええ。宿の方にお尋ねしたのですが、とても人気があるらしいのですよ。それに腕も確かだそうです」
「それは楽しみじゃのう」
「では早速入りましょう」
アストリアはミユウとシュナの手を引っ張り、店内に入る。
窓口でマッサージの受付をすると、混雑していなかったためか受付してから十分後に更衣室に通された。
店員の誘導に従い、服と下着を脱いでそれぞれのかごの中に入れていく。
そして、提供されたバスタオルを体に巻くと施術室に案内された。
施術室には甘い匂いが漂い、そこにいるだけで心身ともに落ち着く空間だった。
部屋の奥から三人の白衣を着た若い女性が現れた。どうやら彼女たちがマッサージをしてくれるらしい。
「いらっしゃいませ。皆さま、こちらは初めてですね。『一時間全身コース』で承ってますが、特にご要望はありませんか?」
「はい。特にありませんよ」
「あたしも大丈夫だよ」
「ボクもじゃ。すべてお任せで頼むわ」
「かしこまりました。それではこちらにうつ伏せでお願いいたします」
「「「はい」」」
ミユウたちは施術師たちの指示に従い、カーテンでそれぞれ仕切られた施術台の上にうつ伏せになる。
「それでは始めさせていただきます」
施術師たちは手にオイルをつけて、ミユウたちの全身をゆっくりと揉み、体を温めていく。
そして、肩から徐々にマッサージを始める。
「あ~。気持ちいいですね~」
「さすがは町で一番のマッサージ店じゃ~」
アストリアとシュナはあまりの気持ちのよさに甘い声を出す。
「お客様、奇麗なお肌ですね。本当にうらやましいです」
「そんなことないですよ~」
「お客様もきれいな毛並みです。今までいろんな獣人族のお客様を施術させていただきましたが、ここまでの方は見たことがありません」
「そんなこといわれたん初めてじゃ~」
二人は完全に心身ともにリラックスしていた。
「ミユウさんはどうですか~?」
「……」
「ミユウさん?」
「………」
「どうして黙っとるん~?」
ミユウに話しかけたが、全く声が聞こえない。
二人は耳を澄ませてみる。
「く、くく……」
彼女と思われる小さく悶える声と、布同士が擦れる音が聞こえた。
「ミユウさん、どうされたのですか?……もしかして、くすぐったい、のですか?」
「ち、ちが、う……」
「え?じゃあ、どうしたん?」
「あま、り、にも、きもち、よくて……くくく。でも、とて、も、くすぐ、た、あん!なん、だか、へんな、きも、ひゃん!」
「「なるほど……」」
アストリアたちには見えていないが、ミユウはツボを押さえられるたびにベッドの布を掴みながらくすぐったいのを我慢していた。
初めて味わうくすぐったさと気持ちよさが共存した感覚に完全に魅了されていたのだろう。
「お、お客さま?そんなにくすぐったいのであればやめましょうか?」
「はあ、はあ。だい、じょうぶ、です。つづけて、くだ、さい……」
「か、かしこまりました……」
初めて見る反応にミユウ担当の施術師は戸惑いながらも、彼女の指示通りにマッサージを続けた。
その後もツボを押されるたびにミユウは悶絶との戦いが繰り返しながら、不思議な快感を味わった。
マッサージ終了後、ミユウは立ち上がることがままならないほどに体の力が抜け、宿までアストリアとシュナが肩を貸して歩いていった。




