12.お金がない、なんと…
ミユウたちは3日に渡り滞在したキシリアの町を出て、次の町に行くために道を歩いていた。
しとやかに歩くアストリアに対し、ミユウは猫背になりながらよろよろと歩いていた。
「まったくだらしないですね。昨晩夜更かしするからですよ」
「誰のせいでこうなったと思うの……」
横目でミユウを見ながら、彼女に説教をするアストリア。
しかし、彼女は知らなかった。ミユウが昨晩寝られなかった原因は紛れもないアストリア自身なのだということを。
ミユウは添い寝をしていたアストリアから一晩中全身をくすぐられ、彼女の柔らかい体をぐいぐいと押し付けられていた。くすぐりとお色気は、今のミユウにとって何よりも効果のある有害な毒に等しい。
そんな状況下で眠りにつけるはずがなかった。
その上、当のアストリアはその時の記憶が一切ない。あたりまえだ。彼女はその時眠っていたのだから。
意識や悪意があれば何とでも彼女を責め立てるが、そうでなければ責める権利も道理もない。それがなんとももどかしい。
「何か言いましたか?」
「いや、何にも……」
ミユウは事実を伝えられず、悶々とした感情を押し殺して返事をした。
「で、今度はどこに泊まるの?」
「“トーア”という町です」
「トーア?」
「はい。トーアは大きな町で、お店や宿だけではなく、数多くの娯楽施設があります」
「娯楽施設?それって“遊ぶための場所”ってことでいいんだよね!」
「え?まあ、そういう解釈でよろしいですが」
「やったーー!」
溜まっていた疲れが一気に吹き飛ばすように、ミユウは身体を跳ね上がらせた。
ミユウは生まれてこのかた娯楽施設にところに入ったことがない。
彼女の生まれた村では、娯楽施設などとは程遠い自然に囲まれたところだった。娯楽と言えば、広場でできる簡単な遊びや近くの森の中を探検するなど、まさに原始的なものしかなかった。
しかし、旅に出ていた大人から“楽しむための施設がある”ということは聞いていた。彼からその話を聞くにつれ、ミユウは「いずれそんなところに行ってみたい」という憧れが強くなっていた。それが彼女を村から飛び出させた一因でもある。
そして今からその憧れの場所に行くことができる。今からわくわくが止まらない。
「それじゃトーアに着いたら早速遊びに行こうよ!」
「あの、大変申し上げにくいのですが、それは難しいかと……」
「え?」
アストリアの発する重い空気にミユウは軽やかな歩みを止める。
「ど、どうしたの?何か困ったことがあるの?」
「ミユウさんに心配をかけたくなくてお伝えしなかったのですが、実はお金に余裕がなくなってきまして」
「え?まだ貯えがあったんじゃないの?」
「はい。そうだったのですが、キシリアの町で思った以上に出費がありまして」
「あ……」
アストリアは明言しなかったが、ミユウは察した。キシリアでの事件の後始末に所持金を使ってしまったのだと。
キシリアの振興計画書を盗まれたことで、本来生み出されたはずの収益が消えてしまった。
アストリアはその損害を少しでも賠償しようし、自ら旅の資金のほとんどをキシリアに支払ったのである。
ミユウはそれ以上事情を聞くことをしなかった。ここで根掘り葉掘り聞くことは野暮だと思ったからだ。
「で、あとどれくらいあるの?」
「今晩の宿代で精一杯でしょうか。それ以降は食事をするのも難しいかと」
「なるほど……」
(旅の資金は、自分が脱獄するまでの10年間に彼女が働いて貯めていたものだろう。その苦労は自分が考えてる以上に違いない。けど、あたしの不手際によりその貯えを1日で失ってしまった。せめて今度はあたしがしっかり働いてアストリアに恩返しをしよう!)
「それじゃあトーアで少しの間働くよ。そしたら少しでも足しになるんじゃないかな」
「そうですね。大きな町ですから働き口はあるでしょうから。私もできることをやろうと思います」
「わかった。力仕事だったらあたしに任せて!」
「はい。頼みにしていますよ」
決心したミユウは力強くトーアへ向かう道を踏みしめて、進んでいった。
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ミユウたちがトーアに到着したのは日が空の頂点までに昇ったころだった。
トーアは3本の大きな街道が交差する交通の要衝で、公国内外の人々が多く出入りしていた。そのため、豊富な物資があり、生活必需品だけでなく娯楽品も取引されている。
また、この町には商店や宿屋だけでなく、競技場や遊戯場などの娯楽施設が充実していた。
“一度は行ってみたい町”として公国内でも名が知られている。
ミユウたちはトーアの中で比較的安い宿を見つけ、そこの部屋にそれぞれの荷物を置いた後に求人の情報を集めに街に出る。
結論から言うと、仕事が見つからなかった。多くの人々が集まり、どこも人手に困っていないのだ。
どこから来たか分からない少女たちができる仕事と言えば、男性の性的な欲望を満たすようなものしか残っていない。
もちろんそういったものは却下だ。
町中央の広場でミユウとアストリアは合流し、ベンチに腰掛けて休みを取る。
ミユウたちはキシリアの町から歩きっぱなしで疲れ切っていた。また、仕事を見つけることができず、先行きが見えない絶望感に二人は憔悴していた。
「はあ、仕事を探すのってこんなに難しいんだね」
「これは本当に予想外でした。最悪の場合、明日は野宿ですね。それにしても、食事の問題が残りますし……」
人々の雑踏の中で途方に暮れる。
アストリアがベンチの腰掛に深くもたれかかると、ベンチの後ろに設置された掲示板に貼られた1枚のポスターが彼女の目に入る。
「ミユウさん……もしかしたら何となるかもしれません!」
「え?どういうこと?」
「これですよ!これ!」
アストリアに促されるまま、ミユウも1枚のポスターに目を向ける。
「第9回女子格闘技大会?これが何か……」
「ほらここですよ!よく見てください!」
「優勝賞金……1000万リール!」
「そうです!ミユウさん、あなたであれば優勝間違いなしでしょう」
目を輝かせながら、ミユウの手を握るアストリア。
1000万リールとは、一人の人間が10年間仕事をせずに一般的な生活ができるほどの大金だ。
1年間を目安にした旅の資金としては十分なものだろう。
しかし、ミユウには一つの不安があった。
「いいのかな?格闘になると怪我をしてしまうかもしれないでしょ。その怪我が治る瞬間を多くの人に見られてしまったら……」
「大丈夫ですよ!参加者は皆さん女性ですよ?元々男性で、しかも不殺族でもあるミユウさんに怪我をさせられる人なんていません」
「そ、そうかな?」
「このまま過ごしても先は見えていますし、もうこれしかありません!どうやら出場者にはサポーターを付けることができるみたいですので、私がミユウさんを全面的にサポートさせていただきます。ご安心ください!」
今まで見たことのない舞い上がったアストリアに圧されて決心した。
先日“言動には気を付けろ”といったのはどこの誰だろうか?
「でも、これぐらいしかお金を手に入れることはできないよね。うん!あたし頑張るよ!」
すぐにミユウたちはポスターに記載されていた受付所に赴き、参加届を提出した。そして、宿に戻り、荷物をまとめていた。
大会は3日後に開催され、2日にかけて行われる。それまでの全参加者とサポーターの宿泊場所や生活物資は大会運営側が支援することになっている。
「大会終了まで支援がありますので、生活のことを気にせずに思う存分準備ができますね」
「うん。あたしたちにはとてもありがたいよ。でも、準備といっても何を用意したらいいんだろう?特別必要なものもないみたいだし……」
「そうですね。とりあえずミユウさんの体の調子を整えましょうか」
「確かに10年間も運動らしいことほとんどしてなかったからな」
「さすがに私が練習相手になるわけには行けないですけど、サポーターとしてできるだけの援助をさせていただきます」
「ありがとう!」
ミユウたちは用意された宿泊施設に移動した後、早速大会に向けての準備に入る。
大会出場者は施設内の修練場を自由に使うことができる。
そこでアストリアが召喚した20体の影人形を相手に戦闘をする。
ミユウは影人形たちの攻撃を軽々とかわし、それらに打撃を与える。
すべての影人形を倒すまでに10分もかからなかった。
「驚きました。とても10年間拘束されていたとは思えませんね」
「自分でも驚いている。もしかしたらと思って心配していたけど、結構いけそうだよ」
自分の戦闘能力を改めて実感をしながら、再び出現した影人形たちと戦闘訓練を続ける。
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大会が近づくにつれ、参加者が宿泊施設に集まってくる。
同時に広く感じていた修練施設の中は動くこともままならないほどにいっぱいになって来た。
華奢な少女から筋肉質で体の大きい人までさまざまな容姿の女性が集まる。中には戦闘に優れた種族も数人見られた。
それぞれの衣装も様々で、身動きの取れやすい民族衣装から体のラインがわかるタイトなものもある。共通点は戦闘向きであるということだ。
ミユウは不安に思っていた。
彼女の服装は旅をするにはちょうど良いが、いざ戦闘となると心もとなかった。
「ミユウさんも服装を考えなければなりませんね」
「けど、あたしたちあまりお金ないのに、新しく服を買う余裕なんて……」
「宿泊代が浮いた分余裕がありますので大丈夫ですよ。それに優勝すれば金銭面は問題ありません。“優勝”すれば」
「う、うん…」
『優勝』という言葉を念入りに強調することでアストリアはミユウに強いプレッシャーを与える。
早速、ミユウたちは町に出て戦闘向きの服を探しに行く。
さすがに性能がいいものは高くて手が出せなかったので、比較的安めのものを選んだ。
それは全身ぴっちりとした黒タイツのようなもので、彼女の体のラインを強調する。少し歩くだけで、彼女の豊かな胸が上下に動く。
「ねえ、ちょっとこれ、恥ずかしいのだけど……」
ミユウは身体をくねらせながら、両腕で自分の恥ずかしいところを必死で隠す。
「仕方ありません。予算で用意できるのはこれが精いっぱいなのですから。それに他の方も同じような格好をしていましたよ」
「けど、この姿を多くの人に見られると思うと……」
「何をおっしゃるのですか?以前下着姿を見られているのですよ。それと比べれば……」
「そのことは思い出させないで!」
苦肉の策として、以前に買った服を上から羽織ることで手を打った。
その後、ミユウたちは施設に戻り、戦闘訓練を続けた。




