100.誘惑と破壊、じゃなくて…
「な、なんでこうなった……」
長い黒髪と白いガウンを乱したミユウは、ある一室でつぶやく。
ことの始まりは今朝。
自室にアストリアが訪ねてきて、マッサージを受けることになったが、次第に口にすることを憚られるところばかりを集中的に責められた。
その後、サヤが部屋に訪れると、性的欲求の促進という副作用のあるポーションを無理やりに飲まされた。
そして、心身ともに危機を感じたミユウは二人の目を盗み、部屋を出ていたが、突如表れた体の異変に対応しきれず、廊下で転倒。
身動きのとれない姿をシュナに見られ、そのまま気を失ってしまった。
ここまでははっきりと覚えている記憶だ。
(今思い出しても、なかなかに酷い朝だった。全部悪い夢だったと思いたいけど、やっぱり現実だったんだよね)
ミユウの体には、未だマッサージの効果やポーションの副作用と思われる動悸や発熱、そして内からこみ上げる未知なる感覚が残っている。
夢でなかったことの証拠だ。
それと同時に、ミユウの全身は羽根のように軽くなり、体力も今朝と比べてだいぶ回復していた。
(これもマッサージとポーションの効果?もしそうなら、別に悪いことばかりじゃないかもしれないね。まあ二度目は御免だけど……)
副作用がある程度治まれば、動くことができる。
そうなれば、宿を出て半日ほど町で身を隠せばいい。
なぜアストリアとサヤがあのような暴挙に出たのかは分からないが、半日もあれば二人の頭も冷静になるだろう。
(さて、もう少し休もうかな…………って無理な話か)
ミユウは目線を右側に傾ける。
すると、椅子に座り、黄金色の尻尾を大きく左右に揺らしながらミユウの様子を観察するシュナがいた。
いや、観察というよりか監視というべきか。
捕らえた獲物をすぐに食べずに餌を与え続け、肥え太った美味な瞬間を喰らう習性をもつ獣がいるらしい。
上機嫌に笑うシュナの瞳からはその獣と同じオーラを感じられる。
「どうじゃ?体調はようなったか?」
「ま、まあ、おかげさまで」
「そうか。それはなによりじゃ」
「じゃあ、あたしそろそろここを出るね」
そういいながら起き上がろうとすると、シュナはミユウの両肩を押さえ、無理矢理にベッドに寝かす。
「まあまあまあ。そんなこと言わんでゆっくりしい」
「大丈夫だから」
「さっきよりかは顔色もようなっとるようじゃが、無理に動いたらいけん。昨日のこともあるんじゃけん安静にしい」
「やっぱりシュナも気づいてた?」
「当たり前じゃ。ミユウは嘘をつくんが下手じゃけんのう。隠そうとしても無駄じゃ」
「あはは。なんだか恥ずかしいなぁ」
「苦しがることはなんも恥ずかしがることはないよ。女の体になったら避けられんことなんじゃけん。今度からは遠慮なく言い」
「ありがとう。でも、今はもう大丈夫だから」
「じゃから、無理したらいけん!」
「で、でも……」
「はあ。そんなに駄々をこねるんじゃったら……」
シュナは上半身を前に傾けると、ミユウの耳元に顔を寄せ、囁きかける。
「君の部屋に返したろうか?」
「?!」
ミユウがシュナに目線を向けると、彼女はニヤッと笑っていた。
「養生するんじゃったら、自分の部屋でおるんに越したことはないじゃろ?それとも、自分の部屋に帰りとうない理由でもあるんかのう」
その言葉を聞いたとき、確信した。
シュナは知っているのだ。
あの部屋で起こったことを。そして、ミユウがあの部屋に戻ることを嫌がっていることを。
「いつから気づいてたの?」
「さっき君は自分の部屋と反対方向に進もうとしよった。満身創痍な体をわざわざ引きずってまでのう。その状況だけで、よほど鈍感やない限り大抵のことは察しがつくわ」
「うぅ……」
「そういや、アストリアやサヤの声が聞こえよったのう。どうせあの二人から逃げよった途中じゃったんじゃろ?」
「もしかして、シュナはあの二人が何をしようとしてるのか、知ってるの?」
「だいたいな。昨日のこともあるけん」
「昨日?確か、あたし以外の4人で食べに行ってたけど、何かあったの?」
「これ以上は話せん。君に話したら意味がのうなる」
「訳が分からないよ」
「ともかくじゃ。君がおとなしく養生するというんじゃったら、この部屋でおってええ。じゃが、君がそんな体でどうしても外に出るというんじゃったら話は別じゃ。ボクは引きずってでも君の部屋に戻す。あの二人がおる部屋に、な。さて、君にとってどっちが幸せなんじゃろうかのう?」
そんなもの、答えは一つだ。
好き好んで修羅場に戻るバカはいない。
それを分かりきった上でシュナは選択肢を提示したのだから、なかなかにたちが悪い。
ミユウはため息をつくと、シーツを自分の肩まで上げる。そして、満足げに首肯するシュナを恨めしく睨んだ。
「さて、君に早く元気になってもらう為にボクも一肌脱ごうかのう」
「一肌脱ぐって…………な!?」
ミユウは眼前で起こった出来事に目を見開いた。
シュナが身につけていた服を脱ぎ、下着姿になったからである。
布面積の少ない黒い下着で覆われたシュナの姿は、ミユウの全身の熱をより上げていった。
「ななななな、何してるの!」
「さっき言うたじゃないか。一肌脱いどるんじゃ」
「いや、そう言う意味じゃないでしょ!」
「ここはボクの部屋なんじゃけん、別にどんな姿でおっても勝手じゃろ?そんなことより、隣を空けや」
唖然とするミユウを奥に押すと、ベッドの空きスペースに自分の体を潜り込ませた。そして、ミユウの右腕にギュッと抱きつく。
「あわわわわわ、何で入ってくるの!」
「体調が優れんときはの、こうやって人肌で温めるんが一番なんじゃ」
「それは風邪をひいたときの話でしょ!あたしのは風邪じゃないから!今すぐ離れて!」
「ひどいことを言うのう。君は裸の女を放り出すつもりか?」
「服を着ればいいでしょ。いいから離れて!」
「え~?君は本当にそれでええんか?」
「は?どういう意味……ひゃう!」
突如シュナにへそ下を人差し指でなぞられ、ミユウは悲鳴を出した。
「もっと自分の体に正直になったほうがええ、ということじゃ」
「別に、無理なんて……」
「気付いてないんか?ボクが裸になったとき、ベッドに潜り込んだとき、いつもの女の体に苦手意識のある君なら逃げ出したじゃろう。じゃが、今の君は違う。ボクを振り切って逃げ出せるチャンスはいくらでもあったあはずじゃが、それをせんかった。つまり、君は口では嫌じゃ嫌じゃと拒んどるが、君の体はボクの体を拒んどらん。むしろ求めとるんじゃ」
「違う。逃げ出せる、力がなかったからで」
「それじゃったら、君はどうしてボクを振りほどこうとせんのじゃ?」
「だから、力が……」
「それは嘘じゃ。いくら力が消耗しとるというても、本気で嫌がっとるんじゃったら、多少腕を動かすなり、全身をボクと反対方向に移動させようとするじゃろうが、その素振りが全くない。それに……」
シュナは人差し指で自分の胸の谷間を指さす。
「さっきから君の目線はボクの目じゃのうて、ここに集中しとるじゃない?」
「はっ!」
「にひひ。ミユウもやっぱり男なんじゃね?」
「こ、これは、さっきサヤに変なポーションを飲まされて、その副作用のせいで、変な気持ちになって……」
「何を言いよる。その悶々とした気持ちは紛れものう君のもんじゃ。他の誰のもんでもない。ポーションはあくまでそれを掻き立てとるだけ。ええか。大事なんはそんな難しいことじゃない。今君が何を望んどるかなんじゃ」
「うぅ……」
シュナは戸惑うミユウの右腕により強く抱きつき、胸を押し当てる。
「さて、質問じゃ。君はボクにどうしてほしいんじゃ?」
「そうしてって……」
「ボクなら今の君を苦しめとる悶々としたもんを解消することができるで」
「大きなお世話だよ!」
「ほんまにええんかぁ~?」
そういうと、シュナはミユウの腰に尻尾を巻き付ける。そして、ミユウの右太ももを自分の両脚で挟んで、擦り付ける。
シュナの肌のぬくもりや柔らかさが伝わる。それだけでミユウの内側の悶々としたものがより勢いを増していく。
「ひにゃ~~」
「ほれほれ。こんなに火照ってしもうて。あんまり溜め過ぎたら体に悪いで。もっと自分の欲望に正直になったらどうじゃ?」
「ん、だ、だめ~~」
1分ほど経つと、シュナは脚の動きを止める。
僅かな時間ではあったが、ミユウの体温は上昇し、胸の鼓動は激しさを増す。
「よし。次は君の番じゃ」
「はあ、はあ、あ、あたしの番?」
「ミユウ、君はボクをどうしたいんじゃ?」
「シュナを?」
「君がボクの尻尾を触った瞬間、ボクの体は君のもんになったんじゃ。君のもんなんじゃけん、それをどうしようが君の勝手。ボク自身も君にどう扱われてもええと思っとるんよ」
「なに、言ってるの?」
「そう深く考えんでもええ。ただ君は君の本能の赴くままにボクを弄べばええんじゃ」
「大事な仲間の体を弄ぶだなんて、あたしにはできないよ」
「ありがとう。そう言う君じゃけん、ボクは好きになったんじゃろうね。じゃが、今はそんな綺麗な言葉はいらん。ありがた迷惑じゃ。今欲しいんは、君が必死に押さえつけとる男としての、“ミユウ・ハイストロ”としての本能。ミユウがボクを愛しとるという事実だけじゃ」
「あたしは、あたしは……」
「ほんまにボクのことを思っとるんじゃったら、今だけはボクを仲間じゃのうて、一人の女として見て」
シュナはより力を入れて、ミユウに抱きつく。
彼女の胸から心臓の鼓動が伝わってくる。ミユウに負けずと劣らないほどに激しく、強く高鳴るのを感じた。
ふとミユウは右側に頭を傾ける。
そこには顔を真っ赤に染め、まじめな表情でミユウをまっすぐ見つめるシュナの顔があった。そこにはミユウのうぶな反応を楽しむような感情を感じられない。
いつもであれば、即時にシュナをベッドの外に押し出しているだろうが、それができない。
自分に真正面から向き合っている今のシュナを無下に拒否することができない。それをすれば、彼女を裏切るような気がしたからだ。
同じように自分を愛しているといってくれているアストリアやイリイナ、サヤの気持ちを十分に整理できたいない今、ここで本能のままにシュナに手を出すことは、シュナやアストリアたちへの裏切り行為だ。
今まではそう思って、彼女たちの誘惑を退けてきたのだが、今のミユウにその理屈を守れるほど、今の彼女の理性は強くない。
それに女体に耐性のないミユウであるが、今回はなぜかシュナとこれだけ密着してもその拒否反応が出ない。出ないどころか、シュナの体を求めているようにも感じる。
(認めたくないけど、シュナが言ってたこともあながち間違いではないのかな……)
「なあ、もう一度聞くで。君は、ボクを、どうしたいんじゃ?」
「えっと……」
ミユウは無意識の内にシュナの桃色の唇を見つめていた。
その視線に気づいたのか、シュナは口角を上げ、人差し指で自分の唇をポンポンと叩いた。
「ここが、ほしいんか?」
「……」
「もちろんええよ。さあ、おいで」
そっと目を閉じて、少しだけ口を尖らせるシュナ。その顔は無防備で、少し色っぽく見えた。
ミユウの頬に一筋の汗が流れる。
(え?これってキスをするのを待ってるってことだよね?むしろしろってことだよね?そういうことだよね?でも、こんなことしちゃダメなような。でも、でも……)
ミユウはゴクンと唾を飲み込み、異常な速さで脈打つ自分の胸を鷲掴みしながら、シュナの顔にゆっくりと近づけていく。
そして、互いの唇の距離が1センチほどまでに縮まった。
その瞬間、コンコンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「誰か来たみたいだよ?出なくていいの?」
ミユウがそう訊ねると、シュナの眉間がピクピクと動いた。露骨にいら立っている。
「え、ええんじゃ。鍵も閉めとるけん、このまま居留守にしちゃろ」
「大事な用事かもしれないよ?」
「気にせんでもええ。さあ、早う続きを……」
そうシュナが言いかけた途端、
ドーーーーン!
轟音と共に、部屋のドアが打ち砕かれた。
「な、なに!」「な、なんじゃ!」
驚いたミユウとシュナは体を起こし、入り口に目線を向ける。
すると、大量に立ちのぼる煙の中に巨大な鉄製の機械と、その隣に立つ人影が見えた。
「なんや。ちゃんとおるやないか。それにミユウも。居留守を使うやなんて酷いなぁ」
巨大な機械の隣で腕組みをしていたのは、ウェーブのかかった銀の長髪と、着崩したスーツに丈の長い白衣という特徴的な姿の少女イリイナ・ルーリールであった。
「イリイナ!君、宿のドアを壊してもええと思っとるんか!」
「あとで弁償するから大丈夫や。そんなことよりもや。その淫らな恰好はなんやねん?」
「え?いや、これはのう……」
「なるほど。うちらに黙って抜け駆けするとは。あんたこそ、そんなことしてもええと思ってるんか?」
「う、うっさい!こういうんは早いもん勝ちなんじゃ!君らにどうこう言われる筋合いはないわ!」
「ほーう。早いもん勝ち、か?なおさら見逃せんなぁ……。なあ、ミユウ。うちの部屋に来んか?」
「は、はあ?!見てわからんのか?今ミユウはボクと遊んどるんじゃ。用があるんじゃったら、この後にしい」
「でも、こんなに散らかとったら何をするにしても落ち着かんやろ?どうやろ?あんたは先にここの片づけをしい。その間にうちの部屋でミユウを預かるわ」
「誰のせいでこうなったと思っとるんじゃ!それに今は誰にもミユウを渡す気はない!早う自分の部屋に戻れ!」
「そうか?もし、あんたが大人しくミユウを渡してくれたら、平穏に済ませたのに。そこまで頑なになるんなら仕方ないなぁ。強引にでもミユウを奪うまでや」
イリイナは隣に鎮座する鉄の塊に手をかざし、電気を流す。
電流に反応した機械から4本の腕が出現し、ミユウめがけて勢いよく伸びる。
「そうはさせるかっ!」
ミユウに機械の手が伸びる寸前、ミユウの前にシュナが両腕を広げて、立ちふさがった。
すると、機械の手がシュナの手首足首を掴み、彼女の体を天井高く持ち上げる。
「早う放せ!放さんかい!」
「予想外のもんを捕まえてしもうたなぁ。でも、これで邪魔されんで済むわ」
「あともう少しでうまくいけとったのにぃ……」
「そこで指でもくわえながら、ミユウがうちのもんになるんを見とき。まあ、その状態なら指をくわえるんも無理やろうけどな。アハハ!」
「くそぉ……」
「さて、ミユウ。うちの部屋に行こ……ありゃ?」
イリイナがベッドに目線を向ける。
しかし、そこにはミユウの姿がなかった。
「ミユウ!どこに行ったんや!」
ドアの木片で散らかった部屋中を隅々まで見渡す。
すると、一陣の風が吹きぬけた。
よく見ると、部屋の窓が開いていたのだった。
「ま、まさか!」
イリイナは窓に駆け寄り、身を外へ乗り出す。
そこには薄暗い路地裏の地面で膝をついているミユウの姿があった。
ミユウは乱れたガウンを着直すと、大通りの方へ走り抜けていった。
それと同時に、アストリアとサヤが慌てたように部屋に入ってきた。
「なんですか!大きな音が聞こえましたが、何かあったのですか!」
「なんでドアが壊れてるの?それと、なんでシュナさんは下着姿で拘束されてるの?」
「今はそんなことはどうでもええ!今すぐミユウを追いかけるで!」
「「……へ?」」
アストリアとサヤは事情が把握できず、思わず気の抜けた声を漏らした。




