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わたくし、惚れてしまいました

作者: 神田大翔

深夜遅くまで仕事をしていた。

会社を出ると、満月が頭上はるか遠くに輝いていた。


「綺麗な月だ」


疲れているが、こんな夜はなんだか気分が晴れる。

中央線に乗って東京から自宅に帰る。

帰路、住宅街を歩いていると道路に何かが横たわっている。

人だ。

人が倒れていた。


「だ、大丈夫ですか!」


急いで駆け寄る。

よく見ればただの人ではない。

月明りではっきりとわかる。

頭の横に角が生えている。

まるで悪魔である。

呼びかけると、彼女はうめいた。

良かった、生きている!


「どうしますか、救急車呼びましょうか?」

「い、いえ、それには及びません。私は天使でしたから、傷は勝手に治ります」


悪魔っぽい見た目の自称元天使。

「あいたたた」と言いながら、のっそりと体を起こす。

俺を見ると、表情が晴れた。


「あなたは……、東さんですよね?」

「なぜ俺の名前を?」

「あなたの為に会いに来たんですから。知っていますよ」

「お、俺の為に?」


俺は動揺した。

俺の名前は確かに東だからである。

道に倒れていた元天使が、俺に会いに来た……だと?

仕事で疲れていたからか、なんとなく神秘性を感じる声音だからか、俺は彼女の存在を疑わなかった。


「あなたを天界からずっと見ていました」


大きく、透き通るような青い目が俺を見据える。

美しい顔だ。

鼻はすっと高く通り、唇は小さくもなまめかしい。

顔の肌はきめが細かく、白磁器のようである。


「毎日必死に働く姿。人のために自分の欲を犠牲にする姿。…正直に言って、わたくし、惚れてしまいました」

「俺に?」

「はい。あなたの長所を挙げれば、きりがありません」


天使は俺がいかに勤勉で、美しく、称賛に値する人間であるかを語った。

俺はイケメンでもなければハンサムでもない。

むしろブスに片足を突っ込んでいるといって良い。自認している。

だから生まれてから彼女もできたことが無い。

モテたことが無い。

童貞である。

しかしこの自称元天使があまりにも美しく、情熱的に俺を誉めるので、思わず「こいつ、分けわからんけど俺の事が好きなんだろうか」と思ってしまった。


「わたくしはあなたと結ばれたいと思っております」

「はあ…」


唐突である。

俺の頭がもっと冴えていれば、「何言ってんだお前」と一蹴し帰っていただろう。


「わたくしと結ばれれば、もう一人むなしく性欲を処理することもありません。正式に恋人となるのですから」

「なるほど、でも人間と天使って恋人になってもいいもんなんでしょうか?」


天使が居れば神もいるのだろう。

色々神話やファンタジーを本で読んだが、天使が人と結ばれる事を神は許さない事が多いような気がする。


「もちろんわたくしは人間に奉仕する天使の身。人間と結ばれるなど倫理的に言語道断。

思いを神に伝えたところ、神の怒りにふれ、こうして悪魔となってしまったのです。

その際、大地に落とされ、このように怪我を……」


自称元天使改め悪魔が角を見せる。

なるほどそういうことか。


「それはかわいそうに」

「しかし悪魔となれば、人間と契約という形で結ばれることは可能なのです。不幸中の幸いというべきでしょうか」

「あなたのことはよく分かりませんが、俺は彼女もできたことが無い。あなたほどの恋人ができれば……もちろんうれしいですよ」

「本当ですか!」


悪魔はそんじょそこらの女が比較にならないほど美しい。

美女であり美少女でもあるといえる理想の容姿だ。

言動から品も感じる。


俺は普段からファンタジー系のアニメや漫画、小説を見ている。

こういう現実離れした状況に耐性がある。

だから悪魔が求愛している今この状況も受け入れられている。

何より俺は恋人ができるのであれば相手が何者でもよかった。

こんな俺の相手をし、一人で自分を慰める日々が今日終わりを迎えるのであれば、天使だろうが悪魔だろうがウェルカムだ。


「では、願ってください」

「願う?」

「はい、悪魔といっても天使同様。人間に奉仕する者として、そう願い契約しなければ、これ以上あなたに干渉することができないのです」


悪魔は俺の手を握ろうとして、バチっと音がする。


「いてっ!」


真冬のドアノブの静電気のような痛み。

手がはじかれた。

なるほど俺が願えば、ちゃんとこの現象もなくなるらしい。

美女に触り放題なのだろうか、でゅふふ。

よだれが垂れそうになった。


「わかった。じゃあ願う……って、口に出せばいいのか?」

「はい……、しかし懸念点が一つ」

「なんだ?」

「わたくしは今悪魔です。天使と違い、地に堕ちその力を削がれた状態。正常に願いが叶えられない可能性があります」

「叶えられないとどうなるんだ? 悪いことにはならないよな?」

「分かりません。ただ、完全に願いが棄却されるようなことはないと思います。何か不完全な形で願いが受け入れられてしまうかもしれません」


不完全に恋人になる? 

あまり想像がつかない。

だが、どんなに失敗しようがこの絶世の美女が俺の彼女になるのであればなんでも良い。


「まあ、大丈夫だと願おう。『俺はあなたが俺の恋人になってくれればいいなと願います』」

「……その願い、受け取りました」


悪魔は微笑んだ。

美しくも、怪しく。

そして次に瞬きした時には消えていた。

その夜、それ以降彼女は現れなかった。

失敗したのかもしれない。


翌朝、俺はいつもどおり出勤するべく起床した。

ベットから出て、朝食を食べて、身繕いをした。

部屋を出る前に、昨晩の事を思い出す。

結局、彼女は出てこない。

やっぱり何かしら失敗したらしい。


「はあ……」


しかし美しい女性だった。

男ならだれもが魅力に思うだろう。

大きく吸い込まれるような瞳は魔力を持っていた。

顔だけでなく、思えば体も良かった。

彼女を思い出し、


「なんか、昂ってきたな」


俺は猛烈な性欲に襲われた。

なので一度部屋に戻り、一発解放することにした。

ソファーに座って、お気に入りのサイトを開く。


「時間ないし、さっとな、さっと」


ティッシュOK。

動画用意OK。

そしていざしようとしたその時。


「あれ、手が動かない」


俺の右手が動かない。

マイサンを握ろうとすると、石みたいに固まる。

その時、頭の中で声がした。


「願いましたよね、あたくしに恋人になって欲しいって?」


俺は悪魔にたぶらかされ、オナニーすらできなくなった。


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