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1 相変わらず

 




「――はっっ!――ほっっ!」


 風に靡かれ、揺れる葉同士が擦れる音。優しく漂う自然の空気。そんな静寂に包まれる森に、リズム良く響き渡るのは、勢いのある掛け声。


「――せいやっっ!!」


 ハヤトは最後に一つ、威勢のいい声と同時に剣を振り下ろす。


「いやぁぁ。今日も疲れたわぁぁ」


 額に流れる汗を腕で拭い、その疲労を口にしながら一気に脱力すると、草の生い茂った地面にバタンと倒れ込む。

 と、そこで、


「まだ朝ですよぉ?昼からの特訓もあるんですからね、ハヤトさん?」


 両手を広げ、大の字で寝そべるハヤトに喋りかけるのは、清楚を連想させる黒い髪をギリギリ肩にかかる程に伸ばした少女――勇者であるハヤトに憧れを抱いているサラだ。

 サラは後ろで手を組み、横になっているハヤトを見下ろしている。


「では一旦、城に戻りましょうか」


「そうだな」


 疲労が溜まった体を起こし、ハヤトはだるそうに立ち上がる。


「これで特訓始めてからちょうど一ヶ月くらいか」


 ため息混じりにそう呟く。


 三十一日前、ハヤトは理不尽に異世界へと召喚された。

 召喚されてから十秒程で即座に魔王を倒したことで、勇者に成り上がるまでの時間はあっという間だった。

 そしてその後は『勇成石』に触れ、勇者として認められると同時に、『勇者』という肩書きに相応しい程の力が与えられる、という予定だったが、素の実力が無さすぎたため、力が与えられてなお、ハヤトの戦技分配は魔力以外は平均値、魔力に関してはそれ以下、という悲惨な状態だった。


 その翌日からは、サラという大事な仲間も加わり、勇者相応の実力を得るために三十日間、毎日特訓をしてきたのだ。


「ちゃんと成果出てんのかなぁ」


 努力の日々を経たハヤトはそれでも不安をこぼし、そのまま二人は森を出て城へと向かうのだった。







 ――――――――――――――――――――――――







 城へ入り、まず初めに視界に入ったのは、立っている一人の女性だった。

 例え視界の端にいてもその存在に気づけるくらいに一際目立つ金色の髪。肩にもかからない程に短い金髪がふわりと揺れ、その女性――リュシーがこちらへ向く。


「おお、リュシー。来てたのか」


「うん、今来たとこよ。ちゃんと特訓してる?」


 リュシーは柔らかい笑顔で問いかけてくる。


「ああ、もう三十日間ずっとしてんだ。今更サボらねえよ」


「そう、それはよかった。サラもいつもハヤトの面倒見てくれてありがとね」


「はい、大丈夫です!サラはハヤトさんのお手伝いをするのが仕事ですから!」


 胸に拳を当て自信満々に誇るサラを見て、ハヤトとリュシーはくすっと笑う。


「それはそうとリュシー、なんか最近忙しそうだな」


 ハヤトの特訓が始まって以来、最初の内はハヤトとリュシーとサラの三人で森へ向かっていたが、途中から付き添うのはサラだけになったのだ。


 ちなみに、サラはリュシーの家に住んでいるらしい。

 サラくらいの歳で実家を離れ、自立するのは素晴らしいことなのかもしれないが、リュシーの家に泊まっているとなれば、自立と言うのが正しいのかは正直微妙だ。


「そうなのよね。最近は珍しく魔法護衛隊としての活動が増えてきてね。今日もそっちの仕事の報告をしに来たところよ」


「そっか。なんかお前も色々大変なんだな」


「うん。まあ、無力なのに世界を背負わされた勇者程ではないわ」


「うん、泣くよ?ちょっとは配慮して?」


 今の悲惨な有様をド直球にぶつけられると心が痛い。

 それを覆すための特訓の毎日。ハヤトはその決心にさらに火がついたのだった。

 そして、そんな日々も今日で一ヶ月が経過した。


「そろそろ一区切りってことで、もっかい鑑定に行こっかなぁ」


「鑑定って、戦技分配の?」


「そ。特訓始めてから一ヶ月経ったしな」


「そうですね。ハヤトさん、剣の構え方も剣を振るフォームも最初の頃とは段違いで良くなってきてますし!」


 特訓の始めたての頃、剣に関しての知識が皆無だったハヤトは、その不格好さに何度も指摘されていたのだった。

 日本出身のハヤトには、剣なんてものは全くの無縁。そうなるのも仕方がなかった。

 だがそれも、一週間ほどですぐに改善された。ハヤトの能力は関係なく、主にサラの的確な指示で。


「そうだろ?俺も最近ちょっと自分に自信がついてきたとこだ!戦技分配がダダ上がりしててもおかしくねえよな」


「そうよね!勇者だもんね!」


「ん?なんかこれフラグっぽくね……?んまあ、とりあえず思い立ったが吉日って感じで、ちょっくら鑑定行ってくる」


「では、サラは城で待ってますね!」


 元気のいいサラの声を聞き、ハヤトはビシッと親指を立て、


「おう!お前らは俺が強くなって帰ってくるのを楽しみに待っててくれや!」


 そう言って、ハヤトは勢いよく城のドアを開く。

 目的地は鑑定所。その場所まで、一ヶ月間の苦労と努力を握りしめて、『実力』という報酬を受け取っていることを確認しに向かう。


 踏みしめる一歩一歩は強くたくましく、その足は迷いを知らない。


 国を、世界を背負うその背中は、あっという間に城から離れていった。






 ――――――――――――――――――――――――








「あはあは……もうやだ……あは……」


 絶望のどん底にいるのは、他でもなくハヤトだ。


 現在、昼過ぎ。ハヤトはもう鑑定を終えて帰ってきた状態だ。そしてその結果は、膝を抱えて座り込むハヤトを見れば一目瞭然。


「……なんで?……なんで何一つ成長してないの……?」


「ま、まあ、そう落ち込まないで?攻撃力とか身体能力、ちょっとは上がってたんでしょ?」


 リュシーが気遣い、慰めてあげようとするが、


「……誤差の範囲だよあんなの……誤差だよ!誤差!!」


 かえって落ち込む羽目になってしまった。

 サラは何か喋りかけることもなく、困ったような顔でハヤトを見ている。


「そ、その誤差の範囲の上達を積み重ねていけばね?ほら、最終的には……」


「なんなの?!塵も積もれば山となるっての?山作るのにどんだけの塵いるんだよ!!」


 怒鳴るハヤトに肩をビクッと揺らすリュシー。


 戦技分配の鑑定に行ったハヤトは、結局攻撃力と身体能力の微々たる上昇に終わり、フラフラと帰ってきては、城の隅で全てを放棄するように座り込んでしまったのだ。

 一ヶ月の努力の分、返って来るはずだった『実力』という報酬は、すぐそこまで見えていたはずだったのに、煙のように消えてしまった。


「まあ、そう落ち込まないでください、ハヤトさん」


 静かに見守っていたサラも、ハヤトのしょんぼりした背中を撫で、慰めに入る。


「……そうはいってもだな……」


「……もう」


 それを見たリュシーが呆れたように不満をこぼす。


「あのね、ハヤト?そもそも、たった一ヶ月の努力で勇者並に強くなれると思うの?元々実力もなかった非力な男が」


「……ぐすん。非力でごめんね……」


「初めの壁で挫折してどうなるのよ。ただでさえハヤトは勇者になる手順踏み間違えてるんだから、尚更でしょ?もう既に世界背負ってるのよ。ここで諦めるということは責任放棄、人々の命を見捨てることと一緒よ?……手順踏み間違えてるんだから」


「なんで二回言ったの?それ立ち上がらせてくれようとしてるの?落ち込んでるとこを更に踏み躙ってるの?苦しいけど?」


「とりあえず、こんなことで落ち込んでちゃダメ。さあ、特訓の日々はまだまだ続くわよ!」


 リュシーはハヤトの顔の前に手を伸ばす。


「……でもまあ、そうかもな。またちゃんと頑張ってみるわ」


 ハヤトはその手をとり、引っ張るように体を起こす。


「頑張ってね、勇者さん?」


 輝かしい程に光る満面な笑みは、揺れる金髪と、外から入り込む日差しとが相まってさらに神々しく見える。

 その光景に目を奪われて、ハヤトは五秒ほど硬直する。


「普通に、可愛いよな……」


 誰にも聞こえない声量でポツリと呟くと、ギュッと握った拳を上げ、


「よし!ちょっと心は折れかけたけど、立ち直ったぞ!世界を救う勇者復活だ!!」


「やったぁ!!ハヤトさん、頑張ってくださいぃ!!カッコイイですよぉ!!」


 両腕を思い切り上にあげ、サラは全力で喜びを表現している。


 声援を浴び、やる気が高まるハヤト。背負う期待と責任は計り知れない程に重いが、なんとか背負い切らなければいけない。期待を裏切ることも、責任を放棄することも、許されるはずがない。立ちはだかる壁は確実に乗り越えなければいけない。それは、勇者としての義務である。


 ――もう、できない理由を探すのはやめにしよう。


 胸に手を当て、ハヤトは誓う。


 早くも生まれ変わったハヤトはまた、歩き始める。その一歩一歩は、鑑定所に行くときとは少し違う。

 今踏みしめる一歩は、決意と覚悟で満ち溢れていた。強く、強く、たくましく。


 ――ここからまた、スタートだ。


 止まらない足に導かれるハヤトの行き先は――、




「でもちょっと疲れたからお昼寝する」


「ふじゃけるなぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 三度目になるリュシーの怒号を背中に浴びながら向かう先は、またしても自室だった。







 ――――――――――――――――――――――――









 自室に着いたハヤトはベットに腰を下ろし、両手をついて天井を見上げる。


「一ヶ月かぁ。俺、なんでこんな異世界に馴染んでんだろ」


 この異世界に来てから、地球との違いに驚くことはいくらでもあった。

 街を歩く亜人。常識的に使われる魔法。原理のわからない機械らしき物。見たことない生き物。

 この一ヶ月間で、もうそれらには慣れた。慣れたはものの、それでも冷静になって考えれば、やはりおかしいのである。

 そもそも、剣を振ることが習慣になってる時点で、ハヤトにとっては異常なのだが。


「もうそれも普通に感じるな。慣れって怖え」


 そう呟くと同時に、静かな部屋にドアがノックされる音が響いた。


「どうぞー」


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 そう言って部屋に入ってきたのは、桃色の髪をポニーテールに束ね、眠たそうな目にギリギリかからないくらいに程よく伸ばされた前髪の少女――この城の執事を務めるクラリスだ。


「おお、今日はクラリスか。毎度ありがとさん」


 クラリスはお盆に乗っていたお茶をテーブルに置き、何も無くなったそれを両腕で抱える。

 ハヤトは、勇者という立場のおかげで割と甘やかされている。数人の執事が日替わり交代で、ハヤトの部屋にお茶を運ぶ、というのもその優遇の一つだ。


「それで、特訓の調子はいかがですか、ハヤト?始めてから結構時間も経ったと思うけど」


 敬語と呼び捨てが混ざると多少の違和感があるが、そこは無視しておく。


「そうだな。一ヶ月間ちゃんとサボらずにやってるよ。まあリュシーは途中から忙しくなって来れなくなったけど」


「それでは、一人で特訓を?」


「いや、特訓初日にもう一人仲間が増えてな。サラっていうんだけど、その子がずっとついてきてくれてるよ」


 それを聞いたクラリスは眉をひそめ、怪訝そうな顔をする。


「サラ……ですか?」


「ん?そうだけど、知ってるのか?」


「……いえ、それで剣技の上達の程は?」


 問われるも、クラリスは話をすり替えるように別の話題を持ち出す。

 ハヤトも少し、引っ掛かるところはあるが、


「んーとまあ、剣の構え方だったり振り方だったりはだいだい出来るようにはなったかな。魔獣もなんとか倒せるぞ」


「そうですか。その内容だけ聞くと、特訓を始めたばかりでウキウキな駆け出し冒険者といったところですね」


「やめてくれ」


 もはや敬語である意味すらないようなクラリスの言葉の槍は、いつもハヤトの心に深く突き刺さる。

 だが、勇者という立場だけで甘やかされているハヤトにとっては、そんな鞭も必要なのだ。

 ハヤトは膝の上に肘を置き、頬杖をつきながら一つため息をつく。


「俺に、厄人なんて物騒な輩を倒せるのかねぇ……」


 それを聞くとクラリスは、珍しく呆れたような表情になる。


「この状態で弱音を吐くなんて、救いようもありませんよ。ハヤトが今できることなんて、努力して、ノリと勢いでやりきるくらいなんだから。せめて勇者っぽい振りをするためにも、後ろ向きな発言は控えましょう」


「まあ、ノリと勢いだけでやり切れるかはともかく、そうだな。弱音なんて吐いてる場合じゃねえな」


 クラリスは頷く。


「はい。困ったときには、遠慮せず仲間を頼りましょう。というか、実力的に考えて、困らなくてもハヤトは仲間を頼り続けてください。リュシーやサラがいればきっと、これからの事は大体なんとかなるでしょう」


「仲間……ね。言ってることは正しいけど、だいぶ投げやりだな……。あと、一回発言する度に罵倒すんのやめろ」


 鞭の頻度が高すぎて飴での回復が間に合わない。最悪病みルートになってしまうので、それは避けなければいけない。


「ということで、私はそろそろ。これからも勇者、頑張ってくださいね」


「おう。じゃな」


 そう言うと、クラリスは一礼し部屋を後にした。


 物静かな部屋。会話が終わり一人になると、もともと一人でいたときより、その静かさが一層増す気がする。それは少し、寂しかったりもする。


 ベッドに倒れ込み、大きくため息をつく。

 ため息は、面倒臭いとき、やる気がないとき、疲労が溜まったとき、のようなマイナス思考のときに出ることが多い。

 でも、このため息はそれらには当てはまらない。

 ケジメをつけ、気持ちを切り替えるためのため息だ。


「今は、さすがに寝てる場合じゃねえや」


 今からの時間は、昼寝のためではなく、これからの事についてじっくり考える時間に使う。


 そう決めて、頭の中でこれから何をすればいいのか、一つ一つ整理していった。


 そうして始めてから、かれこれ一時間程が経ち、大体の予定が定まった。


 戦うにおいて、厄人を倒すにおいて大事な、実力をつけるための努力を継続している。これからもそれは続けるとして。では、もっと他の部分で、それを補うことはできないか。と考えて、


「今、直近でやったほうがいい事は……」


 上体をベッドから起こし、そのまま膝に手をつき立ち上がる。


「――装備品を買うってところか」






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