7 新たな仲間と勇者の悲劇
サラが言った言葉に、ハヤトは口を開けただ呆然としていた。
「仲間に……入りたい?」
「そうです!ダメ……ですか?」
そもそも今の状況において、『仲間』とはなんなのかハヤトは疑問に思う。
「仲間に入るって、具体的にどうすればいいんだ?」
上目遣いでこちらをじろじろと見るサラにハヤトは根本的な部分を尋ねる。
「そうですね……まあ簡単に言えば、ハヤトさんのお手伝いをさせてください!ってことです!」
「お手伝い……か?」
「はい!勇者であるハヤトさんの役に立ちたいんです!」
無邪気で素直なサラの気持ちを率直にぶつけられ、ハヤトは頭を搔いて考える。
「とは言っても、今の俺らの目指してるものってそんな簡単なことじゃないし、なんならめっちゃ危険なんだぜ?」
使命である厄人討伐のことを遠回しのような形で告げ、それに危険性が伴うことを忠告する。
まず、今問題なのは仲間云々の話ではなく、ハヤトに厄人を倒せる実力がないことだった。
目標とは、達成するまでに達成するために必要なことを着実に、そして確実にやってのけた過程を経て初めて達成することができる。故に今必要なのは、お手伝いではなくハヤト自身の努力であった。
それを聞いたサラは、
「関係ありません!容易でなく危険があることは最初から知っての上です!それと、あんまり舐めないでくださいね?私、こう見えても剣技に関しては上々の出来なんですよ?」
「ほんとなの?それ」
にわかには信じ難いサラの発言に、ハヤトは眉をゆがめ聞き返す。
正直、見た目はただのか弱い女性だ。故にハヤトは信じるよりも疑いの方が先にきてしまった。
「ほ、本当ですから!その面ぶった斬りますよ?!」
「いや怖いからやめて?」
口を尖らせ吠えるサラの狂気じみた発言にハヤトは少々の恐怖を感じる。
そこまで言うのなら嘘ではないのだろう、と一応納得しておき、
「まあそれは分かったとして、俺達が何を目指してるのかは知ってるのか?」
「はい、知ってますよ。厄人を倒す、ですよね?」
「ああそうだ。そうなんだが、俺には今、その強さがない。だから、頑張って強くならないといけないんだよ」
相変わらず蝶と戯れているリュシーを見ながら、でも真剣な眼差しでハヤトは話す。
「じゃあそれを手伝います!サラは剣技ならいくらでも教えられます!」
ぎゅっと握りしめた拳を平たい胸の前にやって、またキラキラと輝くサラのその瞳がハヤトの目をしっかり捉えている。
それを見たハヤトは少し考え、
「まあ、どうせこれから剣の特訓に行くとこだったしな。じゃあ、これからも特訓に付き合ってくれるのか?」
「もちろんです!ハヤトさんのためなら!」
大きな声で言ったサラのその言葉に嘘はなく、純粋な忠誠心がそのまま表されているのだと、ハヤトは表情を緩めた。
ハヤトは、一応話がまとまりリュシーにも話を聞かせようと振り向いたところ、ちょうどリュシーが蝶との戯れを終えこちらへ向かってきているのが見えた。
「で、サラは仲間になったの?」
「お前地味にちゃんと聞いてんのな。まあ一応仲間ということで、これからも剣の特訓に付き合ってくれるみたいだ」
「そっか!私はリュシー。これからよろしくね、サラ」
「はい!リュシーさん!」
仲良く握手を交わす二人。
リュシーはハヤトの方に向き直し、
「じゃあより一層頑張らないとね。ハヤトがサボることで失望する女が二人に増えたわよ」
「わかってるよ……じゃあとりあえずリュシー、特訓場まで案内頼む」
「はいはーい」
そうして、三人は歩きだし城を離れる。
少ししてハヤトたちはある場所に辿り着いた。
眩しい陽の光が当たりちらちらと光る緑葉、その木々が差し込む光を遮断するほど大量に生い茂っており、結果としてその中は暗く不気味だ。
歩くことを止めない三人は、目の前に広がるその巨大な森へと進んでいく――。
――――――――――――――――――――――――
「ほんとにこんな森に特訓できる場所があんの?」
森へ入り進んでいく三人。まず最初に言葉を発したのはハヤトだった。
「あるわよ。それに特訓場の近くには丁度いい狩場もあるの」
「狩場?何を狩るんだ?」
「魔獣よ」
「え?」
いいぐらいの雑魚モンスターか何かだと勝手に思い込んでいたハヤトは予想外のリュシーの答えに目を見開く。それと同時に、一つの疑問が浮かび上がる。
「それってもしかして厄人と関係あったりする……?」
城を出る前、ファンスから受けた説明によると、厄人の一人は『獣操の厄人』だ。魔獣を生成し、操ることが可能な異能を持つ。
この森にいる魔獣が厄人と関係があっても何らおかしいことはないが――、
「それに関しては安心して。この森にいる魔獣は全部野生よ。厄人によって生成されたのとは別なの」
「そうなのか。でも、厄人が生成する魔獣と野生の魔獣って何が違うんだ?」
「野生の魔獣はただ人を喰おうとするだけ。厄人の魔獣もそれは同じだけど、野生の魔獣と違うのは、噛まれれば噛まれた者は『獣化』してしまうってところよ」
「獣化……?」
「そう。人だろうがなんだろうが獣みたいになるの。でも、この森にいる魔獣は大丈夫よ。弱いし厄人の魔獣でもない」
「そうか……」
安堵したハヤトはため息混じりに胸を撫で下ろす。
「ハヤトさんがそんな心配する必要ないですよ!魔獣が出てきてもどうせ、ハヤトさんがシュパッとやってくれますよね?!なんて言ったって勇者ですもん!」
と、ハヤトとリュシーの会話を大人しく聞いていたサラが身振り手振りと一緒にそんなことを口に出す。
「いや、そんなハードル上げられても困る!こちとら勇者であるにもかかわらず実力が無さすぎたからわざわざこうやって特訓にまで来てるの!」
吠えるハヤトを横目にリュシーは、
「なんて情けない勇者様なんでしょう」
「やかましいわ!」
そんなやり取りを経て、ハヤトは決心に至る。
「よし分かったよ!これから特訓積み重ねて重ねまくってお前らがビビるくらいにかっけえ勇者になってやるよ!覚悟しとけ?!」
後ろにいる二人の方に体ごと向け、腕をぶんぶん振り回し、騒がしい声を上げる勇者を二人は「はいはい」と受け流す。
そんな様子を気に食わないと感じたハヤトは、「あのなぁ!」と続けようとする。が、
「ハヤト前見ないと危ないよ?」
「ハヤトさん、落ちますよ?!」
リュシーとサラの同時の忠告を聞いた頃にはもう既に遅かった。
「――え?」
後ろ向きに歩いていたハヤトは、進む先に足場がないことに気が付かず、忠告を聞いた直後の一歩に踏みしめる地は存在しなかった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!?」
見た感じ十メートルといったところか、そんな高さの崖から落ち、ハヤトはジェットコースターに乗っているかのような浮遊感を覚える。
「――――」
世界がゆっくりになるのが分かる。そんな中、脳裏には走馬灯のようなものが過ぎる。
――岩をぶつけ魔王を倒したあのとき。
――一人で悩んでいる時に、仲間だと言ってくれたリュシー。
――頼りない自分なんかの仲間になってくれたサラ。
――――。
「――いや走馬灯終わるの早えよ!!!!!」
全てが遅く、ゆっくりになって、理解が追いつく。だが、時間が鈍間に感じた意味がないほどに走馬灯は短く、異世界に来てから経験したことは数少ないのだと痛感する。なにせハヤトは異世界に来てからまだ二日目なのだ。
ふわっと内蔵が浮くように感じ、そのままあっという間に地面に到達。見事に体は逆さになっており、頭が下にある状態。そして――、
首からゴキっと骨が鳴る音がした。その瞬間ハヤトは痛みを感じる暇もなく、意識が暗闇へと誘われ、全てが暗転していく――。
――――――――――――――――――――――――
「――早いなぁ」
ぼんやりと呟かれるその言葉を聞いているのは、耳なのか。
「――さすがに早すぎたなぁ」
優しく、全てを包み込むような、包み込んでくれるような、そんな声で。
「――だから」
肉体なんてなかった。聞く耳も、震える鼓膜も、理解する脳も、全部、なかったのだ。
「――まだ、かな」
直接、言葉は伝わる。でもきっと、覚えていられない。すぐに忘れる。
「――次の機会だ」
覚えていなければ、忘れたことにすら気づかない。
「――本当はあってはならない、次の機会」
白一面で輝く世界が見えている。――いや、見えてはいない。見る『目』は存在していないのだから。
「――勇者たる所以の、次の機会に」
映し出されていた景色に、誰かのシルエットが。モザイクがかったようなシルエットが。
見えるようで見えない、そんな人影をぼんやり映しながら、世界は、現実へと――。
――――――――――――――――――――――――
「……ぁう」
瞼が開いていく。何故自分が寝ていたのかは分からない。
人は意図的に眠りにつくとき、寝ようという意志を持ち、目を閉じ、眠りにつく流れがある。だから、起きたところでそれは、至って普通の起床だ。
だが、今のハヤトはそれとは少々異なる。そもそも、自分が寝ていた原因を知れていない。寝ようと思った訳ではないのは、今に感じる違和感が教えてくれている。
「……ん」
気付けば、意識がなかった。直前に何が起こったのか分からない。空白の時間があった、とそんな風に感じる。
「――トー?」
「――すか?!」
瞼に閉ざされた、暗い黒い景色から解放された今、一番に視界に入り込んできたのは、二人の女性だった。
「――ヤト、――うぶー?」
「――さん!――きて!」
途切れ途切れに聞こえる女性達の声。徐々に鮮明に聞こえてくるようになる。
「ハヤトー。大丈夫でーすかー?」
「ハヤトさん!起きました?!」
「……んん」
二人の顔にピントが合い始める。
一人は、輝く短い金色の髪、紺青の瞳をこちらへ向け、もう一人はセミロングの黒髪を靡かせていて、背は少し低い。
二人の顔を見た後、ハヤトは何か大切なものがスッポリ抜け落ちているような気がした。
それが何なのかを、まだはっきりとしていないぼんやりとした意識で考える。
そして――、
「はっ!!!」
目を大きく開き、ハヤトは驚きのリアクションとともに息を大きく吸う。
リュシーとサラ。唐突に頭の中に流れ込んできた単語――正確には人の名前だ。その名の持ち主は紛れもなく目の前にいる人物だ。
「ハヤト、おはよー」
「お体は大丈夫ですか、ハヤトさん?」
「お、おう。たぶん……」
リュシーは気楽な挨拶、サラはハヤトの身を心配している。
身を心配されているのは何故か、ハヤトはふと疑問に思った。
気絶していたからなのか、はたまた起きてからのボケ具合を見てなのか。
そんなことを考えていると、ハヤトは首にズキッと小さな痛みを感じる。すぐさま右手を首にやり、リュシーとサラの方へゆっくり顔を向ける。
森の中、気絶していた、首の痛み、身の心配。
様々なヒントをもとにそれらを組み合わせ、ハヤトはようやく思い出す。
「俺、崖から落ちたんだっけ?」
「そうよ?かっけえ勇者になる!とか言った直後に落ちるもんだから、それはもう可哀想だったわね」
「やめろやめてくれ」
なんの遠慮も見えないリュシーの言葉にハヤトは心を傷める。
「確か、ムカついて、後ろ向きに歩いてて、足場がなくて、頭から落ちた……のか」
状況整理して改めて分かる己の鈍臭さに呆れる。
まだ少々痛みが残っている首に手を当て、下を向き考える。
「そういや、頭から落ちて骨がすごいことになったような……」
意識が飛ぶ直前、そして意識が飛んだ原因である、頭からの落下。首の骨が確実に大きな音をたて、それを聞くのを最後にハヤトは意識が飛んだ。
本来、頭から落下し、首の骨を折ればそれはもう軽い怪我で済むわけがない。最悪の場合、死ぬことだって大いに有り得る。それでも、ハヤトはこうして多少の痛みを感じる程度で済んでいる。
「俺、ちゃんと生きてる?」
「今のこの状況がその答えよ」
「まじか死後かよ……」
「生きてるわよ!!」
リュシーとの茶番を間にはさみ、生きていると勘違いしているという選択肢は消えた。
と、そこでハヤトは目線の先、リュシーとサラがいるさらに奥の景色が視界に入る。
「――――」
森に入り、ほとんど変わることのなかった景色。大量の木々により陽の光でさえもが遮られ、昼間でも暗い森の中。でも、ハヤトが今見ている景色はそれと明らかに異なっていた。
木々はさほど密集していない――というよりその部分には完全に木が生えていない。それにより、まるでスポットライトのように陽の光が当たっている。
そんな広々とした空間。緑に囲まれ、静かに漂う新鮮な空気。それは、何かに集中したり没頭するのにはどんぴしゃに最適そうで――、
「――ここが『特訓場』か?」
「そうよ。ハヤトを勇者に成り上がらせる、そして、勇者誕生の伝説の場所になる予定の特訓場よ!『予定』の特訓場よ!」
「予定を強調すんな!」
静かな場に響く、威勢のいいリュシーの声のそれに対するハヤトのツッコミ。言い終わっても残る余韻は、余計にこの場の静けさを強調する。
貧弱だった勇者が、力をつけ、強くなる。人々を守る『かっけえ』勇者になるために、剣を振り、努力する。
そんな成り上がり劇を成功させるための、まず第一歩。
――三人は、そのまず最初の大舞台に到着。