5 勇者の使命
「――失礼します」
ドアが開く音と同時に、そんな声が聞こえる。
開ききったドアの先には、その声の主――一人の女性が立っていた。
白色のローブで身を包んだ、金髪ショートカット。その目には紺青の瞳を持ち、今いる部屋を見つめている。
そんな様子を見た『メノスト』の王――ファンスは「おお」と感慨深いような声を出し、
「リュシーか。これはまた唐突に」
そうファンスが前に立つ女性の名を呼ぶ。
「ファンス様、急な訪問で申し訳ありません。それより、そのお方は?」
話の矛先を自分へと向けられ、肩に力が入るハヤト。
質問の答えを待ちながら、開いたドアを閉める女性――リュシーはその美しい紺青の瞳をこちらへ向けている。その整った顔、ハヤト個人の感想としては『悪くない――いや、めっちゃいい!』といったものだ。
日本では見たことのないその美貌。ハヤトから見た異世界人の顔面偏差値の程は知れないが、これ程の美貌の持ち主が何人もいるのだとしたら、それはなんとも男心を揺さぶられる。
なんて考えているとリュシーは、何かを思いついたようにハヤトへ向けていた目を見開き、少し前に聞いた質問の答えを聞くより先に口を開ける。
「あ、あなたもしかして、ハヤトさん?」
名乗った覚えのない自分の名がリュシーの口から飛び出てきて、ハヤトは驚く。
「そう……だけど、なんで俺の名前を?」
「この城に着くちょっと前にリュードに会ってね。あなた、勇者なんでしょ?」
「まあ、そうみたいだな」
自分が勇者であることの確かな実感はない。それはハヤトにとって、今回の出来事があまりにも急すぎるからだ。今でもまだ心の片隅で他の誰かが勇者になったほうがよかったのでは、と思っている。でもそれはハヤトにとっても、この国にとってもマイナスな方へ進んでしまう。だから――、
「いや、そうだ。俺が勇者になったんだ。ちゃんと認めようぜ、俺。――俺は勇者ハヤトだ!この国、いや、この世界を救うこととなる男だ!どうぞ敬ってくだされ!」
「敬うかどうかはあなたの今後の出来次第ね」
「うっ……」
思い切った自己紹介をリュシーにそうバッサリと切られ心を痛めるハヤト。
でももうそれだけではハヤトの心は折れない。リュシーの言うとおりで、周りからの評価を得るためにはハヤト自身の行いとその成果によるのだ。そう、勇者の使命を――、
「そうだ、ファンス様。ハヤトさん……あ、もう面倒くさいからハヤトって呼んでいい?ていうか呼ぶね。ハヤトには使命のことをお話しなさいましたか?」
リュシーがファンスにそう尋ねる。
途中、リュシーがハヤトに視線を向け、名前の呼び方の確認をしたが、ハヤトが承諾する前に勝手に解決する。
それはとりあえず置いといて、リュシーの発言の本命は勇者の使命のことだ。
この部屋でたくさんの新しい知識を得たハヤト。『異世界』というこの場で、魔王や魔法のことなど日本の常識が通用しないことも多々あった。
急に多量の知識を蓄えたせいでまだ理解に追いつけていない頭からハヤトはその本命の部分を引き出してくる。
――勇者の使命。それは確か――、
「『厄人』か?」
「あ、教えてもらったの?」
「いや、これ以上は何も。『厄人』ってのを滅ぼすってことなんだろ?」
これはリュシーが来る直前に教えてもらったことだが、詳しくは聞いていない。『厄人』という言葉の意味もわからないが、滅ぼすという後の動詞からすると、悪い影響を及ぼす何かであろう。
「そうよ。でも、もうちょっと詳しく話さないといけないことがあるわ。ファンス様、よろしくお願いします」
そう言ってリュシーはファンスの方を向き、礼儀正しく一礼をする。
「では勇者殿。話の続きをするとしよう」
これからもっと大事な話があるのだろうと緊張してハヤトは生唾をゴクリと飲む。
使命とは果たさなければいけないからこそ使命であり、果たさなければ何か不利益なことが起きるのも必然である。それがさらに勇者の使命となればその不利益が尚更大きくなってしまうだろう。そう考えると、ハヤトが勇者として背負っているものはとても大きいものだ。
ハヤトの心の中には色々な不安が残っているが、とりあえず今は真剣に聞くとする。
「まず、勇者の使命。それは先程言ったように『厄人』を滅ぼすということじゃ。そして、今からはその『厄人』についてもう少し詳しく話していく」
「お願い……します」
「まず『厄人』とは何か、じゃ。『厄人』とはそれが持つ異能を使い、世界を脅かす存在のことである。そしてその被害も徐々に広がってきている」
「異能……ね」
「『厄人』は全員で五人。それぞれが違う異能を使うんじゃ」
使命を果たすためにはその五人の厄人を倒すことが必須条件。世界を脅かす存在が弱いわけもなく、単に敵の数が多いため、必須条件をクリアすることは決して楽な道ではない。そもそも、『勇者の使命』に楽かもしれないという選択肢を考えること自体誤りなのだろう。
「その異能ってどんな能力なんだ?」
「まず一人目。影を操る、陰影の厄人じゃ」
「なるほど。対処に難しそうな奴っぽいな」
「そして二人目。魔属性の魔法を使う、魔術の厄人」
「ああ。それがちょっと前に言ってた世界で唯一魔属性を使える人物か。よりにもよってそいつが厄人なのかよ」
「そうじゃ。言わなかったのはまだあのとき厄人の話をしてなかったからじゃの」
魔法の話の中で魔属性の使い手の話をすれば、当然厄人の話もしなければいけない。今になってやっと話の順序のことに納得出来た。
魔属性使いは、『火』『水』『氷』『風』『宙』の五つの属性を全て使うことが出来る。それに該当する人物がこの世に一人しかいないとは聞いていたが、その唯一の人物が厄人では先が思いやられてしまう。
「次に三人目。魔獣を生成し操ることができる、獣操の厄人」
「うわ、聞くだけで厄介そうな奴だな……」
「今一番被害を拡大させてるのがその獣操の厄人よ」
ハヤトが思ったことをそのまま口からこぼすと、リュシーがそう補足する。
確かに魔獣を操ることが出来るのなら厄人自信が動く必要がないので、効率的に被害を広げられるだろう。それだけに、こちらからすれば厄介者なだけだが。
「四人目は、物体を自由自在に破壊できる、壊滅の厄人」
「怖ええ。厄人怖ええ」
「最後の五人目は、あらゆるものを支配する、支配の厄人じゃ」
「んー、それに関してはあんま想像がつかねえな。まあ、とりあえずそれで五人か。で、俺はそいつらを全員倒さないといけないと……」
それが使命。果たさなければならない使命だ。辛く長い道のりになりそうだが、何か目標があるだけマシなのかもしれない。なんの目的もないのに、はいあなた勇者です、なんて言われてほっとかれる方がずっと困っただろう。
「そうじゃな。わしたちもその使命をそなたが果たせるよう手助けできることはするからの」
「それは助かります!」
王の気遣いに頭を下げ謙るハヤト。そんなハヤトを見てリュシーが、
「ハヤトの使命は厄人を滅ぼすこと。そして私の目標も厄人を滅ぼすことなの。同じ目的なんだし、お互い助け合ってこうね!」
笑顔で親指を立て、ハヤトにそう言う。
「おう!頑張ろうな!」
それにハヤトも親指を立て返事をする。
なんてベタなやり取りをしてハヤトはふと疑問が浮かび上がる。
「あ、そうだ。単純な疑問なんだけど、リュシーってこの国じゃどんな立場なんだ?」
聞くとリュシーは視線を斜め上にやり、右手の人差し指を顎に当て、言葉を選び出すように「うーん」と頭を捻る。
「そうね。私実は、この国でもずば抜けた才能を持つ一流魔法使いなのよ。そんなわけで一応、魔法護衛隊に所属しているの。えーと、文字通り魔法を使ってこの国を護る団体のことよ。でも私は自分の目標の為の活動をすることの方が多いわ。まあたまには護衛隊としても活動するけどね」
そう自分を説明するリュシーは続けて、
「とりあえず私は色んな所に動き回ることがたくさんあるの。でもその行動目的は基本、厄人に関することが多いから、これからは基本的にハヤトと一緒に行動することになると思うわ」
「そっか。じゃあとりあえず、今から厄人をぶっ倒しに行きますか、とはいかねえよな。まず何からしたらいいんだ?」
明確な目標はあるものの、何から手をつければいいのかがいまいち想像できていないハヤト。まず、仲間がいない状況で厄人を倒すことなど不可能に等しいであろう。無理に何の計画も立てずに行動なんてすれば、それこそ危険な目にあってしまうのだ。
そんな目を瞑ったまま腕を組んで思い悩んでいるハヤトの耳に、ふと渋い声が響く。
「ああ、そうじゃ勇者殿。そなた、どうせ住むところないじゃろ?なら、この城に住むといい」
「え、まじですか?!それはありがたい!」
どうせ、というファンスの言葉に心が少々痛むが、住む場所を与えてくれた喜びにその傷も一瞬で癒える。
異世界での不安要素の一つ、衣食住の有無。まだ特に感じてはいなかったが、食住はとりあえず考えなくてよさそうだ。
「寝室は東館二階の一番手前の左の部屋を使うといい。食堂や風呂は後後説明するじゃろう。勇者殿が城に住んでくれる方が、国としても都合が良いからのう」
寝室の場所説明をしてくれたが、部屋の説明に必要な事項が多いような気がした。
「それと勇者殿。することが見つからないのなら、ひとまずそなたの戦技分配を鑑定しに行ってみてはどうじゃ?」
「おお、そんなことができる場所があるのか。えーと、それはどこにあるんだ?」
なにこの爺さん万能。と心の中で思うが内に秘めておく。
「ラスカンタルの西部にあるんじゃ。どうだ、リュシー。一緒に行ってやってくれないか?」
ファンスが顔をリュシーに向け、質問の答えを待つ。そしてリュシーはすぐ笑顔で頷き、
「はい、了解です。てことだから、とりあえず行こっか、ハヤト」
そうしてまず手始めに、自分の身の程を知ることになったハヤトは、その金髪の美少女と共に目的の場所へ向かっていくのだった。
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ハヤトとリュシーはその目的の場所に行くため、ラスカンタルの街を歩いていた。
「人混みしんど……」
ハヤトが感じている苦痛を口からこぼす。
ラスカンタルはメノストの都市に当たる場所で、それだけに人が行き交う量も、親が目を離せば小さい子供なら一瞬で迷子になりそうなほどに多い。
二人が向かうのは、戦技分配を鑑定してくれるらしいところ。一体その鑑定方法が何かは想像もつかないが、ハヤトは勇成石に触れその戦技分配が上昇し、ファンス曰くは勇者相応の実力を手に入れた男である。
「本当に強くなってんのかなぁ、俺」
青空を見上げ、今度は不安をこぼす。ハヤトに強くなった実感があるはずもなく、不安を覚えるのも無理なかった。
日本にいたときのハヤトは超インドア派で、学校がある日以外は基本家で怠惰を貪っていた。運動も体育の授業以外ではすることはなく、そのくせご飯は大量に食すような生活だったが、体型は割と細くいいスタイルではあった(ただのガリガリとも言う)。
そんなハヤトは喧嘩もしたことがない。口での喧嘩は多少あったかもしれないが、人を殴ったことも、逆に殴られたこともない。それでいて魔王に岩を投げつけ、結果として悪くいえば殺したのだった。いくら魔王が悪の存在だったとしても、意図もなく殺したことにハヤトは小さい罪悪感をも感じていた。
「そんな奴が勇者か……」
「さっきから何言ってるの?」
ハヤトの独り言を聞きつけ、覗き込むようにハヤトの顔を見るリュシー。
「いや、気にしなくていいよ。ただ色々と思うところがあるだけ」
「まあ仕方ないよね。だってハヤト、世界を救うことになる勇者だもんね」
「自分で言ったけどめちゃハードル高えなおい!」
ハヤトは少し気持ちが楽になっていくのを感じる。
一人で抱え込むな、とよく言うが、確かにそうなのかもしれないと思った。不安を抱え込むばかりでいると、それこそ心の器に収まりきらない程の不安を抱くことになる。その結果、病みを引き起こしてしまう。悩みを共有する者は必要なのだという知識が刻まれた気がした。
だがここは『異世界』であり、当然頼りになる者がいない。ファンスやリュシーは助けてくれると言ってくれていたが、その二人と特に関係を築いたわけもなく、ハヤトは未だに心の拠り所を見つけ出すことができていなかった。
「辛いのは分かるわ。だから、そんなときの為の仲間でしょ?」
色々と思考を巡らせていたハヤトの鼓膜に、そんな言葉が響く。
「仲間……?」
「そう、仲間。お互いに助け合って、救い合って、悩みや不安を打ち明け合って。そうやって頼っていくのが仲間だと思うの。だから、これからは何かあったら私に言ってね?」
リュシーの発言にハヤトは、心の汚れたものが綺麗に浄化されたような感覚を味わう。
「おう、分かったよ。……そうだよな。頼っていいもんな」
返事をすると共に、リュシーとの会話で得た答えをハヤトはそうボソッと呟いた。
「あれ?もしかしてまだ私のこと仲間だと思ってなかった?」
「まあ、まだ出会って間もないっていうか、さっき出会ったばっかだしな。それなりに関係を築いてからというか……」
「そう、かな?でも、私もハヤトも、目指すものは結局同じな訳でしょ?同じ目標をもつ人と、がむしゃらに協力して、頑張るの。私たちはもうそうする関係でしょ?それってもう仲間だと思うわ。だから私は、仲間である以上、困ってたら助けるのも、困ったら助けを求めるのも、当然のことだと思う、かな?」
かな、という言葉とともにこちらを向くリュシー。その勢いで、輝く金髪がサラっと揺れた。
リュシーと目が合う。彼女は特に意識していないが、今のハヤトは不覚にもドキドキしていた。
こちらを向いているその小さい顔は、誰が見ても整っただ顔立ちだと思うに違いない。と、ハヤトは心底思う。
こんなにも可愛い子と隣り合って、二人で賑やかな街を歩いている、そんな幸せな状況であることを、今になってふと気付く。
「……ん?どしたの?」
「……いや、なんでも。そうだな。確かに、もう立派な仲間だな」
ハヤトは心が温まるのを感じた。
異世界は正直不安しかない。そんなのは当たり前だ。
信頼できて、頼れる者もいないような状況ならなおさら。
でもハヤトはこうして、同じ目標にむかって進む『仲間』ができた。
自分の心の拠り所を見つけることができた。
――きっと自分は、ずっとこの人と共に歩き続けるのだろう。
リュシーとの短い関わりで、そんな気がした。
「そ。だから、さっきも言ったけど、困ったことがあったら遠慮せず頼ってね?」
それがなんだか、とても嬉しく感じた。
仲間ができた喜び。未知の異世界で、ようやく希望が見えた喜び。多分、そんな感じだろう。
だがハヤトは、それらよりももっと大きな何かを得たのだと確信した。
それが正しいかは、きっと今わかることじゃないとも思う。
だから、今得たそれが、正しいのだと、正しかったのだと、証明しようと思った。
――それを、もう一つの目標にしようと思った。
「おう!ガンガン頼らせてもらうわ!だから、改めてこれからもよろしくな、リュシー」
「うん。よろしくね、ハヤト」
満面の笑みで、そう返してくれた。
その笑顔にハヤトはまた、見惚れるのだった。
そんなこんなで歩いていく二人は、特に変化もなくただひたすらに人混みを進んでいくだけだった。
と、その状況にも終止符が打たれる。
「あれよ。もうすぐ着くわ」
リュシーの手の指が指すのは一軒の建物。一軒家にしては大きすぎる、かといって屋敷と言えば小さすぎるような、そんな木造建築だ。
自分の身の程を知るために来た。己の強さを確かめに来た。
良い結果になるのか、そうはならないのか、なんの見当もついていない。
「まあ、大丈夫だろ」
ハヤトはそうやって自分を安心させ、リュシーとその建物に向かって歩いていく――。