4 合格判定
「着いたぞ、勇者よ」
「ここは……?」
『メノスト』と呼ばれるこの国を治める王――ファンスが歩く後ろをついてきたハヤト。その末にとある部屋へとやってきた。
見ると、そこは小さな部屋。小さいと言っても、あくまでそれは城内の他の部屋と比べての話であり、その大きさは、人一人が生活するために利用しても少し余裕がある程度だ。
部屋を見渡すハヤトを見て、 ファンスは「さて」と言葉を置く。
「――この部屋は、勇者としての存在を確立し、その使命を与える場。『勇成の間』と、そう呼ばれておる」
「勇者としての存在を確立……?」
聞いた言葉をそのまま口に出す。まだ、ファンスの発言の意味を上手く噛み砕けていない。
「ああ、そうじゃ。前にある机を見てみろ。そこに『石』があるじゃろ。あれがこの部屋の名の由来にもなっておる『勇成石』じゃ」
言われたとおりハヤトは目の前にある机を見る。その存在には部屋に来た時から気付いてはいたが、その上にある『石』の存在には深く考えてはいなかった。そしてそれは、ファンスが言うに『勇成石』と呼ばれる物らしい。
「それで、その『勇成石』がどうかしたんですか?」
「勇者殿には、その『勇成石』に触れてもらう。勇者の確立――勇者殿が真に勇者に相応しい人物であるか、その最終確認といったところじゃな」
最終確認。つまりこの石にそれを認めてもらえない限りはまだ、魔王を倒した実績があるだけの『見かけだけの勇者』であると、そういうことなのだろう。
ハヤトはその作業に不安を感じる。ハヤトは確かに、魔王を倒した人物である。だがそれは単なる偶然に過ぎない。倒す覚悟も、意思もなかった。それ故に、魔王を倒したからといえど、ハヤトが勇者であるかは未知なのだ。
「その、『勇成石』に触れて、どうなれば勇者だと認めてもらえたことになるんですか?」
「勇者に相応しい人物が『勇成石』に触れれば、『勇成石』は光り輝き反応を示す。そして、勇者と認められると同時に――この話は触れたあとに話そう」
「何それすげえ怖いんだけど?!」
何故か焦らされた話の続きが気になり更に不安要素が増える。
『勇成石』に触れる。それはいわば、勇者か否かの判定儀式だ。これはハヤトにとって今後の自分の在り方を決める一大イベントなのかもしれないのである。
そう考えると、緊張が増してくる。冷や汗が額の小さな穴からぷつぷつと現れる。
ごくりと唾を飲み、それに触れる覚悟を決める。
恐る恐る手を伸ばしていき、その手が徐々にそれとの距離を縮めていく。
――触れる。もう触れる。触れてしまう。
そして―――、
「うおっ?!」
勇者か否かの判定。
――ハヤトの視界に映るその光が、判定結果として『合格』を示してくれた。
――――――――――――――――――――――――
ハヤトが触れた『勇成石』は、一瞬だけだが目が痛くなるほどに光り、それがまさにハヤトの存在を勇者だと認めてくれたことになる。
不安であったそのひとつを解消し、ハヤトは安堵感を覚える。
「ほう。やはりそなたは勇者であった。この石に認められた勇者。そのことには自信を持ってよいだろう」
ファンスはその優しい目をこちらへ向け、ハヤトに声をかけてくれる。
だが、それでもハヤトは一人浮かれない顔をしていた。その原因は、勇者と認められた安堵感とは別に、勇者となった自分に不安を感じていたからだ。
本当に自分が手に入れてしまっていいものだったのか。その『勇者』という地位を、肩書きを、存在を。なにか努力をしたわけでもない。意思が、目的があったわけでもない。それはもっと、そうあるべき者がいたはずではないのか。
「――勇者よ」
意図していなかった。でももう、そうなってしまった。今後ハヤトは勇者として生きていく。それがどうハヤトを動かすかもわからない。未来を照らす光が何も見えない。頼る者もいないこの異世界で、自分の在処は、生き方は、この先は――
「――勇者よ!」
「あっはい!すいません、ちょっと考え事を……」
呼ばれていたことに気が付かず、慌てて返事をする。
「勇者よ。そう暗い顔をするでない。確かに、勇者となったのが急であり、不安を覚えるのも仕方がないものじゃ。じゃが、安心してよい。――そなたは、勇者相応の力を手に入れたんじゃ」
「勇者相応の力…?」
力を手に入れたと、そうファンスが言った。それを聞きハヤトが顔を上げる。
「そうじゃ。ここからは先程話さなかった内容の続きじゃな。そなたは『勇成石』に触れ、認められた。それにより、そなたの『戦技分配』が全体的に著しく上昇したはずじゃ」
「『戦技分配』って?」
「『戦技分配』とはつまり、個人の戦う能力のことであるな。この世界の個人能力として表されるのが、『攻撃力』『防御力』『体力』『身体能力』『魔力』の五つじゃ。それを全てまとめて『戦技分配』と呼ぶ」
「なるほど……」
それはいわば、ステータスということだろう。その中身が違えど、個人能力として数値化されるステータスとは、日本でもゲームの設定でよくあったものだった。それをこの世界では『戦技分配』と呼ぶのだろう。
「じゃあ、それが上昇したっていうことは俺は強くなったということですか?」
「ああ、そうじゃ。そなたは今、魔王を倒したときよりも遥かに強くなっておる。それがこの『勇成石』の与える力である」
これが仮に、勇者となったのがハヤトでなければどうなっていただろうか。努力を積み重ねてきた者が勇者となれば、本当の実力で魔王を討ち倒せるものが勇者となれば、それは即ち最強ということではないか。それともハヤトは今、もうそれ相応の実力者へと成り上がったのか。それなら文句一つない。
著しく上昇したステータス。『攻撃力』『防御力』『体力』『身体能力』、そして―――、
「あ、そうだ。さっき『魔力』って言ってましたよね。やっぱりこの世界じゃ魔法とかあったりするんすか?」
ファンスの言葉を思い返した結果見つけた疑問。
『魔法』とは、異世界ではありきたりな攻撃手段。日本でも漫画、アニメ、ゲームなど様々な空想世界で見る機会があった。
「そなた、本当にこの世界のことを知らないようじゃな……。そなたの言うとおり魔法は存在する。『魔力』はその魔法を使うためのエネルギーじゃ。そして、魔法には属性があるんじゃ」
「おぉ。異世界っぽくなってきた」
「魔法の属性は、『火』『水』『氷』『風』『宙』『魔』の六つに、攻撃を用途としない『治癒』の、合計七つじゃ」
「えーと、五つは名前の通りでわかるんだけど、『宙』と『魔』ってどんな属性なんですか?」
『宙』属性と『魔』属性。他の五つに比べると、名前からの想像が難しい属性名である。ハヤトは日本のゲーム内で数々の魔法を見てきたが、その二つの属性は聞いたことがなかった。
「『宙属性』は主に空間を操る属性じゃ。例えると物体を浮かせたり、空間を歪ませたり、じゃな」
「なるほど。わりと強そうな属性だな。じゃあ『魔属性』ってのは?」
「『魔属性』は基本的に『治癒属性』以外の五つの属性の魔法を全て操れるものじゃ」
「何それチートじゃん……そんな属性持ちの人がいんの?この世界」
他の六つと比べて圧倒的に強いであろう魔属性。その内容を聞く限りでは、魔属性である者が勝ち組と言っても過言ではないレベルだ。
「いや、『魔属性』に関してはそれを持つ人物はこの世に一人しかいない」
「一人……だけ?」
その返事は予測していなかったものでハヤトも驚く。
確かに、わかりやすく強いその属性がうじゃうじゃいればそれもそれで問題だが、一人だけとなるとその人物が気になる。
なぜ、一人なのだろうか。一人だけなのだろうか。
「それって誰なんだ?」
「うーむ。それを言うと少し話の順序が狂ってしまうんでな。後々話すが今は放っておいてくれ」
「気になるなぁ……」
答えを貰えず心にモヤモヤが残るハヤト。だがそんなハヤトを置いていくように話が次の話題へと切り替わる。
「そして次じゃ。本来は話すつもりなど全くなかったのじゃが、そなた。この世界のことを本当に何も知らないんだな?」
「はい。何ひとつとして知りません。無知です」
ハヤトは堂々と無知を公言する。それを聞いたファンスは一つ溜息をつく。
「では、そなたの為に少しこの世界と国について話そう」
――――――――――――――――――――――――
「まず、少し前にも言ったようにこの国は『メノスト』と呼ばれる王国である。他にもいくつか国はあるが今は特に関係ないだろう。そして今いるのは『ラスカンタル』という街で『メノスト』の王都じゃ。ちなみにこの城は『ラスカンタル城』じゃ」
そう言って、ファンスによる説明会が開かれる。ハヤトにとっては新しく覚えることが多すぎてまとめて暗記できる自信がない。
それにこの場は『異世界』であり、元いた日本の物理、常識、道理のようにはいかないわけである。
でもそんな、ファンタジー要素が詰まったこの世界がハヤトの心を弾ませていた。
「以上じゃ」
「はやっ!!!」
予想以上に早い切り上げにハヤトは驚きを隠せなかった。
「言ったって、この国や世界について教えることなんざさほどないじゃろ」
「それじゃ困るんですけど爺さん……」
勇者なる存在であるハヤトはある程度知識は蓄えておきたかった。だがそれもこのやる気の見えるようで見えない王様に壊される。
「じゃが、今からはもっと大事な話がある。そう先程、話の順序の関係で言わなかった内容にも関わってくる――勇者の使命の話じゃ」
「使命…」
思い返せば最初の方。ハヤトが『勇成石』に触れる前、ファンスは『勇成の間』を使命を与える場、とも説明していた。
――勇者の使命。魔王を倒したこの世界で、今強くなった自分がどう活かされるのか。それは想像もつかなかった。
手を顎に当て考えるハヤト。一方でファンスは真剣な表情になり話し出す。
「勇者の使命。――それはまさに、『厄人』を滅ぼすことじゃ」
また一つ知らない単語が現れ顔を上げるハヤト。知らない単語が出てきてはそれをファンスに詳しく聞き、また新たな話と新たな単語が出てきては聞きの繰り返しだ。
正直もう疲れている。覚えることが多いせいで頭の回転も鈍くなっている。
『厄人』という単語。意味はわからないが、いい響きのものではないと分かる。
しかし、その言葉の意味を聞くより先にまた新たな情報が頭に入ってくる。
――ドアをノックする音が聞こえる。
そして、建付けたのが古いせいか、ぎいと音を立てながらゆっくりとドアが開かれていく。
――開いたドアの先。そこには、一人の女性が立っていた。