3 王との対面
「すげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
城の中に入るや、その広さに口を全力で空け驚くハヤト。
そして、ハヤトの前を歩く剣士――リュードはそんな様子を見て柔らかい表情を見せる。
「そうか?まあ確かにここの城は他の国の城に比べても広さで負けることはないくらいだ。そのせいで城の中で迷ってしまうこともあるね」
そう言ってまた進み出し、城に入ってすぐ前方に見える巨大な階段を上る。
その階段は少し登った先で左右に分岐している。恐らくは西館東館的な区別がされているのだろう。
ハヤトとリュードは分岐する階段を右に曲がっていく。
少しすると階段が終わり、長く続く廊下に出る。その長さは見た感じでも百メートル以上はある。それほどに長い道を着々と歩いていくのだった。
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「ねぇまだすかぁぁ?」
「もう少しで着くよ」
長い廊下を進んだ先に王がいる、と考えていたのはただの思い違いで、廊下を歩いた後にもまた長い階段を上り、それを上り終えれば再度廊下を歩かなければなかった。北へ進む廊下の果てにある階段を登れば今度は南に進む廊下があった、というわけだ。
元の世界でろくに運動もしていなかった身からすればそれはとても楽なものではなかった。
現在地は東館三階。王へ会うために進んできた城内の長く面倒な道を歩き切ると、そこには一際目立つ大きさの扉が待ち構えていた。それは、周りの部屋の扉と比べれば倍近くもある大きさであった。
「着いたよ」
リュードがそう言うと、扉へ歩み寄り三回ノックをする。
「失礼します」
言ったあと、大きさが大きさだけに重いはずのその扉を軽々開ける。
そして、その部屋の中で待っていたのは――
「――よくぞ来てくれた。リュード殿よ」
ただただ広い部屋。物は特に置いておらず、だだっ広いその空間を上手く活用できていない気もする。そんな部屋の中央にある玉座。そこに座るのは、灰色の髪、長い髭を生やした老人。この国を治める王だった。
王はリュードの隣に立っているハヤトに気付き首を傾げる。
「リュード殿。そのお隣の方はどなたである」
急に自分のことを言われビクッとするハヤト。まあこんな一般人が城に入ってきているのを見れば誰しもが疑問に思うだろう、と一人で解決しておく。
「はい。この方はかの魔王セリシウスを討ち倒したタカマ・ハヤト――勇者ハヤトであります」
さほど大したこともしていないのにそこまで大袈裟に言われると後々面倒な気がする。ハヤトは岩を投げただけである。勇者になってしまったその過程は当然、誇れるものではなかった。
そう思いながら恐る恐る王様の顔を伺う。
「ゆ、ゆ、勇者?!魔王を、う、討ち倒した?!それは本当か?!」
――あれ、この爺さん、すごい驚いてるなぁ。俺、岩投げつけただけなんだけどなぁ。
「はい。彼はこの世界を何年もの間脅かしてきた魔王を見事に討ち滅ぼしました。彼こそ英雄――勇者に相応しい人物だと思います」
――見事じゃないですけどね。岩は見事に当たりましたけど。かっこいいの「か」の字の子音の「K」の縦棒すらないと思うよ。いやそれって結局なんもねぇじゃねえか。
「そ、そうか。そうなのか。また、勇者が現れるときが来たんじゃな。――今度こそ、あの、あやつらを……」
そう最後にボソッと言うと、王は玉座から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。そして、その両手でハヤトの両肩を叩き、
「わたしは、この国の――『メノスト』の王 ファンス・グリセントじゃ。勇者殿、よくぞ魔王を滅ぼしてくれた。感謝する」
「あ、ありがとうごさいます。えーと、メノストってのがこの国のことってことでいいすか?」
ハヤトが言うと、ファンスは目を丸くしてこちらをまじまじと見てくる。
それにハヤトが戸惑い、助けを求めるためにリュードのほうを見ると、同じく目を丸くしていた。
「勇者殿。この国がメノストだということは存じてなかったということで?」
「は、はい。俺、この国……あー、この世界に来たばっかなんで」
そうなのだ。ハヤトはまだこの世界に来てから一時間が経ったくらいだ。この世界のことも、『メノスト』という今いる国のことも何も知らない。ハヤトはただただ無知なのだ。
さっきの発言がかなり衝撃的だったらしく、ファンスはさらに目を丸くして首を傾げる。
この世界に来たばかり、とは言い換えれば異世界からきました、ということにしかならない。軽く異世界人だと言ってしまっては、驚かれるのも無理ない。
ファンスはそれを聞いて、聞かなかったことにするように首を振り、こちらを見る。
「そんなことより、勇者殿。貴方が魔王を倒したということが本当であるなら、少しついて来て欲しい所があるのじゃ」
「ついてきて欲しいところ?」
「そうじゃ。そしてそれはこの国にとって、平和へと繋がる大きな一歩となるだろう」
いまいちファンスの発言にピンとこない。なぜ、ついていくことが平和に繋がるのか。なにはどうあれ、もう魔王は倒してあるのに。
「ま、まあ、いいですけど……」
了解すると、ファンスは手を叩き表情が緩む。
「そうか。それはありがたい。では、今すぐ行くとしよう」
そう言って、目的の場所へ歩き出すファンスについていこうとすると、ふと自分の名前を呼ばれる。
「ハヤト。今からは、自分が勇者であることをしっかり自覚するんだ。そして、どんな困難があっても決して諦めず、前を見ること。――その使命を終えるまでは、絶対に」
とだけ言い、「僕は別の仕事に向かいます」と、一礼して部屋を出て行った。
またしてもハヤトは理解に苦しむ。勇者である自覚をしなければならないのはわかるが、魔王を倒して平和になったこの世界で、どんな困難があるというのか。それが理解できなかった。
「――そこに行けば、わかるのか」
「ああ、わかるだろう」
独り言のつもりで言った言葉にそう、ファンスが優しく返事をしてくれる。
前を行くファンスが扉を開け、ハヤトも一緒に部屋を出る。
「何しにどこに行くんだろ……」
ハヤトは一人、指を顎に置き歩きながらそう考えていた。
扉が閉まる。その大きな扉がゆっくりと動き、閉まり切る直前。
「――あの方のように、ならなければよいのだがな」
そうファンスが小さく呟くのを、ハヤトが気付くことはない。