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1 雑な召喚

 


「ん……」


 意識が覚醒していくのが分かる。寝ぼけたような意識が感じた違和感。それを確認するために周りを見ればそこは、何も無い黒い空間がただ広がっている世界。


「どこ……だ……ここ……?」


 その答えを求めようと、ふらふらと立ち上がり、周辺を少し歩いてみるも、導き出すためのヒントどころか物一つなく景色も変わることがないため、得れる情報が一つたりともなかった。

 と、思ったときだ。


「……ん?」


 人影がある。この空間だと暗くてうまくものを認識することができない。故に、顔がわからないため誰なのかもわからない。


 足を踏み出し、一歩一歩ゆっくりと進み出す。恐怖心はある。でも、その距離を縮めていく。そうすると徐々に、この空間の暗さで認識阻害されていたその人物の顔が見えてきた。


 すると――、


「ああ、やっと気づいたのね」


 そう、見えた人影――一人の女が言いだした。


 その女は、茶色の長い髪をポニーテールに束ねており、全身を黒い服で包んでいる。顔立ちは美しく整っている。見れば、先程まで本を読んでいたのだろう、手元には何やら小さい本が開いてある。とりあえず、それは目立つ格好ではない――どころか、この空間だと暗さと同化してほぼ見えないまでだ。


「――お前は誰なんだ?」


 そう尋ねる。すると、女は読んでいた本をパタンと閉じて、


「誰っていうと、そうねぇ。まあ、簡単に言えば、召喚者よ」


「召喚者……?」


「そう。召喚者。あんたを異世界に召喚するの」


「異世界……召喚……?!」


 聞き捨てならない単語が耳に入る。『異世界召喚』とはラノベやアニメでみるそれなのだろうか、と疑問に思う。


「だってあんた、見事なまでにまんまと私の術にかかってんだもん」


 笑いながら女が言う。


 ――術。なんだそれは。何故俺はここにいる。どうしてここに来た。ここはどこだ。どういう目的があって、どういう経緯で――、



 ああ、なるほど。そういえば――






 ――――――――――――――――――――――――






「やばい、急がねえと……!」


 現役高校生十七歳、高間隼人(たかまはやと)。高校には家から近いため徒歩で通っている。頭はそこまで賢くない。よって、通う高校の偏差値も県内では下から数えた方が圧倒的にはやいレベルだ。

 部活はしていないし、運動も人並みだ。何か特技があるわけでもなければ、目立つ特徴もない。普通なのだ。


 そんなハヤトは提出しないといけなかった課題を放っておいたせいで強制居残り学習。おかけで今は午後七時前。

 今は十二月で外も暗くなるのが早い。現時刻ではもう明かりがなければ何も見えないような真っ暗そのものだ。


「このままじゃ、始まっちまうって……!」


 一目散に走る。七時から始まる見たいアニメがあるのだ。録画しておらず、リアルタイムでしか見れなくなったこの状況に限って時間ギリギリまで居残り学習。ただただ運が悪かった。


「ショートカットっと」


 ハヤトは高校から家までの道で唯一の近道である狭い路地を通る。普段はこんな時間になれば暗くて怖いため正規ルートで帰るが、今日は我慢。

 店も街灯も全くないせいで、今は視界を確保するのに必要な光がほぼ存在しない。目は見えているがその暗さはハヤトの視覚になんの情報も与えない。


「――ん?」





 ―――『それ』を見るまでは。





「なんだこれ?」


 この暗さの中、その存在を自ら強調するかのように光る何か。

 それはまるで白い靄のようなものであり、壁に張り付いているのがわかる。


 今は、見たいアニメのことなど忘れていた。


 ハヤトは口を開けたままその靄に近づく。


 気づけば、ハヤトの顔と靄の間は拳一個分程度に距離を縮めていた。

 そして、もう一つ分かったことがある。場違いのように明るい靄の中央には空間があり、かすかに奥行があるのが確認できる。

 それはつまり――


「――穴なのか?」


 そう言ってハヤトは目を穴に近づけ、その奥を見ようとする。だが、そこには暗く黒い空間が果てしなく続いて――いや、続いているのかもわからない。とりあえず、何も見えなかった。

 つまんねえの、と心の中で呟くと、ふとこの道を通った本来の目的を思い出す。


「やばい!もう七時超えてるだろ!」


 言って、走り出そうとした直後だった。


「――?!」


 何かに後ろから服を引っ張られる。強く、強引に。

 急激な異変に、ハヤトは顔だけを後ろに向けなんとか確認する。

 ハヤトは、引っ張られているのではなかった。その錯覚を起こさせた正体は――紛れもなく、『穴』だ。

 ――『穴』はハヤトを吸い込もうとしていた。


「んだ……これ……!」


 徐々に吸い込む力が強くなる。どうすることもできない。対抗して前へ進もうとする力は呆気なくその吸引力に敗北する。


「や……ばい……!」


 もう体が壁に張り付いている。そして、尻から徐々に吸われ、くの字に折りたたまれたその身を穴に食われるように、抗うこともできないまま――


「――――」




 ――ハヤトはそうして、謎の空間へと飲み込まれていった。







 ――――――――――――――――――――――――





「――それで、ここに来たってわけか。確かに、そんなこともあった気がする」


「思い出してきた?あんたはこの私の見事な召喚術によってこの空間に来たってわけよ」


 帰り道、時間短縮のため通った狭い路地に光る白い靄。ハヤトはそれに吸い込まれこの場へと誘われた。


「一体、ここはどこなんだ?」


 当然に生まれる疑問をぶつける。


「ここはあんたのいた日本とあんたから見た異世界とを繋ぐ空間。『連縛空間』なんて言われてた気がするわね」


「あそう。で、俺はなんのためにここに連れてこられたんだ?」


「質問ばっかでうるさいわね。とりあえず異世界に行ってもらうためよ」


「いや、それはもう百歩譲って分かったとするよ。だから、なんで俺は異世界に行かないといけないんだ?なんの目的があって異世界に――」


「知らんわよ、そんなもん」


「……はぁ?!」


 なんとも投げやりな発言に言葉を遮られる。

 術を使って強制的にこんな場所に連れてきたくせに、それに目的も意味もなかったというのか。


「だって私は上の命令に従っただけだし。私の術に引っかかったあんたが悪い」


「いや百パーセントお前が悪いよ!?なんだ、上の命令って!」


「とりあえずあんたは黙って異世界に行けばいいの。ごちゃごちゃぺちゃくちゃわさわさもさもさ言ってないでちゃっちゃと異世界で冒険してきない」


「なんか多いなぁ……。それに、異世界って言ったってどうやって行くんだよ」


 周りを見渡すがこの場には特に異世界に続く道があるわけでもない。ただ黒い空間が限りなく広がっているだけ。その景色はどれだけ時間が経っても変わらない。


「そこで、また私の召喚術の出番ってわけ」


 誇らしげにそう言うと本を置き、パンッと勢いよく両手を合わせ、なにやらぶつぶつと唱えだす。

 五秒くらい経つとその合わせた両手を前方へと振りかざし、空間に明らかな異変が訪れる。


「おお、すげえ」


 見ればそこにはこの場所に来た元凶、『穴』ができている。白く光る靄に、中央には黒い空間。完全にあれと同じだ。


「さあ、行きなさい。そこで、新たな人生でも歩んできなさい」


「そうは言っても、どうしたらいいんだ?異世界に行った後とか何すればいいかわかんねえし、そもそも言葉とか通じるかわかんねえし、お金の通貨とか、まず、なんで――」


「はよ行けや!!!!」


「ぎゃふん!!!」


 召喚者はハヤトを蹴り飛ばし、穴は飛んできたハヤトを綺麗に吸い込む。


 これが、新たな始まり。ただただ雑な、異世界召喚だった――。



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