平川静香 file09
始まってみれば、通信施設を制圧するのは思いの他容易であった。
恐らく整備ハンガーの警護にドローンを割いている所為か、こちらの警備は比較的手薄であった。
お陰で私とロブの二人だけでの制圧が可能だった。間接のモーター駆動を消音モードにし、音も無く近づいて兵士達を暗殺、あっという間に通信施設は私達だけとなった。遠くに控えたシャーティの狙撃すら必要なかった。
「こちらアルファ1、通信施設の制圧に成功したわ」
「オーケー、アルファ1。此処からはジェントルマンの仕事だ」
建物の一角を占領しているコンソールに近づき、手首から伸び出たケーブルを接続。あとはカインがメインサーバーに侵入し、マルウェアを仕込むまで待つ。
が、意外なことに苦戦しているようで、カインは通信先でうんうんと唸りながら作業していた。
「どうしたの、何かトラブル?」
カインに問いかけると、動揺の色を隠せない返答が帰ってきた。
「ファイアーウォールが、ラムダ社勢のものに刷新されてやがる。ちょっとこれは面倒だぞ」
カインが苦戦するのも無理は無い。
ラムダのファイアーウォールといえば、市販のものですら高い信頼性を持っており、軍用のものとなれば国家重要機密を保護するサーバー並みの強度を誇っている。
双脚戦車のみならず、電子戦の面ですらラムダ社は暗躍を行っているようだ。
「どうなの? あまり時間はないわよ」
いつ私達に気付いた敵が、此処に押し寄せてくるか分からない。私は意味もなくカインを急かす。
「この天才で、ダークヒーローで、スーパーハッカーのカイン様を・・・・・・」
通信越しにカインがブツブツと独り言をつぶやいてる。どうやらいつも以上に集中しているようだ。
気付けばコンソールには、ファイアーウォールがアンロックされたことを示すダイアログが表示されていた。
「ナメるなってんだこのファッキンビッチが!」
どうやらハッキングは成功したらしい。コンソール上で様々なプロセスが起動と終了を繰り返し、ネットワーク上につながれた端末にマルウェアを仕込んでいく。
「これがジェントルマンの仕事ってもんよ! マルウェアの起動キーはアンタに譲渡してある。いつでもサンタクロースになれるぜ」
カインは上機嫌で捲くし立てる。
口も悪いし、趣味も正直悪いが、やはり腕は立つ。
「ありがとうカイン、今度日本酒でもお土産に持ってくわ」
「ヒュー! ジャパニーズサケ! サイコーだぜ!」
ハイテンションなカインとの通信を切り、コンソールから離れる。
機関銃を構えなおし、私とロブは通信設備を後にする。
私達にとってはここからが本番だ。
通信設備を掌握したといっても、未だに重火器で武装した生身の兵士や、軍事車両はそこら中にいる。
ドローンを無力化したところで、まだ油断は出来ない。
正直なところ、一番の不安は私達が気付かれてしまい、双脚戦車が起動してしまうことだ。いくら人間の限界を超えた機動力とパワーを誇り、装甲車に匹敵する火力を運用できるタクティカルドローンといえど、双脚戦車と比べれば象とアリのようなものだ。ロボットアニメに片足を突っ込んだような巨体と、その巨体からは想像もつかない機動力、そして戦車というよりは戦艦に近い火力。
真正面からぶつかればこちらはあっという間に鉄屑と化すだろう。
「アルファ1、アルファ2はこれより整備ハンガーに向かう。私がポイントマンになるから、アルファ2はバックアップを」
「了解です」
通信越しだけではなく、実際のドローンの頭部を動かしてロブが応える。
悪いわけじゃないが、やはりまだ新兵じみて不安だ。
「アルファ3はブリーフィング通り、レーザーライフルで遠距離狙撃。脅威になりそうな重火器兵か、整備兵から片付けて頂戴」
「了解」
シャーティは無感情に応える。今ばかりは彼の冷徹さが頼もしい。
メイアがバックアップであれば、何の不安もなく作戦を遂行できていたのだろうか。
だが、戦場に「IF」は存在しない。ただ死神たちが用意した現実だけが待っている。
各々の役割を確認しながら、ロブと私は素早く移動する。敵の兵士達の視線から隠れながら、建物の影を移動していく。どうしても敵の目の前を通らなければならない場所は、ナイフを投擲して音も無く殺す。
闇夜に紛れた二つの鉄の戦士は、夜風と同化したかのように、あっという間に整備ハンガーに近づく。
幸いなことに、ハンガーのゲートは開いていた。物陰に隠れ、タイミングをうかがう。
「アルファ1、アルファ2、現在目標までの距離30メートル。いつでも行けるわ」
「こちらアルファ3、狙撃ポジションの確保完了。目視でもそちらを確認した。こちらも準備できてる」
脳内に物陰に隠れている、私達の後姿の映像が送られてくる。それに併せて私達の存在にまだ気付いていない呑気な兵士達の映像もだ。
「カウント3で突入するわ。カウント2の時点で電磁迷彩を起動。ロブ、遅れないように」
脳内通信だけじゃなく、私はハンドサインでロブに合図する。
「了解、任せてください」
律儀にロブもハンドサインを返す。この業界では、わざわざハンドサインをするのはジョークのようなものなのだが。
ロブのしぐさに可笑しくなった私だったが、気持ちを入れなおし、集中する。
カインが構築した擬似ネットワークに管理者権限でアクセス。
現在基地で稼動しているドローン全ての位置を把握。インストールされた隠蔽型マルウェアの起動キーをアクティベート。
脳内に投影された戦術マップのいたるところに、マルウェアの起動率を示すプログレスバーが表示される。
それぞれの進捗率が50%を超えた瞬間、突入準備に入る。
「これより突入する! カウント3! 3、2・・・・・・」
私とロブが電磁迷彩を起動。鉄の肉体は頭頂部から朧のように消えていき、一秒と経たずに完全な不可視となった。
「――1、ゴー!」
透明になった私達が物陰から飛び出した瞬間、ハンガーの周囲を警護していたドローンたちが、糸が切れた人形のようにがくっと倒れていく。一体、また一体と倒れていくのを見た生身の兵士達が明らかな異変に気付くが、少々遅い。慌てて双脚戦車を起動させようと走り出した整備兵の一人も頭部に黒い穴を開けて倒れる。シャーティの遮蔽物を縫うようなレーザー狙撃だ。
「なんだ! どうなってる!」
「分からん! 司令部との連絡がとれない!」
「敵襲だ! 双脚戦車を緊急起動させろ!」
困惑しながら銃を虚空に向けて叫ぶ兵士たちを横目に、私とロブはハンガーのゲートをくぐる。
目の前にはガントリークレーンと大量のチューブで固定された双脚戦車が鎮座している。緊急起動をしようとする整備兵をシャーティが狙撃してくれているお陰で、二台ともまだスタンバイモードのままだ。
瞬く間に接近し、折りたたまれた脚部を上って、一気に頭部の整備用ハッチまで接近する。
ハッチを開けると、操縦兵の役割を担うジェミニを納めた制御ポットが顔を出す。
そのポットをゆっくりと抜き出し、ドラム缶サイズのポッドを乱暴に地面に放り投げる。
巨大な物音に驚いた兵士達は視線を私達に向ける。丁度、その瞬間に電磁迷彩の稼働時間が切れ、兵士達は私達を視認する。
「おい! 機体の上に敵だ!」
「撃て! 撃て!」
次々に私達に向けられる銃口。警告もなく発砲されるライフル弾。それらを掻い潜るかのように、鋼鉄の身体を小さく折りたたむと、制御ポッドが収まっていた場所に身体を忍び込ませる。
タクティカルドローンのニューロCPUから、双脚戦車のメインプロセッサに私の思考が流れ込んでいく。
鉄の塊が私の身体にまとわり付くような奇妙な感覚を覚える。双脚戦車の操縦は初めてだったが、やることはタクティカルドローンの時と変わらないし、VRトレーニングも経験済みだ。何も問題ない。
全身の人工筋肉の電圧を急速上昇、チェック用タスクを全てキャンセル。間接部と制御部、FCS(火器管制システム)の起動を最優先。
各部安全ロックを緊急排除。ロックが弾けとび、巨体の拘束が解かれる。
間接のいたるところから放電しながら、巨大な双脚戦車がゆっくりと立ち上がる。
天井につくか、つかないかぐらいの巨体に恐怖しながらも、敵は勇敢にもこちらにむかって発砲してくる。だがそれも、分厚い装甲の前には豆鉄砲のようなものだ。
間接部と制御部の正常起動を確認。FCSの起動がまだだが、十分だ。
敵を蹴散らしながら、ハンガーをあとにしようとした、その時だった。
私の足元に何かが勢いよく転がってきた。
まるで粘土細工のようにぐちゃぐちゃであったが、それが双脚戦車のマニュピレータで握り潰されたロブのドローンであることに、私はすぐに気付いた。
見れば、私と機体と同じように、もう一台の双脚戦車が起動していた。しかもあちらは肩にマウントされた200mmレールキャノンをこちらに向けている。あちらは既にFCSはもう起動しているようだ。
ロブがしくじったのか、あちらのほうは既に起動していたのか、詳しくは分からない。
唯一つわかっているのは、今がとても不味い状況だってことだ。
「こちらアルファ3、アルファ2のシグナルが途絶えた。アルファ1、何があった?」
シャーティからの通信も、今はまともに返してる暇は無い。敵は音速を超える速度の巨砲をこちらへ向けているのだから。
次の瞬間、ハンガー内が閃光に包まれる。敵がレールキャノンを発射した。
咄嗟に回避行動をとり、ハンガーから飛び出る。が、音速の弾丸は容赦なく、左腕部マニュピレータを吹き飛ばした。
脳内に警告アラートが響き渡るが、構っていられない。敵が次弾を発射する前に脚部に大量の電力を供給し、長距離跳躍に備える。
「アルファ1! 応答しろ! 何があった!」
左手を吹き飛ばされた双脚戦車がハンガーから飛び出したのを、シャーティも目視したのだろう。いつもの冷酷な彼はそこにはおらず、脳内に怒号が響く。
「見て分かるでしょ! ロブは奪取に失敗してロスト! こっちはFCSが起動してない! 絶賛マンハントされてるとこよ!」
怒鳴り返した瞬間に、FCSがアクティブになったことを示すダイアログが表示される。
左手は使えないが、これで9対1から、6対4ぐらいまで盛り返せそうだ。
腰にマウントしていた105mm重機関砲をマニュピレータでつかみ、フルオートで敵に叩き込む。
だが、相手も同じ機体というだけあり、砲弾のほとんどは華麗に回避されてしまう。辛うじて喰らい付こうとした砲弾も、左手にマウントされた稼動式防盾に阻まれてしまった。
どのみち牽制のつもりで撃ったから、ダメージは期待していない。
相手は再度レールキャノンをチャージしている。次にあれをもろに喰らえば、戦闘継続は困難だろう。
「これから指定するポイントまで、敵を誘導しろ! こちらで何とかする!」
「なんとかって、そんな簡単に・・・・・・!」
シャーティと言い合っている間に、二発目が発射される。今度は脚部に蓄えていた電力を全て開放し、人工筋肉と超音波モーターをスペック限界まで稼動させる。音速を超えて飛来する砲弾を、こちらも音速を超えた跳躍で回避する。その際、機体には40Gもの重力加速度が掛かるため、生身の人間には殺人的だ。まさに、ジェミニシステムのなせる業といってもいい。
大きく跳躍した機体は、そのまま猛スピードで自由落下している。その間に打ち落とされないよう、各部の固体ロケットモーターを使って回避機動を行う。砂漠に勢いよく着地した私を、敵の機体が追いかけてくる。距離は離れているが、まだ重機関砲やレールキャノンの有効射程圏だ。
後ろから撃ち込まれる大量の砲弾が、機体のそこかしこをかすめる。
存在しない肉体で冷や汗をかいているような感覚をおぼえながら、再度跳躍。距離を離そうとする私を、砲撃しながら敵も跳躍して追いかけてくる。
まるでうさぎの追いかけっこだと、極限状態の私は思った。追い詰められた状況が私の思考をそうさせているのだろうか。
数回の跳躍の末、私達はシャーティが指定したポイントに近づいていた。
空中でひねりを加え、相手と対峙するように着地する。
敵の双脚戦車も着地したのち、こちらをにらむようにレールキャノンを向ける。お互いの銃口は、それぞれの制御ポットがある頭部に向けられていた。
まるで西部劇の早撃ちのように、お互いに向き合って静止する。相手の攻撃を回避して、レールキャノンを叩きこむ。互いに同じ思考をとったため、戦況は膠着状態となった。
どれだけの時間がすぎたのか分からない。1分か、10分か、それとも10秒も経ってないのか。
先に動いたほうが不利、だが、不意打ちで仕掛ければ当たるかもしれない。
思考を巡らせながら、いつこの膠着状態を終わらせるか機会を伺っていた、その時だった。
突如、敵の双脚戦車の足元が大きく爆発する。
敵は何が起きたか分からなかったかのように、慌てながら大きくよろけ尻餅をつく。
見れば、右ひざから下の人工筋肉が内部フレームごと吹き飛んでいる。
――この好機を逃す手は無い!
爆発的な加速で敵に目掛けて突進する。
相手も慌てたそぶりで重機関砲をばら撒くが、巨体にそぐわぬ身のこなしで一気に敵の懐に入り込む。そのまま、重機関砲を持った右手を足で押さえつけ、肩のレールキャノンを頭部へとむける。
閃光と共に放たれるゼロ距離射撃。
電磁力によって放たれた砲弾は、頭部の制御ポッドを貫通し、砂丘深くに抉り込む。
脳を失った巨人は、こちらに向けようとしていたレールキャノンをだらりと下げ、ついに完全に動かなくなった。
「何とか上手く行ったようだな」
シャーティの通信だ。
いつの間にか彼は、敵の後方に位置する崖に陣取っていた。
恐らく、このポイントに誘導したのも、敵の真後ろからの狙撃を狙ったためだろう。
装甲に覆われた双脚戦車にはレーザーライフルも歯が立たないが、人工筋肉を常時稼動させるための特殊なメンテナンス液は、超高温になると引火爆発する特性がある。普通なら装甲に隠れて狙えない箇所だが、シャーティはソレを間接部のモーターとフレームの間を縫ってレーザーで狙撃したのだ。
「まさかアンタに借りを作ることになるとはね。後が怖いわ」
私は巨人の身体を使っておどけてみせる。
「じゃあ俺にもジャパニーズ・サケをくれ。そうだな、「ダッサイ」がいい」
レーザーライフルを肩に担ぎながら、シャーティがサムズアップをしているのを光学カメラで捕らえる。
「・・・・・・アンタが冗談を言うなんて驚きだわ。しかも『獺祭』ですって? なんでそんな高い日本酒しってるのよ」
あの仏頂面がぐい飲みを片手に飲んだくれてるのを想像して、思わず笑ってしまった。
「あのー、できれば僕もご相伴に預かりたいんですが・・・・・・」
今度はロブの声だ。
どうやらタクティカルドローンは破壊されたが、敵軍のネットを介して輸送機の端末に戻ってきたようだ。
スタンドアローンの機体はインストールされたCPUユニットが機能停止した時点でジェミニもロストしてしまうが、咄嗟の機転で敵のネットワークにダイブし友軍の輸送機まで戻ってこられるとは、彼も意外としぶといのかもしれない。
「何いってるの。あんたは罰としてVRトレーニング100回よ!」
「そんなぁ!」
バカ話をしている私達を、いつの間にかのぼり出していた朝日が照らす。
――いまごろもう一人の私も起き出すころだろうか。
朱色に染まりだす空を見上げながら、巨人の中で私はそんなことを考えていた。