EP:23 進化を間違えた者たち
「一体何様のつもりかね、わざわざ私を呼びつけて」
初老の男性は冷静な口調で、鹿島室長に問いかける。
事件のすべてが片付いたあと、私は室長の執務室に呼び出されていた。
執務室といっても、情報庁の庁舎が半壊したせいで、今は臨時で外務省に間借りしてる状態だ。そのためここも、事務次官の応接室を貸してもらっているに過ぎない。
「ご足労頂いたことには感謝しております。トルストイ外務大臣」
室長はソファーで対面に座る外務大臣に、全く臆する様子もない。
不遜な態度を崩さない室長と、ソファーに踏ん反り返る外務大臣、彼らのほかには私しかいない。
今回、私は秘書という名目で同席させられているが、実際は室長がいい経験になるからと呼びつけられただけだ。
じゃなければ、こんな空気の重い場所なんて一刻も早く抜け出したい。
「こちらとしましては、今回の事件にロシア側が一切関与していないという情報を、公式発表でしていただければと思っております」
「それは、私の顔に泥を塗っておきながら見逃せ、ということかね?」
表情には出していないが、外務大臣は明らかにご立腹の様子だ。
無理もない。
自軍の最終兵器になるはずだった物を勝手に押収され、あまつさえ自分の息子を殺されてるとなれば、普通なら激怒して殴りこんでくるだろう。
それに、やはり私達の行動も過激だったと言えるし、工場襲撃を鞍馬の犯行に偽装してしまったのは、流石にやり過ぎといってもいいだろう。
ロシア資本のラムダ社が、政府を通じて正式に抗議をしているという情報も聞いている。
事件があっけなく終わったというのに、その後の処理は終わりが見えなかった。
「今の私は、外務省事務次官代理という役職でしかありません。もし外務大臣が仰るような特殊部隊が存在しているというのであれば、彼らが得ていた情報も真実なのかもしれませんね。この機材がロシア軍から大量にラムダ社に横流しされていたという情報も」
鹿島室長が表示した3Ⅾデータを見て、外務大臣の表情が微妙に曇るのが、私にもわかった。
保有者から無理やりジェミニを引き剥がす拷問用機器。それは、ウィッカーマンシステムを構築するために鞍馬が手配した機器に間違いなかった。この情報はクロムさんが独自に入手していたもので、どうやら交渉の隠し玉としてとっておいたようだった。
「貴様、私を脅しているつもりかね」
外務大臣の言葉に鹿島室長は眉一つ動かさない。
「何度も申し上げておりますが、私は事務次官代理としてお話させていただいてる次第です。それとも、人格保管室の室長としてお話させていただいたほうがよろしいですか? ロシア軍の最強兵器を無力化させた、世界最強のジェミニ部隊のリーダーとして」
それはまるでロシア政府と全面戦争も辞さない覚悟である、と言っているようだ。
とても小学生のような見た目をした人が放てるような言葉とは思えない。
外務大臣は何かを考えこむように天を仰いだあと、静かにほくそ笑んだ。
「群道総理が言った通りの人物のようだな。この貸しは高くつくと、覚えておきたまえ」
外務大臣はそういうと、まるで眠るようにソファにもたれ掛かった。
ついさっきまで室長と喋っていたのは、外務省が用意した生体ボディを使った大臣のジェミニだったようだ。
緊張の糸が途切れ、肩の力が抜ける。
それを見た室長は、私を見て笑う。
「どうでした? 貴重な体験をした感想は」
「二度と御免ですね、戦場で戦うほうがよっぽど気が楽です」
正直な感想を呟くと、室長は子供っぽくけらけらと笑う。
「今後はこういう腹芸にも慣れてくださいね。ウチは荒事だけのところじゃありませんから」
子供みたいな姿をしてるのに、爺臭いことをいうなぁと思った。
この感覚にも、慣れなきゃならないんだろうなぁとも。
「ところで、結局何がしたかったんだと思います? あの鞍馬って男は」
室長が不意に、私に問いかけてくる。
確かに、そんな疑問が生まれるのも当然だ。
真相を確かめようにも、彼はもうこの世にはいない。
天才は最後に、何を思って自決という道を選んだのだろうか。
「多分、お父さんに認めて貰いたかったんじゃないですかね」
自分でも安直すぎると思える回答。
だが鹿島室長はそれを嘲笑うことはなかった。
「なるほど。存外、そうなのかもしれませんね。外務大臣には5人の息子がいたそうですが、鞍馬だけは妾の子だったようです。そのため類まれなる才能を持っていても、彼は父親の寵愛を受けずに育ってきたのかもしれません。そう考えると、盲目的に父親の役に立ちたいという思いだけで動いていたのかもしれませんね」
鹿島室長は淡々と語る。
すべて憶測でしか語れない事実の断片だが、その足りないピースを嵌めると存外、その通りの形になったのかもしれない。
だがやはり、真相は闇の中なのだ。
「私、悔しいです。この事件の真相も彼の目的も、やはり本人の口から話して欲しかった」
そうだ。
折角、あと一歩で逮捕することができたはずなのに、彼を死なせてしまった。
凱さん達があれだけ頑張ってくれたのに、折角カリンがヴェルクードを止めてくれたのに。
本当はきっと、まだなにか出来たはずなのに。
「その気持ち、つまり後悔は警察官にとって非常に重要です。いつまでも忘れずにいてください」
そう語る鹿島室長は、まるで何かを思い出しているかのように少し物悲し気だった。
だが、すぐに快活な少年の笑顔へと戻る。
「さて、後処理もひと段落ついたことですし、久しぶりにディアボロにでも行きましょうか」
室長の提案に、私は勢いよく頷く。
連戦が終わり、やっとひと段落ついたのだ。
祝杯というわけではないが、皆を労う場は必要だろう。
「いいですね。今度は室長も大人の生体ボディで来ましょうよ。そしたら一緒にお酒も飲めるでしょ?」
私がそう言うと、室長は大声をあげて笑う。
「僕はジェミニじゃなくて生身ですよ」
へぇ、そうだったのか。
だからいつもアルコールは飲めないわけで……。
――ん?
「え、ええええええええええ!?」
いきなりのカミングアウトに、思わず大声をあげてしまう。
一体どういう意味かさっぱりわからない。
私はてっきり本物の鹿島室長は物凄い年上の方で、それが酔狂で少年型の生体ボディを使っているとばかり思っていた。
ということは、本当に彼は小学生で人格保管室の室長に?
衝撃の事実に、まったく理解が追い付かない。
「まだまだ洞察力が足りませんね、あと真贋を見る目もね」
「それ、どういう意味ですか? ちょっと室長!」
真贋を見る目、ということは私はからかわれただけなのだろうか。
どちらとも取れる回答に動揺し続ける私を後目に、室長は執務室を後にする。
私はキツネにつままれた気分で、室長の後を追うのだった。
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「ジェミニ・システム」
自分の記憶をAIに追体験させることで生み出される、電子上の分身。
人類に進化をもたらす、革新的な技術。
だがソレを使いこなすには、人類は未成熟過ぎた。
――内閣情報庁公安部人格保管室。
私たちは進化の仕方を間違えた者たちの集まり。
それ故に私たちは、同じく進化の仕方を間違えた者たちの犯罪を未然に防ぐ。
――アブノーマル・ジェミニ。
私たちは進化の仕方を間違えた、歪な存在。
-fin-




