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EP:22 巨神の戦場

 寄せては返すさざ波の上に鎮座する、鋼鉄の要塞。

 ラムダ社が所有する大型貨物船「オリファント号」の印象は、まさにこんな感じだ。

 日本に来てからというもの、しょっちゅうこの巨大な船の寝室で過ごしてきたが、酷い船酔いと固いベッドのせいでロクに眠れたことがない。

 でも、もうこの船旅も今日で最後だろう。

 僕はついに、神を作り上げることに成功したのだ。

 「ウィッカーマン」は僕の考案したシステムの中でも最高傑作といってよかった。

 それなのに、上層部は開発の認可を最後まで出さなかった。おかげで父さんにだいぶ迷惑をかけてしまった。

 でも、この「ヴェルクード」を父さんに持っていけば、必ず喜んでもらえるだろう。

 そしてこういうはずだ。

 "おまえは自慢の息子だ"、と。


「ミスター・トルストイ、よろしいですか?」


 展望デッキで風を浴びていた僕を、船員が呼びつける。

 正直、名前も知らない男だが、彼とは何度か長旅を共にしている。

 今回の旅で、彼ともお別れになるだろう。


「どうした? 何かトラブルか?」


 僕が問いかけると、彼の後ろに数人の人影が現れる。

 目隠しと手錠をかけられた人達と、それを連行する武装兵だ。

 

「例の新しい"生贄"です。これでしばらくは困らないでしょう」


 船員の男が嫌らしい笑みを浮かべる。武装兵も同じようにニヤニヤとしている。

 それに比べて目隠しをされた女性たちはひどく怯えている。

 それもそうだ。

 唐突に拉致されて恐怖を覚えない人はいないだろう。

 僕は優しく彼女たちに近づき、目隠しを外す。

 恐怖に支配された目で僕を見てくるが、僕は優しい笑みを返す。


「怖かったね、酷いことをされたね。もう安心だよ」


 安心させるための言葉をきいて、少し彼女の警戒心も緩まる。

 唯一優しく接してくれる僕に、彼女は僕に心を許そうとしている。


「もう誰も君に乱暴なことをする人はいないよ」


 彼女の肩に手を置く。

 

「何故なら、君は大事な、神への"生贄"だからね」


 僕が唐突に冷酷な声色になるものだから、彼女の顔からは一瞬で笑みが消える。

 そう、彼女たちのような優秀なジェミニ所有者によって、僕の「ウィッカーマン」はさらに崇高なものとなる。

 そんな彼女たちを傷つけるわけないだろう。


「丁重に眠らせておけ、彼女たちはロシアでシステムを構築する際に使う」


 武装兵たちに指示を出し、彼女らを連行させる。

 展望デッキに彼女たちの空しい叫びが木霊する。

 彼女たちは尊い犠牲だ。

 僕が作った神の力によって、世界は一変する。

 そのための大いなる犠牲なのだ。

 さて、潮風に当たり過ぎては風邪を引きかねない。

 そろそろ客室に戻ろうと思った、その時だった。

 港に大きく響く警報音。

 突然の出来事に、僕は思わず身構える。

 周りの兵士たちも慌ただしくなる。


「おい! 何があった!」


 通りがかった兵士の一人に問い詰めるが、すぐに突き飛ばされる。


「敵襲ですよ!! 早く中へ!!」


 敵襲?

 敵襲だって?

 ここに神の力を持った兵器があると知らずに?

 遠くを見ると、炎が上がっている。

 ガントリークレーンの合間からは、何十、いや何百体もいそうな巨人の軍隊が進むのが見える。

 あれは近くの工場で生産していた「サイクロプス」という機種だ。

 なるほど、ウチの製品を勝手に盗んで、それを使ってさらにはヴェルクードまで奪おうとしてるのか。

 大方、例の公安の残党共だろう。

 ということは、新見はアシが付いたということか。まるで使えない男だ。

 

『おい、応答しろ』


 電脳通信で、この港からかなり離れた場所にある研究所へと連絡する。

 

『部長、どうしました? 今は船旅の真っ最中では?』


 研究所の部下が能天気に答える。

 苛立ちを覚えながらも、即座に命令を下さねばならない。


『ここが敵襲を受けている。ヴェルクードを起動させろ』


 僕の命令に、部下は動揺している。


『ですが、もう"生贄"は残り少ないんですよ? ここで使うわけには……』


『公安の残党を一層出来るチャンスだ。代わりはまた探せばいい。急がせろ』


 苛立ちのまま、通信を切る。

 しばらくすると、貨物船の大型ハッチが口を開ける。ゆっくりではあるが、まるでそれは地獄の釜の蓋のようだった。

 巨人の軍隊が、どんどんこちらに近づいてくる。まるでこちらが包囲されていたような光景だ。

 船に集結してくる巨人達。傍から見たら、こちらが圧倒的に不利な状況だろう。

 だが、ゆっくりと近づくサイクロプスの一体に、黒い影が食らいつく。

 さぁ、ここからは殺戮ショーの開幕だ。

 首元の制御ユニットを吹き飛ばされた一機を踏み台にし、その後ろの二体をレーザーブレードで切りつける。

 後ろから三体ほど接近してくるが、振り向くまでもなく、つま先から伸びた光の刃が一閃する。


――大軍勢の飽和攻撃なら、ヴェルクードの速度を封じ込めるとでも思っていたのだろうか?


 例えどれだけの大軍勢でも、何だったらこの星のすべての双脚戦車を動員しても、このヴェルクードには敵わない。

 どんな攻撃を繰り出しても回避する。

 どんな不意打ちを仕掛けても看破する。

 高速で飛翔する弾道ミサイルですら、高出力レーザーブレードで迎撃出来る。

 まさに神の力。僕の最高傑作。

 まるで古代の戦士の舞踏のように踊るヴェルクード。

 黒い死神は、押し寄せる機械仕掛けの巨人を次々と葬っていく。

 そろそろ6分の1を葬ったところだろうか?

 それでもまだまだ敵の数は多い。

 レーザーブレードでは効率が悪いと判断したのか、ヴェルクードは体中に装備されたマイクロミサイルを発射する。

 これも我が社の技術の粋を集めて開発した、対双脚戦車兵器の一つだ。

 いつか実戦データを取りたいと思っていたところだが、思わぬ収穫だ。

 黒い機体から煙を上げて発射されたミサイルの雨が、次々とサイクロプスの装甲を破壊する。

 さながら花火のように暗闇を明るくする爆炎。

 これでかなりの数を減らすことができただろう。

 そう思っていると、妙な違和感を覚える。

 数発のマイクロミサイルを回避し、生き残っている機体が四機ほどいるのだ。

 その四機だけは、他と比べて動きが洗練されている。他が一兵卒なら、彼らは熟練のベテランといったところか。

 その四機もコンテナや瓦礫を投げるなどしてヴェルクードに襲い掛かるが、すべてかわされている。

 無駄なことを、と思っていた矢先、一体がコンテナに隠していた何かを引き抜く。

 それは対双脚戦車用のレールキャノン。

 音速を超える弾速と凄まじい破壊力、直撃を食らえばヴェルクードとて無事では済まない。

 どうやら先程のコンテナや瓦礫は、ヴェルクードに回避行動をとらせるためのブラフ。本命はレールキャノンだったということか。

 大きく空中で回転していたヴェルクード目掛けて、紫電を帯びた砲弾が発射される。

 目視では追いきれない速度の弾丸。

 とても回避は間に合わない。

 流石の僕も少し焦りを覚えたが、どうやら杞憂だった。

 音速の6倍の速度で発射された砲弾を、ヴェルクードはレーザーブレードで切り捨てたのだ。

 巨大な爆炎の奥から現れ、ゆっくりと着地するその様は、まさに地上に現れた神の御姿だ。

 

『おい、聞こえるか』


 僕は再度研究所へ電脳通信を飛ばす。


『あの四機相手のデータが採りたい。リミッターを解除しろ』


『で、ですがそれではシステムがオーバーヒートしてしまう可能性も……』


 部下が警告してくるが、そんなことは些細なことだ。それに例えオーバーヒートしたとて、ちゃんと用意はしてある。


『どうせオーバーヒートするまえにカタが着く。それにそのためのバックアップジェミニも用意しているだろうが。いいから早くしろ』


 要領の悪い部下を電脳通信でしかりつける。

 イライラが止まらないのですぐに電源を切り、再び我が最高傑作に視線を向ける。

 漆黒の機体は少しの間だけ、地上で力なく佇む。

 だが次の瞬間には、完全に人の目では追いきれない速度で、敵の四機に襲い掛かる。

 僕が電脳活性を行い衛星にサポートをさせても、ヴェルクードの機動は追うことができなかった。

 物理法則を無視したような、出鱈目なマニューバ。

 先程までは善戦していたにも関わらず、一機、また一機と葬られる敵のエース機。

 ようやく目視で視認できた時には、足払いのように最後の機体の足を切断していた。

 歩行手段を失い、手を使って下がる敵のエース機を、離れたところから駆け付けた他の機体がカバーしようとする。

 だがそれはもはや雑兵に過ぎない。前に立ちふさがろうとも、次々とレーザーブレードの餌食となる。

 気づけば後退る機体以外、動く機体は無くなっていた。

 もはやこれは完全勝利と言っていい。日本を去る前に最高のショーが堪能できた。


「どうだね! 公安の諸君! これが神の力というものさ!」


 怯えるように動く敵の機体に向かって、僕は煽り立てる。

 

「最強の双脚戦車部隊? 世界屈指のジェミニ使い達!? そんなもの、僕の最高傑作の前には何の価値もない!!」


 僕の言葉に呼応するようにヴェルクードが敵を追い詰める。

 ゆっくり、ゆっくりと歩を進め、敵を追い詰める。


「さあ、神に抗った愚かさを食いながら死ぬがいい!!」


 僕の死刑宣告に合わせ、ヴェルクードが最後の双脚戦車を処刑を……。


――あれ?


 右手を突き立てようとしたヴェルクードが、その場で停止する。

 全く。

 こんな時にオーバーヒートさせてしまうとは、研究所の職員は一体何をモニタリングしているのだ。

 叱りつけてやろうと電脳通信を開くが、何故か繋がらない。

 苛立ちを隠せない僕は、何故かヴェルクードがこちらを向いているのに気づかなかった。

 

『こちらは、じょーほーちょうこうあんぶだ。むだなてーこーはやめろー』 


 突如、ヴェルクードの外部スピーカーから、年端も行かない少女の声が響き渡る。

 何だ?

 何だというのだ?

 「ウィッカーマン」システムに、そんなバグが起きるなんて過去に確認していない。

 まさか、オーバーヒートを起こしたことで、混ざり合った人格の一つが乖離したとでもいうのか?


『おい、一体何が起きている! 応答しろ!!』


 つながらない電脳通信。

 役立たずの部下に罵声を浴びせ続けていると、ようやく回線が開かれる。


『馬鹿者! 一体何をやって……』


『よう、天才さん』


 回線から聞こえるのは忌々しい部下の声ではない。

 恐ろしく低く、冷酷そうな男の声。

 まるで聞き覚えのない声だ。


『それともこう呼んだ方がいいか? ゴッドメーカーさん』


 脳内に響く嘲るような声。

 目の前で私にレーザーブレードの照射口を向けるヴェルクード。

 

――何なんだ?

――何が起きているんだ?


 珍しく、私は動揺している。

 完全無欠の神の力を得た私が、こんな状況に陥るはずがない。


『ヴェルクードの機体データから見て、機体自体にウィッカーマンシステムが積まれてないことはわかってた。ジェミニの母体のように、コイツにはマザーシステムが存在するってのはウチの技術担当が直ぐに解き明かしたよ』


 回線が音声だけでなく、映像通信に切り替わる。

 そこには僕の部下たちが床に転がり、その上でこちらに通信してくる男の姿があった。


『まぁそのシステムの場所がわからないから厄介だったんだが、お前さんたちが嬉しそうに俺の仲間の相手をしてくれてたおかげで、すぐに逆探知できたよ。あとは俺達が現地を強襲、ウチの新人がその黒いのにジェミニをインストールして、ゲームセットさ』


 そう語る男の横に、コンバットスーツを着込んだ女性の姿が見える。

 ヘルメットを外して見えた顔は、まだ少女の面影を残すあどけなさだ。


――こんな奴らに。

――こんな奴らに、僕の聖域が侵されたというのか!


『カリン、間違ってもその人にレーザーとか撃っちゃダメよ。いくら私が撃ちたいからってね』


『もー、カリンそんなことしないもーん』


 漆黒の堕天使を思わせるそのフォルムから発せられるには、あまりに不釣り合いな声。


――認めない。

――断じて認めない。

――僕はこんなやつらに負けたわけじゃない!


 僕は無意識に、自衛用の拳銃に手を伸ばしていた。

 こんな拳銃では反撃にはならないと考えたのだろう。ヴェルクードを乗っ取った相手は微動だにしない。

 

――もし父さんにこれ以上、迷惑をかけるぐらいなら。

――もし、僕の才能が愚か者たちに利用されるぐらいなら。


 そう考えた僕は反射的に、拳銃をこめかみに当て、即座に引き金を引くのだった。

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