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EP:20 蜂起

 無事サーバーのハッキングを終えた私たちは、必要な情報を抽出したのち、電脳空間を後にした。

 中にあった情報は莫大で、囚われの身であったK-6は汚染がひどかったので構造解析には時間がかかるようだ。

 楓さんは即座に個室に籠って情報の解析を始めた。

 そして夕暮れが訪れるより前に、小さな端末を持って楓さんはリビングに現れた。


「開けてびっくり玉手箱、って感じね。例のゴッドメイカーの正体がわかったわ」


 楓さんはだいぶ憔悴していたようだが、それでもその顔には充実感がにじみ出ていた。

 リビングに集まっていた全員の視線が自分に集まったことを確認すると、楓さんは端末を操作し、立体映像を出力させる。


「汚染されていたK-6につけられていたバックドア、電脳トラップの作り方の癖、そして新見とのやり取りの記録から抽出したIPから逆算したら、明らかに真っ黒な人物が浮かんだわ」


 楓さんが端末を操作すると、一人の男の顔写真が浮かび上がる。

 その顔はとても整っているが、どこか作り物のようであり、そして生気を感じさせない不気味な風貌だった。若いわけではないが、老けているわけでもない。一番感じるのは、そう、特徴がない。


「鞍馬・アレクセーエヴィチ・トルストイ。28歳。父親はロシア高官で、現在はラムダ社のシステム開発部長。過去に双脚戦車関連で幾つも特許を取ってる男よ」


「その若さで世界有数の大企業の開発部長か、所謂天才ってやつか?」


 凱さんが皮肉っぽく言うが、楓さんは不快そうな感情を浮かべる。


「こいつは多分、本物の天才よ。そして本物のマッドサイエンティストね」


 鞍馬の写真に覆いかぶさるように、一枚の記事が出現する。


「『疑似人格クラスタコンピューティングによるESPシステムの確立』、この論文だけは特許申請がされていなかった。それどころかこれは完全に秘匿されていた論文よ。今からみんなの電脳に送るわ」


 少しとしないうちに、私達の頭の中に一つの論文ファイルがダウンロードされた。

 恐る恐る中を見てみる。電脳で情報を読むと内容把握が凄まじく早い。

 私は即座に理解した。その恐ろしい論文の内容を。

 それは、何十人という強力なジェミニ所有者を集め、一つの特殊な人格を作り出す技術だ。その目的は超能力を持った人間をジェミニで再現するという、一見すれば革新的な技術だ。

 ただ一つ、そのジェミニ使いの命を電池のように消耗するという欠陥を除けば。

 『ウィッカーマン』。

 鞍馬という男が、このシステムにつけたコードネーム。

 それはまさに古代ガリアでドルイド教の儀式に使われた、多くの生贄を中に閉じ込めて焼き殺す、巨人の形をした檻を彷彿とさせるものだ。


「狂ってるわ」


 シズカさんが吐き捨てるように言った。

 論文に添付されていた、廃人とかした被験者の写真を見て、私も吐き気を催しそうになる。


「この悪魔の技術を使って生み出されたのが、私達の仇であるコイツ、ヴェルクードよ」


 浮かび上がる漆黒の機体。

 外見も確かに悪魔のようなフォルムであったが、その正体が本当に化け物とは。


「あの異常なまでの反応速度は、このウィッカーマンってシステムのおかげってわけか」


「そう見てまず間違いなさそうね。それにこれを見て」


 そういって楓さんが端末を操作すると、ヴェルクードの3Dモデルが半透明の状態になり、中のフレームや機械部がむき出しになる。


「こちらでスキャンしたデータとサーバーの情報から、機体の構造データを再現してみたんだけど、ヤツの背面部には妙な空洞があるの。でもその外周には強固なまでの装甲が施されてる。恐らく、相当ヤバいものを搭載するスペースなんだろうけど……」


「核だね」


 クロムさんが冷ややかに放った言葉によって、全員の表情に緊張が走る。


「鹿島室長が外交筋からヴェルクードの情報を集めていたとき、ロシア軍の保有する登録済み戦略核弾頭が1発、テロリストに強奪されたという非公開情報を掴んでいた。だがその後の調べからして、その情報自体がブラフで、その核弾頭はヴェルクードに搭載するために、ロシア当局側が工作して用意したものと見て間違いない」


 私達の知らないところで、とんでもない事実が暴かれていたようだが、それを私達に伝えてこないあたり、やはりあの室長は信用できない。

 それに、クロムさんもそうだ。

 やはり彼もどこか掴みどころがない性格をしている。


「鞍馬の目的はヴェルクードを手土産にした亡命だろう。ロシアで核を積んだ後、ヴェルクードは恐らくアメリカのNORADに向かうはずだ。あそこを破壊すれば、前時代の弾道ミサイルでも、やりたい放題できるからね」


 クロムさんが語る予測は末恐ろしいものだが、考えれば考えるほど辻褄があう。

 そんなことは絶対に許してはいけない。このままでは世界規模の大戦は避けられなくなってしまう。

 だが、それがわかったところで、私達には何ができるのだろうか。

 いや、そんな弱気じゃだめだ。

 私達が、私達人格保管室が、あの化け物を打ち倒し、巻き込まれた人々を救わねばならない。

 

「幸い、なんていうと不謹慎だけど、ヴェルクードは情報庁舎を襲撃したせいで、また新しいジェミニ保有者を集めなければならない。恐らく鞍馬の亡命には多少の猶予があるはずだ」


 さすがにこの厳戒態勢で、しかもジェミニ保有者限定の誘拐事件を起こすのは中々難しいはずだ。

 相手も流石にストックを用意しているかもしれないが、何とか相手の準備が済む前に決着を付けなければならない。


「やりましょう。私達の手でアイツを打ち倒しましょう」

 





 もう何本目のタバコを吸ってるか、俺にもわからない。

 ログハウスの地下室に新見を幽閉し、俺はヤツの目の前にただ佇むだけ。

 俺もヤツもヘビースモーカーだ。ある意味、コイツはコイツで拷問だろう。

 

「おい、俺にも吸わせてくれたっていいんじゃないか?」


 長い沈黙を、新見が軽口で切り裂く。


「お前がちゃんと喋ってくれたら、いくらでも吸わせてやるよ」


 そういって、口から入った煙をワザと新見に吹きかける。

 悪趣味なやり方ではあるが、電脳ハックも自白剤も、ましてや前時代的な拷問もしてない状況だ。これぐらいならバチは当たらんだろう。


「鞍馬の居場所を教えろ。今はそれだけで十分だ」


 詰問する俺に対し、新見は悟ったように強張らせていた顔を緩める。


「なんだ、もうサーバーの中身もバレちまったのか。本当に嫌って程有能な連中だよ」


 新見は腕と足を縛られたイスにもたれ掛かり、天を仰ぐ。

 今の新見から感じ取れるのは、いつもの人を見下すような軽薄さでも、あの夜に見せた怒りでもない。

 俺がヤツから感じ取ったのは、悲しみ。

 行き場のない怒りが心を殺した末に、何も残らなくなった時の悲しみだ。


「ヤンも、ウェイも、死ぬなんて思ってなかった」


 弱々しく呟くその言葉が、俺の怒りを湧き立たせるが、何とかぐっとこらえる。


「いくら俺がジェミニ嫌いだからって、アイツらの腕は認めてた。ホントはある程度暴れまわって、目的のブツを破壊したらすぐ撤退するって話だった」


 後だしで出される言葉、自分の保身ともいえるような言葉。

 俺は煙を深く吸い込み、気分を落ち着かせる。


「あんな化け物が出てくるなんて聞いてなかったんだよ! 俺はただ情報を……」


「いい加減にしろ!!」


 まだ火のついたタバコの吸い殻を、俺は握りつぶす。

 熱さと痛みを上回る怒りが、俺の拳に集まるのがわかる。


「俺はお前の言い訳を聞いてるんじゃない! お前の言い訳で仲間たちは生き返らない! さっさと鞍馬の居場所を教えろ!」


 怒りに身を任せ、火傷したばかりの手で新見の首を絞めつける。

 今なら本気で息の根を止めてやろうかと思う。

 喋らないなら、本気でここで殺してしまいたい。


「ま、待ってくれ! 話す! 話すから……」


 新見が苦しそうに叫ぶが、俺は力をまだ緩めない。


「ラムダ社の大型貨物船が、千葉ベイエリアの7番ポートに停泊してる。あの双脚戦車の制御システムに必要な素材を集めたら、奴はその貨物船にあの化け物を積んで、ロシアへ亡命するつもりだ」


 途切れ途切れに喋る新見だが、まだ俺は首を絞め続ける。


「奴はいつ亡命をする気だ」


「早ければ今日、遅くとも明日だ」


 そこまで聞いてから、ようやく俺は力を緩めた。

 激しく咳き込む新見が、恨めしそうにこちらを見てくるが、俺はそれをゴミを見るような目で応戦する。


「お前の処分は法に委ねる。まずはあの化け物に借りを返すのが先だ」


「へっ、お前らでも、あのヴェルクードには敵わないだろうさ。せいぜい天国のリー兄弟とよろしくやって……」


 最後まで言わせる前に、俺は回し蹴りを新見の側頭部に叩き込む。

 イスごと吹っ飛んで床に叩きつけられた新見は、その場で気を失ってしまったようだ。

 用が済んだので、地下室の扉をあけ階段を上ると、驚いた様子の楓と目が合う。


「なんか凄い音がしたけど、まさか殺してないでしょうね」


「殺したかったけどな、それよりも先にやることがある」


 そうだ。

 とりあえず俺達には、もう時間が殆ど残されていない事だけはわかった。

 そして今になって、手のひらの火傷の痛みが襲ってくるのを、俺は感じていた。

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