EP:17 夢破れて山河あり
情報庁舎襲撃事件。
公安の本拠地をたった一機の双脚戦車が壊滅させた大事件は、文字通り世間を震撼させていた。
公安直属の精鋭部隊、D-SATは全滅。情報庁職員にも多くの犠牲者が出た。
実行犯のその後の消息が掴めなかったこともあり、政府は非常事態宣言を発令。
戒厳令も敷かれ、所轄が総力を挙げて実行犯の行方を追ったが、結局足取りをたどることはできなかった。
それが一夜明け、メディアにて報道されていた内容だった。
私、奥原凛と凱さん、楓さんの三人は、とりあえず山間部のログハウスに避難していた。
ここは凱さんのセーフハウスの一つらしい。付き合いの長い楓さんも、ここの存在は知らなかったようだ。
私達三人は、今では時代遅れになったテレビのニュースを三人で眺めていた。
勿論私も憤りを感じていたけど、横目にみた二人の形相は凄まじいものだった。
あの黒い双脚戦車によって、すべてを壊された。絶対許せないという気持ちは、私も一緒だ。
だが、装備も、頼れる同僚も、そして居場所まで奪われてしまった私達に、一体何が出来るのだろうか。
憤りを覆い尽くすように、絶望という感情が、私の心を黒く染めあげていくのがわかった。
このままじゃいけない。
重い雰囲気と自分自身の絶望をどうにか打開せねばと思った私は、特に何も解決策はないけれど、とにかく何か動かねばと思った。
「二人とも、とにかく何か食べましょう、昨日から飲まず食わずじゃないですか」
私が口を開くと、凱さんは小さくため息を漏らす。
「悪いがここの備蓄はもうほとんどないんだ。しばらく使ってなかったからな」
凱さんは申し訳なさそうに言う。
備蓄が少ないのは事実だろうが、本音では今は何も食べたくないのかもしれない。
そんな私達の重苦しい雰囲気を、唐突なログハウスのドアチャイムが打ち破る。
各自が、即座に警戒態勢に移行する。
拳銃を抜き、ドアの両端に凱さんと楓さんが陣取る。
撃鉄を起こす二人、そして、恐る恐るドアノブに手をかける私。
心臓が早鐘を打つ。
ドアノブを捻り、勢いよく開く。
だが、そこにいたのは、よく知っている顔が二人だった。
「不用心ね、監視カメラぐらい付けたらどう?」
何かが入った袋を持ったシズカさんと、その後ろに佇むクロムさん。
私はホッと安堵し、足の力が抜ける。
後ろに控えた二人が拳銃をしまい、シズカさんたちに姿を見せる。
「今日日の監視カメラはハッキングされる可能性があるからな。それより、どうやってここを?」
「スレイブニールのGPS、途中で切ったでしょ? その先で登録上無人のはずなのに管理が出来てる住居がここだったってわけ。それにしてもセーフハウスにこんなとこ選ぶなんて、オールドムービーの見過ぎじゃない?」
シズカの指摘に、凱さんは苦笑いを浮かべる。
「はい、差し入れ」
シズカさんから渡された袋には食料品がたんまり入っていた。
どうやら食糧の備蓄が少ないことまでもお見通しだったようだ。
「クロム、室長は?」
凱さんの問いかけに、クロムさんは肩をすくめる。
「検察までは一緒にいたんだ。それが室長権限で無理やり生体ボディから引き剥がされて、それっきりさ。あのモデル気に入ってたから、古い生体ボディ引っ張り出すのに苦労したよ」
確かに、クロムさんの風貌にはどこか違和感があった。恐らく予備の生体ボディだろう。
いや、そんな些細なことはいい。
先程までお通夜のような重苦しさだったが、室長以外のメンバーがそろったことで、私の中に希望が光が差した。
設備も、居場所も必要ない。
これだけ頼もしい仲間が、ここに揃ったのだから。
「やはり突き止めるべきは、行方の知れない楓のジェミニでしょうね」
遅めの朝食を済ませた私達は、今後の対策を練っていた。
「ていうかそもそも、楓のジェミニがハッキングされていたって事実自体が、無理があるのよね。いくら内偵用とは言え、幾重にも張られた防壁を突破してハッキングなんて殆ど不可能だろうし、攻撃を受けた時点でこちらに情報が来てそうだけど」
シズカさんはデザートのプリンを口に運び、手に持っていたスプーンで楓を指す。
「私の電脳ログには攻撃を受けていた様子もないし、不正アクセスの形跡もなかったわ。正直お手上げよ。せめてK-6と連絡が取れればいいんだけど」
端末を操作しながら、楓さんが答える。
K-6、つまり楓さんの6番目のジェミニだ。
それがハッキングされた謎さえ解明できれば、この状況も打開できるかもしれない。
だが、その糸口が見つからない。
私も含め、各々が考えあぐねていたが、私は不意にあることを思いつく。
「その楓さんのジェミニ、攻撃を受けたとかじゃなくて、どこかについていったとかじゃないですかね」
私の思いつきに、凱さんは苦笑いを浮かべていた。
「おいおい、ガキの使いじゃないんだから……」
子馬鹿にしながら言おうとしていたが、急に表情が変わる。
「そうか、そういうことか」
凱さんが楓さんから端末を奪い取り、矢継ぎ早に何かを入力しだす。
「ちょっと、いきなりなにすんの!」
「……あった」
全員が凱さんの持つ端末に集まりだす。
画面に表示されているのは、所轄の捜査ファイルだ。
ここ数ヶ月の捜査ファイルの中からピックアップされたファイルには、一見何の共通性もないようにみえる。
「そのK-6ってやつ、この数ヶ月の間に所轄の捜査協力に複数回応じている。そして最後の捜査協力に応じて以降、消息を絶ってる」
凱さんの説明どおり、捜査ファイルの協力者欄に楓さんの名前がある。楓さんは殆ど情報庁舎から出ることはないから、ここに記載されているのが楓さんのジェミニであることは間違いない。
「警察関係者なら楓のジェミニに接触を図っていても怪しまれない。要は捜査協力の末に、電脳トラップに捕らえられたってことなんだろう」
凱さんの説明に、私は呆気に取られる。
まさか、警察内部に敵がいるなんて想像できなかった。
凱さんはピックアップされたファイルから、怪しいとされる捜査員を導き出していた。
が、急に凱さんの手が止まる。そしてその表情が微妙に曇ったのを私は見逃さなかった。
「楓、この件、悪いが俺に預からせてくれ」
凱さんはそう言って、表示されていたファイルを次々と閉じていく。
まるで人に知られたくない秘密を隠そうとしているようだ。
凱さんの不可解な行動に、楓さんも怪訝な表情を見せるが、仕方ないといった風に肯定する。
最終的に端末をシャットダウンした凱さんは、複雑そうな表情でどこか遠くを見つめていた。
この数か月間で幾度となく凱さんの思考と同期したというのに、今の凱さんの心境を私は計ることができない。
私はそれに、もどかしさを感じずにはいられなかった。
その日の夜はシズカさんとクロムさんが交代で、ログハウス周辺の警戒にあたっていた。
いつ、敵がここを襲ってくるかわからない。
そのために、睡眠をとる前には荷物をすぐ移動できるようにしておく。
そのような取り決めをした上で、各々は夜を迎えていた。
楓さんは連日の疲れのせいで、ぐっすりと眠っている。
生身であり、かつ戦闘要員ではない彼女が一番疲労困憊しているのは至極当然の話だ。
だがしかし、私は一睡も出来ていなかった。
凱さんの見せた、あの表情。
それが気になって、どうしても寝付けなかった。
ベットの枕に顔をうずめても、古典的に羊の数を数えても。
疲れは溜まっていく一方なので、早く眠らなければ。
そう思っていた矢先、外の異変に気付く。
かすかな音ではあったが、タイヤが地面を削る音が聞こえた。
まず間違いなく、スレイブニールがどこかに走り去っていく音だ。
ベッドから飛び出した私は一目散に玄関に向かう。扉を開けると、山道を疾走し離れていくスレイブニールのテールランプの軌跡があった。
そしてそれを見送るように眺める、シズカさんの姿も。
「シズカさん、止めなかったんですか?」
私としたことが、責めるつもりわないのに、思わず強い口調で問い詰めてしまった。
「さすがに凛も気付いてたか」
悪びれる様子もなく、シズカさんが答える。
「さっきの話、やっぱりあのバカの知り合いが噛んでたみたい。本人としては自分でケジメを付けたかったんでしょ」
「でも、だからって一人で……」
いくら何でも無謀すぎる。
凱さんがフル装備で向かったとしても、相手がどんな待ち伏せを用意してるかわからない。
せめて、彼の足取りさえわかれば。
「凛、カリンは今どこにいるの?」
シズカさんが優しく問いかけてくる。
私はハッとなった。
そうだ、凱さんはスレイブニールを使って出て行った。ということは、その中には制御用に残っていたカリンがいるはずだ。カリンはまだ生まれたばかりということもあり、戦闘行動の後はよく休眠状態になることが多い。
「あのバカがどうしても一人で行きたいって言うから見送ったけど、まぁそういうわけにはいかないわよね」
私の肩に手を乗せ、安心させるように語り掛けてくる。
「まったく、僕だってそれなりに働いてるんだから少しは休ませてくれよ」
ログハウスの奥から、小銃を持ったクロムさんが現れる。
交代時間はまだのはずだから、どうやら待機していたようだ。
「文句言わない、楓は任せたわよ。もし手でも出してみなさい、拷問用マルウェアで火達磨にしてやるから」
「おいおい、信用ないなぁ」
軽口を交す二人が、今はとても頼もしい。
こんな人達だからこそ、凱さんは一人で行ったのかもしれない。
だが、そんなの水臭すぎる。
私は凱さんの足取りを追うため、カリンとのリンクを行った。




