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EP:16 落日

 結論だけ言えば、俺とシズカは装備の無断持ち出しで2週間の謹慎、凛には減俸4か月の処分が下った。

 懲戒免職もあり得たと思ったが、やはり室長が色々と手をまわしてくれたようだ。


――あのタヌキめ、こうなることまで予測済みか。

 

 正直、室長の手のひらで踊らされたというのは癪に障る。

 まぁそのおかげで、所轄といらぬ争いをすることなく、貴重な手がかりが手に入ったわけだ。

 押収されたパワードスーツは損傷がひどかったが、どうやら制御ユニット自体は無事だったようだ。現在は楓が情報庁舎の解析室にてプロテクトの解除を行っている。

 ここまでくれば、あとは所轄に任せればいい。

 謹慎とは名ばかりの長期休暇が手に入ったんだ。

 家でビールとピザを手に、ゆっくりとオールドムービー鑑賞に興じるとしよう。

 そんな前向きな思考のまま、俺は情報庁舎のエントランスを潜る。

 するとそこには、重い表情をした奥原凛の姿があった。


「おう、お前も始末書書きに来たのか」


 凛に話掛けると、彼女は少し恨めしそうにこちらに目を向ける。


「ええ、先ほど終わりました。てか、始末書ぐらいリモートでさせてくれないんですかね」


 彼女の言いたいことも一理ある。

 電脳ネットワークやジェミニ技術が発展した現代において、いまだにわざわざ始末書を提出するために足を運ぶのは、はっきり言って効率は悪い。


「まぁ、俺たち人格保管室は表向き存在しない部署だからな。何処でアシが付くかわからんような下手な真似も出来んのさ」


 俺がわざわざ説明すると、凛は不満そうに口を膨らませる。

 そう、人格保管室という部署は情報庁公安部には存在しないことになっている。俺たちは表向き、公安部刑事課装備係という場末の部署に所属してることになっている。


「それに、私だけ減俸処分って、ちょっとズルくないですか? 」


 明らかに不機嫌そうにしている凛に睨まれて、俺はばつが悪くなる。

 彼女だけ減俸処分な理由は、カリンがデリバリードローンをハッキングしたからに他ならない。

 まぁ、室長的にはカリンのオイタに対するお仕置きの意味も込めた処置だろう。

 巻き込まれた凛はたまったもんじゃないだろうが。


「まぁ機嫌直せって。昼飯おごってやっから」


 俺は詫びの意味も込めて提案する。

 幸い、昨日新見のヤツからガッツリ巻き上げたから、俺の懐は今暖かい。


「どうせ庁舎の食堂でしょう? それより始末書書きに行かなくていいんですか?」


 凛に詰め寄られるが、時間はたっぷりあると嘯いて、彼女を食堂へと誘導する。

 エントランス横に大きく開けたカフェテリアを持つ庁舎食堂はメニューも多く、味も悪くない。何よりリーズナブルなのがありがたい。

 食堂にはもうすぐ昼前ということもあってか、職員の数がまぁまぁ多い。

 俺と凛は入り口にあるデジタルサイネージをタッチして注文し、受け取りカウンターへと向かう。

 少しの時間を置いて受け取りカウンターには注文した料理が運ばれてくる。

 俺が頼んだのはチーズバーガーだったが、凛が注文したのは、カレーにホットドック、そしてラーメンだ。とてもうら若き乙女が一人で食べる量には見えない。


「お、お前、これ全部ひとりで食べる気か?」


 思わず凛に問いかけると、彼女は料理が乗った盆を持ちながら短く答える。


「勿論です。おごりなんですよね?」


 敵わねぇ、とおどけて見せながら、俺も自分の料理を持ち、席を探す。

 ちょうど中庭が見える席が空いている。

 埋まってしまう前に俺と凛はそそくさと席に座る。

 俺のおごりであっても、凛は俺の分のお冷も取ってきてくれていた。

 悪いな、と一言礼を言ってお冷を受け取り、先に少し喉を潤す。


「じゃあ凱さん、ありがたくいただきます」


「おう」


 俺がチーズバーガーにかぶりつくと共に、凛もカレーライスをスプーンに乗せて口に運ぶ。

 満面の笑みを浮かべる凛だったが、すぐさま表情が変わる。


「そういえば、あのパワードスーツの事件、どうなっちゃうんですかね」


「まぁ、楓がプロテクトを解除して、誰がアレを操作してたか分かれば、あとは所轄の仕事だろう。俺たちの仕事はここまでさ」


 そう。実働部隊である俺たちとしては、あの物騒なパワードスーツさえ押さえるまでが仕事だ。

 その背後関係を洗うのは俺たちの管轄外だ。


「でも、これでホントに終わりなんでしょうか」


 凛は不安げな表情を浮かべる。

 カレーライスを口に運ぶ手も、いつの間にか止まっていた。 


「なんだよ、お前の初めての大捕り物だったんだぞ。もっと胸を張れよ」


 凛を励ますつもりで言ったんだが、彼女の懸念を取り除くには至らなかったようだ。


「私のっていうよりは、ほとんど凱さんの成果じゃないですか。それより腑に落ちないんですよ」


「腑に落ちない?」


 凛の疑念に、俺は関心を抱く。

 

「流石にあのパワードスーツを操ってた犯人が、単独犯じゃないことは確かだと思います。だとしたら、そこから足が付くと思って、何か動きを見せるんじゃないですかね」


 なるほど、案外勘が鋭い。

 確かに、これだけ情報を公安に握られてるとあっちゃ、背後の組織が動かないわけないだろう。


「気持ちはわかるが、ハッキングの類はまず無理だろうな。ここのサーバーのプロテクトは要塞じみてる。侵入者はジェミニを削除されるだけならまだいい方で、最悪逆探知ウィルスで電脳を破壊されちまうだろう」


 そう、公安部が発足した際、ここのサーバーには恐ろしく強力なプロテクトが実装された。

 それこそ軍の電子戦部隊が使用するような代物だ。それに暇さえあれば楓がしょっちゅうカスタマイズしてるせいで、今や全容を知ってるのは情報庁の中でも楓だけだろう。内通者がいたとしても、やはりハッキングは難しいはずだ。


「じゃあ、例えば犯人集団がここを襲撃するとかは?」


 凛の問いかけを俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「おいおい、ここには俺たち以外にも、双脚車両の特殊部隊が常駐してるんだぜ。蜂の巣にされちまうのがオチだよ」


 双脚車両の特殊部隊とは、D-SAT(Double-legged vehicle Special Assault Team)部隊のことだ。双脚車両を使った大規模犯罪に投入されるスペシャリストチームで、俺ら並みのジェミニ使い達が集まった精鋭でもある。あまりにも強力なため、投入されるシーンはレベル4(国家危機状況、国の重要拠点が占拠された等の状況)以上である。

 そんな奴らに喧嘩を売れるのは米国軍の双脚戦車部隊だろうが、ここにはもちろん俺たちもいる。まず負けることはないだろう。


「まぁ、そんなに心配なら、後で楓のとこに一緒にいこう。プロテクトの解除だって時間の問題だ」


 そんなことを言っていると、電脳通信が繋がる。

 噂をすれば、楓からだ。

 

『楓か、後で俺たちも解析室に……』


『凱! 私達は嵌められたわ!』


 楓の怒声が、脳内に響く。

 その声色は明らかに狼狽している。何か鬼気迫るものを俺は感じた。


『なんだ、どういうことだ』


 問いただすと同時に、俺たちが取り押さえたパワードスーツの立体映像が眼前に浮かぶ。

 丁度首筋に当たる部分が赤く発光しているのがわかる。パワードスーツの制御ユニットがある箇所だ。


『こいつの制御ユニットから、ずっとビーコンが出てる。こいつは捕まってからずっと、自分の居場所を外部に発信してるの! それに、プロテクト解除中にサーバーアクセスの痕跡もあった! 恐らく逆探知型の侵入プログラム、メインサーバーも汚染されてる可能性が高いわ!』


 楓が矢継ぎ早に語る。

 どうやら俺たちに取り押さえられたパワードスーツは、捕まった時のことを想定したプログラムを組まれていたようだ。しかもかなり綿密な計画で。

 だが、おかしい。


『逆探ウィルスなんて、お前も想定済みだったろ』


『もちろんファイアーウォールは張ってた。でも、外部情報収集に走らせてた私のジェミニの一体が昨日から消息を絶ってる。もしかしたら敵の手に……』


 心配だと言わんばかりに、楓の声色はどんどん弱々しくなる。

 つまりは楓のジェミニがハッキングされ、そこからファイアーウォールが解析された?

 確かに楓は大量のジェミニを使役している関係で、それぞれの同期頻度は少ない。

 犯人はそこまで調べ上げて、彼女のジェミニを奪ったというのだろうか。

 

――そんなことできるのは、それこそ国家レベルの情報戦部隊だぞ?


 情報戦のプロが、ここにハッキングを仕掛けてきた。

 そんな恐ろしい情報に、流石の俺も冷や汗をかき出す。

 俺らの通信を聞いていた凛も、明らかに動揺している。


――まさかコイツの不安が当たってるってのか?


 嫌な予感がする。

 戦場で何度も経験した、死地での予感が。


『わかった、俺も凜も今食堂だから、すぐ解析室に……』


 そこまで言い切ろうとした瞬間、爆音が鳴り響いた。

 おおよそこのオフィス街には不釣り合いな、砲弾が直撃したような爆裂音。

 遅れて地面が大きく揺れる。まるで直下型地震が起きたかのようだ。

 そこらじゅうの窓ガラスが割れ、食堂の飲食物はもれなくひっくり返っている。

 

『楓! なんだ、何が起きた!?』


 思わず電脳上だけじゃなく怒声を上げてしまう。

 通信のノイズがひどい。それにそこら中がパニック状態に陥っている。

 一刻も早く状況判断をしたいが、まるでままならない。


『おい、楓! 応答しろ!』


 電脳通信上の楓から応答がない。

 通信がオンラインになってるから気絶してるわけではないだろう。


『そんな、なんで、アイツが……』


 ようやく楓からの返答が聞こえる。

 その声はかすれ、何かに恐怖しているかのようだ。

 その恐怖の正体に、俺もようやく気付いた。

 それは情報庁舎からほど近いビルに佇む、漆黒の双脚戦車だった。


「ヴェルクード……」


 凛も気づいたのだろう。

 その悪魔のような巨体を見つめながら、彼女も声を絞り出す。


――なんでアイツがここに?

 

 楓や凛も俺と同じことを考えただろう。

 楓からの情報では、ヤツはロシア軍の所有物のはずだ。

 それが何でウチを襲撃する必要がある?

 全く理解できない状況に、俺は平静を保つことができない。

 

「凛、急いで装備を取りに行くぞ! ヤツの目的は例のパワードスーツだ!」


 俺は食堂からエレベーターに向けて駆け出そうとしていたが、凜はその場に立ち竦んでいた。


「どうした! 急げ!」


 叫ぶ俺を、彼女は何故か静止した。


「凱さん、何かおかしいです」


 そういいながら、彼女はジッとヴェルクードを眺めている。

 

「アイツ、相当ヤバい機体だってことは私も知ってます。でもアイツ、最初の一撃を放ってから、あのビルからまるで動いてないんです。まるで、何かを待っているかのような」


 言われてみれば確かに。

 ヴェルクードは腕のキャノン砲を一発撃ち、その後は腕組みをした状態でビルの上で佇んでいる。

 ヤツの機動性と攻撃力をもってすればこのビルどころか、周囲一帯を一瞬で焼け野原に出来るだろう。

 なのにヤツは、ただ静かにその場に佇むだけだ。

 しばらくすると、庁舎の裏に隠された発進口から、D-SATの双脚戦車が次々と姿を現す。

 スクランブル発進で6機。

 ランブリング・ローズ社製のビッグシェル・カスタムだ。

 濃紺の塗装がされた機体は、ヴェルクードと比べるとかなりごつごつとした印象を受ける。

 いや、ヴェルクードが細身すぎるのだろうか。

 まるで病弱な青年を、筋骨隆々の軍人が取り囲んでいるよな状況だ。

 6機はあっという間にヴェルクードを包囲し、マニピュレータでHEATトーチを掴む。

 強力なプラズマを高速で噴出して、対象を焼き切ることを目的とした格闘戦装備だ。

 恐らく、周囲の被害を考慮し、重火器の類は使用できない。

 現状における最高戦力で、6機は対象を無力化するつもりだ。

 取り囲まれているいも関わらず、ヴェルクードは微動だにしない。

 いや、一つの動きを見せた。

 腕組みを解き、目の前のビッグシェル・カスタムに対して、手招きをしてきたのだ。

 明らかな挑発行為。

 そんなあからさまな行為に乗るD-SATの精鋭たちではないが、機会を伺っていた彼らは好機とばかりに、ヴェルクードに殺到する。

 腰だめに構えたHEATトーチが三方向からヴェルクードを突き刺そうとするが、三本のプラズマの剣は敵を貫くことはなかった。

 目の前から敵を見失った彼らは素早く索敵。

 が、敵が次に現れた場所に驚愕していた様子だった。

 それは、切りかかろうとしていた濃紺の機体の頭上だった。

 ヴェルクードは再び腕組みをしながら佇んでいたが、頭上で小さく、だが素早く一回転する。

 次の瞬間には、濃紺の機体は真っ二つに切り裂かれその場に倒れ伏した。

 常人には何が起きたかわからない程の速さだったが、ヤツは空中で一回転する間に、脚部の先端に付けられた超高出力レーザーカッターでビッグシェルの装甲を切り裂いたのだ。

 状況をD-SATの連中が把握するより早く、ヴェルクードは行動していた。

 真っ二つの機体から一番離れた機体が、頭部ユニットをいつの間にか掴まれ、その細腕からは想像できないパワーで引っ張られている。

 メキメキと音を立てながら頭部ユニットは引き剥がされ、それを他の機体目掛けて勢いよく投げつける。

 首をもがれた機体はその場に崩れ落ち、頭部をぶつけられた機体は大きくよろめく。

 一番早く反応出来た機体、黒猫のエンブレムを右肩にあしらった機体は、ウェイ・リーのモノだ。ウェイは人工筋肉の出力を全開にしながら、HEATトーチで切りつける。

 まるで弾丸のような跳躍からくる袈裟切り。

 だがそれも空を切る。

 いつの間にかヴェルクードは、ウェイ機の真後ろに陣取っている。

 振り向きざまに切り裂こうとするが、再び空振り。

 今度はその振りぬいた腕の上に、ヤツは降り立っている。


――完全にナメられてると言っていいほどの、戦力差の違いだ。


「行くぞ、凛」


 俺は凜の手を掴み、装備室へと向かう。


「で、でも彼らが!」


「俺らがここにいても何も出来ん!!」


 凛のためらいを俺は一蹴する。

 そう、丸腰の俺たちがここにいたところで、D-SATの連中が勝てる保証なんてない。

 まずはフル装備を手に入れて、迎撃戦か撤退戦の準備にかからなければ。


「とにかく急ぐぞ、凛」


「はい……」


 凛は辛そうな表情を見せる。

 無理もない。俺だってそうだ。

 恐らくあの化け物にD-SATの連中は勝てない。つまりは見殺しにするということだ。

 あのリー兄弟も、ヤツ相手に生き残れるかどうか。


『各位、応答してください』


 電脳に新たな声が響く。

 鹿島室長の声だ。


『現在、情報庁舎は謎の双脚戦車の襲撃を受けています。D-SATが迎撃に出ていますが、長くは持たないでしょう。そして恐らく、相手の狙いはこちらが押さえたパワードスーツです』


 この非常事態だというのに、室長の声は恐ろしく冷静だ。

 そのどこか他人事のような声色に、俺は苛立ちを隠せない。


『私とクロム君は今検察にいますが、楓君が構造解析のためにまだ解析室にいるはずです。凱君と凛君は、急いで彼女の救出に向かってください。最悪の場合、施設の放棄もやむを得ません』


『室長、俺たちに白旗上げて逃げ出せっていうのか』


 迎撃戦も視野に入れてた俺にとって、何もせず撤退っていうのは到底受け入れられない。


『重要なのは君たちという人的資源です。とにかく頼みます』


 室長からの通信が切れる。

 俺たちを心配するような言葉を吐きながら、その様子は冷徹そのものだ。

 その不可解さに違和感を覚えるが、今は考えてても仕方ない。とにかく楓の下へ急がなければ。

 俺と凛はエレベーターにたどり着くが、初弾の直撃により停止していた。

 階段を使う手もあるが、時間がかかり過ぎる。


「凛、スレイブニールを使う! ついてこい!」


 あえて駐輪場ではなく中庭に停めてたのが役に立った。

 俺と凛は素早くヘルメットをかぶり、スレイブニールに飛び乗る。

 エンジンを起動させるとともに、四脚モードに変形。

 そのまま瓦礫を蹴りながら、直接壁を走る。普通のバイクならできない芸当だが、脚部のハーケンがそれを可能とさせる。

 対象の階に近づくと、その階の窓ガラスを拳銃で撃ちぬく。砕け散ったガラスを掻い潜り、無事に突入に成功する。

 スレイブニールはアイドリング状態で駐機、そのまま解析室へと向かう。どうやらこの階は敵のキャノン砲の被害を受けていなかったようだ。

 しかし、その解析室の前には見慣れない姿がいた。

 小銃で武装し、顔を覆った兵士が三名だ。どっからどう見ても情報庁の関係者じゃないだろう。

 先手必勝。突入した俺達に連中が気づいた瞬間には、一人の頭に数発の弾丸を叩き込む。

 残り二人がこちらに小銃を向ける。

 俺と凛はすぐさま散開し、それぞれ柱の陰に隠れる。

 大理石の柱が、敵の銃弾で次々と削られるが、一瞬の隙をついて、俺は柱から飛び出す。

 滞空中に発砲、二人目を仕留める。

 そしてもう一人が俺に注意を逸らされたのを見計らって、凜が三人目を撃ち抜く。

 

「上出来だぞ、凛」


 着地した俺の後ろに続く凛を称賛すると、彼女は苦笑いを浮かべる。

 俺は解析室のドアを蹴破り突入する。すぐさま内部のクリアリング。

 そこにいたのは敵ではなく、おどおどと拳銃を構える楓の姿だった。

 頭から血を流しているが、銃撃を受けた形跡はない。

 恐らくキャノン砲の直撃の際、揺れでどこかに頭を打ったのだろう。


「何とか間に合ったな」


「遅いのよ、全く」


 狼狽した様子で、楓が毒づく。

 彼女は解析コンピュータからディスクを抜き取ると共に、数点の端末を抱える。

 三人で駐機していたスレイブニールの下に戻ると、収納スペースから高速タンデム用ハーネスを引っ張り出し、凛に投げつける。

 凛が楓にハーネスを付けさせ、凛自身も腰にハーネスを装着する。

 俺達三人を乗せたスレイブニールは、鋼鉄の四肢を軋ませながら起き上がる。多少過重積載だろうが、何とかなるだろう。

 外の様子を見ると、最後のビッグシェルがスクラップに変えられていた。

 黒猫のエンブレムを付けたウェイの機体は、頭部を潰されている。

 ウェブ上への脱出が間に合っていなければ、恐らくウェイは手遅れだろう。

 俺達は崩れ落ちる機体を眺めながら、二輪モードにしたスレイブニールで地上34階から勢いよく飛び出していた。

 

――屈辱だ。


 俺のハンドルを握る手に力が籠る。

 実力を出し切れない状態での完全敗北、そして撤退。

 俺はあの黒い双脚戦車を睨みつけ、必ず復讐することを心に誓った。

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