EP:15 夜鷹は嗤い、迷い猫は泣く
楓達にボロボロになったパワードスーツを預けた俺は、そのままスレイブニールを拝借し、夜の街に繰り出していた。
走り去る間際、楓たちの罵声が聞こえた気がするが、放っておこう。
スレイブニールだが、だいぶコツを掴んできたおかげで、フルスペックでなければカリンのサポート無しでも扱えるようになった。
それでもメガスポーツばりのパワーを持ったバイクと大差はない。
俺は強力なパワーの鉄馬を従わせながら、目的地へと向かう。
今日の作戦、俺としては早めにケリを付けたかったのだ。
その理由が、その目的地にある。
俺は歓楽街の一角にスレイブニールを停車させると、馴染みの店である「ディアボロ」のドアを開ける。
ドアの鐘が鳴ると、店の中央に陣取るテーブルにいたやつらが俺へと視線を集める。
「遅かったなぁ、凱」
テーブル席に行儀悪く座っている男の一人が俺に話しかけてくる。
馴染みの顔だ。
新見信二。所轄の刑事で、多くのS(情報提供者)を持つやり手だが、その裏では黒い噂も絶えない典型的な悪徳刑事だ。
テーブル席には他に二人、こちらもよく知っている。
D-SAT(Double-legged vehicle Special Assault Team)部隊所属の敏腕ジェミニ使い、リー兄弟だ。
兄弟といっても、赤いネクタイを付けたヤンの方が本人で、緑のネクタイを付けたウェイはヤンのジェミニだ。
だがウェイも生体ボディを使っているため、ぱっと見本物の兄弟に見える。
「ちょっと野暮用でな。もう始めてたか?」
「お前が来るのを待ってたところさ」
そういいながら、ヤンがカードを切り出す。
それに合わせて、ウェイがそれぞれにチップを配る。新見はどうやら先に一杯やってるようで、すでに少し顔が赤い。
「新見、その様子じゃ今日もお前がカモだな」
俺の挑発に対し、新見は「抜かせ」と短く応戦する。
俺はカウンターにいるジェイクに合図をする。それだけで俺のオーダーがテキーラだと認識してくれたようだ。
その間にヤンが次々に俺達にカードを配りだす。
ルールはオーソドックスなスタッドポーカー。
つまり二枚目までは伏せた状態でカードが配られ、三枚目から配られるオープンカードで相手の役を予想し、ベットしていくゲームだ。
毎週土曜の夜はディアボロに集まり、この四人でポーカーに興じる。そして各々が持つ情報を提供し合うのが習わしになっているのだ。
全員に二枚目のカードが配り終わられるとともに、テーブルにテキーラのショットが運ばれる。
「じゃあまずは、今週も全員無事に土曜の夜を迎えられたことに、乾杯」
新見が音頭を取り、全員が杯を打ち合わせる。
全員第一線で働く身であるため、いつ命の危険に会ってもおかしくない。
馴染みにの顔にこうして会えるのは確かにありがたい事かもしれない、そんなことを思いながらテキーラを流し込む。
喉の熱さを感じながら、自分のカードをめくる。
ハートの10と、スペードのエース。まぁこの時点では何とも言えない。
「それで凱、結局例の犯人は捕まえられたのかい?」
三枚目のカードを配りながらヤンが問いかけてくる。
カードはクラブのエース、悪くない。
「ああ、ウチの新人が頑張ってくれたおかげでな。あいつはいいジェミニ使いになるだろう」
「それはシズカやお前、そして俺達以上の使い手になるってことか?」
ウェイがカードを受け取りながら問いかける。
「まだわからんが、その可能性は否定できない」
「なら、是非ともお手合わせしたいものだ、なぁウェイ」
「ああ、そうだなヤン」
俺の返答にリー兄弟は興味深々だった。
それに対し新見はウィスキーを傾けながら面白くなさそうに呟く。
「お前らジェミニ狂い共は、どうしてそう血の気が多いのかねぇ。一応日本はまだ法治国家だぞ?」
カードを見た新見は眉一つ動かさず、チップを一枚詰む。コールだ。
「汚職刑事のお前にだけは言われたくないがね、コールだ」
時計回りに俺、ヤン、ウェイの順にチップを積む。
四枚目のカードが配られる、カードはダイヤの10だ。
「それより凱、こちらにも例のヴェルクードの情報をくれよ。俺達にとっちゃそっちの方が重要だ」
ウェイがカードを貰いながら俺に問いかける。
ウェイの問いかけにも俺はポーカーフェイスを崩さないが、内心動揺していた。
こいつらが例の黒い双脚戦車の情報をどこから仕入れてきたかしらないが、海外の最新機種の情報はやつらにとっては喉から手が出るほど欲しい情報だろう。
まして異次元の戦闘力を持った機体とあってはなおさらだ。
「俺に聞かれても困る。それについては上のやつらか楓に聞いてくれ」
「おいおい、出し惜しみするなよ凱、ここはそういう場所だぜ?」
新見が横から割って入ってくる。
新見の言う通り、このポーカーの場ではゲーム以外の嘘は禁止にしている。
何を隠そう、そう最初に決めたのは俺だからだ。
「わかったよ。ただ、俺は本当に知らないから、今度楓に掛け合ってみるよ」
「それでいいんだよ、ほら、レイズだ」
新見は上機嫌でチップの上乗せを要求してきた。
ヤツのオープンカードはクラブとダイヤの8。この時点でワンペア以上だがどこまで高い手を持ってるかは現状わからない。
「珍しく強気だな、コール」
俺が誘いに乗らなかったために、新見はあからさまに不機嫌になる。
リー兄弟もコール。こいつらは新見と違い、ちゃんとポーカーフェイスを保っている。
俺達四人はしばらく談笑しながら、相手の役を予想し、腹を探り合う。
もう何年も、こうやって土曜の週末を過ごしてきた。
それこそ、俺がジェミニを失う前から。
そうこうしてるうちに各々にラストカードが配られる。
新見は自分のハンドの七枚のカードと、俺達のオープンカードを見比べて、にやりと口元を歪める。
「悪いが頂くぜ」
新見は積んでいたチップを前に出す。降りないという意思表示だ。
それに対し、ヤンとウェイはここでドロップ。どうやら役無しかワンペアどまりのようだ。
「そいつはどうかな? 受けてやるよ」
俺もチップをせり出す。
それを見て新見はにやにやと俺のカードを見てくる。
「おらよ、スリーカードだ」
新見が自分のカードをめくる。
ヤツのハンドにはクラブとダイヤ、そしてハートの8のカードが来ていた。
自信満々にカードを広げる新見は見てくるが、俺は意に介していないように自分のハンドを公開する。
「悪いな、フルハウスだ」
俺の手札の三枚のエースと二枚の10を見て、新見は目を見開く。
それを見ていたヤンは口笛を吹き、対照的にウェイは失笑していた。
「どうやら今日も新見がカモのようだな」
「うるせぇ、まだまだ夜はこれからだっ」
ヤンの挑発に対し、新見は負け惜しみをこぼす。
新見のチップを巻き上げた俺は、ジェイクに再び合図をする。
心地よい酔いが少しずつ俺を襲ってくる。
新見の言う通り、夜はこれからだ。
俺はポーカーフェイスを崩し、静かにほくそ笑んだ。
パワードスーツの大捕り物があった日から一夜明け、私はとある場所に向かっていた。
本当は当直シフトだったんだが、今日は特別なため、楓に代わってもらった。
当の楓本人も、例のパワードスーツの解析がしたいからと喜んで代わってくれたが、どこかで埋め合わせしないといけない。
そう思いながら私は、都市部から離れた山間にある、共同墓地にたどり着く。
ここに私、ジェミニである私「シズカ」の母体、平川静香が眠っているのだ。
毎年、この日は休みを入れていたのだが、ここ最近の忙しさの影響で直前になるまで命日の存在を思い出せなかった。
いや、忙しさだけが理由じゃない。
記憶の欠落。
これは他のジェミニにもみられる現象だ。
同期処理を抑制する関係で、電子情報として保存されているはずの記憶が時間を置くごとに劣化していく。これについてはいまだに解決策が研究されているが、成果はあまり出ていない。
まして同期する相手のいない私の記憶は、情報庁のサーバーバックアップがなければかすれていく一方だ。
頭では理解しているのだが、静香の命日を忘れかけていたという事実に、私はショックを隠せなかった。
一番大事な人の死。
私のせいで殺してしまった人の命日。
それを忘れるなんて、最低だ。
そうやって自分を追い詰めているうちに、彼女の墓標の近くまでたどり着く。
そばに立つ大きな樹の木漏れ日に照らされる、小さな墓標。
毎年見る、見慣れた光景。
が、そこにはどうやら先客がいるようだった。
例年は、この時間に人が来たことはなかったはずなのに。
あえて他の親族との接触を避けるために、毎年早朝に墓参りをしていたのだが。
恐る恐る近づくと、その人影は私の存在に気付いたようで、こちらに振り返る。
「静……香……?」
その姿にも、その声にも私は覚えがある。
というか忘れるはずがない。
「静香なのかい?」
私自身は一度も彼女と会ったことはない。
だが私は彼女のことをよく知っている。
当然だ。
彼女は平川美代子。
平川静香の母親なのだから。
彼女は私の顔をまじまじと眺めると、すぐに悲しそうな表情を浮かべる。
それを見た瞬間、生体ボディの心臓の辺りに痛みを感じる。
心が痛む。ジェミニである私が体験するはずのない痛みだ。
だがそれを感じた私は、思わずその場から立ち去ろうとしていた。
「待って」
走り去ろうとした私を、美代子さんは後ろから抱きしめる。
皮膚感覚から、彼女のぬくもりが伝わってくる。
それを私が感じることは、許されないはずなのに。
「幻かと思ったけど、そうじゃないってことは。あなたが、シズカさんなのね」
私を向きなおらせて、その目をジッと見つめてくる。
彼女の視線が、今の私には只々つらい。
「こうしてちゃんと会うのは初めてよね? 初めまして、静香の母の美代子よ。ってそのぐらい知ってるわよね」
彼女は優し気な声で語り掛けてくる。
――違う。
――私はそんな優しい声をかけてもらえる存在じゃない。
――私はあなたの愛娘を殺したんだ。
そんな思いを口に出せない自分の意気地なさに腹が立つ。
「一度でいいから、貴方に会いたかったの」
そういって彼女は、私を深く抱きしめる。
何故だかはわからない。
だが私の瞳からは、いつのまにか涙がこぼれていた。
――私は平川静香じゃない。
――私はただのジェミニ。
――私は彼女の偽物。
そんなドロドロとした感情が、涙と一緒に心から吐き出されるかのようだった。
「おかあ……さん」
無意識に口から出てきた言葉。それは毒々しい感情によって表に出されなかった、心の奥の気持ち。
私の言葉を聞いて、彼女は私をさらに強く抱きしめる。
「そうよ、私はあなたの母さんよ」
気づけば美代子さん、いやお母さんも泣いていた。
静香のお墓の前で、私たち二人は大粒の涙を流していた。
本当の私は、許されたかったのかもしれない。
何処かで贖罪の機会を与えてほしかったのかもしれない。
そう思いながら、私は感情に任せてただただ泣きじゃくっていた。
「ほら、彼女にも会ってあげて」
お母さんは私を抱きしめる力を緩め、墓標へと促す。
ピカピカに磨き上げられた墓石。この下に、静香は眠っている。
涙をぬぐった私は墓石の前に屈み、両の手を合わせる。
目を閉じ、祈るという行為。
ジェミニである自分がやるのは、滑稽かもしれない。
だが私は、心の中で天国の静香に話しかけていた。
――静香、ごめんね。
――私、ついにお母さんと会っちゃった。
――こんな私を許してなんて言わない。
――でも。
心の中で語り掛けていると、穏やかな風がふわりと駆け抜けていく。
私たちを優しくつつみ、樹の枝を緩やかに揺らす。
とても穏やかな、やさしい風。
――もういいんだよ。
――あなたは私、私はあなただから。
――私の分も、あなたは生きて。
どこからか声が聞こえたような気がした。
まるでこの優しい風が、どこからか声を運んできたような錯覚。
それは私が都合よく、彼女の言葉を妄想しただけだったのかもしれない。
だが、この優しい風は、天国の彼女が私を見守ってくれている合図。
私には、そんな気がしたのだ。




