EP:14 かしましいワルツを
突然の遭遇戦に、俺は興奮していた。
あの忌々しいパワードスーツを見つけられたのもあるし、新たな戦力によるリベンジマッチが出来るというのもある。
だが、何より俺を興奮させていたのは、俺と凛、そしてカリンの三人分の反射神経によって強力なマシンのスペックを限界まで引き出せていることだ。
前回同様、犯人が使用しているパワードスーツは9mm機関銃とロケットランチャーで武装している。
対してこちらは非武装なので分が悪いどころか無謀もいい所だが、高速で飛来する鉄塊となった他の車や敵が発射する弾雨を、このスレイブニールは恐ろしい機動性ですり抜けていく。
恐ろしい加速を生む二輪モードから一瞬で四脚モードに変形し、殺到する9mm弾を次々と掻い潜ったかと思えば、即座に二輪モードに戻り、パワードスーツへと一気に距離を詰める。
常人の反射神経では一瞬で蜂の巣になるか、他の車と激突してることだろう。正直俺だけだったら、こいつのスペックに振り回されて命の保証はなかっただろう。
――やはり、こいつらのおかげだろうか。
カリン、見た目は普通の少女だが、奥原凛の所有する未知数の能力を持ったジェミニ。
彼女と同期するということは、間接的に凛とも同期するということだが、他人と同期が出来る俺であっても、カリンとここまで深く同期出来るとは思ってなかった。
まるで自分の体が三つあるような感覚。自分の体以外に、凛の体、そしてスレイプニールに自分の意識があるようだ。
今までに得たことのない全能感と圧倒的スピードによるスリル。
まるで世界がスローモーションになったような感覚。
そして、混ざり合う他の二人の感情。
凛はすでに疲労困憊といった感じだが、根性でスレイブニールにしがみ付いているといった感じだ。
犯人逮捕のため、そして自分自身が一皮向けるために、絶対に負けられないといった感情だ。やはり中々骨のある娘だ、と思ったが、こういった感想も彼女に共有されてると思うと少し居心地が悪い。
カリンの方はというと、スレイブニールという体を手に入れてから、とにかくハイテンションだ。
まるで初めて誕生日プレゼントを買って貰った子供のようだ。
まぁジェミニとして生まれて初めて与えられたモノではあるから、ある意味間違いはないかもしれない。
彼女は事件のことはよくわかっていないだろうが、凛の力になりたいという思いも確かに感じられる。
おかげで俺たちは、文字通り三位一体となるいことが出来ている。
――今度こそ、仕留める!
俺の意思に二人もついてくる。
明らかに前回の3倍以上のスペックで猛追してくる俺たちに、犯人も狼狽しているようだ。最初は狙いすませていた機関銃も、今ではただばらまくだけになっている。
あともう少し、もう少しでやつに組み付くことができる。
そう思っていた矢先、ヤツはすぐ近くの乗用車を鷲掴みにし、こちらへ殴りかかってきた。
スレイブニールのスペックであれば避けられないわけではない。
が、もし避けてしまえば、乗用車に乗った家族の命が危ない。
咄嗟の判断で俺はハンドルから手を放す。
「凛! 操縦を代われ!!」
「は、はい!」
凛が電脳でスレイブニールを操作する。
俺は手を離したスレイブニールの上に膝立ちになると、振り降ろされる乗用車を受け止める。
圧倒的な重量で普通なら俺もスレイブニールごと潰されてることだろうが、四脚モードにより衝撃は吸収され、タクティカルスーツの人工筋肉のパワーが乗用車をがっちりと掴む。
乗用車は板金をへこませるが、中の家族はシートベルトとエアバックのおかげか、どうやらケガはないようだ。
俺がガッチリと乗用車を受け止めたため、敵は乗用車から手を放し、その場を後にする。
俺はスレイブニールから降りて、道路沿いにスクラップになった車を置く。
中の家族には申し訳ないが、そうこうしてるうちにヤツとの距離はどんどん離されていく。
タクティカルスーツの人工筋肉による凄まじい跳躍でスレイブニールに飛び乗ると、二輪モードになったその赤い車体は、末恐ろしい加速を見せる。
『凱さん、どうします? またあんな風に他の民間人を巻き添えにされたら、流石にマズイですよ?』
『ああ、わかってる、今考えてる』
凛と共有した意識の中で会話していたが、俺は現状に対する苛立ちを隠せなかった。
正直、次は無いかもしれない。
いくらこいつのスペックが高いとは言っても、やはりこちらが非武装なのが痛い。
――何か、何か手を考えろ。
策を練ろうにも、この高速戦闘のせいで思考が働かない。
行き詰った状況のなか、カリンが唐突に口を開く。
『ねぇりん、あのくろいのをとめちゃえばいいんでしょ?』
『そうよ、でもそれが難しいの!』
たどたどしく問いかけるカリンに対して、凛は余裕がなさそうに答える。
『よーし! じゃあまかせて!!』
カリンが叫ぶと、突如スレイブニールとのリンクが切れる。
カリンがスレイブニールの制御ユニットから離脱したせいだ。
『おい、カリン! 何のつもりだ!』
電脳上で怒鳴りながらすぐさまマニュアル操作に切り替えるが、先ほどと打って変わって言うことを聞かなくなったじゃじゃ馬を何とか抑え込むのに俺は必死だった。
スリップしそうになるのを何とか持ち直す。
先程まで余裕で回避できていた他の車が、まるで死神のように襲ってくる。
それをギリギリのところでかわし、何とか車体のバランスを保つ。
もう一度カリンを問い詰めようとするが、カリンは俺たちの電脳リンク上におらず、ネットの海に泳ぎだしていたようだ。
ふと犯人の方を見ると、こちらにロケットランチャーの銃口を向けている。
今の状況では、スレイブニールを放り出して避けるしかないが、凛にその芸当はおそらく難しい。
――万事、休すか。
敗北を覚悟した、その瞬間だった。
パワードスーツに向かって、何かが凄まじい勢いで突進していたのだ。
謎の鉄塊が次々と、パワードスーツを襲うと、予想外の攻撃を受けた犯人は盛大にバランスを崩し、高速道路を勢いよく転がる。
一体何が起きたのか、全くわからない。
何処かからのミサイル攻撃かと思ったが、あのパワードスーツは軍用だ。恐らく赤外線ミサイルロックは即座に探知され、回避されてることだろう。
じゃあ一体何が犯人を襲ったのか。
その正体はスレイブニールを停車させ、近づいてみてわかった。
「な、なにこれ……」
その光景を見て凛が思わず呟く。
ボロボロになったパワードスーツは、数々の食べ物にまみれて倒れていた。
アツアツのペパロニが乗ったピザ、醤油スープのラーメン、エスニックの香り漂うカレー。
その奇妙な光景を眺めていると、カリンが電脳リンクへと戻ってきた。
『やった~! とまった~!』
無邪気に喜ぶカリンだが、俺は彼女を半分称賛し、半分呆れていた。
「カリンお前、デリバリードローンをハックしたのか」
『そうだよ~? すごいでしょ~』
そう、彼女はスレイブニールの制御から離れ、デリバリー用のドローンの管理システムにアクセスしていたのだ。
無人で高速で飛行し、どんな所へも食べ物を宅配するドローンは、今や何百台と空を飛んでいる。15年前に改正された航空法の関係で、各社が所有するドローンは国土交通省が管理しているサーバーにて自動操縦されているため、カリンは一瞬でそれをハックし、大量のドローンをパワードスーツにぶつけたのだ。
確かに、ロックオンをせずドローンを直接誘導してぶつければ、犯人も気づけないし避けようがない。
だが複数のドローンを操縦し、敵目掛けて飛行させるのは至難の業だ。
意識外の攻撃を、彼女はとんだ離れ技でやってのけたのだ。
それに俺たちが情報庁直轄とはいえ、国土交通省のサーバーのプロテクトはかなり強固なはずだ。
それをハッキングの知識もほとんどないはずのカリンが一人で突破したとは、正直思えない。
色々と疑問は残るが、電脳上で可憐に笑う少女を見て、俺はどうでもよくなった。
「ああ、お手柄だ。カリン」
カリンを称賛しながらヘルメットを脱ぐと、俺は腰のホルスターから拳銃を引き抜く。
『凛、多分この弁償はお前持ちになると思うぞ』
『マ、マジですか……』
電脳通信で凛を労う。
ジェミニが勝手にやったとは言え、この弁償はジェミニの持ち主の責任になるだろう。
室長に根回ししてほしい所だが、今回は完全に俺たちの独断で動いている。果たしてどうなることやら。
可哀そうな凛を憂いながら、パワードスーツのもとに近づく。
至る所が損傷し、動きも先程とは打って変わってノロいが、それでも何とかこの場から逃げようと足掻いている。
逃げようとする相手に対し、俺はヤツの背中に銃弾を数発叩き込む。
人工筋肉の電力ユニットがある部分を破壊したおかげで、ヤツはついに動きを停止させた。
パワードスーツの頭部を足蹴にし、俺は拳銃を突き付ける。
まぁ中に人間がいないのはスキャンでわかってるが、まぁ形式美ってやつだ。
「チェックメイトだ、クソ野郎」




