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EP:13 野外訓練 

――どうして。


 震える鉄馬に跨る私は、とにかく嘆いていた。

 

――本当に、どうして。


 エンジン音による振動なのか、自分の震えなのか、もはや区別もつかない。

 

「どおおおおしてええええええええ」


 私の魂の叫びがヘルメットに響き渡る。

 死に物狂いで運転手である凱さんにしがみ付いて、猛スピードで滑走する新型二輪車から振り落とされないようにしている。

 凄まじい加速と急減速、車重を駆使したコーナリングの連鎖、幾度となく襲い掛かるGに体がおかしくなりそうだ。

 

『おい凛、吐くならちゃんと吐しゃ管に出せよ、メットに直で吐くと窒息して死ぬぞ』


 私の脳の中に、凱さんの声が響く。

 このヘルメットは楓さんが用意したもので、吐しゃ物で通気口が詰まったりしないように専用の管が用意されている。

 さすがにまだそこまでは来ていない。

 が、それも時間の問題かもしれない。

 

『あはは~!た~のし~!』


 脳に響く凱さんの以外の声、これは私の声に近いが私ではない。

 幼少期の私の声を持つ、私のジェミニである「カリン」の声だ。

 何故カリンと凱さんの声が、私の脳の中に混在しているのか。

 何故私は爆走する二輪車に乗っているのか。

 

『わ~~い!びゅ~~~ん!』


 無邪気に騒ぐカリンをよそに、私の思考は2時間前の記憶を辿っていた。




「本気なの、シズカ?」


 ラボ内の玉座ともいえるメインデスクに腰かけていた楓さんは、シズカさんの真意を問いだしているようだった。

 シズカさんに言われるがまま、楓さんのラボを訪れた私と凱さんは、状況が全く呑み込めていない。

 

「そもそも、あの『スレイブニール』をシズカでも扱いきれなかったから、ジャッカルではいろいろとリミッターをかけたのよ。それなのに今あの機体を持ち出すなんて、自殺行為もいい所よ」


 ジャッカルといえば、この間凱さんがパワードスーツを使った誘拐犯を追跡するために使用してスクラップになった、楓さんが開発した新型二輪車だ。

 二輪車モードから四脚モードへ変形ができ、立体的な機動が可能な高性能バイクとして、人格保管室の新装備として試作されていた代物だ。

 だが、楓さんの話ぶりからすると、どうやらそれより前に試作された「スレイブニール」という機体があるらしい。

 ジャッカル自体もかなりの高性能だったらしいが、それより高性能でしかもシズカさんが扱えない代物だなんて、正直想像もつかない。

 

「確かに、アレは私一人の反応速度じゃ追いつかないわ。そう、私"一人"ならね」


 それこそ肉食獣のような狡猾な笑みを浮かべるシズカさんに、私だけでなく楓さんまで戦慄している。

 シズカさんは獲物を狙うように、私と凱さんに視線を向ける。


「おいシズカ、一体何を企んでやがる」


 凱さんのドスの効いた声も、どこか怯えを含んでるように感じる。


「凛を今すぐ実戦級の戦力にするには、多少の無理な訓練ぐらいこなしてもらわないといけないわ。だから凱、あんたがその教官よ」


「そんなもん今やらなくても……」


 そこまで言って、凱さんは言葉を飲んだ。

 どうやらシズカさんの思惑に気づいたようで、それは凱さんを狼狽させるには十分だったようだ。


「凱はマンツーマンで凛とプロトタイプを使った訓練よ。で、凱はカリンと同調してプロトタイプを操縦してもらうわ」


 他人のジェミニと同調可能な凱さんがカリンと同調することによって、常人では扱えない化け物のような機体を使いこなす。

 どうやらシズカさんの考えはそんなところのようだ。


「まぁ、仮にも試験装備の訓練中にイレギュラーに遭遇した場合は、貴方達に対処してもらうしかないかもね。それも訓練の一環よ」


「ハナからそれが目的だろ、女狐さんよ」


 凱さんの声に再び凄みが戻る。

 この二人が喋ると、まるで猛獣同士が威嚇しあってるようだ。


「そんなわけで凛、しっかり訓練しましょうね。イレギュラーがあっても自力で解決できるぐらいに」


 シズカさんは優しく語り掛けてくるが、その目は全く笑っていないようだった。




 そんなわけで、私は凱さんが操縦する試作型バイク「スレイブニール」にタンデムしていた。

 常軌を逸した速度で進む機体の制御システムには、三人の意識が混在している。

 一つは運転手である凱さん、そして私と、私のジェミニであるカリン。

 運転している凱さんがカリンと同期し、そのカリンと私が同期する。

 それによって都合3人分の動体視力が、凱さんには与えられてることになる。

 カリンには複雑な機体制御自体も任せているけど、彼女はそれをまるで遊んでいるようだった。

 まるで弾丸のように迫りくる車を次々と追い越し続けるスレイブニール。

 余裕を見せる二人とは対照的に、私はとにかく振り落とされないように必死だった。

 電脳にタスクを振っているせいで頭が6割も働いていないが、その中でもなんとか失神しないように意識を保っていた。


『オーケー、いったん休憩しましょ。次のパーキングに止まって頂戴。こっちも向かうから』


『了解だ』


 凱さんは脳内通信で短く返答すると、車の間をするすると抜けていき、あっという間にパーキングエリアへとたどり着く。

 凱さんが駐輪場にスレイブニールを停車させた瞬間、私はタンデムシートから崩れ落ちる。

 アスファルトに倒れ込む私を見て、凱さんが少し心配そうに近づく。


「すまん、ちょっとやり過ぎたか?」


 システムヘルメットを開けると、そこには申し訳なさそうな顔があった。


「いえ、大丈夫です……」


 何とかして立ち上がろうとするが、足腰に力が入らない。

 凱さんにしがみ付きながら、ペダルをずっと踏み込んでいたせいだろう。

 というか極度の緊張状態から解放されたせいで、力を入れる場所がまるで見つからなかった。

 

『おねえちゃん、どうしたの? たのしくなかったの?』


 脳内でカリンが心配そうに私に問いかける。

 彼女は一応私の分身なのだが、精神年齢が若くなっているせいもあってか、私のことを「おねえちゃん」と呼ぶようになってしまった。

 一人っ子で育ってきた自分に今更妹ができるなんて、なんか変な気分だった。


「う、うん、大丈夫。たのしかったよ」


 苦し紛れに私が答えると、カリンは満面の笑みを浮かべる。

 全く、小さいころの私は、こんなにも無邪気だったのか。

 正直、あまり記憶がない。

 しばらくすると、シズカさんと楓さんを乗せたミニバンが、パーキングに入ってくる。

 さすがにミッションではないのでヘリを借りることはできない。

 そのため私達がパーキングに入ってから、だいぶ経ったあとに二人は到着した。


「二人、いや三人ともお疲れ様。ここのパーキングでお昼、といいたいところだけど、正直おススメはしないわ」


 シズカさんの助言の意味はだいたいわかる。

 ここのパーキングエリアにはテレビで紹介されるほど人気のラーメン店があるが、そんなものは1時間もしないうちにリバースしてしまうのがオチであろう。


「とりあえず楓がメンテナンスとデータ取りするまでは休憩ね。あ、でもコーヒーとか飲まないほうがいいわよ。トイレ近くなっちゃうから」


 そういいながらシズカさんと楓さんはミニバンから様々な機材を下す。

 手際よく大量の機材を駐輪場に並べ、携帯端末をいじる楓さんと、スレイブニールを直接触り、異常がないか確認するシズカさん。

 そしてそれを私と凱さんは近くのベンチに腰掛け、眺めていた。

 

「お前、やっぱりタフだな。正直すぐに気を失うか、その場で降ろせって喚き散らすと思ってたぜ」


「正直、降ろして欲しかったのは事実です。ってか、同期してるんだから私の思考わかってましたよね」


 私が問いかけると、凱さんは意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「カリンが出来たからといって、私はまだまだ何の役にも立ちません。だから、早く皆さんのお役に立てるよう、何とか食らいついていければって感じでした」


 だいぶ体の感覚が戻っていたため、私は自分の拳を強く握りしめる。


「まぁ、まさかこんなスパルタ特訓が最初ってのは予想してませんでしたけど」


 私が笑いながら言うと、急に凱さんの表情が真面目になる。

 そして、私の目をまっすぐ見つめ、口を開く。


「俺やシズカの戦闘能力は訓練で得たものじゃない。勿論、その戦闘能力を持続させるために日々の訓練は大切だが、俺もアイツも戦場で鍛え抜かれてきた」


 ナイフのような視線が、まるで私を突き刺してくるかのようだ。

 この怖いぐらいの眼力は、凱さんがシズカさんと同類であることを思い出させる。


「何度も死線を掻い潜り、色々な物を犠牲にした結果得た強さだ。だから俺たちと肩を並べて戦うってんなら、お前にも地獄を見てもらう」


 それは脅しでもあり、警告でもあり、助言でもあった。

 引き返すなら今の内、ということを言いたいわけではなさそうだ。

 危険と隣り合わせにならなければ、ここから先は生きていけない。

 おそらく凱さんが伝えたいのは、そういう意味合いなのだろう。


「覚悟はできてます」


 そうだ。

 親友を失った時から、私の覚悟はすでに出来ている。

 何とかして生き残ったうえで、親友を殺した犯人の正体を突き止める。

 今の私は、そうするしかできないと思っていた。


「次はもっとアクロバットに行く。四足歩行モードも交えた多次元走行だ。振り落とされるなよ」


 凱さんが脅してくる。

 まだ激しくなるのか、と思いながら引き攣った笑みを浮かべてしまうが、ここで私はある疑問が浮かぶ。


「そういえばこんなに派手に暴走してるのに、私達全然通報とかされてませんね。おかしくないですか?」


 そういうと凱さんは大きく声を上げて笑う。


「お前本当に気づいてなかったのか? スレイブニールや俺たちの周りには、楓が電磁光学迷彩フィールドを展開してた。高難易度潜入ミッションに使うような優れものだ。周りには全くバレてないだろうよ」


 そんなものがあったなんて、全く知らなかった。

 しかし私が見ていた視界には、凱さんもスレイブニールもしっかり写っていた。

 ということはあれは再現CGか、光学迷彩を除去した映像だったということだろうか。

 底が知れない人たちだとは思ったが、そんな装備を勝手に持ち出したら、あとで絶対始末書モノじゃないだろうか。

 そんな恐ろしい疑問は、流石に口には出せなかった。


「電磁フィールドを展開していると、オゾンの揺らぎが起きるんだ。ほら、あんな風に」

 

 凱さんが指さす方向を見ると、駐車場の一角がまるで陽炎のように揺らめいている。

 なるほど、私達はあんな風に見えていたのか。

 

――ん?


――ちょっと待って?


――確か私達が追ってる犯人のパワードスーツも、光学迷彩装備のはずじゃ?



 奇妙な引っかかりを覚え、凱さんと目を合わせる。

 再度揺らぎの場所を見ると、そこに存在しないはずのモノが動いたような、奇妙なちらつきが見えた。

 まるで透明の人間が空気を押しのけて動いたような。

 

「いた!!」


 私達が同時に叫ぶと、透明の存在はパーキングから出ようと移動を始める。

 私と凱さんは、システムチェック中のスレイブニールに飛び乗る。


「ちょ、ちょっとどうしたの二人とも!?」


 狼狽する楓さんに対し、凱さんが叫ぶ。


「ホシを見つけた! 今から追走する!!」


 私と凱さんは素早く同調し、システムに常駐していたカリンとも同調。

 素早くエンジンを起動し、甲高いエキゾーストノートを響かせながら、私達はスレイブニールを発進させたのだった。

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