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EP:12 点と線 

「まぁ、今回のことはアンタだけの責任じゃないわよ」


 室長の執務室に向かう道中、楓は俺を慰めるように語り掛けてきた。

 彼女にも、本当に申し訳ないことをした。

 先ほど黒こげの鉄屑と化したジャッカルを見たときは、この世の終わりのような顔をしていたのに、事情を話すと第一に俺の身体を心配をしてくれた。

 そして室長からの呼び出しにも、弁明のためにわざわざついてきてくれているわけだ。

 非番中の発砲、装備品の無許可持ち出しおよび損壊。人的被害が出ていないのが唯一の救いだが、重い処分は避けられないかもしれない。

 重々しい雰囲気の木製の扉の前に辿りついた俺達は、恐る恐る扉をノックした。


「どうぞ」


 鹿島室長の声だ。

 怒っているのかどうかも分からない、とても平坦は子供の声。

 扉を開けると、中の光景に俺は驚いた。

 何故か、シズカやクロム、凜も執務室の中にいた。

 シズカと凜は来客用のソファに腰掛け、クロムは鹿島室長の横に佇んでいる。


「おお、ちょうどよかった。後ほど逢坂君も呼ぶ予定だったんです。全員集合なら話が早い」


 豪奢なデスクに両肘を突いて余裕を崩さないその表情が気に食わないが、どうやら怒っているわけではないようだ。


「では話を始める前に、榑林君は一応今後気をつけてくださいね。さすがに今回のことも揉み消すのにだいぶ苦労しましたので」


 室長からの叱責は想定外に軽かった。


「あ、ああ、すまなかった。気をつけるよ」


 柄にもなく正直に従う。

 室長のお陰で事なきを得たのであれば、どれほどいけ好かなくてもちゃんと謝罪すべきだ。


「では、本題に入りましょう。クロム君、説明を頼む」


 室長に促されたクロムが、こめかみをつつく動作をする。電脳会議を行うサインだ。

 全員が人格保管室のホストサーバー空間にダイブする。


「凱の電脳から受信した映像を確認したところ、例のパワードスーツはヘカトンケイル社製の『M-92』であることが分かった。これは海上自衛隊仕様のモデルで、主に強襲揚陸作戦等に使用されていた」


 電脳上で再生される俺の視界の記録映像を、全員が注視する。

 俺の視界の映像の横には、『M-92』の3Dモデルが映し出され、各種スペックや武器の注釈がそこかしこから伸びていた。


「コイツはジェミニ制御によるパワードスーツの初期モデルで、通常AI制御のパワードスーツとは段違いの追従性は、その当時大きく話題になってた。といっても今じゃ型落ちで、違うモデルが制式採用されて以降、現在は一部を海外の特殊な民間軍事会社が購入しているぐらいで、今の日本でお目にかかれるのは珍しいことだ」


 クロムが流暢にパワードスーツについて説明する。

 俺もコイツ自体は知っている。現在、人格保管室で制式採用されているパワードスーツからしたら性能差は歴然だが、今でも十分に運用できるスペックを持っている。実際、高い機動性と安定性は現場の兵士の好感を得ていたようだ。


「そんなレア物をわざわざひっさげてきたマニアックなジェミニが、今回の誘拐犯ってこと? 変な事件ね」


 楓の問いに対し、クロムは首を振る。


「確かにそれ自体も妙だが、問題はそこじゃない、ここを見てくれ」


 クロムがそういうと、俺の視界の映像が急に逆再生され、とあるところで止められる。

 パワードスーツが胸部装甲を展開し、女性をその中に押し込めたシーンだ。

 止められた映像がズームされていき、次第に高画質処理されていく。

 展開された胸部装甲の裏側には、小さなマークが描かれていた。

 雷と金槌で描かれたエンブレムに、『G/M』の文字。

 

「このマークがどうしたんだ?」


 俺が聞くと、クロムはそう急かすなと窘める。


「このマーク、実は別の場所でも見つかっているんだ。以前凱とシズカが取り押さえた、双脚建機暴走事件の犯人に先日、室長指示で取調べを行った」


 今度は一人の人間の写真が浮かび上がる。

 確かに俺が取り押さえた男だ。今こうやって改めてみてみると、あんな大規模な暴走事件を起こした犯人にしては、随分ぱっとしない風貌だ。その所為で今の今まで顔を忘れていたほどだ。


「その犯人の供述に、とある人物とやり取りしていた証拠があった。そしてその相手の名前が『G/M』で、アイコンには例のマークが使われていた」


 意外な事実に全員が息を呑むが、シズカは明らかな不信感をあらわにしていた。

 

「クロム、あの犯人は頑なに黙秘を続けていたはずだけど、どうやって吐かせたの? 確か電脳も自閉モードにされてたはずだけど?」


 シズカの威圧感のある声で追求するが、クロムは全く動じていなかった。


「勿論、ディープマイニングだよ」


 俺は驚いた。ただの暴走犯にそこまでするか。

 ディープマイニングは、特異体質のクロムが他の人間の電脳に過剰同調することで、その深層記憶を抽出する技術だ。

 凜のときは事なきを得たが、常人がクロムと過剰同調しようものなら廃人化は間逃れない。情報を引き出された犯人がどうなってしまったのか、あえて聞かなかった。


「相変わらず強引なのね。それで? 凱が出会ったパワードスーツを操作してたヤツが、双脚建機事件の犯人とやり取りしていたヤツと同一人物だったってこと?」


 シズカは腕を組みながらクロムに問いただす。


「そこは分からない。ただ、一見なんの関係もないこの二つの事件が、裏で繋がっていたということだ」


 クロムの言う通り、どうやらこの二つの事件を紐解く鍵は、この『G/M』のマークにあるようだ。執務室に集まったメンバー一同、その謎のマークを注視する。


「そう言う訳で、当面は所轄と協力し、この『G/M』とやらの調査を進めます。これは最優先事項です」


 室長の発言を受け、俺は身を乗り出す。


「おいちょっとまて! 例のパワードスーツはどうする!?」


 だが室長はあくまで冷静に、どちらかというと冷淡に応える。


「その件は別の捜査本部が設けられることになりました。私たちは一旦手を引きます」


 流石に納得できない。

 俺の不手際の所為で、拉致事件の現行犯をみすみす逃したというのに、それから手を引けというのか。

 確かに俺は刑事ではない。警察組織の一部に籍を置いていることは確かだが、所謂ジェミニ専門の特殊部隊員として在籍しているわけだ。所轄の生粋の刑事たちのほうが調査能力に長けていることは認めざるを得ない。

 だが、あのパワードスーツは所轄の刑事だちの手に余る代物だ。

 俺でさえあのザマだったのだから、今度はもしかしたら死人が出てもおかしくなかった。

 

「勿論、捜査本部からの応援要請があれば、そちらにも協力はします。ですが原則、当面は『G/M』についての調査に専念してください」


 俺以外に、シズカも楓も明らかに納得していない顔だ。

 だが任務なら、仕方がない。

 そう自分に言い聞かせ、自分を諌める。

 

「では、今後の方針について、明日の14時から所轄の刑事達との会議を行います。話は以上です」


 鹿島室長が言葉を切る。

 内に炎をくすぶらせたまま、俺達は執務室を後にしようとした。


「榑林君」


 唐突に室長が俺を呼び止める。


「くれぐれも、勝手な行動は謹んでくださいね」


 室長が俺を窘めてくるが、あえて俺はその言葉を無視して、部屋を後にした。




 情報庁舎の食堂には、人格保管室のメンバーの半数以上が集まっていた。

 シズカ、楓、凛、そして俺だ。

 各々無言のまま、それぞれの夕食を乗せたトレイをテーブルに置き、静かに席に着く。

 四人がけのテーブルどころか、まばらな客入りの食堂全体すらも飲み込むほどの、張り詰めた重い空気。


「どう思う? 正直なところ」


 静寂を打ち破ったのはシズカだ。

 彼女は口を開くと共に、割り箸を割ってうどんを啜りだす。

 重い空気が緩和されたのか、全員食事に手を伸ばしだす。

 シズカの問いに対し最初に応えたのは、親子丼を口に運ぼうとしていた楓だ。


「私が作り出した『ジャッカル』と凱で取り押さえられなかった相手だよ? とてもウチら以外で上げられるヤマじゃないよ」


 そういって鶏肉を一口だけ食べると、彼女の表情が次第に変わっていく。

 怒りに満ち溢れた表情の楓は、まるで堰を切ったかのように親子丼をかき込みだす。

 あっという間に親子丼を平らげ、その丼をトレイに乱暴に叩きつける。


「だいったい! あたしの自信作であるジャッカルをあんな風にした奴をほっとくなんて、我慢できるわけないでしょーが!」


 響く楓の怒声。

 あまりの迫力に、シズカも凛も呆気に取られている。

 犯人に対しての弁だろうが、俺にとっては非常に耳が痛い。


「ま、所轄の装備どころか、自衛軍の装備でも手を焼くだろうね。完全ジェミニ制御のパワードスーツに光学迷彩装備、おまけに重火器で武装ときた」


 シズカは再びうどんに箸を伸ばす。

 若干脅えていた凛も、ゆっくりとカレーライスを匙に乗せる。


「全力ではなかったとは言え、凱さんでも苦戦した相手なんですよね。大丈夫なんでしょうか」


 不安そうに言う凛に対し、シズカは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ウチの期待のホープである、うら若きジェミニ使いならとっちめられるんじゃない? ね、凛ちゃん?」


 口にカレーを入れた瞬間、凛は思わず噴出しそうになり、その後思いっきりむせる。


「ちょっとシズカさん! 変なこと言わないでくださいよ~!」


 凛は動揺しながら、コップの水を一気に飲み干す。


「ごめんごめん、まだ訓練中だもんね。いくらなんでも……」


 そこまで言うと、シズカは何かを考え込んでいる顔をする。


「どうした、シズカ」


 しばらく深く考え込んだあと、彼女は悪魔のような笑みを浮かべた。


「うら若き期待のホープでも、出来ないことは無いかもね」

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